遠野物語 (集英社文庫) (詳細)
柳田 国男(著)
「原典にして金字塔か」「歴史は反省の学」「「平地人を戦慄せしめよ」」
「日本の神様」がよくわかる本 八百万神の起源・性格からご利益までを完全ガイド (PHP文庫) (詳細)
戸部 民夫(著)
「よく知られた神々の説明」「タイトルの通りです」「わかりやすいです」「日本の神様の索引」「豆知識にも!」
図説 日本妖怪大全 (講談社+α文庫) (詳細)
水木 しげる(著)
「水木しげる妖怪図鑑の集大成」「ご本人自体が既に妖怪化している」「妖怪辞典というには…。」「巨匠・水木 しげるによる妖怪図鑑」「読み物としても楽しい妖怪図鑑」
おうちで楽しむ にほんの行事 (詳細)
広田 千悦子(著)
「生活の基本−歳時記」「好きな本だなぁー」「堅苦しくない年中行事解説書」「なつかしい気持ちになります。」「季節を楽しむヒントがいっぱい」
沖縄文化論―忘れられた日本 (中公文庫) (詳細)
岡本 太郎(著)
「三島、川端も絶賛した沖縄旅行記の大作」「沖縄に行く人も行かないひとも、読むべし。」「沖縄を考える」「買いです。」「何もないことの感動」
日本人のしきたり―正月行事、豆まき、大安吉日、厄年…に込められた知恵と心 (プレイブックス・インテリジェンス) (詳細)
飯倉 晴武(著)
「事典から整理した資料」「面白い」「"世間"との"落としどころ"が満載」「さらっと確認したい方におすすめ」「知ってて損はないでしょう」
民俗学の旅 (講談社学術文庫) (詳細)
宮本 常一(著)
「渋沢敬三さんは良い師匠だ」「良かった!!」「自分の人生を考えてしまいした」「地道なフィールド・ワークの記録」
鬼の研究 (ちくま文庫) (詳細)
馬場 あき子(著)
「鬼さん」「『それをかく鬼とはいふなりけり』」「行間から聞こえてくる鬼哭」「鬼とは何ぞや」
知っているとうれしい にほんの縁起もの (詳細)
広田 千悦子(著)
「知っているようで 知らない縁起もの、おどろきと感動!!」
京都 舞妓と芸妓の奥座敷 (文春新書) (詳細)
相原 恭子(著)
「京都の花街がよくわかる」「花街のことはここでわかる」「知りたいことは全部教えてくれます。」「京の花街が分かり易く紹介されています」「ここまで書かれた本はないのでは?」
● 生活の本
● 沖縄Books
● マナー&ルール
● 民俗学
● 中学生はこれを読め!第3回本屋のオヤジのおせっかい - 18/20
● 年中行事
● 神様の本
● 民俗のかほり
● 幽霊が怖くなったら、読む本!(スピリチュアルに惑わされぬ為に)
● 欲しい本
・「原典にして金字塔か」
聞いた話を、「そのまま」に書く。書き手の主観を悉く廃したその手法が、時代や業界が異なれば手抜きじゃないかと思われるこの手法こそが、金字塔の金字塔たる所以だろう。教訓めいた締めも、気の利いた落ちも無く、切り取られた映画の一場面のように記されていく不可思議な話は、その多くが「意味不明である」故にこそ、一層、異様な迫力をもって読む者の心を揺らす。「貴重な史料」であるのはもはや当然。ここは、想像力を刺激する一級のエンタテイメントと評したい。
・「歴史は反省の学」
『遠野物語』です。『遠野物語』『女の咲顔』『涕泣史談』『雪国の春』『清光館哀史』『木綿以前の事』『酒の飲みようの変遷』を収録しています。遠野物語は、岩手県遠野地方に古くから伝わっている伝説、民話、昔話などを収集したもの。天狗、フツタチ、雪女、ザシキワラシといったものたちを、活き活きと描いています。
他の6編は、エッセイというには深く、論文というのは堅苦しくないですが、いずれも日本人の文化について考察した民俗学の文章です。特に、「歴史は私などの見るところでは、単なる記憶の学ではなくて、必ずまた反省の学でなければならぬのである」という言葉が印象的でした。
・「「平地人を戦慄せしめよ」」
柳田国男が35歳のとき(明治43年、1910年)に発表した衝撃作。もっとも、発表当時は、あまりに内容が異色だったため、世の中からほとんど無視されたらしい。 すなわち、内容は、平地に住む人(平地人)のことではなく、山に住む人(山神山人)のことに終始する。しかし、柳田氏は、これを「目前の出来事」だ、という。そして、「現在の事実」なのだから、それだけで立派な存在理由がある、と。 さらに、「目前の出来事」「現在の事実」にもかかわらず、人の耳に経ることは多くなく、人の口と筆とを倩う(やとう)ことがはなはだわずかだ。「目前の出来事」「現在の事実」を無視しようとするそれらの人々は、「外国に在る人々(献辞)」のようだ。そして、願わくは、それら「外国に在る人々」「平地人」を戦慄せしめよ、と(序文)。 この本には、「遠野物語」の他、「笑顔」「泣くこと」等について書かれたエッセイ6篇を収める。「泣くこと」について書かれたエッセイで、柳田氏は、歴史は反省の学問で、この世の中がどう変わってきたか、何と何とが特に著しく変わってしまったか、考える必要がある、という。そして、そのためには、「前のことを直接見聞している人」が相当数必要だ。そして、その条件に、観察が無私なこと、過去というものに神秘性を感じること、祖父の活き方考え方に対する敬虔な態度があること等をあげる(P113)。柳田氏の研究の方法論を垣間見るようで、興味深い。
●「日本の神様」がよくわかる本 八百万神の起源・性格からご利益までを完全ガイド (PHP文庫)
・「よく知られた神々の説明」
この本は神道の神々についての記載が分りやすいです。
例えば稲荷さんについての説明にしても。通俗的に呼ばれている名称「お稲荷さん」で始まり正式な神名「宇迦之御神(うかのみたまのかみ)」とその別名「倉稲魂命など」神格「五穀豊穣 諸産業繁盛の神」総本社「伏見稲荷大社」などの紹介そして稲荷信仰の歴史や信仰についての紹介などが書かれています。
その他の神々についての説明も同じような形で進んでいきます。ざっと100柱の神道で崇められる主だった神々の紹介があるようですね。ただ、神話や神道で重視される神というよりも一般の信仰が厚いつまり神社が多く、一般で崇められている神々の説明に力を割いているような印象があります。それを良しととるか悪しと取るかはそれぞれでしょうが神道や民俗学を特別に学びたいと思わない人、一般の神社の知識が少しほしい人には向いている本と思います
・「タイトルの通りです」
根津神社に行った時、池にミドリガメがいっぱいいましたそれはもううじゃうじゃと、水から頭だけ出して、ちょっと卑猥ですらありました「八百万(やおろず)信仰」という、生きとし生けるもの(山とか池とかも)すべてに神が宿っている考え方のために処分ができないのですね たぶん
・「わかりやすいです」
これから日本神話を学ぶ方や、記紀神話を読む前に読んでおくと参考になります。1柱の神様に2〜4ページ程で説明されているので、とても読みやすく、ちょっと調べたい時にも辞書のように使えます。また、祀られているいる主な神社も掲載されているので便利です。現代日本人が忘れている歴史でもあり、知識として読んでおくのも良いと思います。
・「日本の神様の索引」
索引として利用するのに最適。日本の神様をこれだけ上手くまとめた本はあまりない。なんと言っても、調べ易い。
ただ、表紙カバーのイラストが漫画チックなのでとても残念だ。むしろ威厳のある表紙のほうが、購買意欲をそそると思う。内容とは関係ないので、☆は5つとしたが、安っぽい表紙は改訂のときに変えるべきだ。
・「豆知識にも!」
神様に興味を持って、ちょっと調べたい時に気軽に開ける本だ。簡潔にまとめられている。こういう本は一家に一冊あるといいと思う。宗教への入り口はいろいろあるが、本書もその一つだと思う。
・「水木しげる妖怪図鑑の集大成」
今まで数々の水木しげる妖怪図鑑を読んできたがこれまでの妖怪図鑑の集大成という感じでかなりの満足度。自分がこれまで読んできた妖怪図鑑に掲載されていた妖怪は大体載っている感じである。コンパクトで電車の中などでも気軽に読めるし個人的にはオススメしたい一冊。
・「ご本人自体が既に妖怪化している」
妖怪といえば水木さんである。もうご本人自体が既に妖怪化している。その水木さんの代表作といってよいのが本書であろう。1991年に単行本として発行されているが、僕が持っているのは文庫版。以前書店で単行本を見かけたことがあったが、買っておけばよかったと今でも後悔している。結構大判のしっかりした装丁だった記憶があるが・・・。内容はひとことで言えば妖怪事典。425の妖怪たちが、見事なタッチで描かれている。小豆洗い、油すまし、あかなめ、一本ダタラ、鎌鼬(かまいたち)、座敷童子(ざしきわらし)、さとり、土転び、泥田坊、ぬらりひょん、震々(ぶるぶる)、枕返し、蛟(みずち)、目々連(もくもくれん)、呼子・・・・。イメージ湧きます?幼いころ目にした、耳にした妖怪たち、現在TVアニメ「ゲゲゲの鬼太郎」にも出てくる妖怪たちである。これらのオドロオロドしい、ときにはグロテスクな、ときにはユーモラスな、けれど精密に描かれた妖怪たちや背景と、水木漫画に出てくるキャラクターが妙にしっくり馴染んだ絵は、それは、見事なものである。妖怪ファンには(いまさら言うまでもないが)必携の一冊である。
・「妖怪辞典というには…。」
続編「図説妖怪大鑑」とのセットで“妖怪辞典の決定版”を謳っている。400体以上の妖怪を精緻なイラストと解説文で紹介しており、その質量には圧倒させられる。だが内容には不満が多く、妖怪好きに対しても薦められるかは微妙なところ。まず、妖怪の定義をきちんとしておらずあやふやなままにして逃げている。またそれに起因して、本来妖怪とは呼べないようなものも多く収録されている。妖怪の定義については専門家でも明確な定義を示すことが難しく、あいまいにせざるをえないというのはまだわからないでもないが、それにしてもページごとに異なる説明をしたり(一例:クネユスリでは「妖怪は誰がひとりが作ったり言い張っているだけではだめで、大多数に認知されたものしかそうは呼べない」と言いながら、鳥山石燕の創作とされる「文車妖妃」を堂々と掲載)、明らかに説明不足やこじつけ、著者の独りよがりと思える意見やエピソード(例:「オゴメ」「ノウマ」の出雲の古代霊、「白坊主」の宇宙人、「ひょうすえ」の妖怪青年など)を投げっぱなしのように書き散らしている箇所が多く、目に余る。このような矛盾点や説明不足等の悪癖は続編「大鑑」ではさらに程度がひどくなっている。このシリーズはあくまで「著者個人の意見・考え方を提示している」という解釈で読むべきで、ここに書かれている内容をそのまま鵜呑みにするべきではない。妖怪初心者(?)が妖怪を知るための資料として読むのは危険で、それが目的なら必ず他の本と併せて読まないと、この本だけでは誤った(偏った)知識や先入観を持ってしまう恐れ大。「大鑑」ほどは内容が破綻していないので、これから読む場合ははじめにこちらを読むことをお薦めする。
・「巨匠・水木 しげるによる妖怪図鑑」
巨匠・水木 しげるによる妖怪図鑑ゲゲゲの鬼太郎の世代には懐かしさを感じさせるものがあります。妖怪といえば、得体の知れない魔物だと思われがちですが、いがいと人間ぽいところもあったりするものです。民俗学的な価値もある本です。
・「読み物としても楽しい妖怪図鑑」
昔から水木ワールドと妖怪が好きで本もかなり買いましたが、これはおすすめです。425もの妖怪が、水木先生の精緻な描写と各地の伝承を中心とした解説で生き生きと描かれています。
確かに字は少し細かいですが、背景の描写は驚くほど精密で、妖怪や人間は単純な線で描く先生独特の画風が堪能できます。解説も全国各地の怪談や伝承、言伝えが豊富に収録されており、民俗学的にも価値が高いと思います。
何より、怪談集のようで読み物としても楽しく、仕事に疲れた時や現実を忘れたい時に手元にあると、癒される本です。
・「生活の基本−歳時記」
スローライフという言葉が使われる機会が増えてきました。これは、忙しく生きる現代社会に対するアンチテーゼですが、結局のところ、昔ながらの生活の仕方を取り込んでいくということです。特に季節感をいっぱいに取り込んでいけば、それが一人一人の歳時記として身につき、あくせくしない生活ができるのだと思います。
そんな一人の歳時記を形にしたのが本書。「技術評論社」なんて堅苦しい名前の出版社の割にはイラストや写真が奇麗で、日々、手に取るのをためらわない感じがします。一気に読むのではなく、時々にどんな歳時記があるのか確かめながら手にするのが適当な一冊です。
・「好きな本だなぁー」
とても楽しかったです。読み終わったあとも手元に置いて使ってます。生姜番茶や蒸しパンは、懐かしい感じがして早速作りました。季節を楽しむ心を忘れないように、その月のページをめくっては、季節感を満喫しています。軽く読めるエッセイになっていて、イラストもかわいくて今は幼い娘に、嫁入りの時持たせたい本だなぁーって思いました。
・「堅苦しくない年中行事解説書」
美しい季節の写真と可愛いらしいイラストにわかりやすい文章で行事の由来、季節の料理のレシピまでついて読後『日本人の感性は世界に誇れる素晴らしい物だ』と暖かい気持ちになった
・「なつかしい気持ちになります。」
幼い頃、外で遊ぶことが大好きで四季を知らず知らずのうちに体で感じていたこと。大人になって忙しさからそんなことを忘れてしまっていた・・・。昔、母から教えてもらった日本の行事、慣わし・・・。・・・思い出させてくれます。なんだか、とてもホンワカした懐かしい気持ちにさせてくれます。
・「季節を楽しむヒントがいっぱい」
本屋さんの生活・家庭コーナーに平積みされているのを見て購入しました。知っているようで知らない、家庭内での季節行事。この本では、月ごとにエッセイと著者本人が描いた可愛いイラストで季節料理の造り方や行事の飾りつけなどをわかりやすくレクチャーしてくれています。自分のうちでもさっそく試してみたくなる本です。月ごとの暦ページの写真も綺麗!
・「三島、川端も絶賛した沖縄旅行記の大作」
岡本太郎にとっての「沖縄」のイメージが、実際の旅を通じて変遷し、確信に変わっていく様子が、易しく、素直な文章で、率直に表現されていて、沖縄に興味のある人もない人も自信を持ってお勧めする本です。
島津・琉球王国による二重の植民地的支配と重税・疫病・津波・台風・戦争によって、常に厳しく痛めつけ続けられた沖縄の人々が、諦観しつつも投げやりにならずに明るく助け合って過ごしてきた結果、形成された独特の文化、それが沖縄の文化である。意識された美、虚飾が一切なく、「生きること」に直結した唄、踊り、宗教、祭に触れた筆者は、その美しさに感激し、そもそも文化とはどういうものであるものなのかを確信しています。沖縄の文化と日本の輸入文化を対比させ、日本のすべての宗教も文化も、そもそも輸入したもので、政治的意図によってゆがめられたものであり、本来の日本人の肌になじまないものである。その結果、現在の日本人は同質化しており、自らの固有の文化を失っている。日本人の根底にある文化とは、忘れられた沖縄の地に皮肉にも残っているのではないだろうか?というのがあらすじである。
沖縄の歴史と文化について大雑把に理解でき、つまりは島唄の旋律が、どうして物悲しくも明るくも聞こえ、人を癒すのか?が、なんとなく分かったような気がしました。
なお、写真集「岡本太郎の沖縄」は、筆者が、「沖縄文化論」を執筆した旅行時に、筆者が撮影したもので、これまた、もはや貴重な返還前の沖縄の姿が切り取られています。いまは古本でしか買えないけど、貴重な一冊で、両方買って読みたいです。この写真集は竹富島の民宿にはどの家にも必ず置いてあります。
・「沖縄に行く人も行かないひとも、読むべし。」
大方の日本人にとって、沖縄は単に海がきれいで果物がおいしい南国の島か。それとも、日本の負の歴史を背負い占領に苦しむ、かわいそうな島なのか。
岡本太郎は、前者の無責任で能天気なだけの沖縄に対する意識ではなく、また後者のような同情を持ってでもなく、沖縄の本質を見抜き、そこに逞しく生きる人々の姿を生き生きと描いている。
沖縄について多面的に考えるには最高の書であり、沖縄を通して日本の歴史や文化をも考えさせてくれる本である。読み出したら、とまらない。
・「沖縄を考える」
丸山真男の「歴史意識の『基層』」という論文がある。
その基層の部分に溢れているのが沖縄だ。
平たくいえば、縄文時代の「原始日本」のものが溢れているのである。
北海道もそうなのだが、アイヌ民族の文化がほぼ途絶えてしまった今、原始日本を探るには沖縄にいくのが一番の方法だ。
岡本太郎の好奇心、行動力、観察力によって、その沖縄の姿がありありと伝わってくる。
・「買いです。」
なにかの本で横尾忠則氏が岡本太郎のことを、認めたこっちの見識が疑われるほど美術界から徹底して嫌われていた、あれほど世間から認知されているにもかかわらず美術界から無視されていた人も珍しいと述べていました。確かに美術全集なんかに岡本太郎が収められていることは皆無で、以前それを不思議に思ったこともあります。ただ、大宅壮一の「売れないポスターみたいだ」の発言の通り、絵についてはキャラクター抜きには鑑賞できないものも中にはあるかと思います(僭越ですが)。すこし話がそれるようですが、二子新地のかの子の実家近くにある「誇り」は、近所に住んでいたこともあり、何度も見に通いました。すばらしいモニュメントです。同様に、岡本太郎の著作と写真にはそのキャラクターから独立した作品がいくつもあり、本書は「美の呪力」と並んで著作の代表と言えると作品だと思います。
・「何もないことの感動」
ご存じ!『芸術は、爆発だーーー!!』のおっさん。 その人が書いた文章です。 オリジナルは絶版となり、文庫で再刊されたもの。
復帰前の沖縄の旅行記です。 芸術家とは、こんなにも感性が鋭く、そして表現が豊かなものかと 感心させられてしまいます。
短いセンテンスで本質をつく鮮やかさは現在でも色あせない。 いや、沖縄ブームのこの時代だからこそ、 余計、再認識すべきなのかもしれない。
有名なフレーズ「何もないことの眩暈(めまい)」は、その当時かなり物議を醸したとか。
沖縄好きを自認するあなた。必読の書です。
●日本人のしきたり―正月行事、豆まき、大安吉日、厄年…に込められた知恵と心 (プレイブックス・インテリジェンス)
・「事典から整理した資料」
各種の事典から、整理した資料。しきたりを常識として知るのにはよいだろう。
分かりやすさを中心に編集してある。
・「面白い」
こういうモノを読み返して日本人を自覚するのは気持ちよい。
・「"世間"との"落としどころ"が満載」
自分は自分のままに生きると思っても、いろいろなしがらみが生じてくる。人生の様々なイベントは"世間"との意識のすりよせが必要になってくる。そんなときに本著はとても役に立つ。"世間"が主張するしきたりの起源をしれば、押すところ引くところの加減がわかる。
・「さらっと確認したい方におすすめ」
広く浅く日本の行事やしきたり等々に触れられているので、さらっと勉強(=確認)するにはもってこいの1冊です。但し、興味が湧くと同時に「もうちょっと知りたかったなぁ」という物足りなさは正直抱かれるかも知れません。深く読み進めていく上での入門書(=きっかけ)という意味ではおすすめです。
・「知ってて損はないでしょう」
四季の変化に富んだ環境で独自の感性を築き上げてきた日本の文化。現在多くの習慣が忘れられていく中で、身近なしきたりや行事をその歴史的背景や例えを交えてわかりやすく紹介。日本人の豊かな人生観を再認識させてくれる。
日本の伝統行事やしきたりは日本人の敏感な季節感が折り込まれ、また冠婚葬祭の行事も仏教、神道の影響を受け日本独自のものが生まれた。そして今でもそれらはわたしたちの生活にいきづいている。しかし最近ではめんどうなものとして省かれることも多く、また本来の意味も知らずに祝っていることも少なくない。例えば日本人は昔から祖先供養を大切にし、お彼岸には墓参りをし、だんごやぼた餅を作って祝う。そもそもお彼岸の行事を営むようになったのは、昼夜の長さが同じで太陽が真西に沈むことから、仏教で西方にあると言われる極楽浄土にちなんで仏事をするようになったと言われている。普段当たり前に行っていたしきりも、正しく理解した上で関わることで、よりその行事の価値も広がる。
本書を読みながら、もうすぐ4月8日の「花祭り」であることを思い出した。この釈迦の誕生日と言われる日は私が通っていた仏教系高校の大きな仏教行事のひとつで、「いのちを尊重する日」として法話がなされ、またクラスメイトと甘茶で祝った。こうした行事を行っている学校は多くはないだろう。しかしこうした学校行事がしきたりを正しく理解する上の絶好の機会だと思う。「習慣を規定通りにしなければ」と躍起になって苦手意識を持っている人も多いと思う。甘茶がなければこの日が祝えないだろうか、そんなことはない。大事なのは行事に物質的に関わることではなく精神的に関わることだ。文化というのは変化を繰り返してこそ継承されていくものだから、本書の提案するように行事を理解していれば、現代ならではの季節感やアイディアをその行事に取り込むことはプラスだと思う。より多くの日本人が行事を正しく理解して今後も関わってほしい。
・「渋沢敬三さんは良い師匠だ」
「南の島を開拓した人々」「辺境を歩いた人々」を読み、宮本常一という民族学者に興味を持ち、この本を買いました。語り口に何か不思議な味わいがあったからです。渋沢敬三さんと宮本常一さんは実にいい師弟コンビです。渋沢さんは宮本さんをいつも的確な方向に導いてくれていたように感じました。そのせいか、渋沢さんが亡くなった後の宮本さんの仕事はあまり冴えがありません。まあそんなこと大した問題ではありませんが。ところで、宮本常一さんの著作から受けるイメージと、この本の解説に登場する宮本常一さんのイメージが随分違う気がするのは、解説を書いた人が知っているのが晩年の宮本常一さんだったからでしょうか。
・「良かった!!」
久しぶりに本当に良い書に出会いました。宮本常一は、有名な民俗学者ですが、その辿ってきた人生については漠然としたものしか知りませんでしたが、よく分かりました。 この書では宮本自身の人間像、生涯について知ることが出来ます。 生き方や人生について考えている人にとってはとても参考になり人生の糧となるでしょう。そんじょそこらの本より数倍意味があります。やはり、その道を歩いて実践して経験してきた人の言葉には力があります。今までの生き方・暮らし方を少し変えてみようと思いました。
・「自分の人生を考えてしまいした」
民俗学者宮本常一は山口県大島郡の貧農の出身である。この本はその祖父の代から書き下ろされた彼の自伝。自分の祖父や両親、そして故郷、勤め先、やがて旅に次ぐ旅、そして戦争前後半の出来事をまるで民俗事例の紹介をしていくように細かに平静に書いていく。そこから浮かび上がる平凡だったり非凡だったりする人生の豊かさ。柳田国男は民俗学の学問の目的を、たしか「普通の人たちを幸せにする事」に求めていたと思う。実は宮本の採取してきた人生経験と民俗事例は、柳田ができなかった事を実践していたのではなかったか。渋沢敬一という稀有の師匠を得て、宮本はやがて遅咲きの花を咲かす。
宮本は自分の事は誇らない。しかし、回りの人の偉さをかたるとき、それは自分のことをも語っていたのだと私は理解した。特に父親と渋沢敬一のエピソードは感動的である。宮本は大阪に就職で出るとき父親に言われた事を10カ条にまとめている。いや、それは人生訓というものではない。「金があったら、その土地の名物や料理は食べておくのが良い。その土地の暮らしの高さが分かるものだ」といった父親の個性が現れた言葉なのだが、私には一つ一つが、ずしりと来た。
宮本は昭和15年、渋沢敬一に満州行きを止められる。そして昭和19年1月宮本にすでに日本は負けるだろうとはっきり言っている。そしてそのときの混乱の中にあって、「君は戦前見聞したものを戦後につなぐ一つのパイプになるだろう」と励ます。見識の高さ、弟子想いの師匠、凄い。その弟子宮本の昭和20年8月15日は、なんの断絶も生まれず、大阪の食料事情改善のために走り回る事になる。
人は一生の間どのようなことができるのだろうか。この本を読み、しきりとそういうことを考えた。
・「地道なフィールド・ワークの記録」
『忘れられた日本人』などで知られる著者が、自身のフィールド・ワーク体験、柳田国男や渋沢敬三などの恩師への回想をつづった自伝的エッセーです。民俗学というと、柳田国男や折口信夫などのイメージが強いですが、ひたすら地道なフィールド・ワークと実際の体験から生み出される仮説に氏ならではの姿勢が感じ取られます。民俗学の魅力(あるいは苦労の必要さ)を感じさせる一冊です。
・「鬼さん」
想像にも容易いものかと思いますが、鬼とは寂しいものです。何よりも孤独です。歴史の中に、鬼はその系譜を絶やすことなく、ひっそりと生き続けてきた。ある時は世情の不安が、ある時は芸術の関連で、ある時は歴史的な事件が、鬼を生んできた。すなわち鬼とは、現代にも存在しうるという、示唆の書です。さて、全編通して鬼に対する愛情の満ちあふれたこの本。客観的な検証がおろそかな気もしないでもありませんが、日本の風土を「鬼」という角度から斬る。その着眼、内容共に面白い読み物であることは確かです。オススメ。
・「『それをかく鬼とはいふなりけり』」
歌人でもある著者が、鬼に感情移入して始まった研究なので、文章は情感たっぷりで、冷静な文体とはいえないと思った。 それでも、なお、古代から近世まで、「鬼」を網羅し、一冊まるごと「鬼」で埋っている事例豊富な本として、入手する価値はあった。 文体は、読んでいくとすぐに気にならなくなった。読了する頃には、この達者な文章がむしろ心地よくなっていた。 文学や絵画に描かれた鬼を研究対象としているので、鬼そのものの研究というよりも、鬼を描いた人間・鬼を伝えた人間に、むしろ関心のウエイトがあると感じた。 鬼物語が最も多く語られたのは、平安時代だという。大和朝廷に従わなかった「山の民」「棄民」と、その末裔の存在が、「山で集団生活する鬼たち」の伝説の背景に読み取られる。また一方で、政治的な思惑のうずまく王朝の中で、何が「鬼」と呼ばれたか。伊勢物語にある『それをかく鬼とはいふなりけり』とは、いったい何を見たのか。「天狗」にも一章が割かれている。 中世に多くの名曲がつくられた能楽の「般若」面などをつける「女の鬼」への考察もたっぷりある。
日本人は、さまざまなものを「鬼」というひとくくりの名で呼んできた。その内実がこの本で明らかにされる。著者のように、芸術的衝動と共に「鬼」に惹かれるのは、「鬼」の一面を見ているからにすぎない。ほかの残虐な「鬼」もあり、その、著者の理解からは離れるのかもしれない「鬼」のことも、この本はちゃんと含み、記述している。
・「行間から聞こえてくる鬼哭」
鬼哭という言葉が行間から聞こえてくるような趣がありました。主に平安時代から中世にかけての鬼の成立、その生々流転の変化の相貌と衰亡の跡をたどって行きます。「鬼」に向けられた著者の眼差し、著者の思いが、ひしひしと伝わってきます。
鬼たちの声なき声が著者の心の底で受け止められ、考察され、嫋々たる管弦の響きを思わせる文章が素晴らしい。鬼に変身した後の「鉄輪(かなわ)の女」の気持ちに思いを馳せる件りなど、胸を発止と打つものがありました。
映像として殊に印象的だったのは、朝倉山の上から、大笠を着けた鬼が下界の葬列の光景をじっと凝視している姿でした。<< 遺骸を運ぶ喪の列を、深々とした大笠の下からじっと見ていた鬼がいたというのは、まことに深い、静かなおそろしさを感じさせる。>>と著者が書いている、その「深くて静かなおそろしさ」にぞくりとしました。
「鬼」たちの発生と変転、そして衰亡を見つめる著者の深い情がこめられた眼差し、きりりと引き締まった文章の凛とした味わい。
とても読みごたえがあり、心に残る一冊。
・「鬼とは何ぞや」
鬼とは、かくも悲哀と滑稽、妖艶と優美さを表す、モノなのか─。歌人でもある馬場あき子が著した鬼の研究の名作。夢枕獏の「陰陽師」の『生成り姫ノ巻』の最後の言葉の意味は、ここにある、といっても過言ではない。何十年も前に書かれた本であるというのに、古さを感じさせないというのは凄い。鬼の哲学書であるから、ただ読むだけでも面白い。内容は、歴史的な鬼の研究ではなく、古典研究の鬼、謡曲の鬼、である。「鬼とならねばならなかった一人の女の内側を連綿と余すなく語って」いる謡曲鉄輪。「つねに深い羞恥の心が孤独な〈艶〉をたたえて流れて」いる謡曲葵上。ぜひ一度、御覧あれ。
・「知っているようで 知らない縁起もの、おどろきと感動!!」
まず目に飛び込んできたのは、白地に鮮やかに描かれたかわいい縁起ものの数々。よーく見ると、これ縁起もの!? という知らないものがたくさん!!
本を開いてみると、縁起もの1つ1つに対しての分かりやすい説明、広田さん本人やご家族のエピソードが書かれていました。細かい かわいい絵は必見です!!
ふだん目にしている縁起ものもたくさんあるのですが、その名前や なぜ縁起ものとして存在するのか。そして、しっかりとした意味があることに おどろきと感動です!!
日本という美しい国に住んでいながら、なぜ今まで知らなかったのだろう、もっと早く知っておけばよかった!と後悔です。
この本で学び、得たものを これから未来ある子供たちに伝えていくことが、私たち大人の役目なのでは・・と考えさせられました。
ご主人が撮られたという、四季折々のステキな写真にも ホっとさせられました。
ぜひ、おススメです!!
・「京都の花街がよくわかる」
新書版でも中身はぎっしり宮川町、上七軒たずねたとき大いに参考になりました。
・「花街のことはここでわかる」
恥ずかしながら
映画「さゆり」を見てから舞妓や芸妓に興味を持った私です(いやきっと私だけでないはず!!)
ここまで詳しく京都の舞妓、芸妓、花街について紹介した本はないのではないでしょうか?変な主観が入っていなくて、項目別にわかりやすく解説しているのが非常に好感が持てました。
日本人でも花街について知らないことだらけで、外国人に「芸者」って娼婦なんでしょ?なんて聞かれることもしばしばです。この本を読むと、改めて日本の文化ってすばらしいな、保っていきたいなと思います。
この本はもともと、海外の外国人向けに出版された本を日本市場向けに書き直したものだそうです。
日本の文化を誇りに思うと同時に、この本を子供のころに読んでたら舞妓さんになりたかったかもなーーーなんて思いました(笑)
お奨めの良書です。
・「知りたいことは全部教えてくれます。」
タイトル通り、京都の舞妓さんと芸妓さんについて書かれた本です。
舞妓さんや芸妓さんの歴史から、なり方や普段の生活まで、全てコンパクトにまとめられています。著者は、読者がどういうことを知りたいと思ってこういう本を読もうとしているのか、本当に良くわかっているなあと思いました。
新書なので読みやすいですが、情報量は本当に豊富で、十分過ぎる程です。著者自身あとがきで、「書き残されているものは非常に少ない」と書いているぐらいですから。
舞妓・芸妓に興味を持って本を探しているのなら、本当にこれを読むだけでOKです。知りたいことは全部教えてくれますから。
・「京の花街が分かり易く紹介されています」
他にも色々と花街関連の本を読みますが、その中でもすごく分かり易い表現になっていて、花街に興味がある人の最初の一冊にお勧めだと思いました。
・「ここまで書かれた本はないのでは?」
かなり前に読んだ本だが、先月京都へ行く際にあらためて読んでしまった。客観的に見た花街を歴史、伝統、風俗を交えながらうまくまとめてある。読者としては、たった一冊でここまで知ることができて得した気分。ここまで深く取材する著者の才覚というか人柄というか・・・並々のことでないだろうと祇園町を歩きながら感じた。すっきりと爽やかに書かれているところも良い。同じ著者による「京都花街もてなしの技術」もお勧め。
ケータイからは、シンプル・アマゾン通販(モバイル版)をご覧下さい。
シンプル・アマゾン通販は、安心・安全のネットショッピングAmazon.co.jpの商品を紹介しています。
簡単アフィリエイト:あなたのAmazonアソシエイトIDをアドレスの最後に付けるだけで簡単キャッシュバック!(例:2sas.net/?yourid-22)一度IDを付ければ、シンプル・アマゾン通販内の全商品が紹介料の対象になります。アソシエイトIDはこちらから登録可。