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親鸞 (上) (五木寛之「親鸞」)親鸞 (上) (五木寛之「親鸞」) (詳細)
五木 寛之(著)

「とにかく面白い」「日本の仏教が庶民へと浸透する混乱期に親鸞は生まれた。」「何しろとっつきやすい」


親鸞 (下) (五木寛之「親鸞」)親鸞 (下) (五木寛之「親鸞」) (詳細)
五木 寛之(著)

「「親鸞」として、その後が読みたい。」「物足りないな。」「親鸞五木寛之著」


天地明察天地明察 (詳細)
冲方 丁(著)

「久々の読後感」「ラストがいただけません」「かわいい主人公とおもしろいお話。」「虚心坦懐【ちょっとネタバレ】」「関孝和評伝への長大な予告編として読む」


蒼穹の昴(2) (講談社文庫)蒼穹の昴(2) (講談社文庫) (詳細)
浅田 次郎(著)

「清朝末期と日本の幕末には共通の壮大なドラマがある」「さて第二巻は…」「か弱い女性として描かれる西太后」「西太后と紫禁城」「若き力が世を動かす」


蒼穹の昴(1) (講談社文庫)蒼穹の昴(1) (講談社文庫) (詳細)
浅田 次郎(著)

「必ずはまる」「逆説的近世中国史」「言葉遣いが気になる。」「近代中国をここまで面白く書けるとは。」「浅田作品の最高峰!」


蒼穹の昴(3) (講談社文庫)蒼穹の昴(3) (講談社文庫) (詳細)
浅田 次郎(著)

「清朝末期と日本の幕末には共通の壮大なドラマがある」「李鴻章の香港の交渉が秀逸」「愛が深い故の悲劇」「李鴻章が八面六臂の大活躍」「皆から慕われ、星の力を借りずに出世する主人公」


蒼穹の昴(4) (講談社文庫)蒼穹の昴(4) (講談社文庫) (詳細)
浅田 次郎(著)

「自分に近い時代の歴史を知る」「どうなんでしょうか・・・」「全巻を通して・・・最も面白い小説!」「清朝末期と日本の幕末には共通の壮大なドラマがある」「登場人物は魅力的だけど」


錯綜の系譜―目付鷹垣隼人正裏録〈2〉 (光文社時代小説文庫)錯綜の系譜―目付鷹垣隼人正裏録〈2〉 (光文社時代小説文庫) (詳細)
上田 秀人(著)


壬生義士伝 上   文春文庫 あ 39-2壬生義士伝 上 文春文庫 あ 39-2 (詳細)
浅田 次郎(著)

「まるで映画のスクリーンを観るようだ。」「この値段が余りにも安く感じるほどの価値が込められている」「生き抜く苦しみ」「長編では、浅田さんの本で一番好き!」「盛岡に帰りたい(泣)」


壬生義士伝 下   文春文庫 あ 39-3壬生義士伝 下 文春文庫 あ 39-3 (詳細)
浅田 次郎(著)

「生き抜く苦しみ」「泣けて仕方ない作品」「よい本と思いますが。。。。」「武士道、家族愛、国家主義批判」「ただただ人として」


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▼クチコミ情報

親鸞 (上) (五木寛之「親鸞」)

・「とにかく面白い
地方新聞に連載されていた、小説が本になりました。新聞に連載されているときから、切り抜いていました。親鸞が危険な目にあう場面が多く、はらはらしながら読みました。読者を引き付ける面白い小説ですが、親鸞の思想が確り書き込まれていて,五木寛之んの才能を感じさせました。さすが、龍谷大学で仏教史を学んだからかなと感心しました。でも、無茶苦茶に面白い小説でした。親鸞 (上)親鸞 (下)

・「日本の仏教が庶民へと浸透する混乱期に親鸞は生まれた。
念仏門の秘書「選択本願念仏集」があり、その「選択」された「念仏」が物語の柱となる。、

選択(せんちゃく)とは、物事をきっぱりと二つに峻別すること。その二つのどちらが正しく、どちらが優れているかを言下に断定すること。そして、どちらかを選び出すだけではなく、片方を捨て去る。残った片方に身命をかける。その行為は魂が二つに引き裂かれるほどの恐ろしい事であると。綽空(しゃくくう)のちの親鸞は、その引き裂かれた魂から滴る血が、念仏ではないのか?と語りかける。

その激しさゆえ、念仏禁制の弾圧を受ける念仏門だが、綽空から善信(ぜんしん)へと名を変える中、捨てることで生まれ変わってきた男が、最後にすべての考え方を認め、「人間は生きながらでも生まれ変われる事が出来る。      それは他方の考え方を認めること」と気づく。そして、すべての罪を許し、清々と親鸞という名に到達する。

主人公は、忠範(ただのり)、範宴(はんねん)、綽空(しゃくくう)、善信(ぜんしん)、親鸞(しんらん)と物語の中で幾度も名を変えていく。名を変えることは過去の名声をも捨てること。人の一生とは何か?念仏を唱えるだけで本当に人は生まれ変わることが出来るのか?自らが名を変え、名声を捨て、清貧に生きることによって到達した境地。善く信じることの難しさ。徹底して愚かな自己に帰る事によってしか到達し得ない、本当の信心(しんじん)とを、少しだけだが理解した気になる。

本格的に宗教を心身している人には物足りない話かもしれないが、私のような凡人には先人達の思いがジンワリと染み渡り、爽やかな読書後の時間を与えられた貴重な本。感謝です。

・「何しろとっつきやすい
 上巻では幼少の親鸞が思いがけず世俗の底辺の住人達と交わり、比叡山での修行を経て六角堂での百日参籠に入る場面までが描かれています。 中学生くらいでも十分読める平易な文章でありながら、描かれる人物達は実に生き生きとしていて大変読応えがあります。得体の知れない怪しげな連中から後白河法皇のタヌキぶりまで、真実を追い求める親鸞の周りでは一癖も二癖もある人間達がうごめいて、物語に厚みを持たせています。

 どれほど修行に打ち込もうとも消えない迷いに苦悶しながらも仏の姿を求め続け、その先に何を見出したのか―親鸞が今も人を惹き付けるのは、悟った人だからではなく迷い苦しみ続けた人であったからなのでしょう。 教学の難しい話は抜きにして、親鸞のことなら多少なりとも知っているという人から名前しか知らないという人まで、文句無しに楽しめる作品だと思います。

親鸞 (上) (五木寛之「親鸞」) (詳細)

親鸞 (下) (五木寛之「親鸞」)

・「「親鸞」として、その後が読みたい。
易しい表現でテンポよく進んでいくので、若い方でもオススメできます。本作は上下巻で完結になっていますが、欲をいえば上・中・下の三巻の構成で晩年の聖人のところも書いていただきたかったです。

・「物足りないな。
親鸞という人物像、宗教、歴史といったもろもろの要素、どれも深み厚みが感じられず、消化不良。その分、読み物として楽しめるかと言えば、こちらもそれほどでもない。親鸞(上)のレビュー五つ星は驚きです。

・「親鸞五木寛之著
今までの親鸞像とはかなり違った切り口で書いておられるようです。親鸞という人の生い立ちがよく分からないのですが、こういう視点から捉えられるとかなり史実はどうであったのか?分からなくなります。私の親鸞という方は信順を因となし擬謗を縁となして往かれた方だと思います。この後の越後流罪から八十九歳までの歩みを今後書いてほしいと思います。そこに信心の有り様を問うていかれた歩みをを五木氏はどう思われるのか?書いて欲しいと思います。私も五木氏も残りが少なくなってきており今をどう生きるかという問題を書いて欲しかったです。

親鸞 (下) (五木寛之「親鸞」) (詳細)

天地明察

・「久々の読後感
読み終わって、読んでよかったと思いました。生き生きとした登場人物たち、主人公の挫折と苦悩、それでも手放すことのない希望。粘り強く生きる凄さをページから感じます。ハリウッド映画のようなスピード感あふれる作品がよく読まれる昨今ですが、この作品は長く心に残るものになると思います。こんなすばらしい物語を描き出した作者に心から感謝します。

・「ラストがいただけません
中盤までの全国行脚はとてもよかったのですが、下手に史実を扱ったせいかひねりがありませんでした。肩透かしを食らった感じです。マルドゥックシリーズとは比べるべくもない出来で残念です。

・「かわいい主人公とおもしろいお話。
優秀な作品だと思います。軽妙で清々しい小説です。

多くの個性的なキャラクターが登場するので、人物像の掘り下げに難があるのは致し方がないでしょう。キャラに陰りや重みが少ない分、軽快でスピーディーな展開が楽しめます。

キャラ造形が軽いとはいえ、この小説には他の数多の娯楽小説を画すアンカーが装備されています。アンカーとはつまり、この小説の通奏低音たる「”天意の前に仕方なく慎む”を良しとせず、観念=科学でもって天意に挑む」一貫した態度です。

観念を彫琢・開拓する天才関孝和よりも、観念を天から引き摺り下ろし、地面に打ちたてた希代の芸人渋川春海を小説の具として使ったのは「明察」だったと思います。

願わくば、山鹿素行とそのシンパの立場をもっと前面にだしていただければ、アンカーがもう少し重くなったのではと残念です。

主人公は愛らしく素直で実直、出てくる人物は殆ど「いい人」で話の展開が速い、といえば敬遠したくなる読書人もいるでしょうが、まあ読んでみてください。

おもしろいですよ。

・「虚心坦懐【ちょっとネタバレ】
 地元在住の作家が、本屋大賞にノミネートされたと聞き、早速手に取りました。私はこれは本格小説だと思います。淡々と描かれているようですが、登場人物たちの熱い思いは十分伝わってきます。関考和の稿本を前に拍手を打った主人公の気持ちが切なく伝わってくる。食を外した時の落胆、地球の軌道が楕円であると直感した時のエクスタシーはいかばかりだったのか。重厚で、懐かしい読み味です。というのも、途中何度か新田次郎の新作を読んでいる様な錯覚に襲われました。学生時代新田次郎を片っ端から読んでいたのですが、同じ雰囲気を感じました。主人公を見つめる作者の暖かい眼差しや物語冒頭の主人公のの軽やかな登場の仕方、己の才能を誇示しない登場人物たちの清清しさ、大事を成就させた主人公の謙虚な態度、登場する女性たちとの恋愛の初々しさがそう感じさせたのでしょうか。新田次郎と違うところは主人公のライバルたちまでも、敵役ではなく、素敵な人物として描かれているところでしょうか。 この殺伐とした世の中で、この主人公や登場人物の生き方は多くの人々の人生の指針になると思います。

・「関孝和評伝への長大な予告編として読む
渋川春海が主人公の長篇時代小説が評判になっていると聞き、読んでみた。

確かに面白い。しかし、登場人物一人ひとりが、やはりライトノベルの造形で、薄味である。それは読みやすさを増しているのかもしれないが、私としては、こんな薄い人物ではなく、もっと屈折した内面の描写につきあうことが小説を読む喜びだと思う。成長小説なのに、主人公の春海がいつまでたっても現代高校生並みの内面ではちょっとなあ、である(最初はそれでよいのですが)。

そこで、本棚から藤原正彦氏の関孝和評伝(『天才の栄光と挫折』所収)を取り出して、並べて読んでみることにした。

これである。事実の持つ重みは、渋川春海と関孝和のドラマはもっと苦みに満ちたものだったことを示している。真の数学者関孝和には、絶対及ばないことを知っていたはずの渋川春海の苦汁は、たとえばモーツアルトに対するサリエリのようではなかったのか。

時代を傑出した天才関孝和にくらべて、数学的力量においてはっきり劣る渋川春海を主人公にすることが悪いわけではない。しかし、主人公を渋川春海にするならば、関孝和へのアンビバレンツをこそ、主題化すべきだったように感じます。そんな物語も、この作者ならば語れたと感じます。

もっと面白くなったはずなのに、という意味で僭越ながら星4つ。

天地明察 (詳細)

蒼穹の昴(2) (講談社文庫)

・「清朝末期と日本の幕末には共通の壮大なドラマがある
地主の次男、梁文秀(史了)とその地の貧民の子、李春雲(春児)。科挙登第を経て国政を担うこととなる史了と、宦官という方法で内廷のトップまで上り詰めた春児。二人の男(!?)を通して、清代末期西太后が実権を握っていた王朝内部の動乱とそれにかかわる人々の思惑を描いた壮大な歴史小説。

・「さて第二巻は…
清朝末期を題材に西太后、李鴻章など歴史上の人物と、浅田次郎の創作である主人公・春児(チュンル)と文秀(ウェンシュウ)が登場する歴史小説ですが、第二巻は舞台がいよいよ「紫禁城」へ移ります。同郷の春児(チュンル)と文秀(ウェンシュウ)は歩む道は違えど、舞台を同じくする者同士です。

・「か弱い女性として描かれる西太后
 清朝末期時代を描いた歴史小説の第2巻。 この物語の主要人物である西太后が、まず権力の頂点で横暴にふるまう人物として登場しました。 公式の政治の世界で非情な最高権力者として振舞うことはもちろんですが、後宮でも、やれ饅頭に羽虫が入っていたといっては料理長の足を折って紫禁城から追放し、やれ芝居の演技が下手だといっては御前役者を棒叩きにします。そのためにこん棒を持った「散差」という役人が、いつも待機しているありさまです。 一方で西太后には偉大な清朝第六代皇帝の霊と対話する力があり、外国に蚕食される中国の舵取りを「おじいちゃん(乾隆帝)」に相談するという、か弱い女性としての側面も持っていました。 乾隆帝の霊は言います。  「天下に帝位なるものの続く限り、民は救われぬ。真の平和は民の力に   よって初めて実現するものだからの」 西太后は帝政にピリオドを打つ苦しみ耐えることを期待され、「ずるいよ、おじいちゃん」と泣き崩れます。

 本書の主人公文秀と春児は、第1巻で占い師から将来の栄達を予言されました。第2巻で再び登場した占い師が、実は春児には昴の宿星など無かったことを明かしました。家族もろとも飢え死にする卦が出ていましたが、あまりに不憫になった占い師が、掟を破って偽りの卦を伝えたというのです。 その占いを信じた春児は、飢え死にすることなく、奇跡的なめぐり会いを経て西太后にお目通りできるまでに出世した宦官になりました。占い師は言います。  わしは信じたいのじゃよ。この世の中には本当に、日月星辰を動かす  ことのできる人間のいることを。自らの運命を自らの手で拓き、あら  ゆる艱難に打ち克ち、風雪によく耐え、天意なくして幸福を掴み取る  者のいることをな

 崩れゆく清朝の政治の舞台で、主人公たちにどんな運命が待っているのか。 ……第3巻に続きます。

・「西太后と紫禁城
西太后とはどんな人だったのだろうか。そして中国皇帝の権力とは以下ほどのものであったか。西太后については、とかく化け物のような喧伝がなされておりすこぶるイメージは悪い。しかしどうも中国王朝文化の習慣が理解出来ない当時の列強諸国がプロパガンダとして用いたイメージのようである。中華思想とは宇宙の真ん中という意味でその最大権力者が中国皇帝である。西太后は、権力を私物化するために政敵の命を奪っていった非道の人なのか、それとも清朝末期、蹂躙される中国を支えるつわものであったのか。西太后の「人」に迫ってゆく第2巻であった。春児がついに西太后にお目通りする名場面もあり、一気に読み進められた。中国への思いが高まること請け合い。中国に関心のある方にはお勧め。

・「若き力が世を動かす
 西太后を中心に回る清の末期 その権力の前に、誰もが沈黙する。 しかし、西太后は決して悪ではない。

 善かもしれなかった。 西太后側につく春児。 その対極につく親友梁文秀

 清で一番の近代的な軍隊である北洋軍の李鴻章。

 勢力が割拠しつつ、世の中を変えようとする若き力 が活躍を始める。

 王逸と梁文秀と順桂のそれぞれの動きと春児の活躍 3巻が楽しみになる展開です。

蒼穹の昴(2) (講談社文庫) (詳細)

蒼穹の昴(1) (講談社文庫)

・「必ずはまる
舞台は中国、大清朝の時代。一度読み始めると、寝食を忘れて読み進んでしまう、壮大なエンターテインメント作品。

・「逆説的近世中国史
一連の新撰組小説など、浅田次郎の小説は面白いものが多い。NHKの放送に先立読み始めたが、巻が進むに連れ無理な筋立てが目立ってしょうがない。詳しくは書かないが、清朝最大にして最高の乾隆帝が、慈母で観音の生まれ代わり(!)の西太后の懇願にも拘らず、亡国を指図し、そのように進めていくことには無理がある。我々が習った歴史と違い、こういう解釈があり得る、とも思えない。ただ直木賞候補作のことはある。

・「言葉遣いが気になる。
さすが、浅田さん、娯楽性に飛んでいて、やっぱり読み物はこれでなくっちゃなあという感じがいたしました。しんねりむっつり自己の体験をシコシコ書いている芥川賞系列の純文学とはえらい違いです。ただ、どうしても一つだけ気になる言葉遣いが。中国の大河小説というだけあって途中漢文がふんだんに登場し、地の文にもそのような言い回しが多く見られるのですが、その中の「すべからく」。これは「当然」「必ず」という意味の副詞で、文末は「べし」(あるいはそれと同内容の言葉)で結ばなくてはなりません。非常に誤用が多い語でもあります。浅田さんもごたぶんにもれず、「すべて」の意味で使っておいでのように受け取れます。登場するたびに気持ちが悪くてかないません。(合っている部分も少しありますが)。版を重ねるときに直してくださらないかなあ。

・「近代中国をここまで面白く書けるとは。
高校時代,世界史で中国近代史も少しだけやったけど,教科書に「李鴻章」とか「袁世凱」の名前がゴチック体太字になってるので,興味ないけど覚えた。つまらなかったので,その後,忘れた。そんな「李鴻章」や「袁世凱」を激動時代に生きる血の通った人物として生き生きと描き出す浅田次郎さんの筆力はさすがでした。「面白い」という意味では文句なく,4巻一気に読みました。マジメに書いているとはいえ,浅田節は健在で,会話はテンポ良く,時折ひょうきんですらあります。西太后の権力に対する執着ぶりを慈悲と解釈するのは,ちょっと無理があったように思いますが,全体が面白いので,評価を損ねるほどではありませんでした。個人的には,主人公春児の妹「玲玲」がよかったです。春児のように出世階段を登っていくわけではないので,大人になっても,遠い世界の人物として描かれず,常に身近な存在として現実感をもって登場します。ひたむきでチャーミングな名脇役でした。フィクションながら,ストーリーの最後,彼女の昴をつかんで幸せになってほしいなあと思いました。

・「浅田作品の最高峰!
読み終えたときにこんなに衝撃を受けた作品は初めてでした。続編の「珍妃の井戸」、「中原の虹」とともに、浅田次郎作品の最高傑作と言える一作ではないでしょうか。

ご存知の方も多いと思いますが、著者のエッセイ「勇気凛々ルリの色」にも、この本の編集者さんが登場しています(名前は伏せられていますが・・・)。こちらもオススメです!

蒼穹の昴(1) (講談社文庫) (詳細)

蒼穹の昴(3) (講談社文庫)

・「清朝末期と日本の幕末には共通の壮大なドラマがある
地主の次男、梁文秀(史了)とその地の貧民の子、李春雲(春児)。科挙登第を経て国政を担うこととなる史了と、宦官という方法で内廷のトップまで上り詰めた春児。二人の男(!?)を通して、清代末期西太后が実権を握っていた王朝内部の動乱とそれにかかわる人々の思惑を描いた壮大な歴史小説。

・「李鴻章の香港の交渉が秀逸
袁世凱の暗殺失敗、李鴻章の香港の交渉など、内に外にストーリーが展開するところが面白いですね。

・「愛が深い故の悲劇
本巻で、これまで清朝を支え続けた恭親王と李将軍が表舞台から退場し、紫禁城では西太后派と皇帝派の争いがもはや止める事が出来なくなってしまいます。

前巻でもそうでしたが、この巻でも全般的に示されているのが、皇帝に対する西太后の限りない愛。本来ならば、天命を失った清の幕引きを降ろす役割を担うのは、皇帝の役割のはずなのに、「あの優しい子にそのようなむごい仕打ちをさせられようか」と、自らが非難の的になることを省みず、その役割を代わりに果たそうとする西太后。

直接の親子でもないのにも拘らず、いやそれだからこそ、西太后と皇帝の情愛の深さには感動しますし、その一方で、彼等の周りにいる延臣達の殆どが、2人の気持ちを理解することなく、逆に二人を苦しめるように事態を悪化させていく有様に暗然とした思いを受けます。

あと、改革派の旗手として現れた康有為ですが、史実でもああいう性格だったらしく、インタビューした日本の新聞記者が「ああいう人間だから、事を成せなかったのだ」と、あきれ返ったという逸話を残しています。

・「李鴻章が八面六臂の大活躍
いよいよ第三巻ですが、この巻では清朝が欧米列強に蹂躙され、翻弄される様子が描かれます。そこで、李鴻章なのですが、第三巻の見所はやはり李鴻章の政治手腕ではないでしょうか?特に香港の割譲に関しては、英国への「割譲」ではなく「貸与」とした英国側との交渉の場面が、たいへん凛々しく描かれます。99年後(この辺の数字の意味については小説を是非読んでください)英国によって繁栄した香港が中国に返還される。まさに敵国に富ませた香港が99年後に中国に返還され、その富をそっくり貰い受けるという戦略。すごいではありませんか…。

・「皆から慕われ、星の力を借りずに出世する主人公
 清朝末期時代を描いた歴史小説の第3巻。 第11代光緒帝が即位しても西太后は政治の実権を手放しません。西太后に引退を迫る「変法」勢力と、西太后が引退すると失脚してしまう守旧派が勢力争いを展開していますが、その間に、列強諸国による中国の植民地化が一段と進みます。英国から香港の割譲を迫られた清朝廷は、李鴻章を全権大使に任命し、なんとか「99年租借」で決着をつけました。 主人公の文秀は「変法」勢力の中心人物となり、もうひとりの主人公の春児は西太后の側近の宦官として、敵対する政治勢力に身を置くことになります。

 宦官となった春児には、もう守るべき家族がありません。寂しさを埋め合わせるように孤児院を経済的に支援したり同僚の借金返済に力を貸したりしますが、次第に皆から慕われるようになりました。 老いた宦官から「神様ってのは、こういうもんだ」と抱きしめられ、イエズス会の司教から「春児は、主イエスの現し身です。デウスがこの貧しい国の民のためにお遣わしになった、天の使徒ですよ」と賛嘆されます。 第2巻で昴の宿星など無かったことが明かされた春児でしたが、星の力を借りずに宦官の頂点に登りつめる日がいよいよやってきました。

 文秀と同じ年に科挙の試験に合格した二人の友人にも、重要な役回りが回ってきます。 一人は光緒帝の伯父が死ぬときに「西太后を殺せ」という命令を受けました。 もう一人は、乾隆帝の霊から「真の龍玉を守護せよ」という使命を与えられます。

 いよいよ第4巻は清朝末期の動乱に突入します。 この物語の壮大な伏線である「真の龍玉」とは何なのか、主人公たちがどのような運命をたどるのか。

 あー、早く第4巻が読みたい!

蒼穹の昴(3) (講談社文庫) (詳細)

蒼穹の昴(4) (講談社文庫)

・「自分に近い時代の歴史を知る
近代中国ものということで、現代日本人の自分には関係がない、と思う方もいるかも知れない。けれど、清朝末期から始める理由があるのだ。

隋から連綿と続いてきた、シビリアン・コントロールが崩れて、新たなリーダーが乱立してくる、大きな変換期であるからだ。そのシビリアン・コントロールの、最後のリーダーが李鴻章だったのだろう。

1997年の、あの出来事の原因が描かれている。歴史は、必ず現在の原因になっている。文系にも関わらず、受験で日本史を選択したため、清が征服王朝であることすら知らずに読み始めたが、なんでもっと勉強しとかなかったんだろうと後悔しきり(笑)。こんなに面白いのに!世界史をやってなくても大丈夫!読んでるうちに、自ら求めて勉強したくなる、そんな作用もある物語。

・「どうなんでしょうか・・・
いまいちこの小説のよさがわかりませんでした。簡単に言うと起承転結の転の部分が完全に欠落しているように思えました。全てにおいて箇条書きなような感じで、間が無くいきなり結論に向かうといった印象を受けました。さらに結論もそれぞれの登場人物でバラバラで、結局この先どうなるのかもわからず、主人公の一人であるはずのチュンルに至ってはかなり無理やり終わらせたような感じがしてなりませんでした・・・

・「全巻を通して・・・最も面白い小説!
いろいろ意見はありましょうが、私はこの小説は最も面白い小説の1つとして是非とも推薦したい。どこがそんなに良いのか・・・・  <1>清朝王国の末期の混沌とした情勢を、中国国内は勿論、ヨーロッパ、日本の情勢と違和感無く絡めており、広がりのある歴史小説になっている。

 <2>しかも、それがごちゃごちゃせず、とても整然とストーリーが進んでいく。  (さすが浅田次郎の筆力です。)

 <3>宦官、科挙制度という表面上の意味しか知らなかった中国の制度をわかりやすく、かつ 小説の重要な部分として描かれている。

 <4>事実とフィクションとが違和感無く書かれており、小説の世界に引き込まれる。  本当によく調査している、筆者の努力とこの小説にかける気持ちが感じられる

最初は中国風のルビが付いるし、占い師の言葉からのはじまりであり、よく意味が分からず読み進めるのが苦痛でしたが、50ページ程度読んでからは一気に読み続ける事ができました。

とにかく、本当によくできた小説です。読んで後悔はしないと思います。早く「中原の虹」を読みたいと思います。

  

・「清朝末期と日本の幕末には共通の壮大なドラマがある
地主の次男、梁文秀(史了)とその地の貧民の子、李春雲(春児)。科挙登第を経て国政を担うこととなる史了と、宦官という方法で内廷のトップまで上り詰めた春児。二人の男(!?)を通して、清代末期西太后が実権を握っていた王朝内部の動乱とそれにかかわる人々の思惑を描いた壮大な歴史小説。

・「登場人物は魅力的だけど
全四巻の通しの感想です。登場人物のためにストーリーがある前半部と、ストーリーのために登場人物がいる後半の書き方がかなり異なるため、前半で登場人物に入れ込んだ読者(僕もですが)は大いに迷います。あれもこれも欲張ったためにストーリーもそれぞれに登場人物の人物像やドラマも中途半端で、紅白歌合戦を見てるような気分でした。

蒼穹の昴(4) (講談社文庫) (詳細)

壬生義士伝 上 文春文庫 あ 39-2

・「まるで映画のスクリーンを観るようだ。
浅田次郎氏の小説が面白いと思うのは、物語が登場人物の会話調で進む点である。そして、それは時代を飛び越えて(しかも、行ったり来たりして)、あるときは重要なシーンを振り返り、また、あるときは未来に飛んで、その核心に迫る。

主人公、吉村貫一郎は、真面目な、家族思いの侍であるが、その置かれた状況は実に悲惨である。東北地方の貧しい南部藩の足軽であり、尋常に生きていては経済的にやっていけない。そこで、自らを犠牲にして脱藩を決意、江戸へ出、更には京都へ赴いて新撰組の門をたたく。

彼は、相当の剣術使いであったから、早くも土方らに見初められ、幹部扱いとなった。これはラッキーで、新撰組のなかでも割合と恵まれた位置にあったのだろう。しかし、その新撰組が、ただならぬ組織である。激しく変化する時流に巻き込まれ、やがて鳥羽伏見の戦いに敗れ、彼自身は自決を迫られる。

彼は、新撰組で稼いだ金をせっせと東北の家族へ送金した。おかげで、残された妻や子供らは、まわりが餓死するなかで、何とかまともな生活を送れた。しかし、それは、藩の裏切り者からの“汚い”金であり、しかも家族らは農民としての生活を強いられた。長男の嘉一郎は、侍の子であるがゆえに、“子”としては父を許しつつも“侍”として許せず、“家”を意識し“藩”への忠誠を尽くそうとする。その正義感と、時代に押し付けられた矛盾とによって、結果的には、父の幻影を追いつつ箱館戦争へ身を投げ入れ、その短い命を絶つ。

これを因果というのだろうか。親子の絆、家族の絆に感動するが、貧困と、時代の激流のループに親子ともども翻弄された結末は、あまりにも悲惨。

これら一連の、会話調で進められる展開に、私は、まるで映画のスクリーンに張り付いたような感覚で、一気にラストまで“視聴”せざるを得なかった。

・「この値段が余りにも安く感じるほどの価値が込められている
小説の良し悪しは最初の数ページで分かると言われることがあるが、まさにこの壬生義士伝は、その言葉が正しいことを証明している。

はばき元から曲がり、歯がこぼれ落ちた剣を握りしめ、吉村貫一郎が、盛岡南部藩の蔵屋敷に満身創痍でやってくるところから始まるのだが、この場面の描写だけでも見事な上、吉村の語りと、その吉村をあえて蔑むように厳しい態度で扱う大野の言葉にも、読み手を引き込む南部訛りの士言葉が満たされていて、それだけでもぞくっとさせられる。

まさに劇に入り込むための小道具から大道具、そして言うまでもなく役者や脚本家や演出者の極意がこの本の中に凝縮されていて、それを浅田次郎という名監督の手によって、見事に読み手を酔わすものに仕上がっている。

また吉村の叙情的な語りだけではなく、当時を経験した多くの人物らの回想による語り口も、作品を飽きさせない要素であり、新撰組に興味がない人でさえも、読み終えた後は、彼らの最後の武士としての姿に惚れ込んでしまうだろう。

単なるケチかと思いきや、実は家族想いの父でもあり、敵を切り倒す鬼でもあり、そして心根の優しい武士でもあるという吉村貫一郎の姿が、様々な面から幾重にも描かれているのも素晴らしい。

時代劇ファンでなくとも、時代小説嫌いでも、これは読んでみる価値がある。読み終えたとき、浅田次郎という大作家への畏敬の念が自然と湧いてしまった作品だった。

・「生き抜く苦しみ
盛岡南部藩を脱藩して新撰組に入った庶民の視点から見た幕末を描いている。テーマはたった一点、生き抜くこと、だと感じた。

飢饉や戦のために、当時の想像を絶するほどの死の身近さを感じる。とりわけ、命懸けの真剣での勝負や切腹の介錯をする時の気構え、当時の飢饉の酷さ等々、死に直面する時の人間の気持ちの描写が生々しい。人間は弱肉強食の世界に生きる動物で、心がある分、苦しみが大きい。

現代、人間は長寿になり、その分、生への真剣さが失われたが、ほんの少し前まで、人間はこの様な世界に生き、自分達にも、その血は受け継がれている筈だ、と驚愕した。

・「長編では、浅田さんの本で一番好き!
この本を読んで、浅田さんにはまり、40冊以上読んできましたが、長編ではこの本が一番好きで完成度も高いと思います。以下、2007年9月に「下巻」の方のレビューに書いたものを少し修正しました。 武士道=家族愛という破天荒な価値観を何と新撰組に持ち込んで読者を納得させてしまう作者の筆力に驚愕してしまう。インタビューの形を通して、吉村貫一郎の人物像を浮かび上がらせる一方で、インタビューを受けるさまざまな人の人物像+時代背景まで浮かびあがらせてしまう。それがあまりにリアルなので、ノンフィクションかと思うくらいだが、実はフィクションなのである。 また、最後の大野次郎右衛門の手紙には、国家主義批判が隠されている。人は、自分の妻子のためになら死ねるのであって、主君や国のために死ねという風潮がはびこると国は亡ぶと読める。最後をあえて漢文調にしたのは、作者のこの思いを控えめに主張することを目的としたと思われる。この主張は、「蒼穹の昴」「珍姫の井戸」「天切り松闇がたり」「日輪の遺産」「シェエラザード」にも脈々として流れている。浅田さんは自衛隊出身でもあり、そのヒューマニズムは付け焼き刃ではない力強さがある。

・「盛岡に帰りたい(泣)
感想に関しては皆さんと同じ。泣きました。他の方々とは違う泣き所がもう一つ。私の実家が盛岡なんです。やっぱり仕事をするとなるとこんな田舎では、と考えて盛岡を離れました。作品中にでてくる山や橋、地名、城跡、そして石を割って咲く桜(石割桜)。盛岡の方言とおせっかい過ぎるほどの(失礼)人々のやさしさ。はっきりと思い出して泣きそうになりました。非常に丁寧な描写だと思いました。ちなみに雫石から盛岡の城下町ってかなり遠いんですよ。幼い「みつ」が兄に付いてきたところでまた涙です。

壬生義士伝 上 文春文庫 あ 39-2 (詳細)

壬生義士伝 下 文春文庫 あ 39-3

・「生き抜く苦しみ
盛岡南部藩を脱藩して新撰組に入った庶民の視点から見た幕末を描いている。 テーマはたった一点、生き抜くこと、だと感じた。

飢饉や戦のために、当時の想像を絶するほどの死の身近さを感じる。 とりわけ、命懸けの真剣での勝負や切腹の介錯をする時の気構え、 当時の飢饉の酷さ等々、死に直面する時の人間の気持ちの描写が生々しい。 人間は弱肉強食の世界に生きる動物で、心がある分、苦しみが大きい。

現代、人間は長寿になり、その分、生への真剣さが失われたが、ほんの少し前まで、 人間はこの様な世界に生き、自分達にも、その血は受け継がれている筈だ、と驚愕した。

・「泣けて仕方ない作品
以前、電車の中で下巻を開いたところ、涙が止まらなくなり大変な思いをしました。今でも「嘉一郎の母への想い」の部分を数行読んだだけで、ツーッと涙が出てくるスゴイ本です。私の一番の感動作です。しかも主人と仲良くなるきっかけにもなった本で、今では歴史小説が好きになりました。

・「よい本と思いますが。。。。
さすが浅田次郎さんの小説だけあって、とても読み応えはあるし、話の進め方がとても計算されているし、どんどん先を読みたくなるほどの小説であることは、このサイトの皆さんのレビューの通りです。

でも、感情移入はできませんでした。涙線も残念ながら熱くなりませんでした。あまりにも家族に対する愛を誇張し過ぎているからかもしれません。あまりにも理想的なお父さんであるからかもしれません。

このくらい家族のために自分を犠牲にできるくらいの父親が理想なのでしょう。

私も父親をやっていますが、私には少々重い内容かな と思ってしまいました。

面白い、読んでいて全く飽きが来ないし、もっと読みたくなる小説のことは確かです。でも、新鮮組に関する小説でいえば、司馬遼太郎の「燃えよ剣」の方が熱くなれると思いますよ。(司馬遼太郎のファンであるという贔屓もありますが、、、)

いろいろ感想を述べましたが、読んで損は絶対ない小説です。そして、浅田次郎さんの小説をこれからも読み漁るつもりです。いまさらですが、浅田次郎さんの小説は、私のマイブームとなっていますからね。

・「武士道、家族愛、国家主義批判
武士道=家族愛という破天荒な価値観を何と新撰組に持ち込んで読者を納得させてしまう作者の筆力に驚愕してしまう。インタビューの形を通して、吉村貫一郎の人物像を浮かび上がらせる一方で、インタビューを受けるさまざまな人の人物像+時代背景まで浮かびあがらせてしまう。それがあまりにリアルなので、ノンフィクションかと思うくらいだが、実はフィクションなのである。最後の大野次郎右衛門の手紙には、国家主義批判が隠されているように思います。人は、自分の妻子のためになら死ねるのであって、主君や国のために死ねという風潮がはびこると国は亡ぶと読めるのです。最後をあえて漢文調にしたのは、作者のこの思いを控えめに主張することを目的としたのかもしれません。

・「ただただ人として
丁度新選組に興味が出てきた頃に初めて読んだ。男として、義を貫く愚直な人々の物語。けれど義というのは価値観にも似て、これという定義が難しい。私は本作を読む中で、「義」とはとてもシンプルなのではと思った。それは、『大切なもの・人・志を守りたい』ということではないかと―。そして、動乱の幕末で、たったそれだけの望みがどれだけ難しかったか。

それが分かっていてなお、足掻く人たちに泣かされた。「死ぬのは自分たちだけで沢山だ」と怒る不器用な永倉に。賊軍と共に配流先に向かう道すがら、吉村の故郷で慟哭する斉藤に。会津藩士に必死に声をかける南部の人々に。生涯の友に死ねと言わねばならない次郎衛に。小さないのちを守ろうとする人たちに。

映画・ドラマ化され、それぞれ評価されているけれど、原作の筆力には遠く及ばない。それだけ浅田次郎氏の、まるで自分がその世界にポンと置かれた様なリアルさが見事。吉村やその息子に関わった人達による語りで物語が紡がれていくのも面白い。難しい幕末時代を扱ってはいるが、気負わずに最後まで読める。

余りにも心揺さぶられて泣けてしまうので、通勤途中等ではなく、一人でじっくり読んだほうがいいと思う。

壬生義士伝 下 文春文庫 あ 39-3 (詳細)
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