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1Q84 BOOK 11Q84 BOOK 1 (詳細)
村上春樹(著)

「春樹版「地獄の黙示録」」「ホッカルさんのIQも84である(;'Д`)ハアハア」「またしても結婚詐欺」「あの「図書館のすぐれちゃん」もイチオシ本!」「注意して」


1Q84 BOOK 21Q84 BOOK 2 (詳細)
村上春樹(著)

「読み手が作る小説」「久しぶりの長編」「初めて親子関係をテーマにした作品」「まさに総合小説!」「村上春樹は才能ある作家「だった」」


ノルウェイの森 上 (講談社文庫)ノルウェイの森 上 (講談社文庫) (詳細)
村上 春樹(著)

「えーと、何?」「「性」と「現実」の狭間」「つまらなすぎて最後のほうで我慢できず読むのを止めた」「全部読めませんでした」「15分で読了」


ノルウェイの森 下 (講談社文庫)ノルウェイの森 下 (講談社文庫) (詳細)
村上 春樹(著)

「淡々としている」「忘れていた感性」「恋愛ファンタジー」「生と性、そして死の観察者たる「僕」」「心が動きました」


LIFE なんでもない日、おめでとう!のごはん。LIFE なんでもない日、おめでとう!のごはん。 (詳細)
飯島 奈美(著), 重松 清(著), 谷川 俊太郎(著), よしもとばなな(著), 糸井 重里(著), ほぼ日刊イトイ新聞(編集)

「初心者にも、料理になれた方にも」「シンプルだからこそイイ!」「日常的」「ほんとにおいしく作れます!」「気持ちが大事!?」


海の都の物語〈1〉―ヴェネツィア共和国の一千年 (新潮文庫)海の都の物語〈1〉―ヴェネツィア共和国の一千年 (新潮文庫) (詳細)
塩野 七生(著)

「半分つまり1冊読んで考えた、、、」「優れた歴史書」


海の都の物語〈2〉―ヴェネツィア共和国の一千年 (新潮文庫)海の都の物語〈2〉―ヴェネツィア共和国の一千年 (新潮文庫) (詳細)
塩野 七生(著)


海辺のカフカ (上) (新潮文庫)海辺のカフカ (上) (新潮文庫) (詳細)
村上 春樹(著)

「村上春樹氏の小説は初読ですが…」「東京都中野区野方から始まる物語」「海辺のカフカ」「ストーリー・テリングの天才」「無駄の多い作品」


海辺のカフカ (下) (新潮文庫)海辺のカフカ (下) (新潮文庫) (詳細)
村上 春樹(著)

「教養への暴力」「聖人と使徒の物語と迷える若者の物語の合流点」「海辺のカフカ下巻」「ついに母子関係がテーマに」「喪失の果てに残された希望」


海の都の物語〈3〉―ヴェネツィア共和国の一千年 (新潮文庫)海の都の物語〈3〉―ヴェネツィア共和国の一千年 (新潮文庫) (詳細)
塩野 七生(著)


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▼クチコミ情報

1Q84 BOOK 1

・「春樹版「地獄の黙示録」
「善」と「悪」、「正義」と「不正義」それらが状況、環境、立場によっていかようにも入れ替わること。境界線など引けず、善は悪の一部で、またその逆も正しいこと。そのような、我々の生きる混沌とした現代のなかで「愛」だけは普遍・不変であること。それを、村上氏なりの物語で描ききった意欲作だと思う。

・「ホッカルさんのIQも84である(;'Д`)ハアハア
(;'Д`)ハアハア  IQというのはインテリジェント・クオリティの略で、日本語では知能指数と呼ばれているモノである。

分かりやすく言うなら『超人強度』であり、それがそのまま『強さ』と結びつくわけではないように、知能の高さとイコールであるわけではないのだが、頭の回転の速さ(基礎学力を含めて)をも測定できる試験である。

言い訳が許されるのであれば、知能テストの過去問を勉強していなかったため赤点(IQ84)だったのだ。過去問で傾向と対策を掴んで、何度か模試を受ける研鑽を積んでいれば170以上は余裕だらう(頭の回転の速いヤツが、その場で閃く程度の事くらいちゃんと勉強していれば対応可能だろう。まったくコレは不名誉極まりない事で、今さらもう一度受け直しても実年齢で割ったりするというワケの分からん計算で測定されるため絶対に低くなる。子供の頃でないとダメらしい おいらもどこかの漫画やアニメのキャラみたいに高い知能指数を誇ってみたいもんだ)

そんなおいらが本屋に入ってみると、IQ84というタイトルが目に飛び込んできた。IQ84とは・・・おいらの知能指数ではないか?

IQ84はIQ75以下が知的障害者であるため、池沼に毛が生えたような存在である。軽度の知的障害者と言っても差し支えない

故にこの本に書いてある主人公の知性がおいらより明らかに劣っているならばおいらの本当の知能指数は84ではないという事の証明にもなる。

それを期待して読んでみたらIQ84とは思えない程、しっかりした文章で書かれていた。池沼の分際で生意気だと思いながらも読んでいったのに、知能指数について触れているシーンが一つも無かったのが印象的だった。

・「またしても結婚詐欺
ある評論家の言った結婚詐欺という言葉ほど、村上春樹の特徴を表すものはないだろう。 読んでいる途中はとても面白い。面白いのだが、物語が途中から観念的な世界の話(ファンタジー)に移行されてしまうのだ。 もちろん作品にファンタジー性を持ちこんでいることを批判しているのではなく、深刻なテーマを提示しておきながら、どこからかそれが観念的な事柄に収縮し、特に解決なく完結してしまうことに異を唱えているのである。 作中に小説家は問題を解決するのではなく問題を提示する存在である、との話があったが、それはもちろんそうなのだが、物語としては完全に解決させなければならず、著者はどこかから話の流れを失い、作品を操ることを放棄しているように見えるのである。 また気になったのは、手をつないだ一瞬のことを通して、二人の主人公がお互いのことを想い合う。これは二つの並行する話をどうにか繋げようとする作為的なものとしか感じられなく、あまりにも甘いと言わざるを得ない。 そのためか読んでいて二巻の途中からだんだんと腹が立ってきた。ただ当初はこれで完結かと思っていたのだが、どうやら続編があるらしいのでなんとか最後まで読み終えた。だがこのあと語るべき内容があるとは、私にはあまり思えない。 村上春樹というのは読んでいる間は面白いが、あとには特に何も残らない存在であるということを改めて認識した。

・「あの「図書館のすぐれちゃん」もイチオシ本!
過去を振り返り、新しき世界を切り開く姿勢は評価できる。温故知新ということで人によって評価が分かれるかも知らないが、私はイチオシしたい!

・「注意して
所々 太字フォントが出てきます。ページをめくるとどうしてもそこに目が行って途中の文章を読まずにそこを読んでしまうかもしれません。そんな読み方したら面白いわけないですよね?ページをめくって濃く見える行が視界に入ったら目で追う前に左手で覆い隠したほうが良いですよ。

1Q84 BOOK 1 (詳細)

1Q84 BOOK 2

・「読み手が作る小説
今作は、小説とは何か?という問い自体を含んだ作品で、つまりはメタ小説としての色合いがとても強い作品でした。そうしたところはやはりちょっと抜きん出ています。多くの翻訳を通して、繰り返し読みかえされる美的リズムやテンポを持った文体を多く学んだ、と筆者はどこかで述べていましたが、特に前半のハードボイルドタッチの描写に良く現れています。一方後半は心地よい耳障りをあえて抑え、しつこいぐらいの攻めの文体となります。大きなテーマは、世界と個人、システムと卵の殻、個と個の触れ合いによるぬくもりのある交流、善悪を越えた物語の力。モチーフは、宗教、性、初恋、親子、友情。ストーリーは礼儀として省略。モチーフやストーリーにしか関心を示さない読者には、ちょっとわかりにくい小説かもしれませんが、ちゃんとエンターテイメントにもなっています。それでも、私には最近の村上春樹氏は文中で少々言いたいことを言ってしまい過ぎなきらいがある様に思えるのですが、それを差し引いても、小説でしか味わえない何ともいえない感覚の世界に読者を引き込みます。ハッピーエンドとか勧善懲悪とかいうタイプの物語ではないので、読了後、納得するとかしないとかではないです。私は先ほど読了しましたが、心地良い余韻に浸っています。イメージの連鎖、受け取る側が作る小説です。

・「久しぶりの長編
今回は主人公が二人いて、それぞれの視点で物語が進められていくため、人物への感情移入や、文章への没入感を過去の作品をほど得ることが出来なかった。第一巻まではいつもの村上春樹の世界へ入っていく感覚を楽しむことが出来たが、第2巻では張り巡らされた伏線をまとめる為のやや作業的な文章になってしまい、文の美しさを味わいながら読むというよりは、ミステリー小説の謎解きを読まされている感覚に陥った。アフターダークでは一冊を通して美しい文章による独自の世界観を味わうことが出来たが、長編の今回は2冊目の途中からこの小説の世界観の中へ浸ることが難しかった。

・「初めて親子関係をテーマにした作品
今週は各メディアで1Q84が1,2合わせて100万部売れたことが話題になっていました。まもなく200万部売れて、日本人の1%が同じ時期に同じ本を読んで、その内容について話題にできるという現象が現れたらおもしろいと思います。こんなことは今のところ村上春樹しかできない芸当ではないでしょうか? さて、読後感ですが、著者が初めて親子関係を主題のひとつとして描いた作品です。この点についてコメントするならば、私は正直なところ天吾にも青豆にも魅力を感じることができませんでした。親子関係の被害者としてしか生きることができないのは、あまりに未成熟です。著者が60才になって初めて描いた親子関係がこのような一面的なものであるというのは、ちょっと拍子抜けです。ブック3以降に期待したいと思います。

・「まさに総合小説!
初日本屋で偶然、平積みされているのを見かけ、勢いで12とも購入…(高いのよね、新刊) 三日で読む予定が意外に時間かかった!あらゆる面で手強い。 リアルとシュールのカオスはまさに村上ワールド。 恋愛であり、ファンタジーであり、ハードボイルドの要素あり、純文学の様であり、おまけに官能的でもあり…といった、まさに総合小説と言っても過言ではないと…!? キャラが素敵でした。特にゲイのタマル!カッコイイ♪ 後半はちょっと胸やけ状態になったので☆一つ減らしました。 読み終えた日の夜に、リトルピープルと緑の月が夢に出ました(笑) 続編はないと思います。てか、完結であってほしい。

・「村上春樹は才能ある作家「だった」
タイトルにも記載させて頂いたが、村上は確かに才能ある作家だった。それは「世界の終りとハード〜」や「ノルウェイの森」を読めば、その卓越したメタファー、文章力、独自の世界観らは当時の日本純文学作家群の中でも群を抜いていた。しかし、本作はもう村上の「才能の枯渇」を露呈しているものでしかない。〜まず、作劇の基礎中の基礎であるが、小説はテーマをモチーフ(メタファー等)によって網羅して記されるものであり、「自分の書きたい事を直接書く」事は純文学の完成度からいって、あってはならないのが原理原則だ。それならばエッセイですむ。しかし、本作は特段のしかけもなく、ただ二人の主人公のほぼ独白と描写によって村上が言いたい事を「直接書いて」しまっている。〜僕自身は「ねじまき鳥〜」から明らかな作品の劣化を感じてきていたが、ここまで来ると、村上の才能の枯渇を疑わざるを得ない。〜どんな才能ある人間でも才能とは有限の貯蔵タンクだ。天才・三島由紀夫であっても遺作となった「豊饒の海」の3.4巻は1.2巻とは明らかな枯渇を露呈していた。〜村上がこの先作家としてどんな活動を続けていくのかは本人にしかわからないが、僕自身、残念だが村上の今後のフィクション純文学作家としての活動は厳しいものになる。としか思えなかったのが本作の読了感だ。

1Q84 BOOK 2 (詳細)

ノルウェイの森 上 (講談社文庫)

・「えーと、何?
主人公はかなりの読書家、本好きな人って現実逃避な面あるよね。トーマス・マンの「魔の山」ヘルマン・へッセの「車輪の下」懐かしい本の題名が出てきて、高校時代を思い出しました。村上氏、そういう小説書きたかったのかなあ?。この作品は、自殺者が多すぎて、所々ユーモアがあるのに、軽いノリの暗い小説といった印象です。今なら欝病の薬で治ったかもしれないなあ、あの人達。男子大学生が主役だからセックス抜きで語れないだろうけれど、節操ないよー。それに登場する女性達、ほとんど彼女達ばかりに話させているのが腑に落ちないし、やけに男性の欲望に理解有過ぎ。世の中そんな都合のいい女ばかりじゃありません。でも面白かったです。海外でも人気があるとか、たぶん、何を考えているかわからない日本の若者の生活実態みたいなものに興味引かれたのでは? 余計な事ですが、高野和明氏の「幽霊人命救助隊」、自殺したくなったら読んでみて。笑えます。

・「「性」と「現実」の狭間
 この作品については、あらゆる方面で語りつくされているので、今更コメントを述べることもないのですが、一言で言いきってしまうと、”超一流官能小説”です。 それは、きっと読後に感じられる実感だと思うのですが、とても人の根源的なことを「性」という一側面(本当は目を背けたいけれど、なぜか熟読してしまう人が多いのでは)を過去現代に表出した作品だと言えます。  現実には捉えがたい「性」というものを、虫網で捉えたような、そんな物語だと思います。

 今まで読んだ作品のなかで、このようなせくシャリティを感じた作品はありません。

今のところ、自分の村上春樹さんの作品の中で”BEST"です。

・「つまらなすぎて最後のほうで我慢できず読むのを止めた
最初からシュールな環境音楽みたいな本だなと感じていたが最後のほうまでそんな感じだった。私は普段から本を読むほうだし、読み始めた本を途中で投げ出すことはほとんど無い。しかし、この小説はつまらなすぎて最後まで読めなかった。国外のみならず海外でも評価されているというが、その理由が全くわからない。何かの間違いで名作と評されてしまった虚名としか思えない。ただ、著者が最近出した1Q84って小説のプロモーションは、松本仁志が映画大日本人の時にやったのと全く同じ方法だった。普通に出版するより儲かっただろう。そこはさすがだと思う。

・「全部読めませんでした
友達にすすめられて、読みかけたことがあります。でも、この作品が発する独特の、鬱々としたムードに引きずり込まれそうになり、途中で読むのを止めました。それだけ、著者の作る世界が強烈なんだと思います。でも、何ゆえここまで持て囃されるほどの名作なのか、わかりませんでした。

・「15分で読了
 村上春樹の新作『1Q84』が手に入らず、こちらを買ってみる。 冒頭からしばらくのシーン。「あのときのことは忘れない。でも忘れちゃった。直子のことは忘れられない。でも顔が思い出せない。うんぬんかんぬん。」で読む気をなくしちゃった。 自分が思春期の頃、お遊びで書いてみた小説もどきを思い出し恥ずかしくなり、発狂しそうになった。 その後、ネットで検索して、村上春樹とは、マスコミとイメージが作り上げた虚像だということがわかり、後はセックスシーンだけ飛ばし読み。 15分で読了。もう2度と彼の作品を読むことはないだろう。 以上。

ノルウェイの森 上 (講談社文庫) (詳細)

ノルウェイの森 下 (講談社文庫)

・「淡々としている
淡々と流れていくような感じ。 こういう表現は、そこに広がる世界を趣深く想像させてくれるし、露骨な性描写に対する不快感を和らげてくれたりするけれど、この作品のテーマとして謳われているような喪失感を表せているのかと考えると疑問が残る。

淡々とした喪失感は、虚無的な印象にならざるを得ず、絶望や葛藤など、喪失感に付随する感情の起伏というものが表現しきれていない印象があるので、どうしても物足りなさがある。

現実の喪失感というのはもっと壮絶なものであり、受け入れがたいもの。そういったものを諦観的に受け入れて淡々と物語ると言うのは、青年期である主人公の心理としては、やはりしっくりこない。

これが村上春樹の世界観なのだと言われれば、それまでだが。

・「忘れていた感性
今まで村上春樹の作品を読んだことがなかったのですが、今回、カナダ人の友人に勧められ読んでみました。ビートルズの曲と物語の回想シーンとが見事に状況をとらえ、何回も読みたくなる本です。ストレートな文章から、忘れていたとてもデリケートな感性が呼び起されるような気がしました。

・「恋愛ファンタジー
村上春樹さんの作品で、はじめて読んだのがこのノルウェイの森です。悲しい話なのですが、どこかファンタジーな感じもします。この作品が相当面白かったので、しばらく村上春樹さんの作品を読みあさりました。その結果、ノルウェイの森が、一番面白かったです。

・「生と性、そして死の観察者たる「僕」
「幽霊」のように「存在感」がなく、この世をたゆたく「僕」を通して、1970年代の学生のライフスタイルを舞台装置に、生と性、死を描いた下巻です。

読み手によって、千差万別な解釈と評価がでることは必死な作品ですが、この作品が、私の村上春樹氏デビューとなりました。

存在感のない「僕」、生きる目的も死ぬ意味もみいだせず、性に執着することもない「僕」の目の前を通り過ぎていくさまざまな人々。とても、生き生きと生きているとは言いがたい「僕」と、彼らの、思念を流れるままに、オートグラフしたかのような形式が、とめどない言葉のストリーミングとなって読者の前を通り過ぎます。

斬新な手法と、一見恋愛を描いたようなストーリーですが、深読みすればするほど、カフカ的な小説に見えなくもない。

「僕」ワタナベの過去の抜け殻を記憶に残すための、直子とキヅキ。それに対して、今の「僕」の記憶をとどめるために存在する「緑」と「永沢」先輩。過去と今をつなぐ「レイコ」さん。

自分の肉体と精神では、満足に生を生きられない、かわいそうな「僕」を通して、過去の中の「過去と現在、そして未来」を回顧する、斬新な手法の本作品は、言葉の嵐にどっぷりとつかって、現代の小説の洗礼をたっぷりと受けるにふさわしい、おもしろくも虚無的な作品でした。

・「心が動きました
心が動きました。

純愛の物語と言うよりも、喪失の物語と言えると思います。 

物語を通じて緑の存在が救いです。緑の生命力が、主人公・僕の生きる力になっていると思います。

本当に大きな喪失は、時間と共に解決していくしかない。どんなに心にポッカリと穴が開いても、記憶はいつか遠ざかっていきます。記憶が遠ざかっていく事実におののきながらも、人は生きていける。

ポッカリと開いた穴に飲み込まれないように支えてくれる存在がいてくれること。こんなに素敵なことはないと思います。

ノルウェイの森 下 (講談社文庫) (詳細)

LIFE なんでもない日、おめでとう!のごはん。

・「初心者にも、料理になれた方にも
説明がわかりやすいので、初心者の方にも簡単に作れると思いますし、今までレシピを見ないで作っていた方にも、もう一度このレシピを見て作ると新鮮な驚きがありますよ。お勧めです。

・「シンプルだからこそイイ!
掲載されているのはどれも定番メニューです。だからこそ、違いがわかる?感じ。『しょうが焼き』いいですよ!

・「日常的
載っている料理の内容は日常的に食卓に登場するものが多かったです。

特に生姜焼きは、今まで何種類かのレシピ本で作っても主人からはイマイチと言われてしまってましたがこの本で作ったのはお肉もパサつかないし美味しく出来ました。

他には唐揚げと炊き込みご飯を作りましたが美味しかったです。

私はレシピ本を見ながらでないと料理が作れないのですがこの本は材料と手順が別のページなので手順を見ながらページを変えて分量を確認しなければならないのが残念なところです。

・「ほんとにおいしく作れます!
材料も普段家にあるもので作れます。なのに味が違うんです。自分で料理を作るとどうしても自分の味にしかなりませんが、この本の通りに作ると、目からうろこです。糸井重里さんのおっしゃっているように、最初は自己流アレンジ無しでやってみるのがいいと思います。

・「気持ちが大事!?
「かもめ食堂」「めがね」ですっかり飯島さんのファンになってしまいました。丁寧に気持ちを込めて、お料理をすると、こんなに美味しそうな物ができる事を教えてくれるステキな本です。

LIFE なんでもない日、おめでとう!のごはん。 (詳細)

海の都の物語〈1〉―ヴェネツィア共和国の一千年 (新潮文庫)

・「半分つまり1冊読んで考えた、、、
塩野の作品はとても男性的でまるで戦略をたてる男なのかはたまた政局を取る立役者なのかと、おもしろくていまのところ快調にページは進んでいる。一度読んだのだがなにか釈然としなかったが今回ようやく分かるかと思われる。

 それは、千年も何故あの小さなヴェネチアが沈まなかったかと言うことだ。しかし、表題の美しさからすると海の不思議もわかってきた。これからさき読みすすめば案外ははーんやはりなというのが分かってしまうのだろう。

 共和国つまりは人と海との戦いが静々と長きに渡り続いたのだなとなんとなく分かる。みなさまも購入されてメルヘンではない水の都の栄枯盛衰をお楽しみください。

   推薦いたします。

・「優れた歴史書
生き延びるには過酷な条件の中、小国でしかないヴェネツィアがいかに自由と独立を守り続けたか、それが生き生きと伝わってきます。大部である一千年の通史ですが、一気に読めます。歴史上の出来事、政治のシステム、経済上の制度、そしてバックボーンとなる彼らの考え方に力点をおいていますが、個々の人物もきちんと描かれ、市井の人々がどう生きていたかもわかります。「近くの味方は、しばしば近くの敵より始末が悪い」、「国作りとは、その国の民族の性格の反映」、「大義名分が有効なのは〜周辺の強国の抗議の口をあらかじめ封ずるのに役立つから」等興味深い言葉にも出会えます。

海の都の物語〈1〉―ヴェネツィア共和国の一千年 (新潮文庫) (詳細)

海辺のカフカ (上) (新潮文庫)

・「村上春樹氏の小説は初読ですが…
村上氏の小説はこの「海辺のカフカ」が初めてなのですが、冒頭からの独特の文章と編成に少し戸惑いました。

別々のお話が代わる代わる進んでいく形式には読み進めて慣れましたが、田村カフカ側のお話がどうも読みづらい感じがしました。「例えば〜」と長々語られる別作品についての文章は正直、あまり読む気が起こりません…。所々の性描写もストレートすぎてあまり自分の肌には合わないように感じました。

一方でナカタさん側の進行は淡々としていて読みやすく、和みました。(猫の心臓のくだりは他の方も仰るように、少々気分が悪くなりましたが…^^;)

村上氏の作品は良い評価も多いので、一度触れてみる機会が出来てとてもよかったと思います。ですが、今後また作品を読みたいかと問われると…微妙です。

読書経験の少ない若者の意見ですが、少しでも参考になればと思います。

・「東京都中野区野方から始まる物語
 こういった作品に「謎解き」を期待するのは不謹慎なことかもしれません。当然、明確な答えなどは著者は用意していないでしょう。しかしそんな抑制も効かなくなるほど、細かな情景描写や心理描写がもどかしく感じられ、先へ読み進みたくなる作品です。 物語は、唯一「東京都中野区野方」を共通点とする、少年と老人の話が全く無関係に並行して語られ、上巻の最後でようやく関連を持ち始めます。 この2人のまわりに、さまざまな人物が行き来します。その中には、かなり浮世離れした人物が何人かいます。いわくありげな人たちの前史も明らかにされ、一幅の絵と、一編の曲に収斂していきます。

 老人と少年がどういう形で出会うのか。あるいは出会わないのか。出会うとしたら、それはやはり瀬戸内海の向こうなのか。少年は母と姉にも会うのか。そして、父の予言どおりの展開になるのか。なぜ、老人は猫との会話能力を失ってしまったのか。少年と老人のどちらが罪を犯したのか。・・・などなど。 そして最大の謎は、戦時中に小学生たちを襲った「事故」でしょうか。・・・下巻に進まないわけにはいきませんね。

 もちろんストーリー展開を離れたところで、じっくりと心理描写などを味わうこともできます。多感な15歳の家出少年の揺れる心と大胆な行動。実社会とほとんど無関係に生きている老人の純粋無垢な心と、実社会のただ中にいる人たちとの珍妙なやりとり。そして、ときに前触れもなく起こる超常現象の数々。 そして大島さんをはじめ、脇を固める人物たちの短くも印象的なせりふも、読者をうならせずにはおきません。

・「海辺のカフカ
タフな15歳の不思議な魅力にひかれる。まだつながらない登場人物にもひかれていきます

・「ストーリー・テリングの天才
 私は村上春樹のファンではないが、彼の主著はほとんど読んでいる。彼の小説はどれも、主人公の性格、モチーフ、文体といった点で類似しているが、この小説もその例外ではない。ファンは、また村上春樹ワールドに帰ってきたという感覚を抱くだろうが、アンチは、また同じパターンかよ、と感じるだろう。  私は村上春樹はストーリー・テリングの天才だと思うが、本書でも村上は天才振りを発揮している。ここまで読ませてくれる作家は少ない。他方で、本書が文学として捉えられることには若干違和感を感じてしまう。村上文学の「文学」たる所以は、その象徴性にあると思うのだが、この小説は彼の他の作品に比べると象徴性の点でやや陳腐である。下巻がどのような展開を見せるのか楽しみ。

・「無駄の多い作品
一言で表すなら、無駄に長い。

無駄な面が多いと思う。 読んでいて深みがあまりないから、すらすら読んでいくことができなかった。確かに物語がひとつに収縮していくのは面白いんだけど、二つのストーリーを一つのものにまとめるための調整のために長さや描写の濃さに制限がでていたんだと思う。

でもこんな作品でも引き込まれるところはあって、後のところは結構つまらなかった。

海辺のカフカ (上) (新潮文庫) (詳細)

海辺のカフカ (下) (新潮文庫)

・「教養への暴力
非常に興味深い作品でした。小説は本来前提とする知識を懇切丁寧に提示しないものですが、この作品には詳細すぎる引用がつき、しかも著者の解釈まで述べています。こうして、必要とされる教養を提示し、主題部分に入ります。教養の導入では絶対に誤読を許さない姿勢があるのに対し、主題部分は筋こそ丁寧に解説してありますが、メタファーが一義的には思えず、感覚的に分かっても、言語で説明するのは困難です。教養主義者と共に小中生にも開かれたテキストですが、知識に頼らずどこまで読めるかが測られます。教養人と呼ばれる虚飾を暴力的に否定している大作です。

・「聖人と使徒の物語と迷える若者の物語の合流点
 舞台が完全に四国に限定される下巻になっても、相変わらず少年の物語と老人の物語は、淡々と並行して交互に語られます。「ハイドン」などの共通項が、トランプゲームの神経衰弱のように配置され、ついに「入り口の石」を巡って、二つの話は合流します。しかし二人は結局出会うことはありません。

 そして読者は、著者から叩きつけられた挑戦状を意識するでしょう。ナカタ老人は一体何を象徴し、星野青年は一体何を代表しているのか。大島さんはなぜ登場しているのか。カフカ少年が高知の原野で見たものは… 読者は数々の問いに対して、自分なりの答えを用意しなければならないでしょう。そうでなければ、この小説を読んだ意味はありません。中でも、ナカタ老人が象徴するものについての考察は必須課題かもしれません。

 二人の人間の「死」を経て、オイデップス王の場合とは異なり、最後に少年の「生」への前向きな決意で話は終わります。もう一つギリシャ神話と大きく違うのは、「姉」が介在することです。それとの関係性も含め、これからの少年の人生にあれこれ考えを巡らせることにしましょう。それは最後まで読み切った読者へのご褒美でもあります。

・「海辺のカフカ下巻
すべてがつながっていく後半。多分一日で読んでしまうくらい、おもしろい

・「ついに母子関係がテーマに
 村上春樹の他の主要作と同じように、下巻からは一気に筆のギアが上がり、2つの世界が一つへと収斂されていき、メタファーのオンパレードとなる。この相も変らぬ手法についてはマンネリという批判は避けられないだろうが、ついつい読み進める気にさせるのが村上春樹の筆力の凄いところだと思う。

 また、本書は、これまで村上春樹が不思議と取り上げてこなかった母子関係に迫っている。本書に限らず村上春樹の多くの小説は少年が内面と外界との葛藤から自我を形成していく物語だと思うが、本書ではその過程で実は一番クリティカルな母子関係を中心に据えている点で、意欲的だと思った。このためもあってか、村上春樹のほかの作品よりも一層内省的な作品に仕上がっている。

・「喪失の果てに残された希望
上巻で、凄まじい勢いで展開し、拡大し、膨れ上がった世界観は、やっぱり物凄い勢いで、急速に集約していきます。

登場人物たちはそれぞれ、自力で自分の宿命に決着をつける。宿命を完全に消化する人、新しい運命を切り開く人、新しい運命を引き継ぐ人、みんなそれぞれ、帰るべき場所に帰っていきます。

漠然とした世界観を「メタファー」の一言で片付けているように捉える人が居るのも理解できます。この作品に対して、「理解できない」「意味がわからない」という感想を持つ事は、ある意味当たり前で、ごく普通の感覚だと思います。

ただ、この作品は(というか、村上春樹の全ての作品通じて言える事ですが)、抽象の元になっている具象を敢えて明確にしない事で、最終的な解釈を読者に委ねているんですよね。きっと。敢えて答えの余地を残す事によって、読者ひとりひとりが、それぞれ違う解釈や感想を抱く事が狙いなのだと、私は勝手に思ってます。そしてそれは、決して読み手側に何かを押し付けようとしない、書き手側の優しさの現れのように思えます。私は、自分自身が、この作品を理解し切れているとは到底思えません。それでも、「世界の全てはメタファーだ」という大島さんの台詞は、私の中で凄く強く生きていて、何度も何度もこれに救われた気がします。

元々、人間の脳(或いは心)=フロイトの精神分析の構図を分解し、物語という時系列で再構築したものが村上春樹の作品であって。海辺のカフカは、村上作品の中で最も、人間の精神構造とか魂、意識や意志のような、観念的な方向に迫った作品だと思います。

村上春樹自身も、この作品で新しい視座を切り開き、拡張している。だからこそ、読み手にもそれが伝わり、新しい何かが切り開かれる感覚を覚えます。

村上春樹の長編は、絶望と喪失の果てに、僅かだけど確実な希望が残る、という展開がお決まりだけど、この作品の果てに残される希望は、ちょっと他作品とは種類が違う気がします。読むたびに、脳が浄化されるような気がするのは、私の勘違いかなぁ。とりあえず私は、この作品が、村上春樹という日本が世界に誇る作家の持つ一番新しい能力の集約だと思っています。

海辺のカフカ (下) (新潮文庫) (詳細)
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