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▼宮本輝:人気ランキング

花の回廊―流転の海〈第5部〉 (新潮文庫)花の回廊―流転の海〈第5部〉 (新潮文庫) (詳細)
宮本 輝(著)


錦繍 (新潮文庫)錦繍 (新潮文庫) (詳細)
宮本 輝(著)

「ストーリーテリングの天才」「手紙によって書き記される『真実』」「過去・現在・未来」「男視点のロマンティシズム…」「バカバカしい?」


骸骨ビルの庭(下) (文芸第一ピース)骸骨ビルの庭(下) (文芸第一ピース) (詳細)
宮本 輝(著)

「永遠とは」「読めばわかる」「焼きが回った」


天の夜曲―流転の海〈第4部〉 (新潮文庫)天の夜曲―流転の海〈第4部〉 (新潮文庫) (詳細)
宮本 輝(著)

「人のもつ「運命」のやるせなさを感じてきます」「忘れがちな正しい生き方」「富山を舞台に家族の流転はつづく」


骸骨ビルの庭(上) (文芸第一ピース)骸骨ビルの庭(上) (文芸第一ピース) (詳細)
宮本 輝(著)

「生きるって過酷。しかし何かを見つけるために。」「がっかりした。」「駄作」「冒頭の戦慄」「ぐいぐい読ませます!」


血脈の火―流転の海〈第3部〉 (新潮文庫)血脈の火―流転の海〈第3部〉 (新潮文庫) (詳細)
宮本 輝(著)

「子供の成長を通した親の姿を見る」「物語がどんどん深みにはまって・・・」「父と息子」「松吾の家族愛」「この3部作が人間くさくて、面白い」


地の星 (新潮文庫―流転の海 第二部)地の星 (新潮文庫―流転の海 第二部) (詳細)
宮本 輝(著)

「生きる環境がどうであれ・・・」「巨人熊吾、郷里にて充電中!」「読み出したら止まらない」「感情の宝庫のような作品」


魂がふるえるとき―心に残る物語 日本文学秀作選 (文春文庫)魂がふるえるとき―心に残る物語 日本文学秀作選 (文春文庫) (詳細)
宮本 輝(編集)

「強烈である」「明治〜昭和初期の匂いが色濃く立ち上がる16編」「「同人(ブログ)作家」必読の書。あなたは魂がふるえるか?」「ガイド的に」「時代は変わっていたんだな・・・」


五千回の生死 (新潮文庫)五千回の生死 (新潮文庫) (詳細)
宮本 輝(著)

「眼差しの逆転」「たった一晩の物語で人生がわかる」「一つ一つが印象深い。」「宮本輝の傑作短編集」「トマトの話」


流転の海 (新潮文庫)流転の海 (新潮文庫) (詳細)
宮本 輝(著)

「〜 久しぶりに貪り読んだ一冊。戦後日本の烈しさを体感。 〜」「あったかい男の話」「歴史ロマン小説であり、日本的なハードボイルド小説ともいえる」「これぞ大河小説!」「日本人全ての親必読」


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▼クチコミ情報

錦繍 (新潮文庫)

・「ストーリーテリングの天才
物語作りの天才だ。そう思って宮本輝さんの著書は全て追ってきたが、この「錦繍」に到って、物語はワイドショウの再現ドラマに堕した。

僕の読む作家がひとり消えた。

・「手紙によって書き記される『真実』
『男運が悪い』という言葉があるが、この物語の亜紀こそ、まさにその通りではないだろうか。

・「過去・現在・未来
素晴らしい本だと思いました。離婚した男と女の手紙のやりとり。過去に縛られる男、離婚するときにいえなかったこと、恨みやつらさをお互いの手紙で綴りながら、前向きに生きていくことに目覚めた二人。たとえ一緒にいなくても、手紙は途絶えようとも永遠につながっている、こんな愛もあるんだなと私は信じます。

一番印象に残ったのは、令子が亜紀からの手紙を読みつく何でもない一言「私、この人嫌いになれへん」この言葉に泣かされました。同じような経験が過去にあったからでしょうか。

・「男視点のロマンティシズム…
男の人は読んでいいと思うのかもしれません。評価が高いので読んで見ましたが、男視点の女性の描き方にどうしても共感できませんでした。結局、男はまた新たな女がいるし、女の方は救いがないまま。こういう本を読むと、私、男にげんなりします。女性が今の夫(この夫の描き方も変…もっと性格の穏やかな辛抱強い良い人に描いて欲しかった)と子供と共に再出発するというのなら救いがあってよかったのかもしれません。女性の強さを示したかったのでしょうか?否、結局女性だって、最後まで父親頼りじゃないですか。現実的にもありえないし、んじゃあ、父親がお金持ちじゃなかったら、女性は今の夫とは別れないの?子供は父親がいなくていいの?私ならその子供を愛してくれる夫を愛しますよ。(愛する守るべき子供がいてよそに子供を作る男も変。)愛は意思だと信じている私にはこの女性は最後まで理解できませんでした。登場人物の男ばっかりが救いがあるんですよね。読まなきゃよかったです。再生の物語?私には再生の強さの源が全く見えませんでした。

・「バカバカしい?
この本に書かれた内容は 小説だからあり得た話だと言う人に 伝えたい。 私の周りに充分あった。 今もなおある。 この本の評価を最悪だとあえて言う必要があった人に 伝えたい。 誰が自分を否定しようとも 自分の「今」を 「今」受け入れていなければ 「死」の瞬間に 壮大で痛切な「今」をようやく垣間見たって そこで あなたに何が残されるというのだ。死の直前に訪れるのは 強烈な「今」だ。 今 は 二度と 帰っては来ないのに。

錦繍 (新潮文庫) (詳細)

骸骨ビルの庭(下) (文芸第一ピース)

・「永遠とは
作者はこの長編を通じて、「永遠」ということを言いたかったのだと思う。人間の命は有限であるが、人間の心は永遠に存在する、ある人から別の人にその心は伝わり、肉体が消滅しても、消滅した人間の心は「生き続ける」のだ。そのことだけを言わんがために本作を作り上げたのである。どうでしょう、そのことに胡散臭さや、ちょっと鼻につくと感じた人々は本作への拒否反応がでるのであろう。でもその一種のスピリチュアル的な作者の主張に感じ入った人には堪らないものがたりであろう。貴方はどちらですか?

・「読めばわかる
これは私には凄い作品でした。無理があるとすれば、漱石の『心』に無理があるのと同様でしょう。読後の印象で言えば、黒澤の『赤ひげ』と似ていた。読書をしてわかるのは自分自身、読書は自分を写す鏡。凄いサスペンスの、凄すぎる結末、凄すぎて同時に当たり前なのが本当に凄い。一気に読んで、すぐにレビューを書きたくなりました。

・「焼きが回った
自分のためではなく、他人の子供たちのために生きた阿部轍正の存在証明でもある骸骨ビルで、阿部と共に子供たちを育てた茂木が納得して立ち退きするまでを描いたこの本、上下読んで正直面白くなかった。上巻の始まりからこのビルから立ち退きしたことは推測出来るだけに、主人公ヤギショウはんの日記の中で綴られる骸骨ビルで育った人たちの本音がこの本の大半を占める。その語りがどうにも説教臭いのと、宮本輝作品で散々繰り返されてきた人徳の行いについての悟りなだけに「又や」と思わずに居られない。ストーリーの中で登場人物に行動させ、その人格の判断は読者に委ねるのが作家からの贈り物である小説ではないだろうか。今回の作品は宮本輝に焼きが回ったことを痛感させる本だった。

骸骨ビルの庭(下) (文芸第一ピース) (詳細)

天の夜曲―流転の海〈第4部〉 (新潮文庫)

・「人のもつ「運命」のやるせなさを感じてきます
3部で大阪に復帰した熊吾一家ですが、冒頭いきなり富山への列車の中から始まります(全然印象は違うけれど『雪国』のように唐突に物語に引き込まれます、この冒頭)。母子を富山に残して大阪にて奮起する熊吾ですが、やることなすことに不穏の兆しが見え始めているようです「歯車がうまくあわない」というのでしょうか、第一部などで熊吾を包んでいた理屈でない『運』というものがまったく見えない状態です。それは仕事に・周囲の友人に・女性関係にも影響しています。そんな困苦の中から熊吾が気付き、学び得たものを息子・伸仁にささやかな言葉で伝える場面が数箇所あるんですが、この場面は絶品です。みようによっては親子漫才のように見えるかもしれない場面ですが、なにかこう「根幹」というか『根っこ』を鷲掴みしているような感覚を覚えます。ストーリーを追いながらですが、その人個人の持つ「運(命)」というか「業(ごう)」というものについて深く考えさせられた(気がします、小人なものであまりたいそうなことは)小説でした。巻末の作者自身のコメントにもありましたが、この長編は終わるのでしょうか?当初5部完結予定だったものが7部になるかもしれず、4部までに20年の歳月が経っています。いずれにしろ早く続きが読みたいものです。

・「忘れがちな正しい生き方
久々に流転の海シリーズを読みながら、少し丸くなってきたとはいえ、やはり熊吾はすごいし、いろんなことを教えてくれるなあと感じましたね。私は25歳の時に父親になりましたので、熊吾のような子供との余裕ある付き合いができません。それがいいかどうかは分かりませんが、きっと最近はこういう親父が少なくなってきているんだろうなあと思います。今のいろんなところでダメになってきている日本には、こういう親父がいないとダメなんじゃないかって思いましたね。それは、お父さんというよりも、太っ腹で、気が良くて、誰からも頼られるようなオヤジですね。自分もこういう歳の取り方をしていきたいと思いました。今回は、あとがきの後に対談が載っています。これもなかなか興味深かったです。

・「富山を舞台に家族の流転はつづく
文庫本で「流転の海」シリーズを読み始めた手前、第4部が単行本化された後もずっと我慢の子で文庫化されるのを待っていました。待っている間に話の細部の大半を失念していたものの、読み進めて行くうちに「おお」と怒涛の如く主人公一家の流転の10年間を思い出しました。順風満帆だった中華料理店で不運なアクシデントに見舞われ、心機一転、縁もゆかりもなかった富山で再起を図ろうとします。ここでまたいろんなことがあります。ドラマだらけです。再起を図るどころか状況はさらに悪化の一途を辿り、息子を富山に残して夫婦ふたりで大阪に舞い戻りさらなる奮起に賭けようとするところで第四部の幕は閉じられます。「いったい彼らはどうなっちゃうんだよぉ!」・・・2年先?、5年先?、第五部が文庫化されるのをひたすら待つしかありません。悩ましや。

天の夜曲―流転の海〈第4部〉 (新潮文庫) (詳細)

骸骨ビルの庭(上) (文芸第一ピース)

・「生きるって過酷。しかし何かを見つけるために。
戦後の荒廃した大阪に、焼け残ったビルが舞台。洋風の洗練されたデザインのビルに集まったのは、正反対の存在である戦争孤児たちだった。 一人の人が、ビルに住む様々な人物に聞き込みをするインタビュー形式の章だてになっていて、一人一人が同じ事件を違う視点から語るのだが、それによって思わぬ展開が見えてくる。 思ったのは、高度成長期時代の都市部にこのような貧しさを抱えて生きた人達がいることを、私はこれを読むまで知らなかったということ。 今自分が仕事などで出会う、登場人物たちと同じ団塊の世代は、学歴もあり良い環境で育っていた。 けれど高度成長期にみなが上に上がれたわけではない。今私が社会で出会っている団塊の世代は、親や家があった恵まれた人だったのだなー、と初めて気付いた。 視野が狭かった。

・「がっかりした。
宮本輝という作家が『泥の河』『螢川』で見せた物語と思想の見事な融合、あるいは『幻の光』に漲っていた犀利、緊張感。何より忘れがたいのは『二十歳の火影』で見せた語りの妙。あれはエッセイ集だったが、どこまでが事実でどこからが演出なのかわからない、まさに作為、デフォルメの巧みさで読ませた立派な短編集だった。銭湯の帰りに夜空を行く飛行機の灯りを星のかけらだと決めつける父、そこから始まるお得意の西遊記の物語り。そうして最後には「そやけど、この話は全部嘘や。でたらめのこんこんちきや」と、賢い勇気のある玄奘法師の中にもあった「猿とか豚とか得体の知れんお化けみたいな心」について語る。そういう宮本輝の物語り作家としての真骨頂は、しかしこの上下2巻の冗長なお話には影も形もない。作者はそんな作家としての最低限の節度などどこかに置き忘れてしまったのか、あるいはとっくに捨ててしまったのだろうか。人物や状況の強引な設定や運び、物語の中に唐突に挟み込まれる露骨な人生訓には興ざめどころか辟易する。極めつけは電車の中に置き忘れられた簿記の参考書を、主人公が偶然手にして、そこに書き込まれた日蓮の遺文の一節に衝撃的な感銘を受けるという話だ。前後何の脈絡もなく、ただ回想の一場面として唐突にそれが提示されるだけなのである。どうせならはじめからそのつもりで仏教説話か、いっそ今昔物語集を読んだ方がよほど説得される。私たちが読みたいのは「物語り」という時間芸術の中での感動だ。ストレートな説教ではない。宮本氏は、師を持たぬ人生は不幸だ、そしてまた、恩ある師を裏切ることは人間として最低の行為だ、ということを登場人物に繰り返し言わせているが、そんなメッセージばかりが強調されると、みずから師と仰ぐ人物を擁護しようとしたかっただけの作品なのかと勘ぐりたくなってしまう。初期の宮本作品に見られた、物語による説得が失われてしまっており、大変残念な作品だった。

・「駄作
新聞書評での評判が良かったので読んでみた。全体的に「クドイ」割りにストーリー・人物描写ともに中途半端。宮本輝はこんなに下手な作家だったかなぁ〜?「宮本輝も年をとったなぁ」と感じる1冊だった。

・「冒頭の戦慄
この作品の冒頭は凄い。虚を衝かれ、いきなりぐいと引き込まれた。なんともよくわからない迫力、凄味がある。この著者はむしろ敬遠してきたが、面白い。一気に上巻を読んだ。早く読み進めたい、それでいて残り頁が惜しい。面白い。

・「ぐいぐい読ませます!
宮本輝は人気作家なので、あまのじゃくの私は読んだことがなかった。新聞などの書評に度々取り上げられ、男性であることを知って、興味を持ち、読んでみた。期待以上に「うまい」と思った。これといったドラマがある訳ではない。3ヶ月ほどの毎日を淡々とつづっただけとも言えよう。でも、ぐいぐい引き込まれた。

まず、骸骨ビルに居座る住人を退去させるために送りこまれた八木沢(ヤギショウ)に手渡された脅迫状に驚いた。家族の氏名と家族の無事を祈る文面で、脅迫めいたことは書いてないのに、本当に恐ろしいと思った。不謹慎な言い方だが、脅迫状として完璧だと思う。ただ、弟夫婦の氏名まで…と書いてあるけど、そこが本文には登場していないのが引っかかる。妻の両親は書いてあるのだから、本文にそう書くのなら、不必要でも弟夫婦の氏名も書いて欲しいものだ。

戦後、なりゆき上仕方なく子ども達を育てることになった阿部轍正と、茂木泰造。二人は結婚することもなく50人ほどの子ども達を育てたようだ。仕方なくではあっても、それが自分の生かされてきた理由(使命)だと信じ、ただひたすらに覚悟を決めて「親」を勤めてきた二人。子どもを産んだからといって「親」になれる訳でなく、子どもを産んでなくても「親」にはなれる。子どもを持つ親の一人として、私はこのような覚悟を持って子育てしてきた訳ではない。恥ずかしく思う。子育てに愛情は必要だけど、愛情だけでもダメなのだ。同じように育てても、同じように育つ訳でもない。愛情をかけても、まだ足りない、足りないと思う子もいる。

ヤギショウは、相手を無防備なくらい受け入れている。これほど素直にバカ正直なくらいに教えられた通りに実行する40男がいるだろうか!?しかし、だからこそ彼は住民達に信頼され、受け入れられるのかもしれない。

この小説の根底に流れるのは、「待つこと」「演じること」だと思う。待つことは、ヤギショウの上司がヤギショウが無事仕事を遂行し、住民たちが退去して行くことであり、ヤギショウが骸骨ビルの庭を畑にして野菜を育てることであり、茂木が阿部を告訴した夏美に骸骨ビルに帰って自分たち側に戻ってきて欲しいと思うことであり…いろんな人達がそれぞれの立場で「待っている」。ただひたすらに待つことは、相手を信じることでもある。

「演じること」は、それぞれが自分の役割を演じることである。阿部は父親、茂木は母親を演じ、ヤギショウは気弱で無力な人間を装うと決めていた。比呂子も、子どもの頃からもっと幼い子ども達のために比呂子ねえちゃんを演じてきたはずだ。ヤギショウの妻もヤギショウの妻を演じて来た。人間はみんな、自分という役割を演じるものなのかもしれない。

中国の古典文学がらみと恩師についても、作者が何か意図するものが感じられるのだが、それが何かは今はわからない。いづれ又読んでみたいと思う。

1Q84と関連したレビューもあるが、私はハリーポッターや20世紀少年と似ていると思った。それぞれの記憶が語られ、過去と現在が入り混じる。時系列にそっていない。最後まで読んで、上巻の最初を読み返したら、茂木の訃報通知でありながらナナちゃんが「享年85歳」とVサインを書いていた、という文が目に留まった。本筋に入るまで流し読みをしていたが、こんなところに続いていたのか〜と少し心が癒された。「ナナちゃん、良かったね」と一言言ってあげたいくらいだ。

阿部と茂木が子ども達を育てるために骸骨ビルの庭で野菜を育てたように、ヤギショウも庭を畑にし、作物を育てる。畑をつくるための土つくり、草引き、害虫の天敵まで駆除しないように、みずやり云々…。そういう文章の中にも「待つこと」そして「育てること」を感じた。毎日毎日畑を見て、世話をして、どうすればよりよく育つか。これって本当に教育そのものだ。そこまで深読みしなくても、ガーデニングの参考になる部分は多いと思う。

又、ヤギショウも料理自慢だが、比呂子の料理が又絶品らしい。文中登場するいくつかの料理は、本当にこの店があるのなら行って食べてみたい!と思わせられる。

ただ、自分が「生かされている」とか「何のために生きているのか」ということを考えたことがない人には、阿部の気持ちは本当には理解出来ないかもしれない。私も理解できている、とは言わないが、彼の気持ちはキリスト教だの仏教だのといった宗教ではなく、使命感に近いかもしれない、と思う。うまく言えないけど。

彼は、立派すぎて多くの人の嫉妬をかい、理解されず迫害を受けて失意の内に亡くなったのかもしれないが、自分が成すべきことを見つけ、それを遂行出来た彼は、幸せだったのではないか。彼の人生には、確かに意味があったのだ。ヤギショウも、彼が出会った人達もみな、ひたむきに生きている。それぞれに重い人生なのに、魅力的な登場人物の人生を読んで、読後感は少しさわやかだ。茂木が亡くなった時のナナちゃんも、こんな感じだったのかも…。

結局、なぜ茂木が骸骨ビルを出て行ったのか、それは語られていない。回答が示されていないようで正直ちょっとガッカリ。でも、それは各人が読み取らないといけないんでしょう。いづれ又読み返してみたい本。子ども達にも薦めたいと思う。

骸骨ビルの庭(上) (文芸第一ピース) (詳細)

血脈の火―流転の海〈第3部〉 (新潮文庫)

・「子供の成長を通した親の姿を見る
再び大阪に戻って商売をはじめる主人公。いろいろな事業に手を出し、次から次へと成功していく。人間関係の様々な問題を彼流にかたしながら。そんな人間模様と事業の拡大していくのはおもいろい。

この物語の最大のポイントは子供だ。1部2部では存在だけが重要だった子供が、この3部では主人公にとってかわらんばかりに、縦横無尽に何かをやらかしたりする。そこに子供を通して見えてくる自分の姿を、これからの人生を主人公が考えさせられるのがよかった。

・「物語がどんどん深みにはまって・・・
熊吾が大阪に戻ってきている場面からのスタートです。1・2部とスーパーマン的な力を発揮してきた熊吾ですが、この巻ではその力がうまく働いておりません。手をつける事業はほぼ失敗に終わります。それとリンクするかのように妻・房江の視点からの語り口が非常に多くなります。巻末のあたりで起こる事故にも熊吾はやや不運な巻き込まれ方をします。ほぼ熊吾の物語であった『流転の海』は房江や伸仁などの多彩な視点を伴って、どんどんと深化しています。ああ!早く第4部を買いに行かないと。

・「父と息子
3冊目もあいかわらず中毒性の強い小説であった。一度本を開いてしまうと、ページから目が離せなくなってしまうのだ。息子の伸仁は小学校に入学するようになる。そうするとバイタリティ溢れるすごい親父・熊吾と言葉によるコミュニケーションが成立するのだが、これがまた破天荒だけれどやたらめったら面白い。端から見ると信じられないような息子との接し方なのだが、熊吾ならやりかねない、いや、いかにもやりそうだ、と妙に深く納得してしまうのである。脇役に過ぎない登場人物たちもくっきりと鮮やかに描かれており興味が尽きない。心の底から「小説ってほんとうに面白いよな」と思わせるシリーズである。

・「松吾の家族愛
流転の海では順風満帆でほかを寄せ付けない勢いのあった松吾が、あっさりと会社をたたみ、郷里の和歌山の地へ家族の健康を慮って住まいを移していく様は、男気があって惚れ惚れする。しかし、妻房江にとっては新たな試練の始まりだったし、松吾の嫉妬心から暴力も振るわれたりする。

・「この3部作が人間くさくて、面白い
宮元輝の作品は、おしなべてみな面白いけれど、私のお気に入りはこの3部作。もっと続きがでればいいのに、と

1作目の流転の海から、思っていたら、なんと3部まで続いたが、もっと続けばいいのに、と今も思っている。主人公がいまどきはいそうもない、動物的というか感が鋭い人間で、まわりの人間もそれぞれが、違う意味で人間くさく、まるで映画をみているような気分になる。オススメです。

血脈の火―流転の海〈第3部〉 (新潮文庫) (詳細)

地の星 (新潮文庫―流転の海 第二部)

・「生きる環境がどうであれ・・・
流転の海から続く第二部の作品。第一部では仕事に重きを置く主人公だったが、第二部の舞台は、生まれ故郷の田舎町で家族と過ごす時間がそのほとんど。こうやって、人の人生を見ていると、人はどこで生きていてもその人なんだなぁという気持ちになる。いつも「どこかへ行きたいなぁ」と思うけど、結局そのどこかへ行っても私は私でいつもこの目は変わらないんだなぁなんてちょっと無いものねだりの自分に気付いた。

主人公に「恨み」をもつ男、伊佐男。前にフランケンシュタインを読んだときに感じたことに似ていた。恨んでるはずが、実は追いかけてる、その人がいることが生きがい。ちょっと恋愛が行き過ぎたものにも似ているかな。超極悪非道な男なのに、憎さだけじゃないものを感じた。

・「巨人熊吾、郷里にて充電中!
息子・伸仁のために大阪での商売を捨て、故郷の宇和島に戻ってきた熊吾。今回のキーマンになる「をうどうのいさお」との冒頭のやりとりは少し謎めいた対話になっています。そしていきなりこの巻の珠玉!(と私は思う)牛殺しの場面へとなだれ込みます。その後も次々に事件(というほどのことはない「出来事」くらいかも)は続き、そこに熊吾の内省が挟まれてきます。この内省部分の記述がすごいなあと思いました。熊吾が感じて、それを考えて言葉に直しているんですが、なんというか考えさせられるものが多く散りばめられています。分量としては非常にささやかですが、味わって読みたいなあと思わせられます。妻・房江の述懐も増えてきますがそこには何かしら不穏な影がにおっているような描きぶりです。そして唐突に訪れる宇和島編の結末。後半は「えっ?」というくらいに物語が各所でスピーディーに展開しますので、もう一気に読めちゃいます!

・「読み出したら止まらない
ぼくの大好きな文芸評論家、北上次郎が「これは日本人全員の必読に値する国民的大河小説だ!」と大絶賛している「流転の海」の第2部である。松坂一家は、伸仁の父親である熊吾の故郷、愛媛県の南宇和に母子の健康のことを第一に考えて、それまでの事業をたたみ、戻ることになる。そこで伸仁が4歳から5歳になるまでの1年間が丹念に綴られている。第1部では赤ん坊であった伸仁が腕白小僧になっているのがとても微笑ましい。本書の白眉は熊吾の想念である。彼はいろんな人物と邂逅し、さまざまな出来事に遭遇する。そのたびに彼は深く考えるのである。その思考の経過が素晴らしい。読んでいてううむ、と唸らされつつ、共感し、オノレもかくありたいと思わせるのだ。それでは引き続き第3部「血脈の火」を読みたいと思う。

・「感情の宝庫のような作品
流転の海第2部です。が、この1冊を最初に読んでも熊吾のエネルギッシュな生き様が伝わってきます。熊吾一家に関わる人々は嫌になるくらい人間臭く、心の中の奥底からくる哀しい・悔しい・恋しい・愛しい・・・そんな思いをそれぞれに表現していきます。

地の星 (新潮文庫―流転の海 第二部) (詳細)

魂がふるえるとき―心に残る物語 日本文学秀作選 (文春文庫)

・「強烈である
本の目次のページで開高健、武田泰淳、安岡章太郎、堀田善衛、戦後派の近代文学者の名前がある。

・「明治〜昭和初期の匂いが色濃く立ち上がる16編
 宮本輝氏が厳選した日本文学短編秀作選。明治〜昭和にかけてのそうそうたる名作家たちの短編が16編収められている。 様々な特色ある作品が読めるので、ある意味お得な1冊。明治〜昭和初期の匂いが色濃く立ち上がる作品ばかり。 ひとつ選ぶとすれば川端康成の『片腕』。奇怪で妖艶な雰囲気に圧倒される短編だ。

・「「同人(ブログ)作家」必読の書。あなたは魂がふるえるか?
1 玉、砕ける   開高 健  * 「玉」とは、垢すりでできた垢の玉。

2 太市      水上 勉  * 学校に来られなくなった太市は家で女郎蜘蛛を飼っていた。

3 不意の出来事  吉行淳之介  * 密通がヤクザの情夫にバレて強請られるが……、とんちんかんな顛末。

4 片腕      川端康成  * 女が自分の片腕をはずして男に与える。村上春樹の世界だなこりゃ。

5 蜜柑      永井龍男  * 別れ話をした帰り道、オート三輪車が横転して道路に蜜柑が散乱していた。

6 鶴のいた庭   堀田善衛  * かつて栄華を誇った廻船問屋が、屋敷の庭でつがいの鶴を飼っていた。

7 サアカスの馬  安岡章太郎  * 老いぼれ役立たずと思っていた馬が、サーカスの花形だと知ったときの驚き。

8 人妻      井上 靖  * 自分の子に接する別人のような人妻の横顔を見て、若者からツキ物がおちる。

9 もの喰う女   武田泰淳  * ムシャムシャという感じではなくて、いつのまにかスーッと消えてしまった風。

10 虫のいろいろ  尾崎一雄  * 瓶の中に蜘蛛を閉じこめて半年。センをとった時、間髪を容れず、脱出した。

11 幻談      幸田露伴  * 舟で魚釣りに出て、浮き沈みする釣竿を引き上げると死体が竿を握っていて離さない。

12 ひかげの花   永井荷風  三十代の初めに再読したとき、最後の、塚山に届いたおたみからの手紙で、あの時代に娼婦として生きる女の考え方や、世の処し方に、なんだか呆気なく突き放された気持ちになり、この小説の凄さを知った。(「あとがきにかえて」)

13 有難う     川端康成  * 定期乗合自動車の運転手が避けてくれた大八車など皆に「有難う」と言い続ける。

14 忘れ得ぬ人々  國木田独歩  * 磯を漁つてゐる男、馬子唄をうたう壮漢、琵琶僧らを情景豊かに思い出す。

15 わかれ道    樋口一葉  * 誰からも慕われる仕事屋のお京が、妾となって長屋を出て行くのを止める男。

16 外科室     泉 鏡花  * 手術を受ける伯爵夫人が、うわごとを聞かれたくないから麻酔なしでやれという。

・「ガイド的に
宮本輝編。読んだことあったり名前聞いたことあったりする作家さんの作品が収められています。この本に収められている作品。

こういった風情に憧れたりもするのです。

この本をきっかけに他の作品も読んでみたいなぁ、って思った。

・「時代は変わっていたんだな・・・
本書に収録されている小説と近代文学との質の違いには驚嘆しました。それはまさしく質の違いとしか表現できないもので、それまで一通りしかないと思っていた感性、情緒というものが本書を読み終えた後100通りも200通りもあるような気がしました。近代文学と比べ、具体的な違いを述べろといわれればそれは難しいことなのですが、個人的には余韻の残し方に圧倒的差があると思いました。蛍の光が、ある時、ふっと消える、もしくは、何かが一斉に芽吹く、大体小説というのは失礼ながらそのようなものだろう、と思っておりました。しかし・・・うまく表現できない・・・他の要素が・・・絡み合い絡み合い、最後を締めくくっているのだと思い知らされました。私は中でも川端康成の「片腕」がお気に入りで、超現実世界での話なのですが、今ではもう書かれる事の無い美しい世界観、男性と女性世界の極地を垣間見れた気さえします。ここまでレビューを書かせていただきながら、絶対他人には知られたくない、秘蔵の書にしておきたい、という気持ちさえ沸いております。まさしく、これこそ名作集なのでしょう。

魂がふるえるとき―心に残る物語 日本文学秀作選 (文春文庫) (詳細)

五千回の生死 (新潮文庫)

・「眼差しの逆転
昭和の終わり近くに刊行された短編集。九篇の作品が収められている。

「力」・・・入学して間もない小学生の息子の通学をこっそり見守る母親の話(長編『流転の海』シリーズに重なる挿話)。意外なたくましさや大胆さを発揮する息子の様子が、危なっかしくそしてほほえましい。やきもきしながら息子について行った母親、この小さな尾行を命じ、報告にお腹をかかえて笑った父親・・・商売に失敗してから、あとにも先にもないような笑いだったそうだ・・・心の芯がほんのり温もる話だと思う。作品中のある老人の言葉、「元気が失くなったときはねェ、自分の子供のときのことを思い出してみるんですよ」。これを実践して元気を取り戻せる人はつくづくしあわせだ。

「眉墨」・・・癌と診断された70歳の母親を気遣い、見守る息子の話。「生きるもよし、死ぬもまたよし」と、心配する息子にささやき、癌と知ってもなお寝る前に眉墨を塗るという習慣を粛々と続ける母親の大きさ、強さが染みる。

この二篇を並べると、母親→息子、息子→母親と眼差しの方向が逆転する。真新しいランドセルを背負った息子も、いつか母を見守るようになるのだ・・・ 連作ではないが、大きな時間のうねりが印象に残る。

・「たった一晩の物語で人生がわかる
表題の「五千回の生死」はたった一晩の出来事。自転車の後ろに変なおじさんをのせ、大阪を疾走することになった主人公。なんども死にたくなる後ろのおじさんに止まったり歩いたり走ったり。ただそれだけの話なのに最後は爽快な朝の風景とともに、暖かい感動が心を包む。

・「一つ一つが印象深い。
 粒ぞろいの短編集です。どれもが印象深いです。なかでも「力」は、小学校にあがったばかりの子供の話です。 家から離れた学校だったため、最初の数回は母親と一緒に行くのですが、ついに一人で通う日が来る。 それを後ろから、隠れて、はらはらしながら見守る母親や、父親の思いなど、短いながらも心温まる、印象深い作品でした。

・「宮本輝の傑作短編集
短編の名手、宮本輝。

ここに含まれているのは、言うまでも無く傑作ばかりで、発表後10年以上経っていますが、どの作品も全く色あせていません。やはり名作というのは、そういった時間の位相とは関係なく存在するものなんですね。

個人的には『眉墨』と『トマトの話』が好きです。

・「トマトの話
最初の「トマトの話」大好きです。短編なんですが、どれも心に残ります。

五千回の生死 (新潮文庫) (詳細)

流転の海 (新潮文庫)

・「〜 久しぶりに貪り読んだ一冊。戦後日本の烈しさを体感。 〜
宮本さんの作品で、『錦繍』に負けず劣らず深い力を感じた一冊。

第二次世界大戦直後の大阪を舞台に、松坂熊吾という事業家の生き様を中心に描かれる物語で、この熊吾の複雑で、それでいてエネルギーに溢れたキャラクターに強く惹かれ、読み進めた。

事業家を描いた作品は多くある中で、その裏側にある人間の命そのものの深淵さを克明に、かつ引き込まれるように描き切ったものとしては、これまで読んだ中でも特筆すべきものだった。

また、物語の中盤以降、熊吾の妻である房江や、その他彼の周囲にいる女性たちの描写が多くなるにつれて、全体により一層のリズムが生まれ、読み進めていく原動力となった。

物語を決して熊吾一人の視点から描くのではなく、戦後復興の陰で暴力や社会的立場に苦しんだであろう女性たちの目線を取り入れたことに、強い共感を覚えた。

続編も是非読んでみたい。

▼ 本 文 引 用日本中の人間が、みんな一から出直すのよ。(038)

友だちが、戦犯で絞首刑の判決を受けました。大学時代は鉢の研究をしとったやつです。(略)私は、生きたいと思いました(132)

「苦労させるんじゃ。辛いめに遭わせるんじゃ」(略)苦労と辛酸が、人間を歪めてしまう場合もある。しかし、それによって歪んでしまうか、反対に豊かな心根の持主となるかは、その人間の持って生まれた資質の問題だ。(162)

いまここに百円あるとする。しかしその百円は、いままで一万円持っとった人間が段々に落ちぶれて、それで残った百円なのか。それともいままで一円しかなかった人間が出世して増やした百円なのか。おんなじ百円でも意味が違う。それがどっちの百円なのか、よう見定めにゃあいかんけんのお。(312)

わしは医学は知らんが、人間がどうやったら病気を直せるかっちゅうことを知っとった(略)勇気を与えてやるのよ(357)

・「あったかい男の話
今現在で第五部まででているうちの第一部。主人公の父親の言うように、火の玉のような男の話。自分の旦那さんだったらすごく大変だろうなぁ・・・(笑)でも、出会っていく女たちと同じように、なんだか惹かれます。すぐ続きを読もう。

・「歴史ロマン小説であり、日本的なハードボイルド小説ともいえる
戦後間もない日本の大阪での、松坂熊吾の再起を描いた、歴史ロマン小説であり、日本的なハードボイルド小説ともいえる作品。

50歳にしてはじめて我が子を授かった主人公の熊吾。病弱な息子を20歳まで見守るために、20年生きることを決意、会社を再興する。初恋の相手との駆け落ち、妻・房江との出会いなどを経て、様々な人と出会い、交錯する人間模様。傍若無人でわがままでありながら、どこか憎めず、畏敬の念さえ覚える主人公・熊吾。果たして彼ら家族は、この戦後間もない動乱の日本をどう生き抜いていくのか。っつー、ほんと、人生を綿密に描いた大河物語。

本作は、作者いわく、父と子の物語であるという。これは1作目であり、子供の伸仁(のぶひと)は生まれたばかり。終わりごろでも二歳前後。父と子の物語というよりもおじいちゃんと孫の物語、といったような差がある。実は本シリーズは5部作予定されており、まだまだつづくらしい。本作の中では割とさまざまな「思想」について描かれている。この時代に生まれた伸仁くんが、年頃のときには、きっと学生運動くらいかなぁ、なんて思ったけど、1969年には 22歳の計算だからちょっとおそいか。父と子の思想が衝突して、、といった展開を期待していたが、なさそうかも。ちなみに、「海」って「産み」とかけてる?

・「これぞ大河小説!
この自伝的大河小説「流転の海」は、まだ連載中である。本になっているのは4巻まで。当初は5巻で終わるはずが、どうもこのままだと7巻ぐらいまで行きそうだ。第一巻である「流転の海」は、伸仁(宮本輝)が生まれた昭和22年から始まる。父である熊吾は、個性の固まりのような男だ。決して学はないのに、はっとするようなことを口にする。宮本文学の真骨頂である「警句」にあふれた文章に、私は何度もうなった。たしかに熱心な創価学会員である宮本輝の文学は、意地悪な味方をすれば「創価学会思想のプロパガンダ」だと言えなくもない。しかし、共産主義には共産主義の文学があり、キリスト教にはキリスト教の文学がある。

私は公明党も創価学会も好きではないが、そういう好き嫌いを超越したものが、宮本文学にはあると思う。第二巻以降、熊吾は幼い伸仁に、いろいろと語りかける。それはある時は掛け合い漫才のようでもあるが、人間の本質をズバリと突いた言葉に、雑音抜きでうなずいてしまう。人間の生き様を考えさせられる好著である。

・「日本人全ての親必読
熊吾の親。熊吾の子。人として大切なこと。親として大切なこと。本当に大切だったことを、全ての日本人の血の記憶の中に甦らせて欲しい。親を想いながら子が、子を想いながら親が読むべき国民課題図書。

流転の海 (新潮文庫) (詳細)
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