地域の力―食・農・まちづくり (岩波新書) (詳細)
大江 正章(著)
「地域も捨てたものじゃない!!」「補助金では変わらない」
会社法入門 (岩波新書) (詳細)
神田 秀樹(著)
「突っ込んだ内容は特になし」「200頁余に良くまとめてある」「公正さと透明性の重要性がわかった」「よくわかんない」「どうせ買うなら弘文堂テキストにすべき」
社会起業家―社会責任ビジネスの新しい潮流 (岩波新書) (詳細)
斎藤 槙(著)
「利益循環」「内容に古さは感じない」「貴方は、今の世界に満足していますか?」「ちょっと古い」「日本の事例もフォローしている。構成もよい。入門書として最適。」
労働、社会保障政策の転換を―反貧困への提言 (岩波ブックレット) (詳細)
遠藤 公嗣(著), 木下 武男(著), 布川 日佐史(著), 本田 由紀(著), 後藤 道夫(著), 今野 晴貴(著), 小谷野 毅(著), 河添 誠(著), 田端 博邦(著)
「若者救済すらしないで、どこに未来があるのか?」「今こそ転換の具体的な議論を」
労働法はぼくらの味方! (岩波ジュニア新書) (詳細)
笹山 尚人(著)
「魂のこもった一冊」「アルバイトをする学生の必読書」「若者こそ労働法を知ろう」
ブランド―価値の創造 (岩波新書) (詳細)
石井 淳蔵(著)
「一般的な良書」「ブランドが消費意欲にも制作者の思いにも、還元されることなく、どうして価値を持つにいたるのか?を追求!」「記号論によるブランド概念の分析」「三冊読み比べ」「身近な商品のブランド力について多少は学べます。」
ウォーター・ビジネス (岩波新書) (詳細)
中村 靖彦(著)
「資源は偏在している・・・」「水はタダではない。」「水は無尽蔵にはない」「公共の経済について考えさせてくれる本」「遠い世界の話ではありません。が・・・」
軍艦島海上産業都市に住む―ビジュアルブック 水辺の生活誌 (ビジュアルブック水辺の生活誌) (詳細)
阿久井 喜孝(著)
「おすすめです」「緑なき造られた島は、ひとつの家族。」「感動しました。」「即買いの逸品です。」「特異ななりたちの町を等身大の視線で記録した労作」
Jポップとは何か―巨大化する音楽産業 (岩波新書) (詳細)
烏賀陽 弘道(著)
「不思議な言葉、Jポップの解明」「音楽産業の流れが追える」「外国に対する「モノマネ意識」や「コンプレックス」がないことの問題」「構造は良く分かったが...」「もしかしてこれは、留学経験者の日本回帰の一形式ではないか?」
ディズニーランドという聖地 (岩波新書) (詳細)
能登路 雅子(著)
「ディズニーランド化しつつある世界の原点」「私はディズニーランドは嫌いです」「ディズニーランドを学問する」「意外に面白そうなディズニーランド」「ディズニーランドという聖地」
・「地域も捨てたものじゃない!!」
先進的な取り組みをしている全国各地を訪ね歩き、力のある地域の現状や背景について報告したルポである。先週日曜日の朝日新聞書評欄でも、デカデカと紹介されていた。 牛が食べる草にまでこだわって乳牛を育て、牛乳を生産し、「赤ちゃんには母乳を」と書かれたトラックで本物の牛乳を配送する島根県の木次乳業。地元産の有機農産物を使って学校給食を作っている愛媛県今治市。環境を守る林業経営に成功し、ドイツにある森林管理協議会から認証をもらった高知県梼原町など、知らないケースばかりだが、なかでも感動したのが、徳島県上勝町の葉っぱビジネスだ。 農家のじいちゃん、ばあちゃんたちが、料亭などで出されるモミジや梅の小枝など「つまもの」と呼ばれる葉っぱを生産・収穫・販売してそこそこの収入を得、病気とも無縁で、いきいきと生きているという。「人を元気にするには出番と評価」「人と人のつながりがあるから、笑顔が生まれる」といった登場人物の発言がとても心に沁みた。 著者は自らも田んぼで米を作っている編集者の大江正章さん。人が豊かになる地域とは、人と人との関係性と自然が豊かで、生業が根づいているところだ、というまとめの一文にその通りだと納得したしだいである。
・「補助金では変わらない」
本書の中にも書かれているが、「地域振興」で新規事業というと、役所の補助金がつきもの。私が知る、首都圏ですらこの有様なのだから、地方(特に農業)はもっとひどいのだろう。しかも、例えば商店街の新規事業は、ポイントカードとか宅配とかよそで聞いた話ばかり。農業だと、補助金もらって新しい作物や農法をやってみました、などなど。コストでもアイデアでもリスクを取ろうとしない計画は、失敗による被害を最小限に抑える代わりに、大して成功もしない。こうした補助金ありきの手堅い「新規事業」のせいで、皮肉にも新しいことを何もできない自営業者が全国に蔓延しているように思える。
「つまもの」上勝町の取り組みはよく知られているが、第一次産業を中心とした本書に出てくる自営業者はみんな、独創的な試みを役所に頼らずに挑戦した、という人たちばかり。「真に成功するには独創さに加え、他に依存しない、反対を意に介さない意志の固さが必要だ、という事実を凡百の自己啓発本なんかより、よほど本書の方が教えてくれる。
本書のテーマたる地域力だが、本書の登場人物が、市場原理と自らの理念をうまく両立させていることに感心した。市場原理だけでは商売が成り立たないが、大型店のように市場原理だけでは、地域のコミュニティが破壊される。経営者と社会活動家を両立させることによって、市場による地域からの収奪を、市場と地域の共存関係に変える。本書の事例はパラダイスのような成功例ばかりなので、モデル視ばかりはできないが、今後の市場と地域のあり方を考える上で参考になった。
・「突っ込んだ内容は特になし」
ゼミでやっているコーポレートファイナンスとか企業買収とかで必要となる前提知識を補完するために、ということで先生が推薦していた本。
構成としては第一章でどのような経緯、社会の要請があって会社法という法律ができたのかを説明し、その後の三章で会社法の外観をなぞって、最後に会社法のこれからの展望を記して終わりという流れ。
知識そのもの(監査役設置会社とか委員会設置会社とか単純な知識)は少し勉強した人なら大体は知っているというレベルだと思う。200ページほどの本なのでそこまで突っ込んだ内容になっていない。
ただ、現行法がどうなっているかを述べるというよりは、ある問題に対して論点を整理して、その上でどのようなルールが考えられるかを考えていき、最後に現行法ではこうなってます、というパターンが多い。法学を勉強したことはないのでこういうアプローチはなるほどなぁと思う反面、分かったから結論を早く教えてくれよ、と思うこともあった。ただこれは読者が求めるものによって違うので何とも言えない。
・「200頁余に良くまとめてある」
法学部の学生や資格試験受験生は弘文堂の神田教授のテキストを読まれたほうがいいと思います。もちろん、まだ商法・会社法の授業を受けておられない学部1年生・2年生が準備段階に読むのにはむしろ最適のレベルの新書といえます。この本は、あくまで啓蒙的な入門書。読者対象は法学部出身者以外の社会人。神田先生はあえて細かい会社法の条文をオミットして、速く会社法の全体像をつかんでもらおうと書いておられるのでしょう。182頁以下のライブドア事件に関する記述などを読むと、会社法の細かい概説的知識を読者に与えようとしているのではなく、考えるきっかけを与えたいというのがわかられると思います。よくこれだけのものを新書の200頁に纏められたと思います。この種の新書にしては珍しく図解もところどころ入れてあります(56頁・57頁)。
・「公正さと透明性の重要性がわかった」
会社法関連の難解な用語を分かりやすく説明してあり役に立った。会社というものは株式を通じて資本と労力を結合する仕組みであり、世間の規制緩和が進むと今後、より公正さと透明性というものが重視されてくるという内容。法律は自分にとってはとっつき難かったが自分の身の回りと関係がありより調べようという気になった。株式の仕組み、商法、会社法、証券取引法、労働基準法等勉強することは一杯ある。すべてのビジネスマンに必須の書ではないか。
・「よくわかんない」
興味本位で、どんなもんなのか?ということで買いました。
・「どうせ買うなら弘文堂テキストにすべき」
弘文堂から出ている「会社法」の焼き直し,二番煎じといったところ.岩波新書にしては期待はずれといったところです.岩波側の編集者に抗議したいくらいです.第1章「なぜ,今新「会社法」か」の部分は歴史を理解する上でそれなりに読める.しかし,それ以外は弘文堂や神田教授が日経新聞で論及していることと比べて目新しいものはない.せっかく,弘文堂のダイジェストとするなら,せめて会社法の条数を併記すべきである.正直言って,かなり物足りない.本書を買おうとする人にはあと2千円払って弘文堂版を買うのを勧める.
・「利益循環」
社会起業とは何かを提起し、新たな起業の方向性を示唆している。利益が出ないと参入もなく、市場としては発展しないのでは、と感じた。
・「内容に古さは感じない」
社会起業家について興味を持っている方はもとより資本主義について疑問を抱いている方や価値観の変化を感じている方にも訴えてくる内容だと思います
第一章、第二章とほぼ同一テーマである「NPOのビジネス化(企業化)とビジネス(企業)の社会化」は今読んでも古さを感じず、特に日本ではまだまだこれからのビジネススタイルなんだと思いました
社会起業家支援についても紹介されてあり、社会起業家を目指していたり興味をもっていたりする方には実用的だとも思いますただ、刊行が2004年ということもあり停まっているwebサイトもありますそのため☆を1つ減らしました
ですが、キーワードは多数得られると思いますのでそこから検索して社会起業家の現在を知る手がかりになる一冊ではないでしょうか
・「貴方は、今の世界に満足していますか?」
貴方は、今の世界に満足していますか?なんか今の世界、社会はおかしい、なんとかこの世界を変えたい、と思っている人は多いと思います。そんな人にこの本は、参考になります。元気のいい先駆者が紹介されています。この本を読んで「まずは、自分の周りでできること、自分がやって楽しいこと」から世界を良くしていきましょう。僕も行動します。
・「ちょっと古い」
まじめに作っているね。でも世の中はこの本が出たときよりも、どんどんすすでいるようで、ちょっと読んでいても、情報も分析も、"終わった”感じがするのは私だけでしょうか。筆者には、本書を越える最新版を書いてほしい。書いているのかな?
・「日本の事例もフォローしている。構成もよい。入門書として最適。」
社会起業家という人がどういった人たちなのか? 主に人に焦点をあてて書いている本。 僕が社会起業が好きでいろいろ読んでみようと思うのは、そこに個人の環境や事業や、達成したい社会に対する強いこだわりを見るからです。 そこには非常に人間的な感触や共感があって、読んでいると気持ちよくなれるのです。
先行するUSの事例だけでなく、日本での事例にも非常に具体的なレベルで触れているので、最後まで興味をもって読みきれました。 前半で、NPOと企業の関係性とその変化を説明してくれて、後半で具体例を見せてくれるという構成も、とても良かったです。 社会起業に興味を持つ人の、一冊目としてとても良い本だと思います。この本に出てくるところから、自分の興味対象を掘り下げていくと、いいのではないでしょうか? そのうち、こうしたコンセプトや取り組みが、大学の授業などにも採用されることになる気がします。
●労働、社会保障政策の転換を―反貧困への提言 (岩波ブックレット)
・「若者救済すらしないで、どこに未来があるのか?」
前半では、労働法がフリーターや派遣社員を救えていない、フリーターといえども正社員並みに働かされている等、3000人への聞き取り調査結果や正規雇用数・比率と非正規。無業人口比率の各推移、雇用形態による年収・性別分布などデータで、世間で喧伝される「自由に選んで贅沢な事を言って働かない」のではなく、働く場が狭められている現実を明らかにする。
その上で後半では、雇用、職業訓練、派遣法、賃金体系から生活保護、被用者保険の加入要件緩和・掛け金引き下げ、住宅までセーフティネットに至る提言を行っている。
本書はここまでしか書かれていないが、更に言及するならば、11年連続自殺者3万人超でも具体的政策を実行しない政府が、経団連に反してこのような提言を飲むとは考えがたいが、自由な調整弁として人を切っていけば、企業活力は低下し、技術の伝承は途絶え、優遇されているかに見える正社員にとっても労働強化の波が圧し掛かり、巧妙な残業隠しの末の過労死、職場いじめが更に増大する事はあっても減少には向かうまい。 また低賃金・不安定な雇用を若者に課せば、今後社会保障が必要でない人までその予備軍とするおそれは充分にあり、保障を受けるもその負担をするも地獄となるのは目に見えている。
企業でなく人を大事にしないと、国全体が共倒れとなる未来が口を開けている(もう遅いかもしれないが・・・)。
・「今こそ転換の具体的な議論を」
本書は2007年ごろから顕著になった若者の貧困について、その分析と改善のための提案をまとめたパンフレットです。 前半では、働く若者たちの現実がNPOのアンケート調査より、「違法状態への諦念」、「使い捨てからの偽りの出口」、「実質なきやりがい」の3つのポイントでまとめられています。労働法を知り違法状態だと知っていながら会社に対して改善を求められない若者、改善を求められない代わりに労働条件改善の保障が全くない転職に希望を見出そうとする若者、無理やりやりがいを持つことで劣悪な職場環境を肯定し、更なる低賃金と労働強化を誘引している若者像が浮き彫りになります。この悪循環を打破し、失われた会社との交渉力をユニオンによる新しい集団性の創造によって回復することを呼びかけます。 後半では若者が生きられる社会のために、共同提言がなされます。その内容は若者雇用促進法の制定、労働者派遣法の抜本改正、同一労働同一賃金による賃金制度改革、最低賃金の引き上げ、長時間労働の規制強化、労働者保護法規を広く教育・普及すること、社会保険・生活保護の適用拡大と国家の補填による社会保障の充実、そして住環境の公的整備など、多岐に渡っています。しかし、どれも貧困に陥った若者の生活を支え、自立の軌道に乗せるのには最低限必要なものであり、ヨーロッパ各国では実現しているものです。遅きに失したとはいえ、今こそ本格的な貧困対策を講じるべきです。 本書は60ページほどの薄いパンフレットであるが、その現状分析も改善提案も極めて具体的で整合性がとれており、一見に値する。膨大な数の若年貧困者を生み出してしまった今、多くの国民が本書を片手に、日本の若者と日本の将来の姿について、真剣な討議をするときであると思います。
・「魂のこもった一冊」
本作は、気鋭の労働法弁護士が、高校生の甥との対話という形式を取り、また、「名ばかり管理職」「派遣切り」といったタイムリーな話題を用いて、労働法の構造や重要条文の紹介、使い方を非常にわかりやすく説明しています。
中高生向けの「岩波ジュニア新書」に収められているとはいえ、むしろ日々厳しい環境の中で働く大人を名宛人としていると思えます。巻末には、各種法律・行政相談の窓口も付されています。
ちなみに、個人的に感銘を受けたのは、エピローグ、厳しい雇用環境に立ち向かう若者の覚醒を促す熱いメッセージです。労働法教育の観点から穏やかに筆を進めていた著者が、急きょ暗澹たる現状を告発し、若者に行動を呼びかける。ことなかれ、見てみぬふりをせざるを得ない弱い一人一人が、それでも少しでも勇気を出して踏み出すこと、それがひいては、将来の労働環境を改善するに違いない。私も本書のメッセージを心に留めておきたいと思います。
・「アルバイトをする学生の必読書」
本書は、アルバイトを始めた高校生と派遣で働いていたその高校生の姉、そしてその姉の彼氏であり、ハンバーガーショップの店長を務める男性の3人が、弁護士をしている高校生のおじに労働法について教えてもらうという物語風に書かれたものである。本書では、まずなぜ労働法が必要なのかが述べられる。そして、アルバイトをしていると誰もが疑問に感じる点についてわかりやすく解説されている。また、「名ばかり管理職」や「派遣労働」といった近年特に問題になったテーマを取り上げる中で、労働者として知っておくべき法律知識を身につけることができ、その中で、労働組合の存在意義についても深く考えさせられた。著者も述べているように、学校では教えなさすぎる働くということを、なんとか子どもたちに伝えたいという気持ちがひしひしと伝わる内容となっている。著者の望む通り、私の身近にいる若い人たちに是非とも推薦したい1冊である。
・「若者こそ労働法を知ろう」
アルバイトを始めた高校2年生と派遣で働く姉、その男友達のハンバーガー店で店長を務めている人の3人が、高校生とその姉のおじさんにあたる弁護士さんに「労働法」について教えてもらう。その3人がそれぞれに働き方について問題を持っているのだ。劇スタイルをとった本なので、取りつきやすく、読みやすい。 「労働法」は、働く者の味方だというけれども、どんな味方か、その味方にどう助けてもらえばいいかは、学校などではほとんど教えてくれない。自分で勉強しようにも難しくて取り組めない。その難題を本書はかなり解決してくれる。「労働法」について知っておくべきことがほぼ述べられているし、職場で問題が生じた場合、どう解決するのがベターかも教えてくれる。「こんな会社では働きたくない」と思っても、労働組合に入って会社と交渉して損害賠償を勝ち取るという方法もあり、そのことが大事だとも分かる。 労働者を大事にするのが成長の礎だと分かっている会社もある。「労働法」を知って会社を選ぶ基準にするのがいい。「この就職難の時代にそんな」、と思いがちだが、そういう引っ込み思案の労働者が増えれば社会全体が沈んでしまう。そう考えて本書を読んでほしい。 現行の「労働法」には問題が多い。しかし「労働法」の精神は労働者の人権を尊重することだ。そう信じて味方にしよう。
・「一般的な良書」
ブランドという概念とその周辺に興味がある人にとって読んで損はない一冊、全体を通して読みやすく分かりやすい。特別目を引くようなものは無いが、入門書としては十分だと思う。
・「ブランドが消費意欲にも制作者の思いにも、還元されることなく、どうして価値を持つにいたるのか?を追求!」
ブランドとは何か? よくあるブランドの本とはちょっと違う捉え方をしている。 非常にデータや、理論をベースにして、独自の新しいブランド論に チャレンジしているし、ある程度それに、成功している。
「ブランドが消費意欲にも制作者の思いにも、還元されることなく、どうして 価値を持つにいたるのか?」というテーマと、 「それは現実にどのような帰結を生むのか?」という問いを1章から5章までで 実証しようと試みている。
難しいテーマに取り組んでいる姿が見て取れて、しかも結構面白く、わかりや すく構成されている。さすが岩波!という新書の本である。
・「記号論によるブランド概念の分析」
マーケティングの一分野であるブランド・マネジメントについて講学的に知ろうと読み始めましたが、説明のアプローチはかつての言語論や記号論そのままです。「ブランド」が製品の技術や使用機能の従属性から離れて生成発展していく説明は十分成功していると思いますが、言語論や記号論がない読者はちょっと辛いかもしれません。ただし、こういった一連の概念に慣れると応用が利くので、知っておく価値は小さくないと思います。
・「三冊読み比べ」
ブランドの分野では、アーカーやケラーの本がスバラシイのだが、他部門の社員にも薦められる安価な入門書を求め、3冊読んでみた。
まず阪本啓一の『ブランドの授業』は解り易いのがよい。本屋で20分で読了できた。だが、残念ながら内容まで薄くなっている。これでは雑談であり、とうてい「授業」とは呼べない。
それに比べ、田中洋の『企業を高めるブランド戦略』は中身が濃い。そもそもブランドが何故効くのか、それを主観で述べるのではなく、院生と一緒に実験を行なって明らかにしている。
それにケーススタディが実践的だ。「成熟した日用品市場に海外メーカーが新製品を投ずるには、どうすべきか?」
「老齢化したロングセラー実用車がモデルチェンジするには?」「バブル期に製品の改善を怠った調味料を再生するには?」などなど、たいへん切実な問題を扱っている。しかも新書だから安い。
石井淳蔵の『ブランド』も新書だから安い。それに、ブランドが商品から離れて一人歩きを始める過程の説明は、独創的であり、気に入った。
ただ、いささか変わった本なので、気に入るかどうかは読者しだい。この本はアマゾンで買う前に、書店で中身を読んでみるとよい。
・「身近な商品のブランド力について多少は学べます。」
「ブランド」という身近でかつ難しいテーマについて勉強したく、この本を読んでみた。
具体例として身近な商品を大量に使っているため、分かりやすいといえば分かりやすいのだが、岩波新書らしい著者の主観的な研究内容といった感じで、客観的な根拠が多少弱いように感じられた。
第三章の「ニューコーク騒動」などというように、身近にある商品のブランドに関するエピソードはいろいろと学ぶことができるが、この本を読んでも、「ブランド」についての実践的なマーケティング力はおそらく向上しないであろうと思われる。
身近な例を用いて、「ブランド」を少し勉強してみたい、という人には比較的お勧めである。
・「資源は偏在している・・・」
多くのレビューの方々は水資源のビジネス化に疑問を抱いているようですが、石油・ガスや、金・銀などの資源を有することでそうした資源を経済的な価値に変換して国富としているのを鑑みると、
改めて日本の水資源の豊富さに驚きを覚えるとともに、ビジネス化することで、新しいお金の流れができるのでは、と思います。
現在は石油よりも高額なペットボトル版輸入水が売られていますし、実際そうした水を購入している消費者がいることを考えれば、日本ブランドの水を海外で売ることも今後視野に入ってくる気がします。
そのさい、何でもかんでも反対という路線ではなく、地下水を育んでいる森林の整備や取水の厳格な管理などに新たな投資のお金を民間が費やすことができれば、林業などの再活性化を税金を使うことなく、達成できるのではないか?
・「水はタダではない。」
日本が水と安全はタダというのは、すでに過去のお話。日本は島国なので、今まで水の争いということは起こらなかったが、果たして、今世紀中はどうであろうか?
本書では、世界的な人口増加傾向で、特に開発途上国の水不足に警鐘を鳴らしている。海に囲まれている、我が国では考えもしなかったが、地球、1国だけでも「水」というものは、偏って存在しており、不平等な分配による、戦争・紛争の懸念や、水不足が深刻化した際、砂漠化の恐れを危惧している。
ボトル・ウォーターの売り上げが、日本でも欧米諸国に追いつくぐらいに、増加傾向であり、普通であれば、安価に入手できるものを、消費者はより多くのお金を払い購入し、企業は儲けているなど、「水」は誰のものか?という事を問われた入門書的な書籍である。
・「水は無尽蔵にはない」
地球上に存在する水のうち97.5%は海水であり、人間が飲める淡水は2.5%である。この淡水の大部分は南極・北極地域などの氷として存在していて、地下水を含めて、河川、湖、そして沼などにある淡水は地球上の0.8%である。しかもその内の大部分は、地下水であり、比較的利用しやすい河川や湖などにある量は、地球上のわずか0.01%である。
その0.01%の水は、石油や天然ガスなどと同じように偏在しており、多くの人が水不足に直面している。一方、日本はその偏在の恩恵を受けており、平均年間降水量は世界でもトップクラスである。しかしそれにもかかわらず、日本は世界最大の「間接水」輸入国でもある。
米や野菜などを栽培するためには、水か必要不可欠。牛や豚、鶏を飼育するのにもたくさんの餌がいる。この餌用の穀物を育てるためにも、水が必要となってくる。日本は食糧自給率が、カロリーベースでおよそ40%であり、多くのものを輸入に頼っている。要するに、日本は農作物の耕作を海外に「委託」することによって、国内の水消費量を低く抑えられている。
この間接水の概念を用いると、牛丼並盛り一杯で2トン、ハンバーガー一個で1トン、そして月見そば一杯では750キロ、の水が海外で消費されていることになる。
水問題を考えるうえでの入門書に最適だと思う。
・「公共の経済について考えさせてくれる本」
水と空気はみんなのものだから、特に贅沢な空気とか水でない限り、ただ普通で安全なものなら、それを売って儲ける人の住んでいる社会はどこか変だ。そう感じることが正しいのだと思う。 ビジネスとは、それが成立する社会の存在を条件としているもので、条件自体の根底になるものを作り出すものではない。そこに境界を引きにくく感じるのは、すでにお金に目が眩んでいるからだけだ。この本は、身近な水を例にとってビジネス崇拝社会の問題を考えさせてくれる。
・「遠い世界の話ではありません。が・・・」
日本は水が豊かな国だといわれます。しかし、食料をすべて自国の水で灌漑したら、今使っている倍の量を取水しなければなりません。日本は農業が衰退しているといわれます。しかし、今輸入している食糧を生産している耕地は、国内の農地の2.4倍に相当します。我々の食料を提供しているアメリカでの水争いや地下水の枯渇、中国の南水北調は、決して我々の生活と無関係ではないのです。
とはいえ、日本国内を見ると、ミネラル・ウォーター市場は発展途上で、上下水道の民間委託は始まったばかり。本書を読んでも、世界のウォーター・ビジネスの隆盛に圧倒されますが、水資源が「豊富」な我が国ではまだ殆ど問題になっていません。また、本当に水資源が危ないところの記述が少ないのは意外でした。企業は、まず安全な先進国か、安定している途上国で事業を行います。ですから、本書において、アフリカの記述はほぼ皆無です。世界の水資源の現状を知りたい方は、本書を取っ掛かりにして、別の本を探されたほうが良いと思います。
●軍艦島海上産業都市に住む―ビジュアルブック 水辺の生活誌 (ビジュアルブック水辺の生活誌)
・「おすすめです」
「軍艦島」という島があったということは聞き知っていましたが、
その程度の知識で「端島」という名すら知りませんでした。
その後、実際に住んでいた知り合いの方から当時の状況や生活の話を聞き
今までの「廃虚」のイメージから確かに人が生活し、島と「生きていた」
という面に興味を持ち購入しました。
住んでいたわけでもなく、世代も違いますが、どこか古き良き時代、
郷愁を覚える好著です。
それだけに、今の廃虚写真を見るとその対比に何とも言えない哀しさ
を覚えます。
・「緑なき造られた島は、ひとつの家族。」
新品を見つけたのですぐに取り寄せれば、なんと復刊本であった。既に絶版になっていただけに復刊の祈りが届いて何よりうれしい。昭和35年、この小さな島には5300人の炭鉱家族が肩寄せ合い住んでいた。しかし昭和49年1月に閉山するとわずか4ヵ月後には無人島になる。縦480m横160mの造られた島には学校から病院から映画館から果ては神社に至るまで、生活に必要なものは全て揃っていた。大正時代に既に鉄筋コンクリートの高層アパートが出来ていた。この超過密海上都市に住む人々の生活の記録を豊富な写真・資料で解明していく。
・「感動しました。」
廃虚として軍艦島を知ったのですが、そこで営まれていた人々の生活を知り、そこに住んでいた者が朽ち果てていく郷里を眺める気持ちを知り、興味本位で他人様の郷里を廃虚芸術として楽しんでいた自分が嫌になった。それと同時にさらに現在の廃虚としての軍艦島にさらなる愛着が沸いてきた事もたしかである。写真集としても読み物としても手ごたえのある一冊であった。
・「即買いの逸品です。」
端島閉山前の生活を示すモノクロ写真集です。端島関連書物は絶版になるものが多い中、この本は'95年の発刊から現在でも入手できる数少ない書物です。 文を担当しているのが阿久井教授、そう軍艦島実測調査資料集(東京電気大学)で知られる方です。ですから、この本の魅力の1つには写真に加えた詳しい、専門家ならではの解説です。 この本では閉山前の島民の生活が見えます。折からの廃墟ブームで端島の落書き等の問題は加速気味の様ですが、この本でこの島を古里とする人がまだ沢山いることを実感できるでしょう。 廃墟芸術ではなく、歴史資料と言えるでしょう。
・「特異ななりたちの町を等身大の視線で記録した労作」
著者(撮影者)は炭鉱で働いていた市井の人。そのせいか、子どもの遊びや買物風景、人々が行き交う町並みなど、島の日常がこまやかに記録されています。ひとつひとつ写真を見ているだけで、(別に軍艦島に縁がない自分でも)戦後の記憶がよみがえって、胸が一杯になりました。「軍艦島」という冠を外しても、小さな町の戦後史として傑作だと思います。昨今の、廃墟となった島を土足で踏み荒らすような興味本位の写真集とは別次元の良書です。
・「不思議な言葉、Jポップの解明」
Jポップ……私が物心ついたときには既に定着していたので、あまり考えたことがなかったが、言われてみると不思議な言葉だ。ジャンルではない。邦楽の新しい呼び名、とも単純には言えないようだ。では、いったい何を指しているのか?Jポップは自然にできた言葉ではなく、送り手側が意図をもって名付けたものだ、というのは、本書における重要な指摘の一つだが、そこに答えの一端が見える。Jポップという言葉には、送り手側のある意志、願いが込められているのだ。
本書では、その秘められた意味を、当時の社会背景と併せて丁寧に分析していく。Jポップの歴史が、客観的なデータを伴い非常にわかりやすくコンパクトにまとめられており、その中で指摘される著者独特の視点からの見解はとても面白い。面白いだけでなく、論理的で、なるほどと思わされる。異論はあるかもしれないが、それでも自分の考えをまとめるうえで有意味な議論だろう。
最近、本書でも登場する小室哲哉が逮捕された。なぜJポップの寵児はこんなことになったのか。本書を読むと、その理由の一端が分かる気がする。そんなこともあって、読み終わった後、日本人にとっての音楽とはなんなんだろう?など、いろいろと考えさせられた。ポピュラー音楽に興味のある人なら、読んで損は無い。
・「音楽産業の流れが追える」
先日から岩波文庫は2冊目。どちらも、構成やデータの収集、提示の部分はしっかりしている。さすがだ(結論が同意できるかどうかは別問題だが、この本はかなり同意できる方)。
この本は「Jポップを産業として分析する本(あとがきより)」だ。全体に好悪の感情を出来るだけ抑えて、事実とその分析を淡々と書いている。内容はきわめて信頼できると感じた。音楽のような感性に訴えかけるテーマでこのように書くのは至難の業だったろうと推測する。
現状分析の面ではレコード売上げは90年代に大きなピークがあって、最近の売り上げ減はその前の驚異的な売上げ増の反動という側面が強いとか、最近の音楽業界の収入源の変遷とか、日本のポップスの海外での稼ぎはほとんどアニメ関連であるとか、面白い指摘があちらこちらにあって、「へ〜」を何回も言わされた。
私もJポップと言う言葉には多少の違和感を感じながらも、そこに分類されている音楽が結構気に入っていた。本書は音楽の方にはあまり踏み込んではないのが少しもの足らないと言えば無い物ねだりになるだろうから、例えば「宇多田ヒカルの作り方」などと併読すると面白いだろう。
・「外国に対する「モノマネ意識」や「コンプレックス」がないことの問題」
「モノから文化へ」っていう資本主義の進展、それと呼応するかのような若者たちの「自己表現ブーム」って文脈の中にJポップ現象を位置づけた分析は的を射ていると思う。レコード→CD→カラオケ→着メロっていうハードの変遷や女子高生マーケティング、90年代のJポップ・バブルと新世紀に入ってからの凋落の兆しまで、この10数年のJポップに纏わる重要な事象、問題点はほぼ抜かりなく網羅している。「これ一冊で1つのテーマを概観」って新書のニーズには120%応えている内容だ。 ひとつ違和感を覚えたのは、“「日本のポピュラー音楽が外国と肩を並べた」というファンタジー”ってやつ。思うにそんなファンタジーは、Jポップの出現と軸を一にして消滅したのであって、今の状況って「外国」が意識の中に無いことこそが問題なんじゃないだろうか。つまり、Jポップが洋楽の代用品って感覚を持ってるのは30代以上のおじさん、おばさんであってさ。今や音楽に「洋楽」「邦楽」は無くて、極端に言えば、音楽=「Jポップ」なのであり。こうした傾向って音楽だけではなく、2006年は20数年ぶりに邦画の興行収入が洋画を上回った、なんて話題もあった。タカアンドトシに「欧米か!」ってツッこまれてはじめて、それが欧米由来のモノだって気づくくらい、今って一見、外国に対する「モノマネ意識」や「コンプレックス」ってないよね。本書でも、あまり厳密に捉えていないのが、「J-WAVE」vs「TOKYO-FM」や、「渋谷系」vs「ビーイング系」の対立構図で、前者には外国に対するコンプレックスの自覚があるのに対し、後者はある種の開き直りなんだよね。結局、Jポップ現象って言うのは「外国」を無いものとしてごまかした後者の開き直り組が中心に居た訳でさ。まぁ日本人は「外国には一切無関心。頭には自国しかない」って姿勢を何十年もかけてアメリカから学んだのかもしれないね。
・「構造は良く分かったが...」
日本の音楽産業の構造とその問題点は非常によく分かるが、構造には必ず問題がくっつくものだ。 本書に「タイアップなどなくとも、人々の心に響くうたをつくろう」と書かれてあるが(P.228)、たぶん一般的にミュージシャンは人々の心に響くうたをつくったからタイアップをしてでも人に聴いてもらいたいと考えるのだと思う。 洋楽だけを聴いてプロになった‘渋谷系’と呼ばれるミュージシャンは日本どころか海外においてもそれほど売れていないのは何故なのか。海外のミュージシャンとのコラボレーションの多いコーネリアスはポップミュージックより現代音楽に接近しつつあるのは何故なのか。英語に流暢な宇多田ヒカルは間違いなく箔を付けるためではなく本気で全米ヒットを目指して「EXODUS」を制作したと思うが、結果が惨敗だった理由は何なのか。「ULTRABLUE」を聴くかぎり才能が枯れたとは思えない。日本のミュージシャンの英語歌詞に問題があると書かれている(P.158)。私は未だに「I can't get no satisfaction」というフレーズを聞く度に違和感を持つが、それはミック・ジャガーではなく私が悪いのか。著者に今後求められるものは、本書で展開したような構造から外れる部分に関する考察だろう。 正月のテレビのバラエティー番組を見ていて、日本人は本当に‘モノマネ’が好きで、‘モノマネ’こそが日本人にとって共感のツールなのではないかと私は思った。
・「もしかしてこれは、留学経験者の日本回帰の一形式ではないか?」
すでに指摘がある通り、技術革新が音楽の世界をどう変えたかを多様なファクターを考慮しつつ分析した内容で、「Jポップ」はその一挿話でしかない。その意味でタイトルの適切性は疑問だが、非常に興味深い本であるのは間違いない。 ただ根っこの部分で、私はこの本に物足りなさを感じる。 例えば第3章で、広告とのタイアップにより音楽は「その表現の自由のかなりのレンジを放棄しなくてはならない。広告が持つ表現上の制限を受け入れることを覚悟しなくてはならない」(p103)と論じられる。しかしその直前で「筆者は『音楽が企業の営利活動と手を結ぶことそのものが商業主義で許されない』というような原理主義的な芸術至上主義には、賛同しない」と留保を忘れていないし、直後のシメの言葉も「これは、広告が表現の自由に敵対するという意味ではない」「広告表現と音楽表現は、そもそも最終目的がまったく違う、というにすぎない」…しかし、これだけ言った後で「すぎない」はヌルすぎないか? 他にも「日本人が英語で歌うことの是非はここでは問わない」(p160)、「音楽家が政府行事に協力することの是非については、本稿では立ち入らない」(p218)などの言葉に、私は慎重さより、むしろ主題に対する熱のなさを感じる。 あとがきで著者は、Jポップは日本人である自分とは何者かを考えるための「ごくささやかな入り口」と述べている。これだけ広汎な分析を繰り広げながら、著者の視線は自分自身に向かっている。それが主題に対する切実さの欠如につながっているのではないか、と思う。
・「ディズニーランド化しつつある世界の原点」
1949年に生まれ、UCLA大学院に留学し、嘱託として東京ディズニーランド建設に関与した文化人類学者(最初はディズニーランドに幻滅)が、1990年に刊行した本。1955年カリフォルニアに開園したディズニーランドは、ウォルト・ディズニー(生前既に半ば伝説化)が過酷な自然・家庭環境の中で過ごした少年時代の陰画であり、それ故に周囲の反対を押し切り、テレビ局に強引な要求を突きつけながら実現させた、「あらゆる世代の子どもが楽しめる」安全で清潔な夢の国であった。それは未来・御伽噺・西部開拓・「未開地」探検(オリエンタリズム!)を題材とし、周囲の現実世界から完全に隔離され、彼が映画制作で学んだ技術の全てを三次元に応用したテーマパークであり、しかも常に変化する「生き物」であるとされた。オーディオ・アニマトロニクスの開発による1964年のニューヨーク世界博での成功は、ディズニーの国民的名声を確固たるものとし、大企業と提携した大型設備の増設を可能ならしめ、第二期の始まりを告げた。そこでは、現実以上に現実らしい擬似世界が繰り広げられ、むしろ現実の側が虚構を真似る傾向を生み出しつつある。1966年のウォルトの死(冷凍による生存説もあるが)後の第三期にも、ディズニーランドは成長を続け、1971年にはフロリダ州オーランド(より巨大・愛国的で、限定的な「主権」を有するウォルト・ディズニー・ワールド)に、1983年には千葉県浦安市(東京ディズニーランド)に、また賛否の分かれる中、1990年代にはパリ郊外(限定的な「主権」を有するユーロ・ディズニーランド)にも進出する。1980年代、外部から参入した若い経営陣の下で第四期を迎えつつあるディズニーランドは、アメリカ精神(やや一体のものと見すぎか)のエッセンスとして既にアメリカの一種の「聖地」と化している。主に経営側の立場からの鋭い分析。
・「私はディズニーランドは嫌いです」
東京で勤務していた時、南行徳に住み、すぐ隣の新浦安の仕事をしていたにも係わらず、ディズニーランドには行きませんでした。結婚して仕方なく妻と行きました。その後、子供達にせがまれて行きました。私はひねくれ者です。あそこに一歩入ると、みんな「良い人」になるのがおぞましいのです。それがディズニーの魔法ですか?では一歩外にでたとたん、電車の席を取り合う姿。あ〜気持が悪い。アナハイムのディズニーランドとユニバーサルスタジオ両方行きました。気がついたことがあります。ユニバーサルスタジオにはアフリカ系アメリカ人はほとんどいませんでした。ディズニーランドには大勢いました。なぜだろう?私見ですが、家族で一日遊べば結構な金額です。それでは行くのならディズニーランドとなるのでしょう。夜の10時過ぎに眠った子供を抱えて、ミッキーの帽子をかぶって嬉しそうなアフリカ系のおじさんを見て、「あ〜ユニバーサルはエンターティメントで、ディズニーランドは聖地なんだ」と思ったものです。アメリカとディズニーのおぞましさを解剖してくれる本です。
・「ディズニーランドを学問する」
本書はディズニーランドの生い立ち・成り立ちの分析を通じて、アメリカとアメリカ人のメンタリティ、さらには現代資本主義社会の病理までもえぐり出す名著です。
入口ではミッキーマウスが楽しくエスコートしてくれますが、アメリカ史を横目にウォルト・ディズニーの頭の中を巡る中盤、そしてウォルトの死後、ディズニー・ワールドの垣間見せる管理社会ぶり、さらに浦安・パリへと拡大していく「ディズニーランド」…。
それらに昨今の無邪気なアメリカ型グローバリゼーションを重ね合わせていくと、出口付近では若干気持ち悪くなってしまう、そんなジェットコースターに乗せられた気分です。
小著かつ15年以上前に書かれたものですが、折に触れて読み返して、そこにちりばめられている問題意識を確認したいと思いました。最近読んだ中では最も知人に薦めたい本です。
・「意外に面白そうなディズニーランド」
ロサンゼルスのディズニーランドで、東京ディズニーランド開園時に日本人スタッフの研修の仲立ちを行い、ウォルト・ディズニーの伝記の翻訳者でもある能登路氏が、「ディズニーランドとは何か」という問題に取り組んだ力作。ディズニーの生涯を基本軸に、各アトラクションの内実と意味合いが分析されている。アメリカのディズニーランド、ディズニーワールドが中心で、浦安の話ではない。
ディズニーランドがいかに隅々まで統制・計画された空間なのか。ディズニーランドへの訪問方法、入場、アトラクションへのアプローチと分析が進むにつれ、薄ら寒いほどの管理体制と計算が明らかになり、アメリカンドリームの恐ろしさが見えてくる。しかし能登路氏はそれを糾弾するだけではなく、ディズニーの素晴らしい思いつきとして賞賛することも忘れない。そのあたりのバランスが、本書を優れた書物にしている点だろう。 ディズニーランド嫌いの私にも、「ちょっと行ってみようか」と思わせるほど魅力的であった。 アメリカ文化に関心のある方には必須の書物。
・「ディズニーランドという聖地」
ウォルト・ディズニーの性格からディズニーランドに関することまですべてが記載されている。これを通してアメリカ文化を知ることができるのである。時間を忘れて読んでしまう本である。
ケータイからは、シンプル・アマゾン通販(モバイル版)をご覧下さい。
シンプル・アマゾン通販は、安心・安全のネットショッピングAmazon.co.jpの商品を紹介しています。
簡単アフィリエイト:あなたのAmazonアソシエイトIDをアドレスの最後に付けるだけで簡単キャッシュバック!(例:2sas.net/?yourid-22)一度IDを付ければ、シンプル・アマゾン通販内の全商品が紹介料の対象になります。アソシエイトIDはこちらから登録可。