重力ピエロ (新潮文庫) (詳細)
伊坂 幸太郎(著)
「不愉快でした」「ややありきたりな」「非常に惜しい」「小説世界≠現実」「予想できない展開!」
海辺のカフカ (上) (新潮文庫) (詳細)
村上 春樹(著)
「村上春樹氏の小説は初読ですが…」「東京都中野区野方から始まる物語」「海辺のカフカ」「ストーリー・テリングの天才」「無駄の多い作品」
忌野旅日記 (新潮文庫) (詳細)
忌野 清志郎(著)
「清志郎さんありがとう!」「ベイベー 面白いぜ」
海辺のカフカ (下) (新潮文庫) (詳細)
村上 春樹(著)
「教養への暴力」「聖人と使徒の物語と迷える若者の物語の合流点」「海辺のカフカ下巻」「ついに母子関係がテーマに」「喪失の果てに残された希望」
とてつもない日本 (新潮新書) (詳細)
麻生 太郎(著)
「フィルター、とってみませんか」「なんと面白い本だろう」「日本はどのようによくなるのか?」「既存メディアへの反発」「日本について素直な考え方を与えてくれる」
朗読者 (新潮文庫) (詳細)
ベルンハルト シュリンク(著), Bernhard Schlink(原著), 松永 美穂(翻訳)
「考えさせられます」「期待外れ」「ドイツ文学」「朗読をすることの先に」「戦争の傷跡」
ラッシュライフ (新潮文庫) (詳細)
伊坂 幸太郎(著)
「つまんない」「エッシャーの「騙し絵」の如く」「今更のレビューですが」「今の時代の空気感」「純粋に楽しめる人は読める」
一勝九敗 (新潮文庫) (詳細)
柳井 正(著)
「商品そのものよりも企業姿勢を買ってもらう。」「ユニクロで働きたい人は必読」「ユニクロのフリースを買いたくなりました。」「確固とした芯を持ち、そのために絶えず変化をするということ」「第一線の経営者の著作」
世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫) (詳細)
村上 春樹(著)
「低俗風。」「うーん・・・」「最高傑作(異論は認める」「未だに、村上文学の最高峰」「ダニー・ボーイ」
ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編 (新潮文庫) (詳細)
村上 春樹(著)
「これを傑作という今の読者層って・・・(苦笑)」「いい本でした」「すまない・・・・・・。」「ねじまき鳥の登場と猫の失踪で動き始める、避け得ぬ苦難を迎える夫婦の愛(哀)の物語の序章」「個人的に人生のベスト3に入れると思う」
・「不愉快でした」
「殺してもいいような人間は殺してもいい」「盗んでもいいような人間からは盗んでもいい」そんなテーマが、深い思索も葛藤もなく安易に提示された小説で、実に不愉快でした。人間の心に、存在に、生きるということに、全く踏み込まず、しゃれた(実はたいしてしゃれてもいないのだが)会話でするりするりと身をかわしてゆく登場人物たちの生き方が、若い世代に支持されているのかと思うと、暗澹とします。エンターテインメントとしても、出来はよくない。謎の解決は、こじつけばかり。展開の先があまり簡単に読めるので、どんでん返しがあるのかと期待したが、それもなし。ここにあげたような点を、「作者の周到なたくらみである」と書いている評論家がいたが、ホンキかよ? いや、評論家って、干されると飯の食い上げになる悲しき職業なのか……。
・「ややありきたりな」
話のところどころに歴史上の偉人の名言が出てくるのがこの作者の特徴だと思う。この作品ではガンジーが多数引用さていた。そこで好みが分かれる気がする。私は教養があまりないので、やや退屈だった。ストーリーとしてはややありきたりな推理小説で途中で犯人がわかる人も多いと思う。物語の一文の「たった9秒間の快楽と引き換えに60年間子供が苦しむ」みたいな文章が印象に残った。話題になった割にはいまいちだった。
・「非常に惜しい」
私にとっては初めての伊坂作品。淡々とした語り口で読みやすく、たまに唸らせるような文章が際立つ一方、ミステリー色は薄く、家族愛をうたうには作為的。器用貧乏な印象がいなめない。 また読後の感想になってしまうが、犯人の処遇をうまく誤魔化したのも納得できない。 憎しみは当事者を殺すことでしか癒せなかったのだろうか?あんなに素敵な家族がいるのに。あえて突飛なウケを狙わず、地味で王道な展開(殺人は未遂に終わるとか)にすれば私は素直に両手を挙げて称賛できたと思う。もしくはそれが伊坂氏の魅力ともすれば「自分には合わない」という方の意見もよく理解できる。
・「小説世界≠現実」
一度この作品を読めば分かると思いますが、会話が非常にキザです。
映画や小説の世界と、日常世界の「会話」は、実際異なっていると私は考えておりますが、 この作品における「会話」は、 それらの分類とは別個の無機質的な日常世界の会話というか…血が通ってない機械的な会話だな、といった印象を受けます。
ある意味、それは作者の挑戦と言えるかもしれませんが、読み手としてはあまり面白くないというのが実の感情です。
・「予想できない展開!」
とにかくおもしろい!読者の予想や常識は、一切通用しない見事な奇想溢れる構成!ミステリーとか、サスペンスとか、そういうジャンルすら超越してる。
説明ではなく、読まないと「実感」はできない作品。おもしろすぎるのでいっき読みしてしまうことでしょう!おすすめです!!
・「村上春樹氏の小説は初読ですが…」
村上氏の小説はこの「海辺のカフカ」が初めてなのですが、冒頭からの独特の文章と編成に少し戸惑いました。
別々のお話が代わる代わる進んでいく形式には読み進めて慣れましたが、田村カフカ側のお話がどうも読みづらい感じがしました。「例えば〜」と長々語られる別作品についての文章は正直、あまり読む気が起こりません…。所々の性描写もストレートすぎてあまり自分の肌には合わないように感じました。
一方でナカタさん側の進行は淡々としていて読みやすく、和みました。(猫の心臓のくだりは他の方も仰るように、少々気分が悪くなりましたが…^^;)
村上氏の作品は良い評価も多いので、一度触れてみる機会が出来てとてもよかったと思います。ですが、今後また作品を読みたいかと問われると…微妙です。
読書経験の少ない若者の意見ですが、少しでも参考になればと思います。
・「東京都中野区野方から始まる物語」
こういった作品に「謎解き」を期待するのは不謹慎なことかもしれません。当然、明確な答えなどは著者は用意していないでしょう。しかしそんな抑制も効かなくなるほど、細かな情景描写や心理描写がもどかしく感じられ、先へ読み進みたくなる作品です。 物語は、唯一「東京都中野区野方」を共通点とする、少年と老人の話が全く無関係に並行して語られ、上巻の最後でようやく関連を持ち始めます。 この2人のまわりに、さまざまな人物が行き来します。その中には、かなり浮世離れした人物が何人かいます。いわくありげな人たちの前史も明らかにされ、一幅の絵と、一編の曲に収斂していきます。
老人と少年がどういう形で出会うのか。あるいは出会わないのか。出会うとしたら、それはやはり瀬戸内海の向こうなのか。少年は母と姉にも会うのか。そして、父の予言どおりの展開になるのか。なぜ、老人は猫との会話能力を失ってしまったのか。少年と老人のどちらが罪を犯したのか。・・・などなど。 そして最大の謎は、戦時中に小学生たちを襲った「事故」でしょうか。・・・下巻に進まないわけにはいきませんね。
もちろんストーリー展開を離れたところで、じっくりと心理描写などを味わうこともできます。多感な15歳の家出少年の揺れる心と大胆な行動。実社会とほとんど無関係に生きている老人の純粋無垢な心と、実社会のただ中にいる人たちとの珍妙なやりとり。そして、ときに前触れもなく起こる超常現象の数々。 そして大島さんをはじめ、脇を固める人物たちの短くも印象的なせりふも、読者をうならせずにはおきません。
・「海辺のカフカ」
タフな15歳の不思議な魅力にひかれる。まだつながらない登場人物にもひかれていきます
・「ストーリー・テリングの天才」
私は村上春樹のファンではないが、彼の主著はほとんど読んでいる。彼の小説はどれも、主人公の性格、モチーフ、文体といった点で類似しているが、この小説もその例外ではない。ファンは、また村上春樹ワールドに帰ってきたという感覚を抱くだろうが、アンチは、また同じパターンかよ、と感じるだろう。 私は村上春樹はストーリー・テリングの天才だと思うが、本書でも村上は天才振りを発揮している。ここまで読ませてくれる作家は少ない。他方で、本書が文学として捉えられることには若干違和感を感じてしまう。村上文学の「文学」たる所以は、その象徴性にあると思うのだが、この小説は彼の他の作品に比べると象徴性の点でやや陳腐である。下巻がどのような展開を見せるのか楽しみ。
・「無駄の多い作品」
一言で表すなら、無駄に長い。
無駄な面が多いと思う。 読んでいて深みがあまりないから、すらすら読んでいくことができなかった。確かに物語がひとつに収縮していくのは面白いんだけど、二つのストーリーを一つのものにまとめるための調整のために長さや描写の濃さに制限がでていたんだと思う。
でもこんな作品でも引き込まれるところはあって、後のところは結構つまらなかった。
・「清志郎さんありがとう!」
清志郎さんの交友関係の広さを思い知らされました。心に残る歌を沢山残して下さりありがとうございました。これからも聴かせて頂きます!
・「ベイベー 面白いぜ」
雑誌の連載をまとめて一冊の本にしたものだったと記憶しています。交友の広さはさすがキヨシロー!といったところです。いろいろな人の裏話が書いてあり面白いです。中でも、泉谷しげるや井上陽水の話は面白いです。一読あれ
・「教養への暴力」
非常に興味深い作品でした。小説は本来前提とする知識を懇切丁寧に提示しないものですが、この作品には詳細すぎる引用がつき、しかも著者の解釈まで述べています。こうして、必要とされる教養を提示し、主題部分に入ります。教養の導入では絶対に誤読を許さない姿勢があるのに対し、主題部分は筋こそ丁寧に解説してありますが、メタファーが一義的には思えず、感覚的に分かっても、言語で説明するのは困難です。教養主義者と共に小中生にも開かれたテキストですが、知識に頼らずどこまで読めるかが測られます。教養人と呼ばれる虚飾を暴力的に否定している大作です。
・「聖人と使徒の物語と迷える若者の物語の合流点」
舞台が完全に四国に限定される下巻になっても、相変わらず少年の物語と老人の物語は、淡々と並行して交互に語られます。「ハイドン」などの共通項が、トランプゲームの神経衰弱のように配置され、ついに「入り口の石」を巡って、二つの話は合流します。しかし二人は結局出会うことはありません。
そして読者は、著者から叩きつけられた挑戦状を意識するでしょう。ナカタ老人は一体何を象徴し、星野青年は一体何を代表しているのか。大島さんはなぜ登場しているのか。カフカ少年が高知の原野で見たものは… 読者は数々の問いに対して、自分なりの答えを用意しなければならないでしょう。そうでなければ、この小説を読んだ意味はありません。中でも、ナカタ老人が象徴するものについての考察は必須課題かもしれません。
二人の人間の「死」を経て、オイデップス王の場合とは異なり、最後に少年の「生」への前向きな決意で話は終わります。もう一つギリシャ神話と大きく違うのは、「姉」が介在することです。それとの関係性も含め、これからの少年の人生にあれこれ考えを巡らせることにしましょう。それは最後まで読み切った読者へのご褒美でもあります。
・「海辺のカフカ下巻」
すべてがつながっていく後半。多分一日で読んでしまうくらい、おもしろい
・「ついに母子関係がテーマに」
村上春樹の他の主要作と同じように、下巻からは一気に筆のギアが上がり、2つの世界が一つへと収斂されていき、メタファーのオンパレードとなる。この相も変らぬ手法についてはマンネリという批判は避けられないだろうが、ついつい読み進める気にさせるのが村上春樹の筆力の凄いところだと思う。
また、本書は、これまで村上春樹が不思議と取り上げてこなかった母子関係に迫っている。本書に限らず村上春樹の多くの小説は少年が内面と外界との葛藤から自我を形成していく物語だと思うが、本書ではその過程で実は一番クリティカルな母子関係を中心に据えている点で、意欲的だと思った。このためもあってか、村上春樹のほかの作品よりも一層内省的な作品に仕上がっている。
・「喪失の果てに残された希望」
上巻で、凄まじい勢いで展開し、拡大し、膨れ上がった世界観は、やっぱり物凄い勢いで、急速に集約していきます。
登場人物たちはそれぞれ、自力で自分の宿命に決着をつける。宿命を完全に消化する人、新しい運命を切り開く人、新しい運命を引き継ぐ人、みんなそれぞれ、帰るべき場所に帰っていきます。
漠然とした世界観を「メタファー」の一言で片付けているように捉える人が居るのも理解できます。この作品に対して、「理解できない」「意味がわからない」という感想を持つ事は、ある意味当たり前で、ごく普通の感覚だと思います。
ただ、この作品は(というか、村上春樹の全ての作品通じて言える事ですが)、抽象の元になっている具象を敢えて明確にしない事で、最終的な解釈を読者に委ねているんですよね。きっと。敢えて答えの余地を残す事によって、読者ひとりひとりが、それぞれ違う解釈や感想を抱く事が狙いなのだと、私は勝手に思ってます。そしてそれは、決して読み手側に何かを押し付けようとしない、書き手側の優しさの現れのように思えます。私は、自分自身が、この作品を理解し切れているとは到底思えません。それでも、「世界の全てはメタファーだ」という大島さんの台詞は、私の中で凄く強く生きていて、何度も何度もこれに救われた気がします。
元々、人間の脳(或いは心)=フロイトの精神分析の構図を分解し、物語という時系列で再構築したものが村上春樹の作品であって。海辺のカフカは、村上作品の中で最も、人間の精神構造とか魂、意識や意志のような、観念的な方向に迫った作品だと思います。
村上春樹自身も、この作品で新しい視座を切り開き、拡張している。だからこそ、読み手にもそれが伝わり、新しい何かが切り開かれる感覚を覚えます。
村上春樹の長編は、絶望と喪失の果てに、僅かだけど確実な希望が残る、という展開がお決まりだけど、この作品の果てに残される希望は、ちょっと他作品とは種類が違う気がします。読むたびに、脳が浄化されるような気がするのは、私の勘違いかなぁ。とりあえず私は、この作品が、村上春樹という日本が世界に誇る作家の持つ一番新しい能力の集約だと思っています。
・「フィルター、とってみませんか」
好意的にも、少し悪意的にも話題の本。現総理の著書ですが、とても読み易く親しみ易い文章でした。
ご自身の事、政治・外交の事、日本の事・・・本としてのボリュームは数時間で読める程度ですが、文章を通してテレビや新聞では伝わらない暖かにして強かな人柄が伝わってきます。
人の意志を介して伝わった「報道」で判断する前に是非、多くの方に読んでほしい1冊だと思います。日本はとてつもないです。
・「なんと面白い本だろう」
分かりやすく活字が苦手な私でも面白く読めました。そして沢山励まされ、自分の生まれたこの国に誇りを持てるようになりました。この人気やレビューを疑問に思う方がいらっしゃったらまず自分で読み判断して下さい。受動的なメディア媒体ではなく、本、ネット等で調べる姿勢こそ自信を失い卑屈になった日本人を元気にする源だという事を知りました。私はこの国に生まれてよかったと心から思います。
・「日本はどのようによくなるのか?」
「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて・・・」これに真っ向から反対するのが麻生政権と言える。「それは、『夢見る者』だということである」だが日本人がこれからどんな夢を見ていくか、その夢を創造することはない。「(普遍的にしてしかも個性ゆたかな)」セルフ・アイデンティティを、今こそ確立すべき時である。そして文化は、単なる歴史認識や歴史観を、本質的に超えたものであるだろう。(「このレビューは参考になりましたか?」にいいえを投ずる人は、自由と繁栄の弧 (幻冬舎文庫)の私のレビューを参照してください)
・「既存メディアへの反発」
この盛り上がりは、マスコミに対する反発によるもの。
あわせて買うべきは「反日マスコミの真実2009」だろ!
おまえら絶対買え!
・「日本について素直な考え方を与えてくれる」
自分の国を誰に託すか、というのは本当に難しい問題です。 誰に託したら国が良くなるのか、そもそも国を良くしてくれる政治家などいるのか。 そういう宙ぶらりんな心を、真っ直ぐにしてくれる本だと感じました。
日本の力を信じ、日本を素直に愛し、そして日本のために全力を注ぐ・・・この手の言葉は、政治家であれば誰もが口にしそうな、とっくに使い古された建前に思われます。 しかし、あえてその建前を建前に終わらせず、真正面から日本を愛し、これと向き合っていこうとい う麻生氏の姿勢がその言葉から伝わってきます。そして、普段政治に対する関心も無い私にさえも、日本人であることに誇りを感じさせ、そして何らかの形で日本という国家に寄与していきたいと思わせるような、パワーを持った一冊でもあります。
麻生氏を支持するかどうかについては賛否両論あると思いますが、少なくとも政治について、そして日本という国そのものについて、一つの確かな見方を与えてくれる本なので、知らない方にはぜひご一読いただきたいと思います。
・「考えさせられます」
年齢差の恋愛がセンセーショナルではありますが、この小説の主題はやはり戦争でしょうか。戦争を知らない主人公は望む望まないにかかわらずハンナを通して戦争を考えざるをえないのです。
・「期待外れ」
年上の女性との恋に絡めて、戦争との向き合い方、世代ギャップ、個人の尊厳等々難いテーマが描かれていますが、、、回りくどくて判りにくい。理屈っぽい言い回しがドイツ文学の特徴と言われてしまえばそうかもしれませんが、すっと体に沁み込んできません。2度読めばもっと入り込めるのかな。。。感動作というのが売りのようですが、一体どこが感動なのか??です。というのも、主役二人が共感できるキャラクターに描かれていませんし、戦争問題も恋愛も、家族、他人とのつながり方も、すべてのテーマが中途半端だからです。青年は中途半端というか、逃げ腰でこれといった成長も見られませんし、女性の方にも知恵が感じられません。最後の最後での女性の行動は理解できなくもないけど、それが感動に結びつくこともなかったです。ちょっと期待外れでした。
・「ドイツ文学」
パトリックジュースキント以来、久々に感動できるドイツ文学にめぐり合えました。本書を読んだ動機は映画を見る時間がなかったからでしたが、一気に読み、そして、すぐに読み返したくなる結末。ありえない、いえ、いえ、ありふれた日常の何気ない中に潜む闇、戦争の深い傷、原文を読みこなせる語学力が欲しい私でした!
・「朗読をすることの先に」
舞台はドイツで、15歳の少年が21歳年上の女性に会い、やがて性交する関係にいたります。性交の際、ハンナは少年に、古典文学を朗読するように頼み、少年はそれを実行します。ある時、ハンナは失踪し、少年が長じてから、法廷で再会します。ハンナはナチスの犯罪のどこかで関与していたらしく、その罪を問われていました。そして、ハンナは服役します。ハンナはそこで読み書きを覚え、少年だった男に手紙を書きます。男はそこで初めて、ハンナが読み書きのできなかったことを知ります。ハンナの手紙に対して、男は古典を朗読したテープを送ります。ハンナが出所する日、男は会いに行きますが、ハンナは縊死していました。彼女は男からの手紙を欲していましたが、彼はそれを書くことはありませんでした。
男は古典を朗読しながらも、自分の言葉を獲得できなかったのです。ハンナが求めていたのは、借り物の言葉ではない、かつて共に時間を過ごした男の言葉でした。しかし、彼は彼女に書き送るための言葉を見出すことができませんでした。
言葉によって人間は生き、また死にます。愛する者からの言葉、借り物でない言葉が届けられないとしたら、そこには絶望が生まれてしまうのではないでしょうか。この作品はいろいろな読み方ができるでしょうが、タイトルが暗示することは、そういうことのように思えます。
・「戦争の傷跡」
オスカーにノミネートされているケイト・ウィンスレット主演の映画原作です。15歳の少年が、ある日自分の倍以上の年の女性と深く恋に落ちます。女性は、少年にいろんな本を朗読させるのですが、少年はなぜ頼まれるのかわかりません。それでも女性のために朗読を繰り返します。でもある日、女性はふと姿を消してしまいます。数年後、法学生になった少年は裁判所で被告となった女性と再会します。女性は、ドイツナチの強制収容キャンプで自ら働いていたのです。不意の再会に、少年は動揺を隠せませんが裁判の間に、女性の秘密があきらかにされていきます…。男女の愛はもちろんのこと、筆者は、自らの体験から、ドイツの戦前生まれの世代と戦後世代とのギャップ、そこに生まれからみあう複雑な感情を描いています。自分の親、そして国に対する感情を、どう処理していいのか、怒りをどこに向けていいのかわからずにもがいています。女性は、自らが犯した罪を彼女ならではの方法で、償っていきます。彼女の潔さ、強さが素晴らしいです。
・「つまんない」
話の展開に無理がありすぎだし ショッキングな出来事も子供だましと感じるほど拙かった 話が展開するたびに登場人物が繋がっていけば面白いの?全然わかんない
・「エッシャーの「騙し絵」の如く」
5つのストーリーの織りなす群像劇が、あたかもマウリッツ・エッシャーの「騙し絵」の如く、時間や空間を超えて連関してゆきます。 その配置の妙が、この小説の醍醐味になっています。 時間の前後した話が、上手く配置されて、「謎」を読者にヒントを与えながら解いてゆきます。 ちょうど、映画「メメント」を見ているような感じです。
それだけに、最初はなかなか状況が掴みにくく、登場人物をなかなか特定できない恨みがあります。 でも、最後にスカッとすべてが明確になるのを楽しみに、読んでゆけば行けばいいのでしょう。
・「今更のレビューですが」
こんなものか?と云う程度の出来。群像劇としてのプロットは見事。けど、それだけ。キャラは駄目駄目。作中のキャラに人間観察云々と云わせてる割には、作者の人間観察が薄っぺら過ぎる。何この若者達は?ステレオタイプを書きたいにしても、余りに幼稚に過ぎる描写。その他、端々に垣間見られる行動の不自然さが酷い。本当にこの作者、執筆当時まで30年も生きて来たのかよ、と苦言を呈したくなる程の頭の悪さ。
引用も、ただすれば良いってもんじゃないよ?箔でも付けたいのかい?後、ミステリーとして出すからには、このトリックの酷さは無いんじゃないですか?
・「今の時代の空気感」
伊坂作品をはじめて読みました。ストーリーもトリックも、時系列がだんだんつながっていくのもとても面白く、ページを夢中でめくっていたという感じです。バラバラ殺人とか、登場人物がみんなそれぞれにエキセントリックだったりとかで「ありえない話」なんだけれども、それぞれの台詞とか、考えていることはありえない話ではなくてむしろ現実的で、それをそのものずばりではなくて寓話的な話で現代の空気感を表現している気がして、やっぱり作家ってすごいなと思いました(笑)話の中に「神」を登場させているのもすごく良かったです。何がどう良かったのかはうまく説明できませんが・・・謎解きを楽しみながらときどき立ち止まって考えさせられました。単なるミステリーではないと思うので、また読み返してみたい本です。
・「純粋に楽しめる人は読める」
この物語は確かに「何がしたいのか」と言われれば明確な理由は無いのかもしれない。でもそれでいいと思う。
伊坂幸太郎作品のはミステリー大好きな、厳しい人間にはオススメ出来ません。(というかミステリ好きは何にしても厳しい気がしますが…)
何事も単に楽しめる人、伊坂作品にもっと触れてみようって方にオススメ。
僕は傑作だと思います。
・「商品そのものよりも企業姿勢を買ってもらう。」
沢山あるファーストリテイリングの経営理念の一つ。商品に圧倒的な力がある・差別化が出来るごく一部の商材を扱う会社以外の大半の会社にあてはまることじゃないでしょうか。ぱっと見はそんなに変わらなくても例えば品質管理だったり、アフターサービスだったり。商品を買うのは消費者にとってはいわば「会社そのもの」を買うようなもの・・・と思って商品企画や販売にあたらねばならない。柳井さんの理念がわかりやすく解説されています。
・「ユニクロで働きたい人は必読」
いわゆる経営哲学や経営学を体系だてて説明する本ではないが、柳井氏がユニクロの経営者として素直に考えや心情を綴ったものであり、退屈せずに読めた。
・「ユニクロのフリースを買いたくなりました。」
誰もが知っているユニクロの創業時からの話しが書かれています。
柳井さんの経営哲学、ユニクロをどうやって世界に通用するような企業へ成長させたか。
惜しむことなく書かれています。ただ、何でかスラスラと読み進めることができませんでした。
おそらく・・・内容は良いものなのですが、それぞれの人物象、風景などが読んでいるなかでうまく思い浮かべることができなかったのかと。
自分の読解力が足りないのでしょう。
ただ、将来経営に携わっていきたいひとには必見の内容かと思います。
最近ユニクロの服を買っているのですが、生地も柔らかく、何よりも着心地が良いですね。
着こなしの仕方を工夫すれば安いし品質も良いので助かります♪
・「確固とした芯を持ち、そのために絶えず変化をするということ」
事業引継ぎからファストリテイリングの立ち上げ、フリースの成功、海外出展の失敗等の今までの生い立ちを『経営者の視点』から書かれている本でした。執筆時(2003年)の柳井氏の現在のユニクロに対する懸念(主に内的要素)が多く述べられている部分もあり、単純な『自慢』の本ではないような流れです。企業は変化するものである・失敗は即座にフィードバックできるような体制をつくり、それを次回に生かすことが重要というような持論を自らの経営の歴史から説明している部分が多かったです。ユニクロ自体がトップダウン→ボトムアップというように企業の成長段階に応じて支持系統を変化させることで成功している点からして、なかなか説得力があり参考になる本でした。でも、やっぱり最後の年表はいらないかなと感じました。あと、このような本の特性ではあるとは思いますが、やはり万人向けする内容ではないと思います。少なくとも、日本的経営給与体系が成果主義的給与体系より優れていると思っている人は読んでいい気分はしないと思います。
・「第一線の経営者の著作」
現在も第一線でユニクロの経営に携わっているので、著作の内容も非常に厳しく感じました。過去を振り返るというよりも、これからの経営方針を社員に訴えるような印象を受けました。現場たたき上げの経営者の考え方というのは、非常に真っ直ぐで分かりやすいです。特に印象に残ったのは、筆者の経営者としての覚悟をしっかりと持っている部分です。起業を考える場合、相当な覚悟が必要であると感じました。
●世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫)
・「低俗風。」
上巻を読んだだけの時点でのレビュー。ストーリーの展開の仕方やストーリー自体は、まぁ巧いと思う。なので、読み易いと言えば読み易い。けれども、嫌な点が主に2つ。1つは、巧くもない比喩が冗長過ぎるまでに織り込められている点。結局、そういった「無駄」な部分を省いたら、中身は単純で薄い気がする。それでもストーリーはしっかりしているので、そのストーリーに対する評価は「巧い」なのだが。比喩の所為で興醒めする。もう1つは、何彼に就けてセックスの話題を織り交ぜたがっている点。それがハードボイルドだと勘違いでもしているのだろうか。性欲に愚直な主人公と、身持ちの脆い(脆そうな)周辺女性のやり取りに、うんざり。どう言い訳しても、かなり低俗に見える。
・「うーん・・・」
村上春樹さんの作品を読んだのはこれでまだ2作目です。フランツ・カフカの作品が好きで、村上春樹さんはカフカに影響を受けた日本の作家、というのをどこかで見て読んでみたいと思ったのがきっかけで、春樹作品の中で最も有名だと思われるノルウェイの森をまず読みました。
そのときは正直、私にはあいませんでした。読む限りカフカの影響はまったく感じられませんでしたし、ありていに言ってしまうと、作者の自慰行為を見せられているような不快感が残りました。でも、このアマゾンのレビューを見て、どうもノルウェイの森よりこちらの方が自分には合っていそうだということで、前回のことはありましたがこの本にもトライしてみようと思いました。
結果、やっぱりダメでした。言いたいことは分かるんですが、とにかく引っかかる部分が多かった。主人公のために博士と孫が尽力してくれる理由が最後まで分かりませんでした。システムやカンパニー側が消そうとする理由は分かりますが、博士と孫がなぜ自分達を危険にさらしてまで?最後の謎解きも、最初に会ったときに話せばそれで済むのに、なぜ地下でわざわざインディージョーンズばりの冒険をする必要があったのでしょう。
主人公といい関係になる二人の女性はやっぱり主人公の自慰行為を手助けするためだけの道具に見えます。私個人の穿った見方かもしれませんが。上巻の方の世界観作りだけは確かに(私は好きな)カフカ的で、興味を引かれたので下巻に入ってからの謎明かしに結構がっかりしました。他に琴線に触れる部分があまりなかっただけに特に。おしゃれな雰囲気を出したいだけじゃ?と思えて仕方がない現実離れしたセリフ回しも、うーん・・・
あくまで私の場合ですが、読んでてもそういう部分がいちいち引っかかってあまり楽しめる作品ではなかったです。
・「最高傑作(異論は認める」
そう言わざるを得ない作品です。
数多くの村上作品を読んできましたが、これを越えるものは恐らくないと思います。
村上春樹アレルギーじゃない人は絶対読むべき作品
個人的なは世界の終りの世界観が大好きです。
・「未だに、村上文学の最高峰」
一般の方にとって、村上春樹といえば「ノルウェイの森」だとか「海辺のカフカ」なのだが、その実、村上春樹ファンの中で最も評価が高いのが、この「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」なのだ。影を奪われ心を失いつつある「僕」が、壁に囚われた街で一角獣の頭骨から夢を読む事を生業とする「世界の終わり」。システムに属する計算士の「私」が、ファクトリーに属する記号士ややみくろと攻防を繰り広げる「ハードボイルド・ワンダーランド」。この全く趣の異なった二つの話が交互に進行してゆく。 「世界の終わり」の無味乾燥で退廃的な原風景。「ハードボイルド・ワンダーランド」のニューエイジ的な殺伐とした空気…。しかし、設定も時間軸も何もかもが全く異なった二つの世界は、「一角獣」という各世界をジョイントするアイテムによって、徐々にその関連性を増し、一気に物語の核心へと加速してゆく。 純文学の体裁ながら、シュールレアリスムやSFまで加味された、重厚かつ精緻な世界観にはひたすら気圧される。意味深長でありながら軽妙なユーモアも織り混ぜた村上春樹特有のタッチで綴られるそれぞれの異世界は、霊妙ですらあり、まさに、彼のイマジネーションの賜物なのだ。これは、戦後の日本文学における極めて重要なアイコンであり、同時に村上春樹の金字塔だといえよう。 未読の村上春樹愛読者は言うに及ばず、一般の読書家にも、最早必携の書である。この小説には、読者の人生観を雲散させて再構築してしまう程のパトスがある。そして、読者を決して裏切らない。
・「ダニー・ボーイ」
夢想的な「ハードボイルド・ワンダーランド」。幻想的な「世界の終わり」。2つの話が交互に展開されるわけですが、なんだか浅い夢と深い夢を交互に見るような。あるいは夢の中で夢を見るような。終始不思議な感覚でしたな。某は退廃的で夢見がちなタイプなので、この作品とはすこぶる波長が合いました。最近読んだ小説の中では一番のお気に入りです。
それにしても、あそこで「ダニー・ボーイ」を出すのはずるい。あのノスタルジーな冒頭のメロディーを思い浮かべた瞬間、主人公にリンクした気がしてぶわっと涙が出ましたよ。畜生。
●ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編 (新潮文庫)
・「これを傑作という今の読者層って・・・(苦笑)」
村上春樹、誰もが一度は読んで「わかった気になり」、いっぱしの文学青年を気取る作家の代表ですね。昔はまったく違う作家がこのような位置にあったのでしょうし、今の読者層が特に知的レベルが下がったともいえないかもしれませんが・・・これを傑作ともてはやす人たち、あまりに読書してなさすぎ。20代までの若い読書好きたちよ、とりあえずトルストイやバルザック、ディケンズを読んでから、もう一度ここに戻っておいで。30代以上で村上春樹のこの本がいい!と思ってる人は申し訳ないですがそのままでいいです。
この作品は中学生くらいで読んで、「わけわからんけど、なんかおしゃれ!」、で終わっていいと思います。構成、表現、登場人物の作りこみ、すべて浅薄です。あまり読書してない人にはこういうのが深そうに見えるんでしょうね・・・。世の中にはもっともっと優れた本がたくさんありますよ!!!
・「いい本でした」
あることで非常に悩んでいたとき、むさぼるように本を読んでいて、この一冊に出会い、ぐいぐいと引き込まれるように読みました。その後、今までの悩みがふっ切れたようになり、また現実に戻ることが出来た。といった、出会えて本当によかったと思える本です。
・「すまない・・・・・・。」
私が馬鹿なのか?それともこの作品が難解すぎるのか?言いたい事は何と無くわかるのだけれど、抽象的過ぎてついていけない……。そうかこれが純文学か!
一応三巻全部読破するつもりだが、起承転結がなくて挫けそうになった。なんというかけれんみがないから余計に辛い。森博嗣を初めて読んだときと同じ置いてけぼり感を食らってしまった。
主人公がこの手のにありがちな透明さがあったという以外は……一巻は特に面白みがなかった。ここまで読み手を試す本は初めてだ。
・「ねじまき鳥の登場と猫の失踪で動き始める、避け得ぬ苦難を迎える夫婦の愛(哀)の物語の序章」
「あなたは私と一緒に暮らしていても、本当は私のことなんかほとんど気にとめてもいなかったんじゃないの?あなたは自分のことだけを考えて生きていたのよ。きっと」
この三歳で祖母に預けられた経験を持ち、主人公と出会うまでは絶対的な孤独を背負い生きてきたクミコ(主人公の妻)の言葉に彼女が抱える深き苦悩と夫を心の拠り所としていることが如実に現れています。
最後半、二人がお世話になった預言者である本田さんの第2次大戦時の上官・間宮中尉の外蒙古での諜報活動が独白される中、恐らく陸軍中野学校卒の上級情報将校がソ連の将校・ボリスに全身の皮を剥がれる様が描かれますが、それはまたクミコが抱える苦悩や心の痛みの大きさが比類なきものであることの暗示でもあるのでしょう。
アムステルダムでの最後の英会話でフリージャーナリストの26歳の英国系女性は「ねじまき鳥クロニクル」のsurrealな世界にとても魅かれたと言っていました。ある種の人にとっては限りなく深い意味を持つ、村上さんの幾分かは自伝的な小説です。
・「個人的に人生のベスト3に入れると思う」
とある大物芸能人が昔、「ある女優さんの話なんだけど、その人は『この世界とは別のもうひとつの世界へ行き来することができる』って言ってて。あっちの世界はこちらの世界とほとんど何も変わらなくて、瓜二つなんだけどあっちの世界では争いがなくてみんな幸せに暮らしてるんだってさ」とテレビで喋っていた記憶があります。仔細は間違ってるかもしれませんが概ねこういう内容だったはずです。
読まれた方はご存知とは思いますが、この作品の中で主人公は似たような体験をしていきます。
個人的にその話とこの作品を頭の中で並べたとき――その話は単なる作り話ではなく、この作品は単なる物語ではないのではないか、という疑問に駆られてしまいます。
作品中ほぼ主人公の一人称で『性質も場所も時代もまったく異なる複数の物事(それ自体が随分と現実実がなく、荒唐無稽な話も少なくない)』聞いたり経験していきます。全く関連性の無いそれらに対し、主人公は整合性に欠けているのを自覚しながら、説明のつかない、証明しようがないなにかを見出し、あるはずのない共通項を拾い上げ、縫い合わせていく。ある場所に辿り着くために。
他の評価の低い方のレビューを見て、まぁしょうがないかもな、という感覚もあります。無茶苦茶だし気取りが鼻につくからなぁwでもこんな表現ができる作家さんってきっと滅多にいないでしょうね。
一部の後半では読んでいて体の震えが止まらなくなりました。本を読んでいてこんな経験は人生初(最後かも)でした。
見えるものだけが、科学で証明されるものだけが全てではない、と思っている方には是非読んでいただきたいです。
ちなみにはじめの大物芸能人は誰かというと『昼メガネ』と再ブレイク芸人にあだ名をつけられていた方ですw
以上、長文失礼しました。
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