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竜馬がゆく〈1〉 (文春文庫) (詳細)
司馬 遼太郎(著)
「「少しづつ見せる大物の片鱗」という描き方」「龍馬ではなく」「20年ぶり?に読みましたが、やはり印象は変わるんだな・・・」「男なら、一度読んどいた方がいいですね。」「某有名課長が好きな人向け」
竜馬がゆく〈2〉 (文春文庫) (詳細)
司馬 遼太郎(著)
「スケールの大きさと潔さ」「英雄か。」「見事に描かれた龍馬青春編」「Cool!」「チャンバラが魅力の一つ」
竜馬がゆく〈3〉 (文春文庫) (詳細)
司馬 遼太郎(著)
「時代を加速させた、勝との出会い」「目まぐるしい展開に時間を忘れる。」「歴史上の人物が交錯し始める、三菱創始者岩崎弥太郎、勝海舟 これが史実であるとは恐るべし明治維新」「司馬の人物評が面白い」「勝海舟との出会い、そしておりょう登場」
竜馬がゆく〈4〉 (文春文庫) (詳細)
司馬 遼太郎(著)
「明治維新が始まろうとする鼓動が聞こえるようだ。」「明治維新は無血革命だと思っていた自分の浅はかさに気付く。武市半平太の切腹は真に心が痛む。」「着々と礎を固める竜馬」「知っている竜馬」「激しさを増す世の中でただ独り我が道を行く」
竜馬がゆく〈6〉 (文春文庫) (詳細)
司馬 遼太郎(著)
「歴史がダイナミックに動こうとしている」「物語に引き込まれました」「幕末の魅力が詰まった一冊」「薩長同盟」「全てが竜馬を中心に動き出す」
竜馬がゆく〈8〉 (文春文庫) (詳細)
司馬 遼太郎(著)
「何度読んでも面白い!」「日本人的には、カラマーゾフの兄弟より、こちらが断然上。竜馬の生き様は、日本人として誇りですらある。」「竜馬の死」「歴史小説と幕末の面白さについて開眼させてくれた」「竜馬よ、ありがとう」
竜馬がゆく〈7〉 (文春文庫) (詳細)
司馬 遼太郎(著)
「時勢」「物語はクライマックスへ」「目的のために手段を選ばず」「金を求めている、船を求めている、未来を求めている」「海援隊と大政奉還」
竜馬がゆく〈5〉 (文春文庫) (詳細)
司馬 遼太郎(著)
「明治維新へ雪崩れこむ様がスリリング」「同志が散って行く中、じっとこらえ時期を待つ竜馬、裸一貫となっても尚展望に一点の曇りもない」「長州の暴発」「幕末史のハイライト」「歴史の動き出す瞬間」
坂の上の雲〈8〉 (文春文庫) (詳細)
司馬 遼太郎(著)
「「日本人」として」「近代日本の青春小説」「考えさせられる一冊」「図書館のすぐれちゃんの母校も映像に!」「坂の上の雲は、はるかに」
坂の上の雲〈5〉 (文春文庫) (詳細)
司馬 遼太郎(著)
「激戦!二〇三高地!」「戦争の面白み」「影が薄くなった秋山兄弟...」「印象的な第五巻」「NHK 大河ドラマが始まるにあたって」
・「「少しづつ見せる大物の片鱗」という描き方」
「竜馬がゆく」の中で、司馬遼太郎は最初から最後まで坂本竜馬を見どころのある男として扱っている。幼少時代から、彼は後に時代を動かす男へ成長することを、読者にずっと伝えている。その手法により、読み手はどんな場面においても、安心感を持って竜馬を見守ることができ、その行動が定石の行動と大きくかけ離れていればいるほどに、楽しみを覚え、少しづつ見せる大物の片鱗にワクワクしてしまう。そこには「この人は大きい事を成す人だ」という期待を持って、数々のエピソードを見守っていく楽しみがあるのだ。
後世に書かれた歴史小説。「実在の人物」と「書き手」の時間を隔てたその距離感が、その描き方を可能にする。確かに竜馬は変わり者で、人と違う事を成した。魅力の欠片は、歴史の資料に見てとれる。しかし、司馬遼太郎の手によって、竜馬はいい男となった。という面も否めない。「竜馬は大物であった」という確信を伝え続ける文章によって、竜馬は世間にいい男として広まったのだ。史実と作家の力量の2つが、絶妙なバランスでこの本の中にある。その辺りを冷静な着眼点で読んでみるのも面白いかもしれない。
・「龍馬ではなく」
龍馬ではなく、竜馬である。坂本竜馬などという人物は、歴史上存在しない、と言った人がいる。確かに、坂本龍馬自身、自分のことを”竜馬”などと書いたことはない。
しかし、そんなことは、指摘されるまでもなく司馬さんは、よく知っていたはずだ。「竜馬がゆく」というタイトルは、そういう意味で、司馬さんから読者への”警告”でもあるのだろう。
フィクションが多すぎると苦言を呈した歴史家もいる。しかし、この苦言を聞いても、きっと司馬さんは、ニコニコ笑って聞き流すだろう。
薩長同盟(倒幕につながる)と大政奉還(徳川家を救うことにつながる)の両方に坂本龍馬が関わっていたこと、しかも、どちらも龍馬のアイディアではないこと(薩長同盟は、中岡慎太郎、大政奉還は、大久保一翁のアイディアである)を指摘し、龍馬という人物にある種のいかがわしさを感じる人もいる。
しかし、その龍馬から、尊王攘夷、佐幕を超越した”最初の日本人”坂本竜馬を作り出し、混乱する時代を生き抜いた爽やかな青春像を吹き込んだのは司馬さんの天才である。
『人は、英雄の史的実像ではなく、偉大な伝記作者によって創造された”英雄像”から影響を受ける』と言ったのは、「マリー・アントワネット」「ジョセフ・フーシェ」などの作品で有名なシュテファン・ツヴァイクである。
「竜馬がゆく」は、まさにそういう作品のひとつなのだ。
・「20年ぶり?に読みましたが、やはり印象は変わるんだな・・・」
「竜馬がゆく」は高校生の時に読んで滅茶苦茶感動した記憶があり、今回大河で「龍馬伝」が放送されるにおよび、再読してみました。
20年は長いっす、本当に。当時は竜馬の斬新な考え方に感心して読んでいたものですが、(そう思わなかった人、ごめんなさい)途中まで、どうも竜馬に対する共感を中々持てず、久坂玄端や武市半平太のようなある意味不器用な人達に感情移入してしまっている自分がいて正直びっくりでした。20年でここまで作品の印象が変わるものかと。
そうは言いながらも、やはり6巻の薩長同盟の下りあたりからは、かなり物語に没頭できました。幕末を描いた小説としては、やはり取っつき易さと良い、お勧めの書である事は間違いありません。
・「男なら、一度読んどいた方がいいですね。」
司馬遼太郎、妄想の天才。そして、彼の描く人物は各々クセがあるけれど、なんと魅力的なんだろうか。
これは早くも名言集。8巻なげーよ、、、って思ったけど、思いのほか、早く読んでしまいそうな気がする。。
・「某有名課長が好きな人向け」
1巻しか読んでいないが2巻を読む気にもならないので。
この竜馬はとにかくモテます。モテまくります。男にも、女にも。そして強い。何だか分からんが、とにかく強い。
でも正直、「あぁ、モテそうだな」とか「それは強くなりそうだ」と思えるような描写は一切ありません。何だかわからないけれども只者ではない雰囲気らしいですよ。オーラですね。あと「生まれ変わったように」強くなっちゃうらしい。しかも1巻で2回も。なんでか?そんな事は全く書いていません。"Don't think. Feel!"ですね。きっと仙豆でも食べたんでしょう。
う〜ん…どんな人がこれを好きなんですか?レビューを読んでも「坂本竜馬はすげぇ男だ」てな事しか皆さん書かれてないですよね。「竜馬がゆく」の感想を聞きたいですねぇ。自分の人生と向き合えない、「某社長みたいに女とちちくって出世したい」願望のある人向けの内容だと思います。自分の子供がこれを好きだと言ったら切腹ものですね。
文章も正直いまいちです。時代物で「今の高知市役所のある場所である」とか、「声のトーンが」とか、ありなんですか?ありならなんで「五尺八寸」とか書いちゃってるんでしょう?
・「スケールの大きさと潔さ」
江戸での剣術修行期間が終了し、土佐に帰った竜馬。地方では勤王の志士たちが倒幕の意志を持ち始める中、竜馬は己が何を為すべきか(「自分にふさわしい天命はないものか、と」)惑いながら日々を送る。
薩長土の三藩密約の実現が難航する中、土佐勤王党を率いる武市半平太が遂にクーデターを敢行。時を同じくして、竜馬は土佐を見限り、様々な犠牲と協力のもとに脱藩。(齢26?)
遂に竜が狭い土佐から日本の大海原に飛び出した…。
-----------------------------------------------同じ土佐出身で目的は同じながら、武市と竜馬は見ているものが全く違う。多くの志士が時勢に流され、体面に拘る中で(そう感じた)、竜馬は細かいところは度外視して、物事を大雑把に、言い換えれば本質をズバリと捉え、加えて、自分がその中で何を為すべきか、を考え実行できる人物であったことが描かれている。
参政(家老)を斬ることは出来ても殿様を斬ることは考えも及ばない、藩論を倒幕へ一本化したい武市と、藩体制を崩すことを考え始める竜馬(と久坂玄瑞)のスケールと思考の「タガ」の違いだ。この点、下手に教育熱心でない竜馬の柔軟な思考が強みであり魅力でもある。
また、江戸留学において北辰一刀流の免許皆伝を得、土佐はもちろん方々で剣客としての名を高めたほどの腕を持ちながら
「剣術なんてものは、しょせん、これだけのものさ。(中略)こんなものの勝負に百年明け暮れていても、世も国も善くはならないよ。」
「おれは剣客ではない。志士じゃぞ。」
と言える、時勢を捉える目と、過去にしがみつかない潔さ。
もちろんこれらは史実ではなく、資料から司馬遼太郎が読み解き描いた人物像であることをお忘れなきよう。
竜が解き放たれ、時代はさらに回ってゆく。狂狂(くるくる)と・・・ねw
・「英雄か。」
本書は、井伊大老暗殺後、ふつふつと湧き上がる攘夷の思いが各地の志士たちへ飛び火し、尊王攘夷とし沸騰する、風雲前後の話です。翻り現在、行き過ぎた自由主義経済が破綻をきたし、危機的事態が発生。その後の余波、進むべき道も見えず、不穏な時代に入り、日本の未来、行く末など心配になる。しかし、竜馬という男の生きた時代、彼らの歩んだ道、生き様に、たくさんの勇気、誇り、元気、思いを貰える。本書は、江戸への旅立ち後、竜馬は、進むべき道を模索している。まだ序曲であるが、面白くなるあたりと思える。欧の革命に比べ、明治維新は遅れている、などいえない、気概、思い、情念が侍達にはあった。身分制度を作り未来永劫、家督で人の生き方を決める体制にNOを突き付け、幾多の屍を築き、結果とし幕府を瓦解させ、維新を起こす原動力となった竜馬、共に戦った志士、浪人達、竜馬を支え、周りにいた女性達、様々な人々なども魅力的である。世界にも類を見ない、英雄であり、その人柄に思いを馳せ、星5の推薦。
・「見事に描かれた龍馬青春編」
龍馬が江戸で剣術の技を研き、次第に頭角をあらわす。ついには千葉道場の塾頭にまで上り詰め、土佐へ戻る。父親の手紙を持ち続け、ついには志を果す。見事に描かれる龍馬の青年編。
・「Cool!」
英語にするならこう言うのが適切かと思いますねぇ。初めて読んだのは19の時でした。何度も読み返している訳ではないですが、読書嫌いだった私が、一気に読み込んだのはこれが初めてでした。単なる歴史を解説するものではなく、剣術が披露されながらのこういった読み物は大好きです。竜馬の志の大きさは皆さん知っての通りかと思いますが、彼の自然体が凡人の私には感動を与えてくれたと思っています。司馬遼太郎さんにも感謝したい。
・「チャンバラが魅力の一つ」
まだ二巻を読んだだけだが、『坂の上の雲』と比べて物語のテンポが良く、非常に読みやすい。この時代は風雲の時代だったから、そして竜馬の人生そのものが波乱そのものだったからと言えばそれまでだが、私は随所に散りばめられているチャンバラが本書の良好なテンポの要因の一つだと考えている。漫画や映画で言うアクションシーンが豊富であり、誰でも楽しみながら読み進めることができ、かつ、竜馬についての知識を貯えることができる。ここら辺に本書の人気の秘密があるのではないかと思う。
・「時代を加速させた、勝との出会い」
遂にきた、最も楽しみで興味深かったと言ってもいい、勝海舟との初対面のシーン。
勝を暗殺しようと勝の家に行った竜馬が、逆に勝に弟子入りするという伝説の一幕。竜馬の気まぐれな(?)行動を、著者もうまく描ききれなかったようだが、この場面の解釈にはなるほど〜、と思わされる。
この勝との出会いが、竜馬自身にはもちろん、日本にとっても、時代の流れを変える大きな出来事となる。
情報の少ないこの時代、脱藩してお尋ね者となった竜馬が、革新的な考えを持ち得、海援隊を組織することが出来たのは、勝の力があったためだ。勝の、幕府軍艦奉行並という地位による情報力、実際に外国を見てきた経験と国際感覚を、固定観念に縛られず自由な発想力を持つ竜馬はスポンジのように吸収していった。
多くの志士が、勤王だ、攘夷だ、倒幕だと叫び、議論し、武力行使を始める時世に、竜馬は勝と海軍学校を組織し、金策に走る。これが、古き時代を壊し、新しい時代を築く礎となる。
男は、法螺を吹きながらも実務家であれ。
・「目まぐるしい展開に時間を忘れる。」
勝海船、おりょう。竜馬の人生で大切な出会いが3巻には終結している。日に何度も歴史上重要な動きをする竜馬に対して、著者司馬さんも「追っつけなくなってきた」と本書で語っているくらいだ。目まぐるしい展開に時間を忘れる。
・「歴史上の人物が交錯し始める、三菱創始者岩崎弥太郎、勝海舟 これが史実であるとは恐るべし明治維新」
江戸時代には、藩という意識はあれど、日本人という意識はきわめて希薄だったという。その点、イタリアの歴史と似ている。人は環境に左右される生き物であり、藩人という意識を飛び越えて日本人であることを明確に意識して、ある意味泰然と、しかし周到に生きた日本人の嚆矢が坂本竜馬であろうということが良く分かる。現代においても、大局を観るということの意義はいささかも失われていない。この小説そのものも、昭和42年ごろ執筆されたと聞く。
調べたところ、「産経新聞」夕刊に1962年6月21日から1966年5月19日まで連載された作品であるとのこと。4年がかりの大変な力作。
参考になった箇所は、以下の通り、→岩崎弥太郎 利口な男なのだ。新旧両派の対立が将来もっと激化することを見通している。 そういう対立の間にはさまれて、人に無用の恨みを買ったり、あるいは大怪我をしたりするのは、ばかばかしいと思ったのだ。 もって生まれた気力胆力が超人的
→アメリカなどは、将軍家を選挙するそうじゃ。商人でも、票が多ければ将軍家になれるそうじゃ。それから見れば、土佐の上士、郷士の争いなどは、鼻くそのようなものではないか。
→馬鹿 まだ、早すぎたのだ、時期が。 無駄に命を捨てた連中への、言いようのない怒りである。
→寺田屋 現今もなお、ほぼ旧観をとどめて営業を続けているから、興味のある読者は一泊されるがよかろう
→瀬戸内海で私設艦隊を作り上げて、その武力をもって世直しをやってやろうと考えている竜馬
→竜馬 およそ我意我執というものがなかった。天然自然に、まるでうまれたままの明るさで生きているような男だった。もともと、何を容れるにしても、器が途方もなく大きくできているのである。 剣は、詰まるところ、技術ではない。 所詮は、境地である。
・「司馬の人物評が面白い」
私は幕末については教科書程度の知識しか持ち合わせていなかったので、本書で描かれる寺田屋事件や竜馬と勝海舟の出会い等の劇的な歴史の展開にただただ圧倒されてしまった。幕末の面白さを今更ながら理解できた感がある。本書の特徴は、筆者が主要登場人物の一人一人に対し、これでもかと言わんばかりに分厚い性格付けを行っているところである。ここから伺い知ることのできる司馬の人物評が興味深い。
・「勝海舟との出会い、そしておりょう登場」
お盆休みを利用して読んでいます。
おもしろくて、つい1日で読んでしまいました。30年以上も前に書かれた作品とは思えない読みやすさです。
知っているエピソードは当然多いものの、各エピソードを埋めるような知らないエピソードも多数ちりばめられているので、読んでいて飽きません。
・「明治維新が始まろうとする鼓動が聞こえるようだ。」
いよいよ倒幕を目指した明治維新が始まろうとする。竜馬は、一点の迷いもないようで水を得た魚のようにスイスイと動きまわる。その様子が軽やかな描写であり興味深く読んだ。
・「明治維新は無血革命だと思っていた自分の浅はかさに気付く。武市半平太の切腹は真に心が痛む。」
教科書というのは何なのだろうと思う。幾分のデフォルメがあるとはいえ、幕末の数年間にはや1700ページもかけて向き合っていると、人ごと、歴史ごととは思えない当事者意識が芽生えてくる。
思い叶わねば切腹、反逆の嫌疑で命じられ切腹、今の時代自殺はあっても、自分の腹を自ら割いて自害するなどということは、今の私からは考えにくい。思想の違い、主義の進め方の違いで、多くの志が若くしてその命を散らしていった。
今を生きる者として、当時の散った魂の無念さを少しでも感じ取り、彼らが目指した地位に差別なく、自由に生きれる世の中が今であることの有難さを静かに感じ、感謝する。
参考になった個所は以下の通り、→なまなかなことで、世の中は変わらぬ。間崎らは死んだが、いつかはこの天下をわが手で覆して彼らの霊を慰めてやる
→昭和初期の陸軍軍人は、この暴走型の幕末志士を気取り、テロを起こし、内政、外政を壟断し、ついには大東亜戦争を引き起こした
→攘夷活動 外国政府に対して、日本人が他のアジア人と違い異常な緊張力をもっていることだけは十分に示現した。 日本は、トルコ以東において西洋人侵略されなかった唯一の国であるといういい結果
→高杉晋作 士農工商の階級を撤廃した志願兵軍隊を創設
→人間の文明の発展というものに参加すべきだ。そうあれば、三上ヶ岳の不滅の燈明のように、その生命は不滅になるであろう。
→政治というのは、庶人の暮らしを立てさせてゆくためにあるものだ
→「もっとも」 と竜馬は言葉をつづけた。 「こんな時勢に悩んでいてもはじまらない。自分の信念だけが頼りなのだが」
→が、時勢は動いている。 それを横目で見ながら、こういうまわりくどい道をひとり歩くというのは、よほどの忍耐力が要った。
・「着々と礎を固める竜馬」
志士たちの狂想から距離をとって独自の道を歩む竜馬の生き方がうまく描かれている。ここに竜馬と本書が世代を超えて指示される秘訣があるのだろう。本巻では京の政変で物語がダイナミックな展開を見せるが、やや物語の展開が遅く、若干マンネリ的なものを感じてしまった。とは言え、読者に読むのをやめさせない手法は司馬は知悉しており、問題なく最後まで読むことができた。
・「知っている竜馬」
武市半平太の死や千葉さな子と片袖の逸話など、いわゆる知っている竜馬が登場してきます。
竜馬の心情や成長が、エピソードをつなぐように盛り込まれ、非常に親近感が湧きます。
内容が密になってきたので、一気に読むというわけにはいきませんでした。じっくり読むのがおすすめです。
・「激しさを増す世の中でただ独り我が道を行く」
いよいよ騒乱の時代へと世の中が変わりつつあり長州の勢力が弱まり、土佐の勤王党が倒れ、京都では新撰組が縦横無尽に走り回る。しかし、竜馬はそんな騒がしい世相の中で、いよいよ軍艦を手に入れ、神戸に海軍塾を作る。自らの志に向かうべく独自の道を歩み続ける竜馬の姿に本当の勇気や強さを感じざるを得ない。
・「歴史がダイナミックに動こうとしている」
本巻で互いに憎しみあう薩摩藩と長州藩の手を握らせ竜馬が中に入り薩長同盟を結ばせる。歴史がダイナミックに動こうとする激動の時代の描写が面白い。
・「物語に引き込まれました」
薩長同盟。様々なメディアを通して概要は知ってるはずなのに、まるで初めてこの同盟のことを知るかのように、頭をリセットされて新鮮な気持ちで読めます。なぜでしょう。
竜馬の物語は知っている!と思ってる方にもぜひ読んで欲しいです。
新鮮といえば、艦長としての坂本竜馬の活躍もおもしろいです。
・「幕末の魅力が詰まった一冊」
幕末は戦国と並んで日本史上の激動の時代であるが、劇以上に劇的な史実の面白さが本書ではこれでもかと言わんばかりに表現されている。特に、幕末の最大のハイライトである薩長同盟の下りは臨場感があり、見事の一言。寺田屋襲撃事件も手に汗握る展開だった。幕末の魅力を初めて感じることができた。
・「薩長同盟」
犬猿の中にある薩長両藩を竜馬は利をもって説き、誰もが理想としつつも成功するとは思わなかった薩長同盟を成立させる。才谷屋という商家と親戚関係にあり、亀山社中という日本発の会社を設立させるような天性の商才を持つ竜馬だからこそできた同盟関係といえるだろう。
幕軍と戦う天才軍人高杉晋作らの活躍も見逃せない!
・「全てが竜馬を中心に動き出す」
時代がこの男を欲していたのだろうが、日本という国が間違いなく竜馬を中心にしてグルリと回った。歴史の教科書には簡単に「薩長同盟」と書いてあるだけの事だが、これを成すためにどれだけの苦労があったかがよくわかる。
そして徐々に幕末のその先を見据える男が現れだす。高杉はクーデターで新政権を確立するなり「もう俺の役は済んだ。人は艱難なときは一致団結できるが富貴はともには出来ん。きっと仲間割れが起こる。俺はそれより外国へ密航して武器を買い入れ対幕戦争を有利にする」当時としては斬新過ぎることを言ったり、竜馬自身も「革命がなっても亀山社中のものは政府の役人にはなるな。世界の貿易商社を目指すのだ」とも言う。 そんな中、苦労を共にしてきた池内蔵太ら数名が竜馬の指示で長崎から鹿児島へ向かう途中に沈没して死亡してしまう。この時の描写には思わずもらい泣きをしてしまう。「すべて天命である」と自らを躾け死をいちいち悲しむ事を嫌う竜馬も一人うずくまって涙を流す場面は心中察するに余りある。 それにつけても買ったばかりの船が一日で沈没したり作った海軍学校は取り壊されたりと竜馬の運はそれほど良いとも言えないのだが、それをばねに跳ね返し続ける彼の胆力に恐れ入る。
おりょうに「昔のような純情さがなくなってきたわ」といわれ「純情だけでは人間の乱は鎮められんからな。古来、英雄豪傑というのは老獪と純情の使い分けの上手い男を言うのだ」と竜馬に言わせる司馬遼太郎の歴史観も素晴らしい。
・「何度読んでも面白い!」
以前にも読んでいたが、NHKで竜馬伝が放送されたのを契機に再度読み返してみた。感想は…やはり何度読んでも面白い!という一言に尽きる。筆者も何度も書いている「竜馬は幕末の奇跡」という言葉は正に言い得て妙だと思う。現代に於いては当たり前の事柄が当たり前でなかった当時に、天が時代の収拾の為に彼を遣わしめた、という感は著者ならずとも思わざるを得ないような…。竜馬の生は今の時代を思うと本当に短い。中でも本当の活躍時期は実に短い。しかし、その生はやるべきことを成して費えたように思える。正にその為だけにこの世に生を得た如くである。思うことはある。もし竜馬がもう少しでも永く生きていたら…鳥羽伏見の戦いや、その後の悲惨な戊申戦争はあれほどの惨劇を見ないで済んだかも知れない。慶喜もあんな形で逼塞せずに済んだかも知れない…と。そうすれば、明治期にもっと人材が残ったかも知れぬことを思うと非常に残念な思いがする。しかし、やはり歴史に「もしも…」はないのだ。過去を取り戻すことは出来ない。歴史はこれからの未来への警鐘であり道標なのだ。 ところで、取り上げる主人公に対して敵対関係にある側をどうしても悪役にしがちだが…私はこの時代に生きた人達は、皆それぞれが自分の信じる正義に立って懸命であったと思っている。その意味でどちらの善悪をも論じたくはない。ただ時流というものであろう。その歴史の中でそれぞれがその一足を刻んで歴史を作ってゆく。有名無名に関わらず。以て冥すべし。幕末史は面白い。色々な人物が転がっているように思える。そのような様々な人々のそれぞれの戦いを何冊も読んで、やっと何となく維新回天の姿が朧気ながら見えて来るような気がする。何故なら…歴史は勝者によって作られるというのが常だからである。しかし、竜馬が未だに根強い人気を持っているのは、やはり現代人が時代に不満だらけだからなのだろうか…?
・「日本人的には、カラマーゾフの兄弟より、こちらが断然上。竜馬の生き様は、日本人として誇りですらある。」
史上最高の小説として、カラマーゾフの兄弟1 (光文社古典新訳文庫)が名高い。5巻すべて読んだ。確かに人間の醜さも含めて、極めて多重層的に構成されていて圧巻だ。しかし、僭越ながら、So what? という気持ちになったのも事実である。小説を堪能した娯楽感としては、最上のもののひとつであったが。
しかし、竜馬がゆくの位置付けは違う。40歳を超えて初めて読んでおきながら、人生観の最も深いところで影響を及ぼした書籍と言い切ることができる。こんな男が日本の歴史の中に間違いなく存在したのだ。気持のいいぐらい無私に徹し、薩長同盟、大政奉還という明治維新の最重要シナリオをすべて一人で描き切り、実現せしめた男。間違いなく、日本の歴史上で一等の英雄であろう。
当たり前のことであるが、史実通りに、この小説の終末において、大政奉還のわずか一カ月後竜馬は死ぬ。天命のために、竜馬は最初から命など天に預けっぱなしであった。大事を成しても、地位すら求めなかった。これだけの器の大きさは、小説においても、歴史においても、現実においてもとんと巡り合ったことはない。
参考になった箇所は以下の通り、→維新後、当然なことであるが、生者は栄え、死者は忘れられた。竜馬の名も、一部土佐人のほかは知る者も稀になった。
→私心を去って自分をむなしくしておかなければ人は集まらない。人が集まることによって智恵と力が持ち寄られてくる。仕事をする人間というものの条件の一つなのであろう。
→竜馬の面白さは、その豊かな計画性にあるといえるだろう。 幕末に登場する志士たちのほとんどは討幕後の政体を、鮮明な像としては持っていない。竜馬のみが鮮明であった。そういう頭脳らしい。
→千葉さな子は独身で世を終わった。
→おりょうは放浪の末、横須賀に住み、人の妾になったりした。明治39年、66歳で死んでいる。
→天が、この国の歴史の混乱を収拾するためにこの若者を地上にくだし、その使命が終わったとき惜しげもなく天に召しかえした。
→刺客たちの名は維新後の取り調べでほぼ判明するのだが、幕府の見廻組組頭佐々木唯三郎指揮の六人であった。
→この長い物語も、終わろうとしている。人は死ぬ。 竜馬も死ななければならない。その死の原因が何であったかは、この小説の主題とは何の関わりもない。筆者はこの小説を構想するにあたって、事をなす人間の条件というものを考えたかった。それを坂本龍馬という、田舎生まれの、地位も学問もなく、ただ一片の志のみをもっていた若者にもとめた。 主題は、いま尽きた。 竜馬は、暗殺された。
・「竜馬の死」
竜馬の死について、余計な脚色をせず淡々と述べている所がよいです。8巻という長さもまったく感じられないくらいおもしろかったです。
・「歴史小説と幕末の面白さについて開眼させてくれた」
日本を代表する歴史小説として圧倒的な支持を受けている本書であるが、本書を読み、この評価が間違っていないことが分かった。そればかりか、本書を読んで、私は歴史小説と幕末の面白さについて開眼した。それほどの凄まじい魅力を持った書物である。本を読むのに年齢はさほど関係ないと私は考えているが、本書の場合はやはり中学生から大学生の時代に読まれて然るべきだと思った。
・「竜馬よ、ありがとう」
後藤象二郎らの活躍もあり、徳川慶喜により大政奉還が行われる。船中八策に記した竜馬が目指す日本を実現する舞台は整った。
竜馬自身もここまでが自分の役割と考え、その後の政治に口を出すつもりはなかったようだが、まるで予定されていたのかのごとく長岡慎太郎と共に凶刃に倒れる。最期の直前に土佐の実家により兄の権平や姉の乙女らに再会しており、脱藩以来、一度も土佐へ足を踏み入れていなかったことを考えると運命を感じる。
自らの役割を果たしきり、最期を迎えた坂本竜馬という人物がいたからこそ、今の日本があるかと思うと「竜馬よ、ありがとう」と感謝の言葉を発さずにはいられない。
・「時勢」
物語中に多用される「時勢」という言葉が印象的です。どのような策も時宜を得なければ、達成困難ということ。
時勢を掴んだ竜馬は、大政奉還に向けて奔走します。その行動はやや突出気味。
これは今まで親身になって協力してきた薩長を蚊帳の外に置くようなもの。
もともと他人の褌で世を渡ってきた竜馬ですが、このような他人の不審を招く行動をした所に、竜馬暗殺への時勢をつくったのかな、と考えました。
いよいよ終盤ということで、最後の結末との関連をいろいろ考えてしまう一冊です。
・「物語はクライマックスへ」
教科書的な知識によれば、坂本竜馬の最大の功績は薩長同盟にあるとされ、私もずっとそのように理解していたが、海援隊の設立、大政奉還の働きかけなど、そのイニシアチブの尋常の無さは言葉では表せないことが本書を読んでよく分かった。また、この時代は英雄が割拠した時代だが、本書はあくまでも竜馬にフォーカスしてあって、物語が浮漂うのを最小限に食いとどめている。ハンドリングがうまい。
・「目的のために手段を選ばず」
大政奉還、船中八策と理想の日本にするべく竜馬が駆けずり回る、まさに幕末史のクライマックスである。
一度竜馬が見切りをつけたはずの土佐藩だが、竜馬は後藤象二郎、板垣退助といった人物たちと協働していくこととなる。この事象だけを見ると竜馬の変節のように見えるが、これまでの理想の実現という目的のためには、手段に関する小さなことにこだわらないという点では、一貫した主義を貫いている。そして、佐幕と勤王のどっちつかずという中途半端な状態にある土佐藩にここでも利をもって説得にあたっている点でも竜馬のやり方には変りがない。海援隊も土佐藩によって設立され、いよいよもって歴史は大政奉還に向かっていく。
・「金を求めている、船を求めている、未来を求めている」
坂本竜馬の物語、全8巻の7冊目である
7冊目は、徳川慶喜が江戸幕府最後の将軍に就くところから
金を求めている、船を求めている、未来を求めているそんな竜馬を見捨てたはずの土佐、お慶という商人、先の見えない幕府がそれぞれの利益のために、竜馬を追っている
経営者でもある竜馬は、現在から未来へという時間軸と九州から、京、大阪、江戸へと続く空間軸という二軸を捉えながら現実解を得て、前へ進んでいく
竜馬が「大政奉還」を思いつくまでの苦悩がいいそして、決めたが最後、火の玉のように周りを説得する姿がいい
・「海援隊と大政奉還」
薩長同盟ですら世を震撼させる奇抜なアイディアだったが、竜馬はそれに土佐の軍事力を背景にし幕府自身に大政奉還させるという荒唐無稽な考えをひねり出す。内戦をすれば国力が弱まり隣国中国やインドのように植民地として蝕まれ列強各国は今か今かとそれを待っている、という時勢勘をもとに必死にそれぞれの立場のものを説得し納得させていく。浪人という垣根の無い身分がここでも威力を発揮する。
面白いのが土佐の後藤象二郎だ。放蕩過ぎる金の使い方と壮大野放図すぎるその性格が魅力的で自分が散在したしたとんでもない赤字を全て岩崎弥太郎に押し付けてしまうという解決策も凄まじい。それがその後の三菱の礎になっていくので岩崎弥太郎という男はとんでもない男だ。 竜馬は反面何もないがアイディアだけは湯水のごとく出てくるという不思議な男。船すらないのに海援隊を作り上げことごとく人の褌で相撲をとる。やっと手に入れたいろは丸が紀州藩の船に事故を起こされ積荷ごと沈没したときには「ことごとく不運の男だなぁ」と思ってしまう。 そして、長州の雄、高杉晋作が結核でこの世を去る。その辞世の句が素晴らしい。「面白き こともなき世を おもしろく」
・「明治維新へ雪崩れこむ様がスリリング」
新撰組が長州藩を襲撃した池田屋ノ変より、明治維新へ雪崩れこんでいく様が見事に描かる。竜馬が世論を見守りつつ待っていた激動の時代に突入する。勝海舟の紹介で西郷隆盛に会うタイミングもまた面白い。
・「同志が散って行く中、じっとこらえ時期を待つ竜馬、裸一貫となっても尚展望に一点の曇りもない」
歴史上の人物が次々に登場する。壮烈な覚悟を心に秘めている。何が明治維新の志士をそうさせたのか、現代の我々と何が違うのか?武士道という潔さのカルチャーがそうさせるのか。へこたれなさ、死に対する恐れのなさは驚嘆をもって心に感じられる。
竜馬は、それでもじっと落ち着いて頃合い、機会を探っている。一個の命簡単に葬り去れぬと念じているかのようだ。西郷隆盛と出会う。歴史上の人物が交錯する様は、これがノンフィクションにほぼ近いフィクションということすら忘れさせて、あるがままの歴史に接しているようだ。
参考になった個所は以下の通り、→来島又兵衛 晋作もそうだが、あんたも書物を読みすぎておる。情勢を云々してから行動しようとしおる。武士が士道を立てるのに情勢もくそもあるものか。君辱めらるれば臣死す、武士はこれだけを知っておればよい
→古高俊太郎 来島さん、やりましょう。新しい時代が来るためには死に役が必要です。私は今年37になる。すこし長く生き過ぎています。この一挙のために死にますかな。 新撰組は古高に言語を絶するほどの拷問を加え、古高はよく耐えた。が、最後に古高を梁に逆吊りにし、足の甲から裏へかけて五寸釘を打ち込んで突き通し、それへ百目蝋燭を立てて火を灯した。
→西郷 島津久光に好かれず、しばしばその怒りを買い、二度、島流しになった。 この人、学識あり、胆略あり、常に寡言にして最も思慮深く、雄断に長じ、偶々一言を出せば確全人の肺腑を貫く。且徳高くして人を服し、屡々艱難を経て事に老練す。其の誠実、武市半平太に似て、学識之有り。実に知行合一の人物也。是れ即ち、洛西第一の英雄に御座候。
→勝海舟 単に幕臣ではない。百世に一人出るか出ぬかの天下の豪傑ですぜ。 西郷曰く、 勝氏と初めて面会したところ、実に驚き入った人物にて、とんと頭が下がりました。どれだけの智略が之有るやわからぬ塩梅に見受けました。まず英雄肌合いの人にて、佐久間象山より人物の出来は一段と勝っており、学問と見識はそれ以上であります。今はただただ、この勝先生をひどく惚れ申し候。
・「長州の暴発」
池田屋の変、蛤御門の変と、長州の暴発を丁寧に書かれています。
個人の思惑を超え、止められない流れに身を任せ、精一杯生きる志士達の姿に引き込まれます。
竜馬の活躍は少ないので、物語としては淡々とした風ですが、それでも読ませる力はすごいですね。
後半の西郷との邂逅は、非常にわくわくさせられました。
いよいよ、坂本竜馬の本領発揮です。
・「幕末史のハイライト」
本巻ではあまりにも有名な池田屋の変や蛤御門の変が扱われている。これらの事件については恥ずかしながら教科書レベルの知識すら持ち合わせていない私にとっては、司馬氏の冗長とも言える叙述は、事件の背景や経緯を詳細に教えてくれるものであった。歴史小説を読む醍醐味の一つがここにある。
・「歴史の動き出す瞬間」
池田屋の変、蛤御門の変と血で血を洗う維新の歴史がいよいよ本格的に動き出している。そんな中で、竜馬は西郷隆盛と出会い、いよいよ幕末の英雄たちが顔を揃えたといってよいだろう。歴史が動き出す瞬間がこの巻にあるといってよいだろう。
・「「日本人」として」
一巻から始まる大長編傑作日本史では日本海海戦勝利、日露講和へと短い内容ですが、日清戦争から続く戦略があったことが分かります日露戦争勝利時に秋山真之が起草したと言われる艦隊解散文には「古人いわく勝って兜の緒を締めよ」と勝利に湧き上がる軍を戒め戦争は終結しますこの作品は他国ではないわが日本の話。その後の日本についてはご存知の通りですが、自分の国について考察するには必読の作品いや「日本人」として必読しなければならない作品だと思います
・「近代日本の青春小説」
全8巻からなる、日露戦争を中心に描いた歴史小説の最終巻。
やっと読み終えました。で、その感想を一言で言いますと、本シリーズは「日本人のバイブル」です!
なぜバイブルかと言うと、色んな読み方ができるし、色んな解釈の仕方ができる小説だからです。
バルチック艦隊の大洋行からは、海洋冒険ロマンを──。
ロシアや日本の軍隊からは、組織論を──。
大山巌からは、トップとしての条件を──。
明石元二郎からは、諜報の醍醐味を──。
東郷平八郎からは、明哲な決断力を──。
児玉源太郎からは、近代的合理性を──。
秋山真之からは、天才的な戦略論を──。
秋山好古からは、快活な人生論を──。
正岡子規からは、近代文学論を──。
乃木希典からは、武士道を──。
そして、すべての若き軍人・庶民からは、明治の時代が持つ熱さを──!
『坂の上の雲』は、近代日本の青春小説です。もう二度と、あの時代が持った地熱は戻ってこないでしょう。そこが、一抹の寂しさを感じさせ、微かな余韻となって胸に残ります。
・「考えさせられる一冊」
いよいよ最終巻。本書のメインテーマである日本海海戦が描かれる。秋山真之起草のかの有名なキャッチ・コピー「本日天気晴朗ナレドモ浪高シ」が生まれたいきさつが興味深い。 また本書を通じて、何度か作者が考えた点、「この戦争で日本が負けた場合、日本はどうなるのだろうか?」という実に興味深い点がこの最終巻でも再考される。もしこの日露戦争で日本が負けていた場合、少なくとも現在の状況には日本はおかれていないであろうということ、もっと考えるなら、果たして我々が生まれていたであろうかということまで考えさせられる。 革命前夜のロシアにとっても、列強が進出してきた東日本の中に生きる日本にとっても、この戦争は大変な戦争だったのだ。 ともあれ何度かの運が重なって日本は勝った。 この最終巻は特に感動的な一巻である。本書のどこに感動するのだろう。日本がロシアに勝ったという結果のみに関してではない。終始落ち着いた指揮をした東郷平八郎か、秋山真之の天才的ひらめきか、日本軍の「武士の情け」的精神か。
凱旋観艦式の翌々日、真之は子規の墓参に行く。その前に、鶯横丁の子規の家に行く。妹の律らしい声が聞こえる、母親の八重かもしれない。そう、最後の最後にまた二人の親友の邂逅のシーンが用意されていた・・・・・。
・「図書館のすぐれちゃんの母校も映像に!」
英語教師である高橋是清を西田敏行が演じるシーンで安積歴史博物館が映像に! 本を読んで映像を見るか? 映像を見て本を読むか? あなた次第!
・「坂の上の雲は、はるかに」
この文春文庫版全八冊を短期間で読破したのはもう三十年近く前だ。これが私の実質的司馬遼初体験だった。
それ以前、「国盗り物語」を手にしたことはあったが、なんともつまらなくて結局読み切れなかった。短いセンテンス、改行の多さ、さっぱりし
過ぎた文体といった司馬のスタイルに馴染めなかったこともあった。それが「坂の上」ではページをめくるのももどかしい、といった熱中ぶりで
全巻読み終えた。「国盗り」から「坂の上」までは何年かあり、私の身にも様々な変化があったからだろう。それから司馬作品をかなり集中的に
読んだ。その後司馬離れの時期があり、さらに司馬他界を機に「街道をゆく」だけ十冊ほど読んだ。現在の私にとって司馬文学は過去のものとな
った。世界観、歴史観といった点で大きくかけ離れしまったのだ。客観的にみても今は司馬の限界や物足りなさを少なからず感ずる。だからとい
って彼の諸作品が価値が低いなどと傲慢なことはとても言えない。私を歴史の世界へ導いてくれた良き水先案内人であったことに変わりはない。
司馬遼太郎が果たした使命もそういうことであったのだろう。なかでも「坂の上の雲」は長く読み継がれるに値する作品である。
・「激戦!二〇三高地!」
二〇三高地の激戦。戦争の悲惨、無能幹部にひきいられる悲劇を描く。戦場より遠く離れた軍司令部でさも最上の指揮をとる風の参謀達に対し、「無為無能の作戦によっていたずらに死なせてきたのはたれか」「名誉ある勇士の死が迫っている」「その姿をこの場にいる者で見た者があるか」と痛罵する児玉源太郎。「国家は貴官を大学校に学ばせた。貴官の栄誉のために学ばせたのではない」との叫びにぐっときた。明治維新を成し遂げた日本人の気骨をみる思いだ。それにしてもわからない者にはわからない。「参謀」たる哲学がないゆえか。その指揮で死に行く部下達のことに思いをいたせない。言葉ではそういうが、実際には自分の考えに固執してしまう。そして無意識であれ、自分のために部下を使う形になる。後の太平洋戦争の悲劇を感じる。また、トルストイのくだりは感慨深かった。後の「戦争と平和」執筆に通じる原点が書かれている。「坂の上の雲」は「戦争と平和」も明確に意識しているのか。
・「戦争の面白み」
こんなに戦争が面白いものだとは思わなかった。誤解を恐れずに言うけれど、本当に面白い。こんなものだと知っていたら、学校での勉強はもちろん、戦争を知っている人からの話だって若い人たちはもっと嬉々として聞くだろう。悲惨なことはもちろん悲惨だし、人を殺すことがいいことだなんてもちろん思わない。それが戦争という状況の中でも、哀しいことだとはもちろん思う。
飽く迄小説であり、この全てが絶対に寸分違わず事実だ、とは思わないけれど、それにしても面白い。戦争のイメージも変わったし、日本の軍隊へのイメージも変わった。まあこれがもっと近代の戦争であれば、ここまで面白いとは感じないのかもしれない。武士道とか騎士道とか、そういったものが色濃く残っているところに感動するのだ。命を顧みず突撃する勇猛さであるとか、敵将の遺体を勇猛さに感動して葬るであるとか。休戦の日、敵軍の将と出会い、敬礼をし合って菓子まで貰うとか、降伏すると決まったとき、この凄惨な戦いが終わったことを敵味方入り混じって抱き合い喜ぶ。滑稽にすら思えるほどに純粋で、強く、勇ましく、道の精神に溢れていると思う。
国家から義務づけられたのでない限り、人間は本来武器をとって殺し合うことに向いていないことを証拠だてるものであろう。という司馬さんの一文があった。本当にそうであろうか?と少し思った。戦時下でも殺し合いをしたくない、と、それをしなくてはならない大義名分が終わった時敵味方抱き合って喜んだというのに、今の日本は、陰鬱な事件が多くて気が滅入る。それはまあ、殺し『合い』ではないので、違うといえば違うかもしれないけど、対等でないだけに余計に惨めで惨たらしい殺しだ。そこには武士道精神も馬奇士道精神も微塵も無い。
私たちはここで振り返る必要があると思う。でなければ本当に、日本はプライドも何も無いただの属国になってしまうから。今でも結構充分なっているが。
・「影が薄くなった秋山兄弟...」
全8巻からなる、日露戦争を中心に描いた歴史小説の5巻目。
苦戦続きの日本がやっと勝利しました。
苦渋の日々が続いた乃木希典も、これでやっと一息つけます。
が、この裏には満州軍総参謀長・児玉源太郎の姿があります。 天衣無縫なキャラクターである児玉は、乃木のようなカリスマ性はありませんが、物事を合理的に捉える事が出来た、まさに「近代」を宿した持ち主でした。
日露戦争が終わった後、燃え尽きるように死んでしまうのですが、そこが日本の悲劇ですね。 彼が生きていたら、太平洋戦争なる無茶無謀も、違った結末になったかもしれません。
あとこの巻では、バルチック艦隊のロシア→アフリカ→アジアをぐるっと周る大航海が描かれてます。 一つの冒険小説とも読めるんですが、これは当事者にとっては堪ったもんじゃない。災難に次ぐ、災難で疲弊……。 でも疲弊しても、疲弊しても、航海を続けなければならない。 これじゃ、戦争に勝てるわけありません。。。
ところで、このシリーズの初期に出ていた秋山兄弟。 5巻目では、すっかり影が薄くなってしまいました。最初は彼らが主人公だと思ってたのですが、どうやら『坂の上の雲』は歴史群像とも言うべき作品で、強いてあげるのなら「戦争」自体が主人公なのでしょう。
司馬らしい、俯瞰的な作りですね。
・「印象的な第五巻」
第五巻では、日露戦争の旅順攻防が象徴的に描かれる。第四巻で乃木軍司令部が世界史上にもまれに見る無能司令部であることと、その無能ぶりが大いに描かれていたが、ここではお疲れ気味のその乃木に代わって、児玉源太郎が一時的に指揮をとったことにより、ついに明治37年12月5日、203高地を占領することになる、その前後のいきさつが印象的にかつまた興味深く描かれる。 さらに、ロシア・バルチック艦隊の「ロジェストウェンスキー航海」の大遠征が興味深く描かれる。リバウを出港し、スペインのヴィゴを経て、以後、タンジール、ダカールとアフリカ沿岸を南下し、マダガスカル島のノシベなる辺鄙な港に投錨するまでがこの第五巻。18,000海里の大遠征、やれやれ。 秋山真之が活躍する日本海海戦は、次巻以降のお楽しみとなるが、兄好古は本巻の終盤でロシア・コサック騎兵との小競り合いがいよいよ始まったのだ。
例によって、日本とロシアの文化人類学的考察が、興味深い。乃木とステッセルの会見の雰囲気、クリミヤ戦争と日露戦争の比較・・・・・。 日本に降伏したステッセルはその後、ロシアの軍法会議で死刑が宣告されるが、日本側の陳情で禁固刑に減刑されたという騎士道精神あふれるエピソード・・・・・。
・「NHK 大河ドラマが始まるにあたって」
以前から読破したかったのですが、文庫本で8巻というのは大変きついと感じておりました。今回11月からNHKでドラマ化されるのをきっかけに読んでおく価値があるだろうと思って気合を入れて読んでおります。『竜馬が行く』も長編でしたが、司馬遼太郎の文章は、解りやすく、読みやすく、ところどころ結論が先にくる書き方で、『えっ!?』と思わされ、もっと先はこんなに面白いで・・・と読者を先へ先へと誘ってくれます。後半は日露戦争を中心に物語が展開し、史実に基いた裏づけで物語が進んでいくので、単なる小説ではなく、今まで触れることの無かった明治時代の歴史を肌で感じられ、どの場面も頷きながら読み進んでいます。4巻までは店頭で購入し、5・6・7・8巻は送料無料を知って、ネットで購入しました。送料無料、大変魅力です!!
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