女三人のシベリア鉄道 (詳細)
森 まゆみ(著)
「疲れた…」「一冊で四度おいしい旅日記」「素材がすばらしいだけに残念です。」「旅行に書生を伴った発想が素晴らしい」「紀行文と作家論が半々の内容」
明治快女伝―わたしはわたしよ (文春文庫) (詳細)
森 まゆみ(著)
「人生に刺激を得たいなら」「自分の生き方の参考に」
昭和快女伝 恋は決断力 (文春文庫) (詳細)
森 まゆみ(著)
「んー」
ちびまる子ちゃんの樋口一葉 (満点人物伝) (詳細)
さくら ももこ, 高橋 由佳利, 伊藤 智義, 森 まゆみ
「懸命な人は美しい・・・。」「非常に良く判りやすい本です」「樋口一葉さんの姿を拝見したようです!」「5000円札に愛着がわきました♪」「強い女性ですね!」
鴎外の坂 (新潮文庫) (詳細)
森 まゆみ(著)
「一味違う鴎外の評伝」「正直、ツマラナカッタ。」「鴎外、その人と作品の追体験」「都内にすむ散歩人にお勧め」「公平とはいいがたい」
樋口一葉の手紙教室 (ちくま文庫) (詳細)
森 まゆみ(著)
「一葉曰く「手紙を書きましょう」」
大正美人伝―林きむ子の生涯 (文春文庫) (詳細)
森 まゆみ(著)
遍歴 (神谷美恵子コレクション) (詳細)
神谷 美恵子(著), 森 まゆみ(解説)
「貴重な人生の記録」
森の人 四手井綱英の九十年 (詳細)
森 まゆみ(著)
「日本の森を再生できる人の物語」
風々院風々風々居士―山田風太郎に聞く (詳細)
山田 風太郎(著)
・「疲れた…」
当時の洋行がどれほど大変だったかをしのぶにはよい本。鉄道好きにも興味深い本ではありますが、なぜかとても読むのに疲れた本でもあります。紀行文って普通は情景を思い浮かべたり、一緒に旅した気分になれたりして、疲れずに読めるジャンルだと思うのですが、これは違います。引用が多いせいもあるのでしょうが、常に、著者の今の旅と過去の三人の女性の旅とを整理しながら読まないといけないせいかもしれません。
途中で突然、この旅の翌年の著者の紀行文が挿入され、さらにそのエピソード中には脈絡なしに突然別の知り合いの話が出てきて、読むほうとしてはよけい頭がこんがらがります。
・「一冊で四度おいしい旅日記」
作家の旅日記を読むのが好きだ。 テーマに沿ってきれいに編集された文章でなく、作家の頭の中を覗きこめるような、雑多な文章。 見た景色、出会った人、食べたもの、何気ない雑談、乗り物酔いや食あたり、喧嘩。 そういういろいろが全部放り込まれた文章から、作品からはうかがい知ることのできない、作家の人間らしさが見えてくる。
本書は、地域雑誌「谷中・根津・千駄木」で知られる著者の手による旅日記。与謝野晶子、中條(のちに宮本)百合子、林芙美子の旅日記を携え、通訳の留学生とともに、シベリア鉄道に乗り込む。 時を越えてオーバーラップするシベリア鉄道の旅が、重層的に楽しめる一冊。
夫鉄幹を追いかけて、七人の子どもを日本に残し、単身パリを目指す与謝野晶子の熱情を筆頭に、当時の「書く女」たちはおそろしくエネルギッシュ。 「旅のことを考えると、お金も家も名誉も何もいりません。恋だって私はすててしまいます」と言って、異国の乗客ともボディーランゲージで仲良くなるのは林芙美子。 恋はすててしまうと言ったくせに、日本に夫だってのこしてきたのに、パリに着くや否やちゃっかり恋をしてしまう芙美子さん。どこか可愛くて、にくめない。 山の手のお嬢様そだちの中條百合子と、カフェで女給をしながら書きつづけた芙美子とでは、同じ国を旅して感じることがまるで違うのも面白い。
本書で紹介されていた「林芙美子紀行集 下駄で歩いた巴里 (岩波文庫)」も、記憶の薄れぬうちに読んでみようと思う。
・「素材がすばらしいだけに残念です。」
森まゆみさんのお書きになったシベリア鉄道の旅、(しかも知的で信頼できる通訳・ガイド付き)というとても興味深い紀行文。
・「旅行に書生を伴った発想が素晴らしい」
森まゆみは1954年生まれという。若い頃、シベリア鉄道を使ってのヨーロッパ行きに憧れた。当時それが一番安いルートだったから。結婚し、離婚して3人の子を筆1本で育て上げた。地域雑誌「谷中・根津・千駄木」を創刊し、それから積み上げて文筆家としての地歩を築いたが、基本的には文学者というよりライター・編集者というべき人だろう。最近は旅行作家の趣きもある。私がこれまでに読んだのは「鴎外の坂」「即興詩人のイタリア」だが、それぞれ敬服すべき作品であった。
・「紀行文と作家論が半々の内容」
著者森まゆみは女性作家・与謝野晶子・中條(宮本)百合子・林芙美子の本を大量にトランクに持ち込み、鉄道に乗る旅を決行した。その鉄道の旅と、著者が親愛と敬意を抱く女性作家三人の当時の旅とが交差しながら進んでゆく。シベリア鉄道の魅力と、1912(明治45)年との比較だけでなく、作家論にも及ぶ内容なので、この1冊丸々好きな人は出にくい内容。紀行文なのか、作家論なのか、となると、見事に半々の内容。シベリア鉄道に興味があり、この三人の女性作家のファンの人なら評価が上がると思う。
・「人生に刺激を得たいなら」
夢見る乙女のような、あるいは辛酸をなめた青春時代を過ごした女性たち、結婚を契機に飛躍し、あるいは挫折し、自立し、ともかく一生懸命に生きた52人の明治の女性たちを、見事な短文で紹介している。谷中で地域雑誌を発行しながら、地域の景観保全運動、環境保護運動などをリードし、旺盛な執筆活動でいくつかの名著を著わし、離婚して三人の子供を育てた現代の『快女』森まゆみが書いているのだから当然読み応えがある。
夫古在由直のラブレターが印象的な、自由民権家・ジャーナリストの清水紫琴。大杉栄を刺したことで有名な神近市子の意外な側面。因習の打破を実行した貴族の娘、柳原白蓮。日本女性初の自伝を書いた福田英子の波乱万丈の物語。大逆事件で拘束されながら最後まで毅然としていた菅野すが。山川菊栄、与謝野晶子、平塚らいてうの『母性保護論争』はいまだ現代にも通じる要素が随所にある。昭和初期の労働運動に目覚め、初志一貫した山内みな、あるいは梅津はぎ子。『人生に真正面から取り組んだ向日性の文学』宮本百合子。日本救世軍を支えて夭折した山室機恵子。ローザ・ルクセンブルクの名を呼びながら絶命した詩人・農民運動家・渋谷黎子。中年時の夫の改心で花開いたジャーナリスト高群逸枝。文化学院を設立し、戦時化反体制の人を匿い、『日本母親大会』の生みの親で「母親が変われば社会が変わる」という有名な言葉を残して逝った河崎なつ。女優の中興の祖、水谷八重子。どん底の人生の中で神がかりとなった出口なお。有名無名の女性たちの人生が生き生きと迫ってくる。あっと驚く側面も多い。一文一文は短いのでこま切れの空いた時間で読んでいける本である。
・「自分の生き方の参考に」
表紙は岡本かの子。短歌と小説と才能を発揮した人であるが、夫と恋人と一つ屋根の下で暮らしたり、現在の常識でもとても考えられないような生き方をした人である。
この本に収められているのは、約50人の女性。明治の、女性に何の権限も与えられていないような時代によくもこうまで自由に生きることができたな、と感心する。一人一人の紹介が短いので物足りなさも感じるが、気になる人がいたらその人の伝記や自伝、または著作などを読んでみてもよいだろう。
自分の生き方に迷いがあるとき、彼女らの世間に屈しない強い生き方をみて、勇気をもらっている。女性におすすめしたい本である。
・「んー」
明治快女伝が面白かったので。
・「懸命な人は美しい・・・。」
子供向けの本コーナーにあったのですが、全世代問わず読める良い本だと思います。高橋由佳利さんは、一葉以外にも、与謝野晶子、林芙美子などの伝記マンガも手がけられていますが、主人公の懸命な様子を描く画力に引き込まれて読み入ってしまいました。
・「非常に良く判りやすい本です」
話の導入はさくらももこが、伝記の部分は高橋由佳利が漫画を描いています。現代っ子を代表するまる子が、まるでこの本を手に取って読まんとする子どものようです。合間にもさらくももこの4コマ漫画や監修の先生方の解説が沢山入っています。明治時代にあって女性が仕事を持つことの難しさ、更に作家という道筋・生活の困難など、時代背景や当時の庶民生活も詳しく知ることが出来ます。吉原の近くに住み、そこで見た物が作品の下地となっているため、当時の歓楽街についての記述もあります。「たけくらべ」は正に芸者となる運命を持った少女の物語です。そして、ようやくその実力を世間に認められ、多くの作品を生み出し始めて、1年ほどで結核を患い、ついには24才という若さで亡くなります。
作家になりたいという小2の娘に読ませました。何度も読み返しています。私自身も樋口一葉をまったく知らなかったので良い機会となりました。彼女の作品は文体が詩的な感じで面白そうですが、子どもには難しそうだし、何より恋愛小説ですから、この伝記を通してまずは樋口一葉その人を知ることの方が良いかと思います。
・「樋口一葉さんの姿を拝見したようです!」
先日借りて読みました。樋口一葉さんの凛とした姿に魅せられます。彼女がわずか24歳とい若さで人生を終えられたことが残念でなりませんね。また妹さんの姉〔一葉〕に対する愛情も不変のもので感動しました。高橋さんの漫画もやさしい雰囲気を醸し出していてとても好きです。久しぶりに内容の充実した少女漫画に出会えたという思いです。「たけくらべ」を高校時代に読みましたがそれっきりになっていたので、また小説も読み直してみたいです。
・「5000円札に愛着がわきました♪」
「トルコで私も考えた」の高橋由佳利さんと、「ちびまる子ちゃん」のさくらももこさんの共演。「りぼん」読者だった私にはとても嬉しい一冊。お二人が物書きであり、実際に商売にも関わっている生き様は、樋口一葉をはじめ近代女性文学を語るにふさわしい。子供達に本物(美しい日本語)にふれる楽しさを与え、きっかけづくりに最適である。解説も優しくかかれており、興味深い写真資料も沢山あって、大人も子供も楽しめて、満足感がある。カバーの裏もこったりして色々工夫のある。
・「強い女性ですね!」
今まで私は、樋口一葉をまったく知りませんでした(恥)今回、ちびまる子ちゃん&高橋由佳利だったので、この本を購入しました。最初は、読みつつも高橋先生の絵ばかり気になっていましたが、いつの間にか気がつけば、父や兄の死、そして貧乏な生活の中での一葉の小説にかける夢に感動し、一葉の短い一生に悔しい思いをしている自分がいました。この本は漫画ばかりでなく、何ヶ所か文章でも一葉の説明を書いてあるページがあります。その文章には「ちびまる子ちゃん」の漫画が描いてあり、むずかしそうな文章もやわらいでいると思います。一葉の執筆活動を応援してくれていた人に「森鴎外」「島崎藤村」などの名前が出てきたことにも驚きました。同じ時代だったなんて・・・。次は「一葉」本人の小説を読んでみたいです。
・「一味違う鴎外の評伝」
地域雑誌「谷中・根津・千駄木」の創刊メンバーでこのところ活躍目覚しい森まゆみさんが、ほぼ1世紀前に近所に住んでいた森鴎外の評伝を、一味違う構成と視点から著したものである。一味違うとは以下のような点だ。 まず構成については、各章はほぼ年代の順に、鴎外の暮らした土地と、関係の深い家族と、関連する鴎外の作品が割り当てられている。例えば7章「無縁坂」では、本郷・上野界隈を舞台に鴎外の妾せきと「雁」のお玉のモデルについて述べ、8章「二つの家」では、団子坂の観潮楼を舞台に鴎外と再婚した若妻しげの姑との葛藤と鴎外の私小説「半日」が扱われる。このような舞台と登場人物と作品の組み合わせは、新鮮で巧みだ。 2つめには、足で調べた評伝になっていることだ。著者の近所の千駄木、上野界隈はもとより鴎外が学生期を過ごした向島や千住まで、現地を訪ね、歩き、往時を想像し、地元の古老から聴き取る。挿入されている当時の地図とそれへの著者の書き込み(散歩道や推定住居跡)や、鴎外家族の住んでいた家の間取り図はそれだけでも面白い。また、縁薄く亡くなった人のお墓を苦労して探し訪ねるところは、鴎外の史伝「渋江抽斎」に重なる。 3つめは、鴎外その人よりも周りの人たちーしっかり者の母、離婚した最初の妻と再婚した2人目の妻、5人の子供達、弟竹二や妹喜美子―を丁寧に描いている。彼らが父や兄について書いたこと語ったことを引用することで、鴎外の人物像とその人生が浮かんでくる。「舞姫」のモデルエリーゼや、離婚と再婚の間に妾奉公した児玉せきについても言及しているが、彼女たちについての著者の挟む短い感想は、女性らしく細やかで暖かい。 充足感を持って読み終えた今、本郷、千駄木、根津の坂道を逍遥し、まだ入っていない観潮楼跡の鴎外記念館を訪ねたくなった。
・「正直、ツマラナカッタ。」
筆者の鴎外に対する思い入れ、印象がまずあって、それをなぞって行く感じがして、正直、読んでいて、ついて行きづらかった。つまらなかった。(致命的なことに、作者が鴎外作品との個人的な関わりを述べる冒頭からして、既につまらなかった。)鴎外のことをいろいろ知れるが、鴎外の作品について新たな見方、味わい方を得ることはできなかった。表面的で、作品内部に深く突っ込んで行ってない。人間鴎外・作家鴎外・鴎外作品と言う、批評家・研究者の冷静に見るべき三角形のバランスが成ってない。要は人間鴎外の「ファン」でありすぎはしないか。私は鴎外を日本一、二の文豪と思っているが、読んでいて、自分も、筆者と同じように、筆者の行かれた道を巡りたいとは思えなかった。
・「鴎外、その人と作品の追体験」
「プロローグ『青年』が歩く」から文章が快調に展開する。作中の青年小泉純一が東京方眼図に従って歩く。坂の上と下、東京の貧富の差を地方出身の青年は三十分で実見する。著者もその追体験として歩く。歩行は、鴎外自身が精神の自由を堅く守り、孤独を磨くための技術であったと著者は推測する。 団子坂に明治25年鴎外の居宅観潮楼が新築された。はるか品川沖の白帆が見えるというので、潮見坂と言い、観潮楼と名づけたのである。現在は表門の敷石の一部だけが残っている。かつてのたたずまいを著者はそこに訪ねていって、いろいろと空想を楽しむ。 名作『雁』に無縁坂が出てくる。岡田の日々の散歩は道筋が決まっていて、無縁坂を降って、上野の山に向かうこともありも、無縁坂から帰ることもある。無縁坂とは幸薄いお玉の人生を象徴するような坂の名である。いくら心に思っても、相手に通じない、縁が無いと受け取れる。実は、坂の上に浄土宗無縁山法界寺という寺があったから名づけられたらしい。「無縁坂」を訪ねてくる人は、鴎外の『雁』の舞台としてではなく、さだまさしの作詩作曲した歌で来る人の方が多いという。この歌もまた忍従の女を歌っているのは、奇しき縁と言わねばなるまい。「坂」という言葉は人生の坂道を象徴するのにふさわしい。書名『鴎外の坂』も、鴎外自身の歩いた坂道とか、作中人物の通った坂道であると同時に、起伏に満ちた鴎外の人生と文学を簡潔に表すのに最適の言葉であろう(雅)
・「都内にすむ散歩人にお勧め」
以前から鴎外に感心を持ち、色々の評論も読んできた。この作者はその道の専門家でもないので、偶々古書店で見つけあまり期待もせずに買って読み始めた。と、その何気ないようでいて考え抜かれた切り口の書きぶりにすっかり魅了されてしまった。特に小生の如く、小説の舞台を歩いてみてより理解を深めようとする人間にとっては、野田宇太郎以来の傑作と思われた。これを読んで、フラリと千駄木辺りを歩けば、文学とはこんなものかとしみじみおもえるのではないか。日和下駄にあこがれるおじさん。
・「公平とはいいがたい」
鴎外に対し、崇拝の傾向の語り口は当時から現在まで続いているようだ。なかなか批判的な部分を打ち出しにくい力学もあるのかもわからない。 個人の見方だから勝手だが、鴎外を微笑の人、とのみ捉えるのはどうか。小説やエッセイならかまわないのだが。評伝で読む場合はそれは一面であり、何かに踊らされているという気持ちも持ちたいものだ。 結核も最初の妻、登志子にうつされたとしているが先行研究では、鴎外自身もともと保有者であったとしているものもある。後妻志げが日常の中で戯れに言った言葉に頼るのはどうか。鴎外最大の汚点である兵食の関係のこと、論争ではあきらかにかなりひつこくいやな性格をみせた事実も奇妙にもスポットを当てられない。名利にこだわる性格であったことと家の再興との関係など伝記では考察があってしかるべきだし、それはなにも鴎外の恥ではない。作品に迫る上でも必要だ。 新潮文庫に入るということは一般の読者に対して大きな影響力をもつ。作品批評に力をいれた山崎正和『闘う家長』も絶版になっているようだ。一つの見方として「鴎外の坂」もこれはこれでよい。兵食論に関しては選書に『鴎外最大の悲劇』があるが、違う立場から迫った評伝も文庫に入れなければ公平ではない。大谷晃一『鴎外屈辱に死す』はどういう評価をされているのかわからないが、この本よりは客観的で考証はしっかりしていると思われる。
・「一葉曰く「手紙を書きましょう」」
本書は一葉唯一生前の著書『通俗書簡文』(博文館発行)の紹介をしている。
明治29年11月23日満24歳で亡くなるが、高熱にあえぎながら3月中頃脱稿された。分類すると、季節の便り、祝いの文、依頼の文、忠告の文、謝りの文、お礼の文、招きの文、お見舞いの文に分かれている。ここで「通俗」とは「誰にでも読める一般向き」の意であって、いわゆる「俗っぽい、低俗」というのではない。 一葉は巻頭に「手紙を書こうと思ったら、あまり肩に力を入れて大げさな言葉を使わないで、分かり易く、素直な言葉で、思うところをそのまま自由に表したらいい、と述べている。もちろん自筆である。今は宛名までパソコン印刷の賀状が増えた。当時は手書きが当たり前だが、一葉のような流麗な達筆の手紙をもらえば、ダイヤモンドより貴いであろう。 本書は手紙の書き方を学び、その手紙が表している(明治という)時代背景が解説されていて、大変参考になる。 時代が変わっても「手紙」を書くとき、大切なことは【心のこもった胸に響く文を書く】【言葉をつくろう前にまず自分の心をよく見つめる】この二つのことにしぼられるかと思う。「手紙」が「メール」と変わっても、この心がけは永久普遍だと思う。
一葉はだてに五千円札になっているのではない。「天才女流作家」だからではない。 生前我々日本人に【心】(まごころ)『優しい心』の大切さを訴えていたのである。
・「貴重な人生の記録」
著者の自伝。他の作品とは違った魅力がある。大変興味深いと思うことが多く、また何気ない小さなエピソードが意外で、印象的だった。
彼女の書いたものを読んでわたしが不思議に思っていたのは、どうしてこの人は「日本」を意識しないのだろうということだった。その視線は「人間」だけを見つめていて、○○人とか○○文化というものとは縁がないようだ。その理由について彼女自身は、子供の頃にスイスのユニークな国際学校でたくさんの国の子供たちと一緒に勉強したからだろうと言っている。
若い頃の彼女の人生にはそれぞれの節目に大切な先生との出会いがあった。それぞれの先生がそのときの神谷美恵子の人間性を見抜いて、別れるときに心をこめてしたためた手紙を渡すのが印象的。そして引越しや戦争があったにもかかわらず彼女はそれらの手紙をずっと大切に持っているのだ。それぞれが、たましいとたましいの出会いのようだ。
最後に、自己顕示欲がなく目立つのが嫌な性格の人にとって、自伝というものは書きにくいものなのだろう。この本を書きながら自己嫌悪に陥っていたと夫があとがきに書いてあるが、それが察せられるような文章だった。
絶筆となった本書の最後の言葉:「それにしても生きるとは何と重いことであろう。私は今らいの患者さんに一番親近感をおぼえている。彼らのところへ十五年ちかく通えたのは一生のよろこびであった。何もなしえなかったが、彼らの心の友とさせていただいたことが光栄である。社会の底辺の人こそ最も大切にすべき人たちだ、との思いを深めている。一生、ちどり歩きのような遍歴だったが、彼らにめぐりあえて、交わりをつづけられたことを最大の恩恵と考えている。」(p309)
・「日本の森を再生できる人の物語」
森の人 四手井綱英の九十年 森まゆみ 晶文社 2001
四手井さん(1911−、京都帝大林学科卒、林野庁技官、京大教授、モンキーセンター所長等を務める)の生き様を森さんが聞いた記録でしょうか。里山という言葉は、四手井さんが提唱したそうだ、もとは農用林といっていたそうだ。木を切り、燃料に使い、その時でる灰を肥料にして田畑にまく。四手井語録を記載しておく。書ききれない位ある。森林生態学講座というのも四手井さんが作った。今西錦司は文化勲章はもらったが、学士院会員にはなっていない、古いあたまの連中は生態学をまだ学問だと認めてない。昔の林野庁は技術者が少なく文官が多かった、現在は技術者も増え長官に技術者がなったが、林業の技術面では帰って悪くなった。青秋林道が予定されていたあたりのブナ林はそんなに良いブナ林ではない、鳥海山の麓などに素晴らしいブナ林があったが戦争末期にみんな切ってしまった。スギ・ヒノキ一辺倒というのが日本の林業で一番の問題。人工造林は繰り返せば繰り返すほど土が悪くなる。特に同じ樹種だと早く悪くなる。(三重の尾鷲を例にだして)日本の土地の70%は森ということになっていますが、そのうち植林地が41%です。つまり70%あるもりの半分くらいは自然の森で無く造林してしまった。それはあかんと思う。せいぜい3割です。九州阿蘇であった水害、その原因は川べりまでスギやヒノキを植えたせい。同齢一斉林ですから根の深さも太さもみんな揃っている。植えた方が悪い。ドイツは人工造林をすでにやめて天然更新、日本も取り入れているが、問題はササ、ササを枯らさんと天然更新しない。木曽田にでも一度だけ枯殺剤をまかせました。(ドイツにはササはない)。出来るだけ天然更新して、樹木も何も混ざった雑木林をつくることが大切。結局、私がいいたいのはね、私がやってるのは森の科学的な解明ですが、そやなしに、森と人との関係はやっぱり心やと思うんです。意味も何もない。ただ森におったら安らかやということです。原生林信仰みたいな、それだけをありがたがるのでなく、いろんないまの地球上にある植生を出来るだけ保存する方向で考えんといかん。森に貴賤なしということです。自然保護運動に参加:西表島の林道、知床、山形の縦貫林道、南アルプススーパー林道(反対したが完成) 学者、研究者にはわれ関せずの人が多い。私は林野庁の林業行政を十分に批判して方向を誤らないようにするのが、大学教官のつとめであると思います。全体を知っとる人、全工程をやれる人というのがむしろ必要なんですね。学問でも手仕事でも。森のマイスターが日本でも出来るとよい。“林業の匠”とか、名前はなんでもかまわないから。大人は直接に自然保護を教えようする、そうでなく自然そのものを教えなければいけない。それを保護するか保護しないかは子供が自分で考えればよい。すくなくとも中学生までの理科は野外で教えるべきだと思う。私も90ですがね、私らにお金をかけなくともいいから、次の世代を担う子供や青年に金をかけなさい。
私は21世紀に何を望むかではない、次の世紀に生きる人々に「あやまる」ことしか残さなかったと答えている。悪化した森林や自然をこのままにして、私はこの世から去らねばならない。努力はしたが、何もならなかった。それほど日本ばかりでなく地球の自然は壊れてしまった。私たちが「壊した」といった方がいいだろう。まことに申し訳ないと思っている。みなさんの手で地球を十分に守れる、もっとよい森林にしてくださいとお願いするしかない。
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