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▼現代思想:人気ランキング

洗脳支配ー日本人に富を貢がせるマインドコントロールのすべて洗脳支配ー日本人に富を貢がせるマインドコントロールのすべて (詳細)
苫米地 英人(著)

「短時間でパソコンで書いたことがバレバレ」「著者が最も日本を洗脳している」「いい本だともう。」「独特の視点の陰謀論」「ちいとばかり独断がすぎるようなきがするが、面白いです」


はじめての構造主義 (講談社現代新書)はじめての構造主義 (講談社現代新書) (詳細)
橋爪 大三郎(著)

「無題」「最適の入門書」「構造について」「相対化という名前の薬であるということ」「構造主義入門」


街場の教育論街場の教育論 (詳細)
内田 樹(著)

「「街場」という究極の現場主義」「故障した自動車に乗ったまま、故障を修理する」「教育に興味を持ったら読んで損はない1冊」「いまどきの俗流教育論の見本です。」「主に教師向けかも」


哲学の謎 (講談社現代新書)哲学の謎 (講談社現代新書) (詳細)
野矢 茂樹(著)

「実に面白い」「著者が一番楽しんだ、謎の本」「入門書であると同時に、折に触れて何回も読み返すべき本」「哲学に親しみがわく本」「対話の中から哲学を学ぶ」


運を良くする運を良くする (詳細)
山川健一(著), 森田健(著), 王虎応(著)

「単なる金儲け主義」「楽しく不思議な本です♪」「占いのシステム化とInternet化をすべき」「運を良くする本はうまいテクニックの本」「引き込まれる不思議な対談」


エロスと精気(エネルギー)―性愛術指南エロスと精気(エネルギー)―性愛術指南 (詳細)
ジェイムズ・N. パウエル(著), James Newton Powell(原著), 浅野 敏夫(翻訳)

「エッセンスは『愛のヨガ』」「ポリネシアンセックス」「セックスレスだった夫との関係に嬉しい変化が現れました ^_^」「試練」「これは知っておいたほうがいいかも!」


じぶん・この不思議な存在 (講談社現代新書)じぶん・この不思議な存在 (講談社現代新書) (詳細)
鷲田 清一(著)

「答えとしての<わたし>、問いとしての<わたし>」「他者とともにある自分」「日常に生かせる哲学」「電車のなかで化粧する<思想>」「存在の不思議」


現代思想入門 グローバル時代の「思想地図」はこうなっている!現代思想入門 グローバル時代の「思想地図」はこうなっている! (詳細)
藤本 一勇(著), 清家 竜介(著), 仲正 昌樹(編集), 北田 暁大(著), 毛利 嘉孝(著)

「扱っている哲学者」「これが本当の「思想地図」」「素晴らしい仕事」「ポスト構造主義の章以外に関しては、良い入門書。」「入門者が使う入門書としては難解かも」


<子ども>のための哲学 講談社現代新書―ジュネス<子ども>のための哲学 講談社現代新書―ジュネス (詳細)
永井 均(著)

「この本は役には立たないよ。」「ぜひ読んでみてほしい」「哲学と感情」「どうかなあ?」「共感、知的興奮」


時間は実在するか (講談社現代新書)時間は実在するか (講談社現代新書) (詳細)
入不二 基義(著)

「ちょっと誤読は危険・・・」「入不二時間論の金字塔」「驚くほどまとまっておらず癖のあるつまらない本」「形而上学時間論」「かなりの良書!」


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▼クチコミ情報

洗脳支配ー日本人に富を貢がせるマインドコントロールのすべて

・「短時間でパソコンで書いたことがバレバレ
 読者に読ませる本を書くならば、著者は相応の内容と時間を投資して、読者にリターンを与えるべきではないのか?雑多な事実を羅列して、全てを強引に「洗脳」と結びつているような感じさえ受ける。同じ著者の他の書籍と比べても文章・内容とも荒い印象を受けました。

 欧米の支配者が日本の支配階級を通じて日本人に富を貢がせている、という主張の内容と、ブックカバーの著者プロフィールとが、あまりに矛盾していると感じるのは私だけだろうか?

 支配者に「洗脳」されないようにと書いている本人が、なにかと支配階級とのつながりや交流を自慢げに書いている狡猾さが気になります。上智大卒で社長が東大OBだらけの三菱地所へ入社できたという経歴のミステリーも、すごく気になります。

・「著者が最も日本を洗脳している
「今時の若者批判」こそが、日本経済最大の衰退要因であり、洗脳であると考え、この本を購入した。

・「いい本だともう。
いい勉強になった。 おおむね正しい記述だと思います。

推論に過ぎない部分もありますが、馬鹿に出来ない。推論度が高いと思う。

確かにこの社会は公平ではないです。平等でもないです。

自分が逆に支配者の一員だったら下級もしくは普通一般人に公平、平等になんかさせないでしょ? たぶん。

この本はいい勉強になります。

・「独特の視点の陰謀論
国家や闇権力の支配者達の洗脳手段が、事細かに記されている本なのかと思ったら違った。歴史をさかのぼって日本における陰謀の変遷と、金融支配について書かれていた。

「陰謀論と見られたくないから、ロスチャイルドとかの名前をあえて使わない」と書いてあったけれど、その代わりに「薩長勢力」を強調しすぎかもしれない。確かに明治維新はイギリスからの資金援助と武器がなければ、成り立たなかったし、「薩長勢力」がしばらくの間、権力の中枢を握っていたのは確かだ。しかし今でも警察庁、防衛省で、鹿児島県、山口県出身者が出世に有利というのは、ちょっと言いすぎのような気がする。とはいえ、明治維新におけるロスチャイルドの関与を強調している点は評価したい。

著者が自分の専門である脳機能学や、氏の華麗なる親族達(三菱財閥系)の情報ソースをもとに本を書けば、もっともっと良いものが書き上げられただろうにと思った。

この本によって新たに知った事実は次の2つだ。TV番組で最近、やけに日本語の字幕をつけるものが増えたとは感じていたが、これは、字幕付きの映像によって、思考力を失わせる、という洗脳のテクニックのひとつだということ。

それともうひとつは、警察庁で、「Aが駄目だと言っている」と言われたら、それは「アメリカが駄目だと言っている」という意味で、そのような場合は捜査がただちに中止されるということだ。

陰謀論の初心者には、初めて知る事柄も多いだろうから、本書を入門書として読むのもいいと思う。でもとりあえず、買う前に本書をパラパラめくってみることをお勧めします。

・「ちいとばかり独断がすぎるようなきがするが、面白いです
ただ東京一極集中に言及していないのは不思議に思えた。著者の言う薩長支配は厳然とした事実だが、薩長勢力が日本を統治するために東京に天皇を持ってきて、日本国民の目を東京だけに集中させたのだ。明治〜大正〜昭和へと続く時代にはそれは機能したが、バブル崩壊後はその体制が完全に破綻してしまった。新しい日本の体制作りが求められていると思う。

洗脳支配ー日本人に富を貢がせるマインドコントロールのすべて (詳細)

はじめての構造主義 (講談社現代新書)

・「無題
 「未開人」が偉いのは分かったよ。だが「構造」は人類が作った覚えが無いのに元々有ったのか。なら神が創ったのかよ。やはり、社会の発展の歴史の初期の段階で、先人が無意識に作ってしまったものではないのか。  この本はバブル時代に書かれたのか。マルクスの予言はことごとく外れただの、マルクス主義は終わっただのとはしゃいでいるが、この資本主義をどうするんだよ。構造主義が批判したのはスターリン主義でないの?今や百科事典でもマルクス主義とスターリン主義は別物だぜ。 マルクスの絶対的窮乏化理論などは今や最先進国のアメリカなどで現実になり、マルクスの予言通りに動き始めている。ソシュールの言語学も破綻したと聞く。構造主義こそ終わったのではないか。 三浦つとむの「マルクス主義の復原」の「第三章構造主義とマルクス主義」を読まれたく存ずる。参考先→http://blogs.dion.ne.jp/liger_one/archives/424023.html

・「最適の入門書
書店でぶらついていても、フーコーや、ロラン・バルトや、レヴィ=ストロースや、ラカンといったあたりの本が妙に気になる。いずれも学生時代、チャレンジして挫折した構造主義の巨人達。あの時はわからなかったけど、9.11以降の今なら、自分にもわかるのではないか?そんな気になって、巨匠の本を再度手にとる前にと、幾つか入門書を購入した。そのうちの一冊がこれ。

・「構造について
構造とは何か。

世の中、複雑な事象も、構造的にとらえて、簡単な層を見つければ、そこで問題を解くことができる。

構造主義に、そんな前向きな姿勢を感じることができるようになった。

哲学を新書にして、電車の中でも読めるようにしてもらえたのは嬉しい。

・「相対化という名前の薬であるということ
 購入して15年くらい読まずに本棚に置いてあった。最近 哲学関係の本が漸く自分なりに面白く読めるようになったので やっと読みはじめた。読みはじめると余りの面白さでその日のうちに読み切ったところだ。

 「構造主義」と謳っているが 基本的にはレヴィ・ストロースに焦点を絞った内容だ。レヴィ・ストロースが登場するまでの思想的歴史もじっくり紹介してくれているので レヴィ・ストロースに対する理解が深まる仕掛けになっている。勿論 構造主義の素人である僕がどこまで理解しているかは常に疑問だが 著者の軽快な文章に乗せられながら 大変勉強になった。

 僕が学んだ点を 非常に一言でいうと「自分が考えていることは 時代、状況、自分自身などに制約を受けた特殊な考え方だ」ということだ。これを格好良く言うと「相対化」ということなのだろう。 書いてみると当たり前だが この「相対化」が出来ないことで 世の中にいかに多くの悲喜劇が発生していることだろうかと思う。自分を絶対化することに起因する問題は本当に多い。いや もっと言うと それは人間の業病だ。そんな「病」に 一つの薬が出来たとしたら それが構造主義である。僕は そう本書を読んだ。

 それにしても読みやすい。哲学者はとにかく難しく書くことで 権威を得ようとしている気がしている中 本書は素晴らしい。

・「構造主義入門
大学の書籍部にて衝動買いし、長らく眠っていた本。

構造主義は高校の倫理のときに戦後の現代思想的な扱いでやったけど、まぁ高校なので知識レベル的には「構造主義?人類みんな一緒的な?オリエンタリズム批判?」ぐらいなもんだった。(しかも完全に間違い)

この本はレヴィストロースに絞って彼のバックグラウンド(文化人類学)からはじめて、同時代の言語学、数学等の影響を受けて構造主義が生まれる過程を書いている。

しかし、構造主義の「構造」の概念は、エレガントに文章で定義できるものではないのではじめてとうたっているものの、それなりに歯ごたえがある内容だと思う。

レヴィストロースは言語学の音韻論についての手法を文化人類学に応用し、世界中にあまねく存在するイノセントタブー(近親相姦の忌避)の「構造」を見つけ出したわけだが、そこからがすごい。彼はそこからノイズが少ない研究対象として神話をとりその「構造」の研究を始めるが、その手法は『テキストの解体』だった。これは人間の主体性を重んじる近代ヨーロッパの知を否定することになり、『聖書』も『資本論』も意味をなさなくなる。

あまり良いサマリーになっているかはわからないけど、ここは読んでてすごいわくわくした。

そのあと、果たしてその構造とはどんな意味を持つのかというところに行くのだが、構造主義は数学から生まれた部分もあるということでかなり数学チックな内容になっている。短く言えば、「ある種の変換に関して不変な性質(同型写像)をもつ変換群は同じ構造をもつ」みたいな感じ。(と自分は理解した)これを神話に適用してこの本は終わる。ここは難解といえば難解だが、ついていけないほどでもない。数学的知識もたいして要求されてない。あるに越したことはないけど。

この本を読んだだけでは構造主義が語れるようにはならないけど、構造主義の雰囲気はつかめると思う。700円のもとはとれます。

はじめての構造主義 (講談社現代新書) (詳細)

街場の教育論

・「「街場」という究極の現場主義
日に一万人以上が閲覧するというお化けブログ「内田樹の研究室」を運営する著者。かのブログでは常日頃、国家でも武道でも映画でもなんでもお気楽に論じている著者であるが、「教育行政」や「教育ビジネス」を叱責するときの筆致は、いつになく厳しくなる。肩書きは大学教授で、当たり前と言えば当たり前だが、この人の何が何でも譲れない思想は、おそらく「教育」の分野にこそあるのだろうと思う。本書はそんな著者書き下ろしによる、待望の教育論集だ。

バラエティーに富む11の章で構成される本書だが、その中で著者がもっとも 声を大、ならぬスピーカーまで引っぱり出してきて叫びたいのだろうその主張 は、「(現場の人以外は)教育をほっといてくれ!!」というもの。ここらへんは著者のバックボーンにあるフランス現代思想のエッセンスが色濃く反映されているが、彼に言わせれば外野(たとえ親だろうとこの場合は外野だ)がどんなに手をこまねこうが、実際に教壇に立つ教師が精一杯頑張らねば立ち上がらないのが、 教育というものの構造的本質なのだ。詳しくはぜひ、本を手にとってもらいたい。

ただ予め言っておくと、実体的なテクニックを求めてこの本を手に取った人は、おそらく失望とともに本を置くことになるだろう。なぜならこの本で内田が唯一教育について実践的なアドバイスらしきものとして語るのは、先に書いたとおり「現場の人、自分のできることを精一杯やろう!」だけなのだ。しかし、マニュアルのような定量的なものとして与えられないものこそが教育であるというのがこの本の主張であるし、また「あとがき」にはこうある。

「現に教壇に立っている先生たちができるだけ元気でいられて、いろいろ創意工夫する意欲が沸いてきて、仕事があまりうまくいかないときもそんなに落ち込まないでいられるような、そんな気分になれる本を書こうと思いました」。

僕はここにある文句を単なる売り口上とは思えない。というのは僕自身、自分は教師でもないくせに(弟は教員になる予定)この本から、ものを考えることについての意欲を、多分に受け取ったからだ。内田樹の本はいつも、自分でもものを考えたり書いたりしてみたくなる、そういう知性を触発する(挑発する?)何かが配合されている。この本も、その一冊であることに間違いはない。

・「故障した自動車に乗ったまま、故障を修理する
教育制度を改革するというのは、「故障した自動車に乗ったまま、故障を修理する」というアクロバシーを意味します。(本書15頁)

至言である。教育のような基礎的な行政サービスは、一日とて停止することが許されない。それをやったポルポトとか毛沢東は、国民に膨大無惨な損失を強いた。修繕は必要だが、その修繕のために制度を停止することができないのが、教育(ことに基礎的な教育)である。

実はこのことは基幹的な行政サービスすべてに当てはまる。社保庁は「解体」できても年金の給付に係る業務は一日だって停止できない。仕事を続けながら、制度組織のかなり抜本的なところを「大規模改造」しないといけないのが、今日の日本政府全般の状況である。

この状況は、自動車というよりも巨大タンカーに喩えられると思われる。自動車を運転しながらエンジンを修理することほど危険でアクロバティックではないものの、巨大タンカーを運航させつつエンジンの換装をすることに等しい。自動車で道を運転するよりは危なくないが、それでも海が荒れていたら沈没しかねない。練達の船長でも「びびって」当然のアクロバシーである。

本当に、著者の透徹した洞察は素晴らしい。「まえがき」のシメが、「たまたま書店でこの本を手にとってしまったら、できたら頁をめくらずにそのまま書棚にお戻しください。ほんとうに、ぜひ。」という、いささかひねくれたユーモアも含めて、大いに楽しませていただいた。良書です。

・「教育に興味を持ったら読んで損はない1冊
大学講義をもとにして本になっているために11講義の毎講義が別のテーマやトピックに移っているのが非常に読みやすい。一方で、教育改革への警鐘や提唱が単に謳われているにすぎない反面を持つのが少々残念である。もっと突っ込んで著者の具体的意見を聞きたくなるジレンマに陥るためだ。

一つ一つを充分に議論し吟味しながら読みたい人には物足りなさを感じる1冊であろう。

しかし、教育論や教育改革に漠然と興味を持つ人にとってはこの講義形式は、とっつきやすく、毎回テーマが変わるのも新鮮かつ飽きることなく読み進めることができる。

教育に興味をもったときに、読む本の1冊に入れることをお勧めする。

・「いまどきの俗流教育論の見本です。
読後感が非常に悪い一冊です。内容は陳腐・凡庸で、女子大の語学教師の愚痴が、だらだらと述べられているだけです。これは間違っても、教育論なんかではありません。内田氏は異様に語彙が豊かな人ですから、これらを微妙に摺り代えているだけです。 疑問を感じるのですが、内田氏に教育論・子供の学力論を語る資格は、あるのでしょうか?内田氏の学歴は、大学院博士課程中退。(学士は別にして)学位をお持ちではありません。ただの四大卒ですよね。こういうことを書くと、必ず文系の人から、「理科系と違って、文系学位は取るのが難しい」という馬鹿げた反論を受けるのですが、これは大抵の場合、嘘です。ちゃらんぽらんな学部のノリで院に入るから、十中、八・九は落ちこぼれてゆく。それだけのことですよ。まじめにきちんと勉強した人、学問・学術に対して誠実で真摯な人は、きちんと学位を取得しています。

どうせ内田氏の場合、アルバイトと学生運動に明け暮れて、学業を放棄していたんでしょう。いや、間違いなく、いま猶、彼は学術と思想を舐め切っています。ふざけています。(構造主義を、寝ながら学べる、と言う人ですからね・・・。やれやれ・・・・。)

繰り返します。落ちこぼれの、不真面目な学位未取得者に、教育論・学力論を語る資格はあるのでしょうか?

医学博士にして司法試験合格者(現行ではなく、旧制です)である私は、素朴に疑問を感じました。

・「主に教師向けかも
前半部分はなるほどと感心するものもある。たとえば、教育制度改革とそれがもたらす効果は、何十年という単位で見なければならない。危機だ危機だと煽ってみても、それはいつの制度の問題か、変更してもその効果が明確にわかるにはどういう問題があるのかは誰も予想もつかないし、ましてや責任も取らないし取りようがない。ごもっとも。中ぐらいから、教師は大昔からエリートがなるものではなく、昔で言うと帝大に入れなかった者が師範学校に入っていた傾向があるのだから、そんなに気追う必要もないという。ダメ教師でいいじゃないか。これは、まじめすぎる教師向けに書かれたものだと思う。ただ、後半に行くとほどややオチ気味。責任問題やらなんやら、ほったらかしでもいいとも読めるような箇所がゴロゴロしてくる。前半部分だけだったら、結構おもしろかったのに。

街場の教育論 (詳細)

哲学の謎 (講談社現代新書)

・「実に面白い
哲学と聞くとなんだか難しい概念をこねくり回す自分には縁遠い世界と考えていましたが、本書を読んで、哲学という学問がどうして存在するかという回答が得られたような気がします。内容は対話形式で、わかりやすく読みやすく、また興味深いものです。考え出すと、自分自身の存在自体が謎になってきました----。是非読むことをお勧めします。

・「著者が一番楽しんだ、謎の本
意識、時間、記憶など、我々がそれを前提として生きていながら普段あまり省みることのない概念についてあえて掘り下げて考えてみる、そのプロセスをそのまま本にしたらこうなりました、という感じでしょうか。「哲学の謎」というタイトルですが、なるほどこの本自体が異色というか謎です。

考察は著者の脳内に存在するAとBの対話という形で進められます。叙述の中には哲学者の名前や専門的なタームは一切出てきませんが、考察の方法においてはウィトゲンシュタイン、ソシュール、メルロ・ポンティといった哲学者から養分を得ていることに、多少哲学を囓ったことのある方なら容易に気がつくと思います。独特の軽妙なグダグダ感?で対話が進み、ようやく解決の筋道が見えてきたところで時間終了。まさに謎が謎のまま取り出されて読者に預けられます。

何でもすぐに結論を求めたがるセンスのない人にはなりたくありませんが、自分にはこの読後のモヤモヤがどうも頂けませんでした。苦労しながらようやく全体が見渡せそうな場所まで登ってきた、その途端に梯子をはずされたような寸止め感があるのです。

おそらくこの本を一番楽しんだのは自分の思考過程を整理し、次の研究へのヒントを得た著者自身だったのではないでしょうか。哲学の根本問題の真ん中にいきなり放り出された読者には、せめてこの先彷徨うための道標として、巻末にブックガイドでも加えてもらえれば良かったかなと思います。

・「入門書であると同時に、折に触れて何回も読み返すべき本
平易な言葉で分かりやすい理屈が延々と続く、そんな哲学書です。1文1文は分かりやすい理屈で、あっという間に読み終えるかも知れません。その点では『ツチヤ教授の哲学講義』に通じるものがあります。しかし、考えて納得しながら読もうとすると、前に進めなくなります。納得するまで自分で考える。これが哲学で最も大切なことであると同時に、哲学者の名前と学説の暗記のために哲学の本を読むのは止めた方がいいよ、という著者の声かもしれません。この本をきっかけにさらに難しい哲学書を何冊も読んでから、もういちどこの本を読み返すと別の視点が見えてくるはずです。逆に言うと、この本だけで考えようとしても限界があると思います。入門書であると同時に、折に触れて何回も読み返すべき本であると思います。

・「哲学に親しみがわく本
哲学者や専門的な用語は出てこず、哲学の歴史については学べないが対話形式で書かれており非常に読みやすかった。哲学の醍醐味、真髄を分かりやすく簡単に知ることが出来る本である。

本の内容は世の中で役に立ちそうにないが、逆に、短い人生の中で役に立つ知識だけが良い人生を送るのに必要な要素でもないと思う。直接的に役に立たないからこそ純粋に楽しめると思うし、人間特有の営み(理性)の大切さが実感できる。

そんな哲学の世界に入っていくのにとても良い入門書だ。

・「対話の中から哲学を学ぶ
いわゆる王道の「哲学」を簡単に学べる本。内容は対話形式で進むので非常に読みやすい。哲学とは自己との対話なのだと再認識させてくれる本です。

哲学の入門書としても◎。

哲学の謎 (講談社現代新書) (詳細)

運を良くする

・「単なる金儲け主義
レビューされる方々が森田健氏の大ファンだらけのようですので、常識的なことを書こうと思います。

まず、冷静に考えて仮に世界中の皆がこの占いに従って生きたとしましょう。全員が幸せになりますか?ならないですね。これは世間の常識です。ただ、楽あれば苦ありというのは真実です。占いに関しては単に著者の金儲けのための道具です。占いのテキストを15万円で売ろうとしているところなど、明らかに金儲け主義の匂いがプンプンします。

松下幸之助さんの本を読んだ方がよっぽどマシな人間になると思います。

・「楽しく不思議な本です♪
不思議研究所シリーズ。この力が抜けた感じが何とも気持ちがいいです。この本を読むと、色んな枠がはずれていく感じがします。何かを得ようと頑張って読まずに、楽な感じで読んでほしい本です^^

・「占いのシステム化とInternet化をすべき
内容はいいと思うが、結局高額な占い本を買ってほしいところが見えてきてがっかりした。本当に世の中の役に立ちたいなら、占いのシステムを有料でもよいからInternetで利用できるようにシステムを組み実際に使えるように安価に設定するのがよいと思う。

・「運を良くする本はうまいテクニックの本
この【運を良くする】の本はためになると思います。が!結局はひっぱってひっぱって商品の購入と言うのが結論のような気がします内容は至極理にかなっている、そして時空の世界を紐解いています読めば、はぁなるほどまぁと感じますよ。森田さんは結構好きです、占いも自分を見失わない程度に信じ受け入れています。

・「引き込まれる不思議な対談
森田健氏の師匠のような存在の「トラさん」こと王虎応氏に、山川健一氏がインタビューをするという内容です。山川健一氏と森田健氏の対談本「あの世はどこにあるのか」より、この本の方が読みやすかったです。それで星5つにしました。

トラさんは「生まれ変わりの村」(前世記憶をもった人がたくさんいる中国山西省の不思議な村)で生まれ、2年間母親が霊に憑依されたり、親戚が墓虎というのになりそうになったり、とにかく不思議な幼少時代を送ります。その後、チベット密教、道教、そして仕事だった考古学で出会った六爻占術、と、不思議なことの探求に人生を捧げて生きてきたようです。

こういう科学で説明つかない内容を信じるか信じないかは、人によっていろいろでしょうが、私は子どものころに、霊のようなものに憑依されるという経験をよくしたので、28ページに書いてあるようなチベットのホテルでの現象などは、実感として理解できます。

トラさんのコイン占い「六爻占術」の無料サービスというのをやってみました。3枚の100円玉をジャラジャラ振って6回投げる。「金運」で占ったのですが、運の強さ、ラッキーなグッズ、方向、カラー、ナンバーが出てきました。さっそく験してみます。

※ちなみに六爻占術を本当に学ぼうと思うと、初回テキストが10万円くらいだったと思います。ちょっと覚悟が必要ですね。

運を良くする (詳細)

エロスと精気(エネルギー)―性愛術指南

・「エッセンスは『愛のヨガ』
前半、現代と中世、西洋や中国、インドの性愛について、学術的ともいえる分析が行われますが、最終章は一転して、具体的な性愛術の指南になります。 この性愛術指南の内容が、あれ程深く分析した中国やインドの性愛ではなく、ルドルフ.V.アーバン著『愛のヨガ』(本著ではフリードリッヒ・フォン・ウルバンと紹介している)で紹介されている、ポリネシアンセックスをベースにした性愛術であり、『愛のヨガ』の美味しいところを取って付けたように感じます。 また、『愛のヨガ』ではこの性愛術の必要性を十分説明しているのですが、本著では上手く説明できてないように感じました。 しかし、性愛術自体については、『愛のヨガ』より具体的に記述されており、実践のためのテキストとしては実用的ですし、実際、この性愛術はとても優れており、かつ、アダルトビデオがお手本にし、相手をイカすことだけが目的になってしまっている現代人にとっては、是非、知っておくべきものだと思います。 技術重視であれば本著の最終章だけで十分ですが、グローバル化、標準化されてしまった現代の性愛術の問題点や、ポリネシアンセックスをベースにした性愛術の必要性、有効性について知りたい方には、『愛のヨガ』をおすすめします。

・「ポリネシアンセックス
文章はちょっと難しく訳されてはいますが、歴史的背景や宗教的見地で性のあり方を追って行く考え方は大変興味深いです。そして読み進むうち、あんなに学術的な文体なのに、実はとても無垢でロマンチックなものが作者の心にあることが見えてきて、この本で紹介されているポリネシアンセックスも、そこが一番大切なことだと訴えているように思えます。

オーガズムは身体のたった一部、性器でのみ感じるものではなく、身体全体で、そして心と共に感じるものです。愛と信頼を実感したふたりが、分かち合う喜びであり、エナジーを交換し合う瞬間なのです。セックスはオーガズムが全てではなく、そしてそれを理解した恋人同士だけが、ポリネシアンセックスに習う心霊現象のような絶頂感を迎え入れることができるのかもしれない、とこの本を読んで思いました。

いまの恋人をもっと好きになって愛し合いたいと思う、そんな本です。

・「セックスレスだった夫との関係に嬉しい変化が現れました ^_^
結婚して15年、子供なし、お互いに仕事をもち時間があわなくてすれ違いもあり、ふと気がつくとセックスレスの生活に。。。新婚の幸せそうな友人と飲んだ後、バカップルぶりにあてられ、ため息をつきつつフラッとはいった書店で見つけなぜか買ってしまいました。読み始めるとセックスについての知識(いろんな国での歴史とかをからめて)ポリネアンセックスについて語られていました。恋人だった頃の夫と自分を思い出し、ダメもと(笑)かつ、旅の恥はかき捨て!の気合で彼にアプローチすると。。。今では外へ出かける際も手をつなぎ、(ちまたの若い人たちの視線がイタイですが。)車へ乗る際も助手席のドアを開けてくれるほどに溺愛されています。(笑)愛されているという実感のせいか、はたまた営みのせいか、会社でも若い子たちに色っぽいオネエさんと言われるようになりました。至福を求めるアナタにこの本をおすすめします。

・「試練
 ポリネシアンセックスとは何ぞやとこの本を購入した.

 アジア,ヨーロッパの文化的事柄やそれに対する筆者の考えが次から次に難解な文章で展開される.結局,分かったような分からないようなそんな状態が続き,以前読んだことのある哲学の本を思い出した.セックスが世界ではどのように考えられ扱われてきたか,最後の章以外はその知識が詰まったかなりお硬い本である.

 訳者があとがきの中で「内容が変」といっているように最後の章,特に最後の10ページ程度はがらりと内容が変わる.私が知りたかったことはすべてここに書かれていた.コレまでは読者がどう思おうがお構いなしに展開されていた性にまつわるエトセトラがここで急に読者が実践しやすいようにとうまくまとめられた「性愛術指南」に変わる.そこにたどり着くまでの長く難しい文たちはこの奥義を手に入れるための試練のように感じられた.もし筆者がこの奥義に関することを言いたいがためにこの本を書いたのならば最後の部分以外は無意味なものだと感じた.  この奥義,私はまだ試してないがそのうち試してみたい.

・「これは知っておいたほうがいいかも!
自分はこれまでずっと、「いかに相手をよくするか」を追求してきましたが、最近では経験を重ねるにつれて「いかに一緒に気持ちよくなるか」が重要なテーマとなってきており、この本で書かれている方法(例えば中国の房中術やインドのカーマ・スートラ、ポリネシアンセックスなど)はとても参考になりました。

本の構成としては、まず性が古今東西でどのような捉えられ方をしてきたかという話があって、具体的な「やり方」の部分は最後に書いてあります。なので、「前置きはいいから早くやり方を知りたい」というせっかちな人は、後ろから読むといいかもしれません(笑)。

一番とっつきやすく実用的だと思われる、ポリネシアンセックスのやり方を簡単に言ってしまうと、「あまりしょっちゅうやらず(4-5日は間隔をあける)、前戯にはたっぷり愛情かけて一時間以上して、挿入後は一体感が出る30分間以上は動かずじっとしている」というものになりますが、実際にこれをやってみると、一般的なピストン運動中心のセックスがとてもガツガツしたものに感じられて、物足りなくなってしまいます。それぐらい、ポリネシアンセックスは満足度が高いものです(もちろん、オルガスムもたっぷり味わえます)。

いわゆる刺激を中心とする「快感」の概念とは少し違う、一体感や愛情を中心とした「恍惚感」をセックスで得たい人にはオススメです。

僕と彼女はこの方法を覚えてからというもの、週末は部屋に閉じこもりっきりです(笑)。

エロスと精気(エネルギー)―性愛術指南 (詳細)

じぶん・この不思議な存在 (講談社現代新書)

・「答えとしての<わたし>、問いとしての<わたし>
「<わたし>とはいったい何ものなのか?」その問いにこだわる時もあれば、目に入らない程度に遠ざけている時もあるものの、僕らはその問いから完全に自由になることはできない。「<わたし>から自由になるわたし」はいないのだから。これは、哲学者鷲田清一がその問いをやわらかい言葉で解きほぐしていく、哲学的エッセイ。いつも不思議に思うのだけれど、この人はアカデミズムのなかにいる(なんたって阪大学長だ!)のに、本当に言葉がシンプルだ。かといって読んでいて気が抜けないのは、そんな素朴なエッセイの中にひょっこりと、その問題の核となる部分に、ダイレクトに迫る問いがなされるからだ。

近代なんて遠い空と思っていても僕らの頭はずっと近代的で、未だに同一的な自我、固有の個性によって表現される内面への憧れに浸っている。著者が導くのは、そのような「<わたし>から始まる<わたし>」論ではなく、「他者の他者」としての<わたし>論だ。

あいにく、この本を読んで「<わたし>がわかる」はずはない。むしろ、読んだ後には<わたし>の謎が深まるばかりかもしれない。しかしそれは、この本の失敗作であるということではなく、この本と目指している地平が最初から違うのだ。この本の意義は、<わたし>を単純明快に解いてくれるところはなく、<わたし>を問いとしていろいろな形で読者に提示してくれるところにこそ、見出されるべきだ。

例えるならこの本はパンではない。いわば「パン粉」のような本だ。焼き上がったパンのようにもうすでに完成済みの形を持った思想は指し示されない。著者の仕事は、あくまでパン粉という不定形を練り上げるまでだ。それぞれが思い思いのパンを形作り、そして焼き上げるように、読者それぞれがこの本から<わたし>とは何かという問いを出発するべきなのだろうと、僕は思った。<わたし>の答えがあるとすればそれはおそらく、そのように「<わたし>とは何か?」を人生の内で問い続けるという行為遂行的にしか、手に入らないものなのだから。

・「他者とともにある自分
 「わたしって何者?」っていう問いはだれもが一度は考える普遍的なもので、私自身も例にもれず気になって、本著を手にした。筆者が本著で主に主張していることは、自分自身について「私は誰か?」という問いを自分の内側に求めても自分に固有のもの、つまり答えは得られないということだと思います。私は誰にとってどういう私か、という他者との関係の中で、私というものを考えることにむしろ、答えを見いだせそうな気がする。それと同時に、私は他者にとってのそういう他者になるべきだ、支えられたり支えたりと支えあうことが重要なのです。だから、他者から他者と認めてもらえないときは、私の存在がゆらぎ、居心地が悪くなる。電車内で化粧をする女性に嫌悪感を感じるのはそういう理由からじゃないかと、わかりやすい例もあり、難解なものではなくできるだけ平易に書かれていると思います。

・「日常に生かせる哲学
「私はだれ?」という問いにまつわる話しです。 著者は「私はだれ?」という問いには解がないとしています。 しかし読者は日常生活の中で自身の存在について考えるとき、考える道具を手にすることができます。

●相手によって自分の評価が著しく変わり不安→自分は「他者の他者」として存在している。「自己の同一性を求める必要はない」●心を込めて話したら伝わった→相手に「顔を差し出した」結果相手に「私にとっての他者である」ことが伝わった

哲学に触れたことのない私でしたが、多くの具体例と(秀逸な)引用のお陰で最後まで読み切ることができました。 著者の「待つということ」を手にしたときは私には難し過ぎると感じました。しかしこの本を読んだ後は他の著作も読んでみたいと思うようになりました。

・「電車のなかで化粧する<思想>
名著である。哲学的な訓練を積み、なおかつ考え抜いた知性だけが能くし得る文章といえる。一点だけ、電車内で化粧する女性についての一文は秀逸であり、考えさせられる。それは脳の問題ではない。<他我問題>である。これを<脳の問題>とする議論こそが「問題」である。『唯脳論』や大手メーカーの研究所で高給を取るらしいチンケな脳学者の本は端から御免蒙るが、ケータイ脳やケータイ猿といった議論も非常に危険なイデオロギーを含んでいることが、本書でハッキリわかる。「電車でお化粧」はハッキリと思想・哲学問題なのだ!もちろんこれだけでなく、他の文章も繰り返し読むに耐える逸品の数々である。小林秀雄のエッセイ『考えるヒント』といったものにいまだに魅了される御仁には、是非読ませたい。文体に対する感覚、思考することの流儀がまったく変わってしまうだろう。

・「存在の不思議
「こだわりやしがみつきを手放すこと」についてあれこれ思う昨今であるが、人がとかくこだわり、そして悩みの種となっている問題に、〈わたし〉とか〈じぶん〉とかいったものがあるのではなかろうか。

これほど自明に見えて、これほど突き詰めていけばいくほど曖昧模糊として掴み所のないものは、他にそうないだろう。その困難を前にして、「自分はしょせん自分でしかない」といった類の思考停止を超えたところに、著者の思索の領域はある。実に言葉にしづらいテーマであるはずなのだが、著者の繊細な筆はそうした微妙なところをうまく言葉に乗せている。

語っても語っても伝わらないという体験は、誰にでもあると思う。とりわけ、「自己と他者」といったテーマにくくられるようなことについてそうした体験を持つ人は、この本を大いに参考とすることができるのではないか。

じぶん・この不思議な存在 (講談社現代新書) (詳細)

現代思想入門 グローバル時代の「思想地図」はこうなっている!

・「扱っている哲学者
読んでいる途中なので、評価を保留するという意味で☆5つ。

これを買う人が最も気にするのが、この本で何を知れるかだと思います。

この本で知れるのは、第二次世界大戦後に活躍した現代思想の思想家たちです。

目次から名前を挙げれば、ホルクハイマー、アドルノ、ベンヤミン、ハーバマス、ボードリヤール、リオタール、フーコー、ドゥルーズ=ガタリ、ロールズ、ノージック、ポパー、ローティ、ホール、ギルロイ、サイード、スピヴァク、ネグリ、ハート。

現代思想入門とタイトルにあるけれど、これを現代思想についての最初の一冊目にするのはハードルが少し高いです。内容は他のレビュアーが高く評価しているので、この本を読むことを目標に、足掛かりになるもっと易しい本を同時に買うことをお勧めします。

・「これが本当の「思想地図」
副題のかぎ括弧内と同名の雑誌が最近発刊されているが、あのようにごく一部の、ごくごく 局所的な問題をあげつらいいかにも大問題かのように論じて思想オタクへのネタ提供に与する 雑誌は、本書の前にひれ伏さなければなるまい。これが本当の現代思想入門であり、これこそが 現代思想の地図だ。

本書の構造から説明すると、五人の評者ごとに5つのセクションに分けられている。PART1では、政治思想史が専門の仲正昌樹によって第二次大戦以降の思想の文脈が交通整理される。 続くPART2〜5はフランクフルト学派(アドルノ、ヴェンヤミン、ハーバマスなど)、ポスト構造主義 (フーコー、デリダ、ドゥルーズなど)、リベラリズム(ローティ、ロールズなど)、ポスコロ+カルスタ (サイード、スピヴァク、ネグリ=ハートなど)という具合に分割され、各セクションを各評者 が受け持ち、思想家ごとにその思想が解説される。

単なる人物ごとのキーワード、概念の羅列に終わるデータベース的内容ではなく、各セクショ ンごとに冒頭で思想的文脈上での整理が再度なされている。ここまで読者に思想を「文脈でと らえる」努力を促す入門書もなかなかないだろう。さらにセクション末尾ではその分野の参考文献も紹介されている、という気合いに入りようだ。

もっとも、この一冊で「現代思想」が全て掴めるかということも言えなくて(評者たちももちろんそう考えているだろう)、たとえばチョムスキーやベネディクト・アンダーソン、そしてスラヴォイ・ジジェクなど、この構造ではどうにも取り上げづらかったであろう位置に属する思想家がリストから漏れていないわけではない。 がしかし、それを鑑みてもおつりがたっぷり返ってくるほどの、すばらしい仕事。

・「素晴らしい仕事
その名の通り、現代思想の入門書。本書では「現代思想」を「西欧諸国における批判的な社会理論の脱(正統)マルクス主義の諸潮流」と定義している。

本書の構成は大きく分けて4つ。@フランクフルト学派 Aポスト構造主義 B現代リベラリズム Cカルチュラル・スタディーズやポストコロニアリズムなどの「他者」をめぐる思想 である。

複数の著者が各章を分担執筆しているので、中には「本当に入門書とわかって書いてるのか?」と疑いたくなるような、本書を入門書として手に取った読者に対して不親切な部分もあるが、それを除けば非常にわかりやすく、上手にまとめられているなあという印象を受けた。

また、さらに読み進めたい人のために各章末にブックガイドが載せられており、これが非常に有用である。執筆陣が読者にもっと現代思想に興味を持って、勉強してもらいたいという思いが伝わってくる内容で好感が持てた。

現代思想に本当に初めて触れる読者には少々キツい内容かもしれないが(そういう人は一度中身を確認してみることをお勧めする)、これだけの内容を読み易くまとめるのは素晴らしい仕事だと思う。良書。

・「ポスト構造主義の章以外に関しては、良い入門書。
フランクフルト学派と現代のリベラリズムに関する非常によい入門書。

本書は「現代思想」を4つの軸から説明しています。すなわち、フランクフルト学派、ポスト構造主義、リベラリズム、カルチュラル・スタディーズ&ポスト・コロニアルの4つです。最初の章で4つの軸のつながりが簡略に説明され、つづいてそれぞれの軸について一章ずつ説明が加えられます。

各章ごとに執筆者が異なるのですが、おすすめはフランクフルト学派に関する章とリベラリズムに関する章です。前者では、アドルノやホルクハイマーとハーバマスのつながりや一般的に難解といわれるハーバマスの思想が非常にわかりやすく書かれています。後者では、ロールズやノージックといった現代のリベラリズム論の中心に位置する思想家たちの考えが要点をしぼられて書かれています。カール・ポパーが取り上げられていたのは個人的には意外だったのですが、興味深く思われました。

カルチュラル・スタディーズとポスト・コロニアリズムに関する章もわかりやすいのですが、さすがに30ページの説明では物足りない気がしました。もっとも入門としてはこれぐらいがちょうどいいのかもしれませんが。ポスト構造主義の章は正直いってわかりにくい・・・・少なくとも私のようにさほどポスト構造主義に詳しくないものには理解できない部分が多かったです。

・「入門者が使う入門書としては難解かも
主題の「現代思想入門」よりも副題の「グローバル時代の「思想地図」はこうなっている!」の方が、この本の内容を的確に表していると思います。思想家一人の仕事を4〜5頁で解説するのですから、専門用語が多くなるのはやむを得ないと思いますが、この思想家の解説が良いために初心者への敷居はたいへん高くなっていると思います。この本は、哲学や思想をそれなりに読んでいて、現代思想に再入門しようという人に向けている気がします。初心者の方には、この本より専門用語と一般語の間にリンクが多く張ってある本の方が良いかもしれません。

内容で面白かったのは、執筆陣が揃って「正義」にこだわった流れでまとまっている事です。「正義も悪もあるか」という姿勢が思想界では多かった感が僕にはありましたので、逆に痛快でした。もちろんここでいう正義は絶対正義ではなく限定されたものなのですが、どの様に限定すれば、絶対正義から生じる悲惨さから逃れられるのかという思考方法がいろいろ提示してありますので、正義を示さざるを得ない立場の方には参考になるかと思います。

現代思想入門 グローバル時代の「思想地図」はこうなっている! (詳細)

<子ども>のための哲学 講談社現代新書―ジュネス

・「この本は役には立たないよ。
「哲学は役に立ってはいけない」「役に立たないことが唯一の意義だ」って言っているからね。よき人生を求める青年の哲学、よき社会を求める大人の哲学、よき死を求める老人の哲学とちがって、<子ども>の哲学は、何もよきものを求めない。ただ単に本当のことを知りたい、知ったからと言って役に立つわけではないけれど。そういう純粋な哲学について、真っ直ぐに書かれた本。

役に立たないものを、面白いと感じることができる人だけ、読んでみて欲しい。

・「ぜひ読んでみてほしい
本書は著者が小さい頃疑問に思っていた2つの難問、「僕はなぜ存在するのか」「なぜ悪いことをしてはいけないのか」について考察している。

哲学とは自分にとって切実だと感じる問題を徹底的に考え抜くことであるので、自分自身の問題でなければその問題の意味さえよくわからないだろう。私にとっては「僕はなぜ存在するのか」は大きな問題だったので永井氏の議論は非常に共感できた。

永井氏の言う「<ぼく>とは自分の肉体や自我とは別にそれらをそっと感じている、霊のような存在だ」という感覚は私にも強くあった。私が霊の存在に肯定的な理由だ。一方この問題に興味がない人にとっては数十億存在する人間の中でなぜ<ぼく>が人間××××を引き受けているのかという疑問を疑問とも思わないようだ。

いずれにしろ本書を未読の方はぜひ読んでみてほしい。

・「哲学と感情
『子どものための哲学対話』と並んで、永井が書いた中でも最も読みやすい哲学入門書である。 哲学を始めるためには哲学を知らないことが絶対条件である、と永井は別の本で言っているが、その通りまだ哲学を知る前の<子ども>だった永井が抱いていた二つの問題を軸に本書は展開する。「ぼくはなぜ存在するのか」「悪いことをしてなぜいけないか」 永井ファンにとってはおなじみの哲学が、これ以上ないくらい分かりやすい語り口で紹介されているが、個人的に最も興味をそそられたのは哲学の議論に対する永井の考え方であった。永井は言う。「哲学の議論は一般の議論とは逆に、自分では気づいていない自説の難点を相手に指摘してもらうことだけを目指して行なわれる。これは一般の議論における公正な態度と誤解されがちだが、そうではない。単に利己的なだけなのだ」そして故大森荘蔵が徹底的に哲学的だったと言う。「大森は自分の哲学が有効に論駁されることにしか興味がないようであった」 理屈は分かる。自説が肯定されることは感情的には喜ばしいことかも知れないが、真理の探求という営みにとっては何のメリットもない。むしろ自説の弱点を指摘してもらい、場合によっては自説を放棄させられるぐらいの方が、少なくとも誤った自説に固執するよりははるかにプラスになる。そういうことだろう。 しかしそんなことが本当に可能なのだろうか。感情を排して批判を受け入れるということが。 本書の中で永井は自説に対する竹田青嗣の批判を紹介し、その批判が的外れであることを指摘している。永井の言い分は正しいと思うが、その激しい物言いは、永井の上の主張にそぐわないような気もする。 哲学と感情は決して無関係ではなく、切り離すことはできないのではないだろうか。「情」は「知」に先行し、哲学とは感情に基づいて形成されるものではないだろうか。哲学そのものよりも哲学と感情の関係について考えさせられる一冊であった。

・「どうかなあ?
永井均は<ぼく>とは何か?と考えるにあたって思考実験をする。

ある人間Aが変態科学者に連れ去られ、明日拷問にかけるぞと告げられる。で、その前にお前の記憶は全て消しさると言う。記憶を消しさると言われてもAの恐怖は消えない。それは記憶が消えたところで<ぼく>は僕のままなので。だから記憶が<ぼく>であるとは言えない。で、ついでにお前の体も別の人間のものとすり替えると言われる。そう言われてもAの恐怖は消えない。なぜなら体がすり替えられても<ぼく>のままだから。

こういう思考実験をして<ぼく>というものの存在は肉体や記憶ではないという。では<ぼく>とは何か?永井均は「自己意識や自我なら大脳生理学で説明されているかもしれないが、<ぼく>についてはどんな学問も説明できない。それは<ぼく>が唯一無二の存在だから」と言っていますけど、自己意識や自我と<ぼく>を分離させて考える理由については具体的に述べていない。それに思考実験の中で肉体を入れ替えると言うてますけど、それ「脳」もってこと?やったらAの恐怖は消えるんちゃうかなあ?「魂」という言葉も出てくるのでもしかしてスピリチュアル系?とも思えるんですけど、そこら辺どうなん?と本人に直で訊いてみたい。直球の本物の<子ども>の哲学でもない気がする。だってイキってるもん。

・「共感、知的興奮
 この本には星をいくつ付けても足りません。僕の今までの人生の中で(と言ってもまだ15年ですが)出会った本で、これほど共感し、感動し、知的興奮を覚えた本はありませんでした(大袈裟だと思われるかもしれませんが、本当です)。 この本では、哲学は、(大人になるにつれて忘れてしまうような)<子ども>の問いを持ち続けることで誰でもできることだと書かれています。 永井さんは「なぜぼくは存在するのか」「なぜ悪いことをしてはいけないのか」という問いを具体例とし、哲学する方法を示してくれています。 これらの問いは僕も考えたことがあり、長い間、こんなことを考えているのは自分だけだと思っていました。しかし、1人の哲学者がそれらの問題をずっと持ち続け、僕なんかよりも深く考えている、と知って感動しました。 僕は、第一の問いに対しては、自力では、認識論的独我論のところまでしか行けなかったし、第二の問いに対しては、「人間はみんな利己的だ」というところまでしか行けませんでした。 また、「なぜ学校に行くのか」という問いに対する「権力関係による」という考えには納得しました。 日本では「哲学」というと「青年の哲学」のことを思い浮かべる人が多いような気がします。この本は、僕のように<子ども>の問いを持った人の背中を押してくれる本として、<子ども>の問いを持ったすべての人に読んでほしいと思います。  

<子ども>のための哲学 講談社現代新書―ジュネス (詳細)

時間は実在するか (講談社現代新書)

・「ちょっと誤読は危険・・・
日頃漠然と時間について考えていた自分にとって、時間について考えさせられると言う点では面白い本であると思う。その点では一読に値する本であると思う。本の構成は前半、マクタガートの時間の非実在性の証明 中盤、マクタガートの証明の反証 後半筆者の持論となっている。前半はマクタガートの独創的な試みで十分楽しめるのだが中盤後半と雲行きが怪しくなってくる気がする。概略:マクタガートは時間について主観時間を重視する一元論者で、対立する客観時間を重視する二元論者にパラドックスを提示する。そのパラドックスが解決できない矛盾であるから実在の証明ができない。よって時間は実在しないとつづく(具体的なものはネタバレになるので避けるが)

筆者は中盤後半でやや抽象的で具体性のない論理に陥ってるように感じる。例えばマクタガートは客観的時間を想定してないのに主観時間、客観時間を想定し間を縫うような論理をしてみたり、「とりあえず性」という曖昧な概念を使ってみたり、結局マクタガートの時間論をなんだか分からない時間論にしてしまってる感じは否めないとわたしは思う。「時間はなんなのかという問いに作者は答えられてるか」をじっくり考えながら読まないとなんか「マジックを見てる感じ」と感じるかもしれない。

・「入不二時間論の金字塔
『相対主義の極北』でデビューした哲学者入不二基義氏が、その手法を時間論に取り入れて完成させた名著である。 体裁としてはマクタガートの「時間の非実在性」という有名な論文を下敷きにして、それを解説・反駁しつつ入不二自らの時間論を描き出すという構成になっている。第一章では準備作業としてマクタガート以前の時間論(ゼノン、アリストテレス、アウグスティヌス、ナーガールジュナ、山田孝雄)が紹介され、第二章と第三章でマクタガートの時間非実在論が解説される。第四章ではマクタガートの証明が失敗に終わっていることが論証され、第五章において入不二自身による形而上学的時間論が語られる。 図をふんだんに用いた入不二のマクタガート解説は丁寧で分かりやすく、これだけでも読む価値は充分にあるが、何と言っても本書の白眉は第五章の入不二時間論にある。過去と未来の区別がなくなってゆき、「時間は実在するか」という問いそのものが失効するスリリングな展開には思わず息を呑む。 詳細なマクタガート解説の後ろに隠れてしまっているが、本書は全く新しい時間論の書であり、ハードカバーで出さなかったことが惜しまれるくらい充実した内容である。中島時間論とも野矢時間論とも違う独創的な入不二時間論の、現時点での到達点といっていい一冊である。

・「驚くほどまとまっておらず癖のあるつまらない本
驚くほどつまらない本。作者の意図なのか、それとも書き方の癖かはっきりしないが、文章の中に補注のための括弧が散見し見苦しい。必要の無い括弧による意味補強も多々、また、同じ語彙のしつこいくらいの反復によって、更に読むのが嫌になるという悪循環。他の方のレビューと私の読後感が是ほど乖離していることも初めてだし、読むのが苦痛だった本は久しいので驚いています。

・「形而上学時間論
「時間」には我々が実経験する「時間」物理学的な「時間」形而上学的「時間」がある。

・「かなりの良書!
筆者の説明は(おそらく大学の講義で、学生からの質問に答える中で形作られたものと思われる)痒いところに手が届くものであり、筆の運びも軽やかで大変読みやすい。時間の哲学に関する本は数多く出ているが、そういったものを読む際の基礎的な考え方を身につけるための入門書として、本書は最適であると感じられる。筆者の時間に関する視点も、大変スリリングで面白い。

時間は実在するか (講談社現代新書) (詳細)
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