・アイザック・シンガー
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・アンドレ・ジッド
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・ヘンリク・シェンキェーヴィチ
・ミハイル・ショーロホフ
・ヤロスラフ・サイフェルト
・その他
ライ麦畑でつかまえて (白水Uブックス) (詳細)
J.D.サリンジャー(著), 野崎 孝(翻訳)
「韻を踏んだタイトルが全てを語る名作」「読んだ年齢で」「優れた現代の児童文学」「クリスマスが近づくと読みたくなります。」「「中二病かな」っと思ったらこの小説。」
キャッチャー・イン・ザ・ライ (詳細)
J.D.サリンジャー(著), 村上 春樹(翻訳)
「韻を踏んだタイトルが全てを語る名作」「読んだ年齢で」「優れた現代の児童文学」「クリスマスが近づくと読みたくなります。」「「中二病かな」っと思ったらこの小説。」
キャッチャー・イン・ザ・ライ (ペーパーバック・エディション) (詳細)
J.D. サリンジャー(著), J.D. Salinger(原著), 村上 春樹(翻訳)
「韻を踏んだタイトルが全てを語る名作」「読んだ年齢で」「優れた現代の児童文学」「クリスマスが近づくと読みたくなります。」「「中二病かな」っと思ったらこの小説。」
ライ麦畑でつかまえて―The catcher in the rye 【講談社英語文庫】 (Kodansha English library) (詳細)
J.D.サリンジャー(著), J.D. Salinger(著)
「Aphorism for young adults is hidden in this novel」「ホールデンに捧ぐ」「What the hellja do that for?」「掴めないもの。」「初心者でも読みやすい、と思う」
ナイン・ストーリーズ (新潮文庫) (詳細)
サリンジャー(著), 野崎 孝(翻訳)
「2010/1/29(Fri)」「繊細で技巧的な作品」「まさにアメリカ文学の良心を凝縮したような珠玉の短編集」「まるでガラス細工」「野崎孝という訳者」
星の王子さま (新潮文庫) (詳細)
サン=テグジュペリ(著), Antoine de Saint‐Exup´ery(原著), 河野 万里子(翻訳)
「いちばんたいせつなことは、目に見えない。」「心温まる作品です!」「大切なこと」「読むに易く、奥は深い。」「みずみずしい感性で」
人間の土地 (新潮文庫) (詳細)
サン=テグジュペリ(著), 堀口 大学(翻訳)
「死は生を際だたせる光だ」「空へのあこがれ」「人類の皆様へ」「「人間の土地」の意味」「時代を超えて勇気をくれる、サンテグジュペリの代表的名著」
フラニーとゾーイー (新潮文庫) (詳細)
サリンジャー(著), 野崎 孝(翻訳)
「爆笑問題の太田のお勧めなので読んでみたけど・・・」「世界を愛せる事に気付く前の絶望、或いは遅い思春期」「なんか爽快。」「どうでもいいけど、その「チキン・サンドイッチ」を早く食え!」「深い」
ハムレット (新潮文庫) (詳細)
シェイクスピア(著), 福田 恒存(翻訳)
「血塗られた一族の話」「福田氏の訳が神懸かり的に素晴らしい」「悲劇の王子」「原文を読みたくなりました!」「一振りの香水の香りが あたりを漂う」
星の王子さま―オリジナル版 (詳細)
サン=テグジュペリ(著), Antoine de Saint‐Exup´ery(原著), 内藤 濯(翻訳)
「Don Quijoteに着想を得た童話」「恋愛」「永遠の書」「人生を振り返る」「フランス語の勉強として最適」
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・「韻を踏んだタイトルが全てを語る名作」
この小説の時代1950年代はロボトミーや電気ショックが普通であった精神病院で幕開けします。精神を病んでいるとされた少年の独白です。あのスコットランド民謡を頭の中でがんがん回しながら、宮沢賢治が好んで描いた野原を子供たちが走り回る。そこは背丈を超えるライ麦畑です。実は読むまでは民謡の通りのストーリーかと思っていました。ところが読んでみると高校中退、精神病院入院、女性との正常な?関係を持てずじまいと言った友人たちに囲まれた私には、とても痛い内容でした。少し残念なことは主人公が所謂頭のいい子であることです。唯一コミュニケーションが成立した妹のストレートな行動が、主人公を救い、読者も救ってくれます。しかし、閉幕も精神病院です。正常と異常、病人と健常者。ドロップアウトしちゃったかなと思う人にお勧めです。塵労に疲れた彼の前には今でもやはりその時のように、薄暗い藪や坂のある路が、細細と一すじ断続している。…………
・「読んだ年齢で」
十代から五十代の現在まで、10年に一度くらい読み返してます。読む年齢によって、読後感がすごく変わります。昔は、ホールデンに全面的に共感したりもしたけど、今の年齢で読むと、これだけ感受性のかたまりのようだと生きるのはつらかろうなあ・・・と、ホールデンに対してなんだかせつない気持ちを覚える。そりゃ世の中イヤな奴と頭の悪いボンクラばっかだけど、でも人間ってさ、みんなが君みたいに優秀なわけじゃないんだよホールデン君。そういう感想になっちゃう。僕もオヤジになったってことか。作者サリンジャーが、これを書いたあと60年も生きたっていうのがなんだかすごい。
・「優れた現代の児童文学」
わたしは3人の子どもの母親です。我が子らは現在20代に成長しました。この本で、今さらながらに、子どもとはこんな風に物事を感じているのかと痛感させられました。二人の子どもの死、ひとりは仲良しだった弟のアーリー、もう一人は抵抗の死を遂げた同級生の男の子、これが、周囲の人々が考える以上に主人公コール少年の心に重く深く沈潜している。周囲の大人、友だち、ガールフレンドですら彼の気持ちを真正面からとらえて向き合おうとしない。とりわけ大人たちは「彼の為を思って」拳銃のように言葉を発するばかりで、彼の言葉をじっくり聴こうとはしない。そこから疎外感がもたらされ、彼はイライラ感を募らせ、一見破滅的行動に向かう。彼を変えたのは、ただひとり、妹のフィービーだけです。彼にしっかりと向き合った小さなフィービーの姿はけなげで偉大です。 わたしは子どもに児童本を読んであげながら、児童文学とは、子どものための読み物であると同時に、子どもの心を大人に気付かせてくれる読み物でもあると常々感じてきました。コール少年の悲しみや寂しさには胸がしめつけられます。そして妹のフィービーの行為に晴れ晴れとした希望を感じました。この意味で、本書は優れて「現代的的な」児童文学だと思います。わたしは何度も読み直して自らの感性を研ぎ澄ませたい。
・「クリスマスが近づくと読みたくなります。」
この本と「飛ぶ教室」は、クリスマスが近づくと読みたくなります。多くの方が感想を書かれていますが、好き嫌いはともかくとして、一度は読んでみることをお奨めします。大人になってから読んでも、若い時分に読んでみてもどちらでも構わないと思います。私は高校時代に読んでみたのですが、当時は何が面白いのかさっぱり分からなかったです。。裕福な家の神経症気味の少年が何かぐずぐず言っているだけなんじゃ?という感じでした。ホールデン君が、妹を見ながら急に幸せを感じ、雨に濡れながらずっとそこに立たずんでいたという場面は、大人になってから読むとはっとします。
・「「中二病かな」っと思ったらこの小説。」
中二病を描いた作品。中二病についてはネット上で調べてもらえればいいが、ようするに思春期特有の自意識過剰や他者への過剰なまでの批判癖、殊更偽悪ぶってみるものの結局行動せずに軟着陸したりする、そんな痛々しい心の病。本作においても主人公は寮を飛び出した後、さんざん友人の悪口を書き連ねた後にその友人に泣きついたり、最後は兄に似ずしっかりものの妹のところに転がりこんだりと、偽悪的である一方で必死に人とのつながりを探し、疎外感を埋めていこうとする中二病特有の行動を描写している。 もしかしたらこの小説を楽しめる人間は未成熟で幼い人間なのかも知れない。私も大学生にもなって重度の中二病患者なので今でもこの本を読むと胃がキリキリする。偽悪的な行動や攻撃的な言動、一方で必死に人にかまってもらいたがる習性などは読んでいる途中に思わず辺りを見回してしまうほどのインパクトを受けた。「中二病かな?」と思ったら是非この本を。(ちなみに最後の方で引用の形で出てくる「未成熟な人間の特徴は理想のために高貴な死を選ぶことである。一方で成熟した人間は理想のために卑小な生を選ぶ。」という言葉は今でも最高の名言の一つであると思っている。)
・「韻を踏んだタイトルが全てを語る名作」
この小説の時代1950年代はロボトミーや電気ショックが普通であった精神病院で幕開けします。精神を病んでいるとされた少年の独白です。あのスコットランド民謡を頭の中でがんがん回しながら、宮沢賢治が好んで描いた野原を子供たちが走り回る。そこは背丈を超えるライ麦畑です。実は読むまでは民謡の通りのストーリーかと思っていました。ところが読んでみると高校中退、精神病院入院、女性との正常な?関係を持てずじまいと言った友人たちに囲まれた私には、とても痛い内容でした。少し残念なことは主人公が所謂頭のいい子であることです。唯一コミュニケーションが成立した妹のストレートな行動が、主人公を救い、読者も救ってくれます。しかし、閉幕も精神病院です。正常と異常、病人と健常者。ドロップアウトしちゃったかなと思う人にお勧めです。塵労に疲れた彼の前には今でもやはりその時のように、薄暗い藪や坂のある路が、細細と一すじ断続している。…………
・「読んだ年齢で」
十代から五十代の現在まで、10年に一度くらい読み返してます。読む年齢によって、読後感がすごく変わります。昔は、ホールデンに全面的に共感したりもしたけど、今の年齢で読むと、これだけ感受性のかたまりのようだと生きるのはつらかろうなあ・・・と、ホールデンに対してなんだかせつない気持ちを覚える。そりゃ世の中イヤな奴と頭の悪いボンクラばっかだけど、でも人間ってさ、みんなが君みたいに優秀なわけじゃないんだよホールデン君。そういう感想になっちゃう。僕もオヤジになったってことか。作者サリンジャーが、これを書いたあと60年も生きたっていうのがなんだかすごい。
・「優れた現代の児童文学」
わたしは3人の子どもの母親です。我が子らは現在20代に成長しました。この本で、今さらながらに、子どもとはこんな風に物事を感じているのかと痛感させられました。二人の子どもの死、ひとりは仲良しだった弟のアーリー、もう一人は抵抗の死を遂げた同級生の男の子、これが、周囲の人々が考える以上に主人公コール少年の心に重く深く沈潜している。周囲の大人、友だち、ガールフレンドですら彼の気持ちを真正面からとらえて向き合おうとしない。とりわけ大人たちは「彼の為を思って」拳銃のように言葉を発するばかりで、彼の言葉をじっくり聴こうとはしない。そこから疎外感がもたらされ、彼はイライラ感を募らせ、一見破滅的行動に向かう。彼を変えたのは、ただひとり、妹のフィービーだけです。彼にしっかりと向き合った小さなフィービーの姿はけなげで偉大です。 わたしは子どもに児童本を読んであげながら、児童文学とは、子どものための読み物であると同時に、子どもの心を大人に気付かせてくれる読み物でもあると常々感じてきました。コール少年の悲しみや寂しさには胸がしめつけられます。そして妹のフィービーの行為に晴れ晴れとした希望を感じました。この意味で、本書は優れて「現代的的な」児童文学だと思います。わたしは何度も読み直して自らの感性を研ぎ澄ませたい。
・「クリスマスが近づくと読みたくなります。」
この本と「飛ぶ教室」は、クリスマスが近づくと読みたくなります。多くの方が感想を書かれていますが、好き嫌いはともかくとして、一度は読んでみることをお奨めします。大人になってから読んでも、若い時分に読んでみてもどちらでも構わないと思います。私は高校時代に読んでみたのですが、当時は何が面白いのかさっぱり分からなかったです。。裕福な家の神経症気味の少年が何かぐずぐず言っているだけなんじゃ?という感じでした。ホールデン君が、妹を見ながら急に幸せを感じ、雨に濡れながらずっとそこに立たずんでいたという場面は、大人になってから読むとはっとします。
・「「中二病かな」っと思ったらこの小説。」
中二病を描いた作品。中二病についてはネット上で調べてもらえればいいが、ようするに思春期特有の自意識過剰や他者への過剰なまでの批判癖、殊更偽悪ぶってみるものの結局行動せずに軟着陸したりする、そんな痛々しい心の病。本作においても主人公は寮を飛び出した後、さんざん友人の悪口を書き連ねた後にその友人に泣きついたり、最後は兄に似ずしっかりものの妹のところに転がりこんだりと、偽悪的である一方で必死に人とのつながりを探し、疎外感を埋めていこうとする中二病特有の行動を描写している。 もしかしたらこの小説を楽しめる人間は未成熟で幼い人間なのかも知れない。私も大学生にもなって重度の中二病患者なので今でもこの本を読むと胃がキリキリする。偽悪的な行動や攻撃的な言動、一方で必死に人にかまってもらいたがる習性などは読んでいる途中に思わず辺りを見回してしまうほどのインパクトを受けた。「中二病かな?」と思ったら是非この本を。(ちなみに最後の方で引用の形で出てくる「未成熟な人間の特徴は理想のために高貴な死を選ぶことである。一方で成熟した人間は理想のために卑小な生を選ぶ。」という言葉は今でも最高の名言の一つであると思っている。)
●キャッチャー・イン・ザ・ライ (ペーパーバック・エディション)
・「韻を踏んだタイトルが全てを語る名作」
この小説の時代1950年代はロボトミーや電気ショックが普通であった精神病院で幕開けします。精神を病んでいるとされた少年の独白です。あのスコットランド民謡を頭の中でがんがん回しながら、宮沢賢治が好んで描いた野原を子供たちが走り回る。そこは背丈を超えるライ麦畑です。実は読むまでは民謡の通りのストーリーかと思っていました。ところが読んでみると高校中退、精神病院入院、女性との正常な?関係を持てずじまいと言った友人たちに囲まれた私には、とても痛い内容でした。少し残念なことは主人公が所謂頭のいい子であることです。唯一コミュニケーションが成立した妹のストレートな行動が、主人公を救い、読者も救ってくれます。しかし、閉幕も精神病院です。正常と異常、病人と健常者。ドロップアウトしちゃったかなと思う人にお勧めです。塵労に疲れた彼の前には今でもやはりその時のように、薄暗い藪や坂のある路が、細細と一すじ断続している。…………
・「読んだ年齢で」
十代から五十代の現在まで、10年に一度くらい読み返してます。読む年齢によって、読後感がすごく変わります。昔は、ホールデンに全面的に共感したりもしたけど、今の年齢で読むと、これだけ感受性のかたまりのようだと生きるのはつらかろうなあ・・・と、ホールデンに対してなんだかせつない気持ちを覚える。そりゃ世の中イヤな奴と頭の悪いボンクラばっかだけど、でも人間ってさ、みんなが君みたいに優秀なわけじゃないんだよホールデン君。そういう感想になっちゃう。僕もオヤジになったってことか。作者サリンジャーが、これを書いたあと60年も生きたっていうのがなんだかすごい。
・「優れた現代の児童文学」
わたしは3人の子どもの母親です。我が子らは現在20代に成長しました。この本で、今さらながらに、子どもとはこんな風に物事を感じているのかと痛感させられました。二人の子どもの死、ひとりは仲良しだった弟のアーリー、もう一人は抵抗の死を遂げた同級生の男の子、これが、周囲の人々が考える以上に主人公コール少年の心に重く深く沈潜している。周囲の大人、友だち、ガールフレンドですら彼の気持ちを真正面からとらえて向き合おうとしない。とりわけ大人たちは「彼の為を思って」拳銃のように言葉を発するばかりで、彼の言葉をじっくり聴こうとはしない。そこから疎外感がもたらされ、彼はイライラ感を募らせ、一見破滅的行動に向かう。彼を変えたのは、ただひとり、妹のフィービーだけです。彼にしっかりと向き合った小さなフィービーの姿はけなげで偉大です。 わたしは子どもに児童本を読んであげながら、児童文学とは、子どものための読み物であると同時に、子どもの心を大人に気付かせてくれる読み物でもあると常々感じてきました。コール少年の悲しみや寂しさには胸がしめつけられます。そして妹のフィービーの行為に晴れ晴れとした希望を感じました。この意味で、本書は優れて「現代的的な」児童文学だと思います。わたしは何度も読み直して自らの感性を研ぎ澄ませたい。
・「クリスマスが近づくと読みたくなります。」
この本と「飛ぶ教室」は、クリスマスが近づくと読みたくなります。多くの方が感想を書かれていますが、好き嫌いはともかくとして、一度は読んでみることをお奨めします。大人になってから読んでも、若い時分に読んでみてもどちらでも構わないと思います。私は高校時代に読んでみたのですが、当時は何が面白いのかさっぱり分からなかったです。。裕福な家の神経症気味の少年が何かぐずぐず言っているだけなんじゃ?という感じでした。ホールデン君が、妹を見ながら急に幸せを感じ、雨に濡れながらずっとそこに立たずんでいたという場面は、大人になってから読むとはっとします。
・「「中二病かな」っと思ったらこの小説。」
中二病を描いた作品。中二病についてはネット上で調べてもらえればいいが、ようするに思春期特有の自意識過剰や他者への過剰なまでの批判癖、殊更偽悪ぶってみるものの結局行動せずに軟着陸したりする、そんな痛々しい心の病。本作においても主人公は寮を飛び出した後、さんざん友人の悪口を書き連ねた後にその友人に泣きついたり、最後は兄に似ずしっかりものの妹のところに転がりこんだりと、偽悪的である一方で必死に人とのつながりを探し、疎外感を埋めていこうとする中二病特有の行動を描写している。 もしかしたらこの小説を楽しめる人間は未成熟で幼い人間なのかも知れない。私も大学生にもなって重度の中二病患者なので今でもこの本を読むと胃がキリキリする。偽悪的な行動や攻撃的な言動、一方で必死に人にかまってもらいたがる習性などは読んでいる途中に思わず辺りを見回してしまうほどのインパクトを受けた。「中二病かな?」と思ったら是非この本を。(ちなみに最後の方で引用の形で出てくる「未成熟な人間の特徴は理想のために高貴な死を選ぶことである。一方で成熟した人間は理想のために卑小な生を選ぶ。」という言葉は今でも最高の名言の一つであると思っている。)
●ライ麦畑でつかまえて―The catcher in the rye 【講談社英語文庫】 (Kodansha English library)
・「Aphorism for young adults is hidden in this novel」
The main character is a spoiled college student who has no desire to improve himself and to be independent. His indulgence continues almost to the end of the story, which irritated me but at the same time made me feel that this was a skillful method for conveying the author’s message that was hidden in the last to those who were under the same circumstances because they could naturally see themselves in perspective. This novel was written long fifty-eight years ago by the author who is now ninety years old, but it still doesn't lose its freshness and the sentences are very easy to read. No doubt it keeps popularity even now.
・「ホールデンに捧ぐ」
日本語訳(野崎訳、村上訳)も読みましたが、ホールデンのやくざな言葉は英語で読めばこそな気がいたします。初心者でも非常に読みやすいですし、大人になっても、大人だからこそ、ホールデンに共感できる部分もあると思います。
・「What the hellja do that for?」
遠い昔、日本語訳を二回読みました。評判に違わぬ、繊細な思春期を描いたいい本ですね。日本語で読んだ頃の記憶は、“繊細な痛み”でした。そして今回、英語で通読して思うことは、痛みよりも、より暖かで、豊かな繊細さでした。sonuvabitch(son of a bitch)みたいな口語表現が満載で、英語らしいリズムが、まるで音楽のようです。タイトル The Catcher in The Rye の本当の意味が解ったのも嬉しいですね。英語的には易しめ(高校レベル)と言っていいでしょう。本書は活字の大きさも適当で、とても読みやすいです。お勧めします。楽しめます。
・「掴めないもの。」
どんな言葉で表現したとしても上手く捉える事が出来ない。そのぐらいこの小説にはすべてが詰まっている。とても「大人への反抗」だなんて一言では括れないのだ。一人の少年が高校を飛び出してからNYをさ迷い歩くそれだけの話なのだが、読むうちに様々な感情や思いが頭をもたげ、それがずっと離れない。人によっては、もしかしたら、一生この小説と向き合う事になるかもしれない。
主人公のホールデン・コールフィールドは持てる限りのウィットとアイロニーで、彼の生きる世界とそのインチキさを鋭く言い当てる。その言葉は時に痛快で、時に悲しい。だってホールデンには、本当に大事にしたいものや人は失われていくし、世界どころか自分の周囲、いや自分自身でさえどうにもならないことがわかるのだから。死にたいくらい打ちのめされても「飛び降りたら通行人が自分の死体を見ることになるから嫌だ」と理由づけたり、将来何になりたいかと言われても「ライ麦畑で遊んでる子どもを捕まえたい」と言いのけるホールデン。彼はただ単に「ティーンエイジャー特有の強がりや甘え」からこのような事を言ったり、矛盾した行動を取るのだろうか?その答えは、ぜひ小説を読んで、肌で感じ取って欲しい。彼が伸ばした手からすり抜けていった真実と共に。
・「初心者でも読みやすい、と思う」
文中には何度も同じ表現が出てきたりするので比較的読みやすいです。わからない表現があっても調べればすぐわかる範囲なので高校生ぐらいでも読めるものだと思います。また、内容もおもしろく、言葉遊びみたいなのもあるので英語の流暢な人も楽しんで読めるっぽいです
・「2010/1/29(Fri)」
今日、J.D.サリンジャーが死んだ。
「1月29日 5時58分 小説『ライ麦畑でつかまえて』で世界の読者を魅了したアメリカの小説家、J・D・サリンジャー氏がニューハンプシャー州の自宅で死去しました。91歳でした。サリンジャー氏は1919年、ニューヨークでユダヤ系の家庭に生まれ、学生時代から小説の執筆を始め、1951年に代表作『ライ麦畑でつかまえて』を発表。学校を退学させられた男子生徒が寮を飛び出して自分の家に戻るまでの日々を「君」に語るという独特のスタイルで口語体を用いて書かれた小説で、アメリカの若者層の熱狂的な支持を得ただけでなく、世界の読者を魅了し続けてきました。サリンジャー氏は、その後、短編集『ナイン・ストーリーズ』や『フラニーとゾーイー』などを発表しましたが、60年代後半以降は作品を一切発表せず、公の場に姿を現すこともほとんどなかったということです」(以上、NHKニュースからの引用)
僕が読んだ彼の最初の作品は『ナイン・ストーリーズ』の中の「バナナフィッシュにうってつけの日」だった。平成7年(1995年)の48刷が手元にある。忘れてしまったけど、たぶん京都に来てから河原町の丸善で買ったものだと思う。そして京都で最初に下宿していた時だったと思う。だからきっと僕がこの短編を読んだのは、2001年から2004年のいつかのはずだ。少なく見積もっても6年以上も前だ。つまり僕は20歳前後の時期にこの作品を読んだことになる。
この作品は雰囲気がよかった。イノセントだし不条理だし滑稽だし悲しさが静かにやさしく流れている。水着の女の子。砂山。海の下のバナナフィッシュ。電話。細長いたばこ。寝巻。魅力的な裕福な女。才能ある神経質な男。精神病院に通わせたがるお母さん。言い訳するさっきの魅力的で裕福な女。エレベーター。砂のついた足。言い訳。ガウン。ピストル。自殺。作品の雰囲気がありありと思い出せる。短い作品だから4,5回以上は読んだ気がする。短編らしい短編だった。サリンジャーらしい作品でもあった。 彼はなんにも言われたくなんかないかもしれない。だけど僕はすこし追悼したい。おもしろい話をありがとう。安らかに眠れるよう願います。
・「繊細で技巧的な作品」
本書の作品の幾つかは、人知れず思い悩む人々を描いている。合理的ではない人間の、切実だけど人には説明しがたい苦悩が描かれている。
本書の後書きによると、サリンジャーは、作品を作者から独立して評価してもらうために、自分に関する情報を出来るかぎり隠したという。 しかし、これだけ繊細で巧みな作品を生み出したのが、どのような人物なのか、思いを巡らす人も多いだろう。 評者も著者について想像してる事がある。サリンジャーと言えば「ライ麦畑で捕まえて」が有名であるが、評者はこのナインストーリーズの方がサリンジャーらしい作品だと思ってる。両者を比較すると「ライ麦」は不自然なくらいに分かりやすい。逆に本書はとても技巧的で読者を選ぶ作品だ。本書が著者がもてる才能や技術を余さず注ぎ込んだ作品なのに対し、「ライ麦」は、理由は分からぬが、自分の持つ技術に敢えて封をして書いた作品に思える。 おのれの技術を存分に注いだ作品の方がサリンジャーらしいのではと思う。
例えば、本書の最初の二つの作品では、話の幹になる部分を外して、周辺から描写しはじめる。そのためそれぞれの文章は糸の切れた数珠のようにまとまりがなく、最後に到るまで、何を描こうとしているのか分からない。特に二つ目の作品は主人公が誰なのかも最後まで分からない。 そして最後の数行が全体を貫く糸となり、これまでの文章に意味を吹き込む。 とても技巧的な作品だと思う。
途中の文章は、一見とりとめが無い内容だが、想像力を喚起させるもので、その影に、暗示された何かを意識せざるをえない。何も意識しない人には最後まで読み進むことは苦痛であろうし、読んでも何も分からないかも知れない。
情け容赦のない合理性を持つ読者を排除して、感受性豊かな登場人物の繊細な思いを、分かる人にだけ伝える。本書はそんな読者を選ぶ作品だと思う。
・「まさにアメリカ文学の良心を凝縮したような珠玉の短編集」
「ライ麦畑でつかまえて」で日本でも有名なJ.D.サリンジャーの自選短編集。「ライ麦...」は私が高校生の頃、若者のバイブルとして読まれたものだが、本作も同じ香りが漂って来る。ベトナム戦争のドロ沼化による厭戦(世)気分、それに伴い夢・希望を見失った若者の苦悩と喪失感、ベトナム帰りの青年の精神的瓦解。これらの背景を知らないと、各編の意図が分かり難いと思う。冒頭の「バナナフィッシュにうってつけの日」における青年の行動がまさに典型である。
各編を貫くのは、戦争・暴力の否定であり、当時の社会の中で生きる若者や世の中に馴染めない人達への応援歌である。ただし、素直なストーリーは少なく、読者を突き放した書き方をしているので、チョット取っ付きにくいかもしれない。(武闘派の)ヘミングウェイを揶揄した箇所が多いのは、個人的な悪感情か ? その中で「笑う男」は荒唐無稽な創話が現実に影を落とすストーリー・テリングの巧みさが光る。次編「小舟のほとりで」と共に、作者が子供に暖かい眼差しを注いでいる事が窺える。「エズミに捧ぐ」は冒頭の結婚式への招待状から、それに繋がる過去のある一日の甘酸っぱい回想、そして主題に移る構成が作者の意匠を明言しているかのよう。「愛らしき口もと目は緑」は電話での会話だけで構成した皮肉な内容の作品だが、電話相手が元軍人である事を明示している点に注意したい。「ド・ド−ミエ=スミスの青の時代」は「ライ麦...」を想起させる伸びやかな筆致の作品。「テディ」は天才少年を通じて東洋的輪廻思想を語った不思議な作品。
まさにアメリカ文学の良心を凝縮したような珠玉の短編集。
・「まるでガラス細工」
著者の作品は、微妙なバランスの上で、かろうじて平衡が保たれている、ガラス細工の様なものだと感じる。会話部分は、繰り返しが多く、くどい印象もあるが、これが、文章にリズムを吹き込んでいる。
また、精神に問題のある人物が、しばしば登場する。そのため、解釈困難な内容が、かなり盛り込まれている。
それでも、作品としての平衡を保っている、という、不思議な魅力がある。しかも、ある意味、刺激的でもある。
この翻訳も巧みであるが、おそらく、原文で読むと、もっと魅力を実感出来るのでは?と思う。幸い、講談社英語文庫から、安価な原書版も出版されているので、こちらの方にも、興味がわいてきた。
本書は、暇潰しのために読むには、少々不向きだ。じっくりと、味わうべき作品群だ。
・「野崎孝という訳者」
perfect day for bananafishを『バナナフィッシュにうってつけの日』と訳してしまう野崎さんの能力に感嘆しきりですが、過去には『バナナ魚日和』なんていう、まるで小津安二郎の映画のタイトルかと思わせる名訳もあったのには、ますます驚きです。
・「いちばんたいせつなことは、目に見えない。」
いつの間にか近づいているのだろうか。 数字にしか興味のなく、 数字でしか想像できないおとなに。 「いちばんたいせつなことは、目に見えない」のに、 見よう見ようといつの間にか肩に力が入っています。
・「心温まる作品です!」
刊行後60年以上経った今でも世界中の人々から愛されている作品です。とても読み易く、本当に大切なものは何かを考えさせられる本なので、ぜひ、一度は読まれてみて下さい。おすすめです!!
・「大切なこと」
本屋でふと目にとまった「星の王子様」。昔、ホントに小さい頃、絵本で読んだ記憶があります。空から砂漠に王子様が降りてきて・・・、なんかちょっと悲しい話だったような・・・。とイマイチ思い出せなかったこともあり、購入。
・「読むに易く、奥は深い。」
読み易い訳が素敵。28歳にして初めて読んだのだが、最初の感想は、子供が読んで理解できるのであろうかという点。「目に見えない、けれど大切なこと」は、何となく解っていてもおいそれと口にできるほど確かではない哲学だと思う。自分の好きな人達の中に未だ読んだことのない人が居たら、薦めて行きたい。そんな1冊。
・「みずみずしい感性で」
恥ずかしながら、この作品を今まで読んだことがありませんでした。タイトルも作者も知っているけれどどんなお話なのかすら知らなかったのです。この作品はみずみずしい感性を持っているうちに読んでおいた方がいいと思います。そうすれば、どんなに大人になっても寄り添っていける作品なんだろうなーって。私は読むのが遅すぎたな。そのせいか、あまり印象に残らないんです。そんな自分の感性がとても残念です。
・「死は生を際だたせる光だ」
「彼は地図をひろげ、匪賊の侵攻を、さながら美しい王女様の伝説でも語るように、示された」 死は生を際だたせる光だ。自ら進んで死と共に生きることがゆるされた時代のおとぎ話。
・「空へのあこがれ」
ああ、なんておもしろいのだろう。胸がときめく。高鳴る。翻訳した堀口大学の、わざと引っかかりを作ったような日本語も、読者の冒険への憧れをつのらせる。雲海の上、静寂を突っ切って飛ぶ心持ちや、遠い空港からの通信。危険な旅に命を落としてゆく僚友たち。「冒険」という言葉が人の心に呼び起こす高揚や儚さ、果てのない広がりが、この1冊にすべて収まっている。表紙をかざる宮崎駿のイラストもいい。わたしが男の子で、15歳のときこの本に出会っていたら、飛行機乗りをめざすか、叶わないなら飛行機乗りの登場する冒険活劇を作りたいと思ったにちがいない。
・「人類の皆様へ」
10年前に読んだら意味がよくわからなかったけど、今なら十分理解できます。聖書が「book of books」といわれることも納得ですね。
・「「人間の土地」の意味」
内容については他のレビュアーの方が書かれている通り、素晴らしいものです。一度で終わらず、事ある度に読み返したりしています。この本は基本的にはサン=テグジュペリの自伝です。なのに、タイトルは「人間の土地」。それに、内容は、飛行家としての体験、行く先々で出会った人間や同僚の話ばかり。なぜ、このタイトルなのか?それを悟ったとき、なにか新しい目を持ったような気がしました。是非読むことをお勧めします。
・「時代を超えて勇気をくれる、サンテグジュペリの代表的名著」
「経験は僕らに教えてくれる、愛するということは、お互いに顔を見あうことではなくて、一緒に同じ方向を見ることだと」。
フランス文学の代表的な名著のひとつ。最初に私が本書を読んだのはもう20年以上前のことだ。しかし、本物は時代を経ても色あせない。飛んで、戦って、愛して、生きたサンテグジュペリの魂が、本書を開くたびにまた新しい勇気をくれる。「救いは一歩踏み出すことだ。さてもう一歩。そしてこの同じ一歩を繰り返すのだ」。そして、ああ、そうだった、まだ何かできることはあるかな、と思う。
気の利いた言葉をくれる書物は巷に溢れている。しかし、「ぼくは、死を軽んじることを大したことだとは思わない」などと断言する知識人が現代に何人いるだろう。本書と、ヤワな自己啓発本や机上理論だけの哲学書の違いは、実はかなりはっきりしている。
「人間と、そのさまざまな欲求を理解するためには、人間を、そのもつ本質的なものによって知るためには、諸君の本然の明らかな相違を、お互いに対立させあってはいけない」。サンテグジュペリの著作は若いころにいろいろ読んだが、一冊となるとやはりこの本に行き着く。訳は確かにもう古いかもしれない。ただ、だからといって本書の価値が失われているわけではない。
・「爆笑問題の太田のお勧めなので読んでみたけど・・・」
爆笑問題の太田さんが強烈にお勧めしていたので読んでみたけど、実際の内容と彼の解釈とは違うような。(苦笑一言でいえばこの本は、キリスト教の説法本ですね。w
・「世界を愛せる事に気付く前の絶望、或いは遅い思春期」
「サトリ」という妖怪がいる。人の心の内を読んで、逐一口に出してくれるお節介な妖怪。グラース家の子供たちは、人類にとってのサトリなのだ。
嘘や見栄や自慢や自己弁護を、見破られたいと思う人は少ない。しかしそれを見破る方にしたら、見たくもないものを見せられて、その真実を顕わにしているだけなのだ。―何故尊敬されたがるのか―何故在るが儘の自分に満足しないのか―何故満足するまで努力をせず嘘で飾るのか―これが、フラニーの嫌悪の根底だと思う。そしてそれを嫌悪する狭量な自分を恥じている。
若い頃、正に泣きながら読んだ記憶がある。あの時、私はフラニーだった。
嘘、見栄、自慢、自己弁護…どれも他者が在るからこそ人間が必要とするもの。他者によらず、宗教によらずに生きる事は可能だろうか?自分なりの価値観や良識を持ち、その上で他者を否定せずに生きる道は。
この世には美しいものも醜いものもあって、それで世界が構成されている。しかし、美しいとか醜いとか感じるのも単に個人の感受性の判断であって、ああ、この厄介な「感受性」とかいうものを、己から剥ぎ取って捨ててしまえたら!こんなにも激しい感情の起伏に悩まされずに、平安を享受できるかもしれないのに。若かった私はそう思っていた。今考えると微笑ましいものだ。あの頃は切実だったが。
フラニーとゾーイーの違いは、年齢によるものだけではないのではないか。女性であるが故に、フラニーはゾーイーより重い十字架を背負っているように思う。男性より賢くてはいけない、男性より愛情深くなくてはならない。ボーイフレンドとの会話でも、そんな重圧を感じる。私が女だからかも知れないが。
神とは何か―崇拝とは何か。同化することである。それは自分を客観的に見る事と似ている。神を崇め奉っても、それに近付く努力がなくては、それは単なる自己満足の儀式である。神は自分であり、世界は自分である。一は全、全は一。この体の中のこの脳で考えているから、自分が特別なような気がするのであって、実は世界に特別なものなどない。というか、全てのものが等しく特別なのだ。この世は神で満ちていると言ってもいい。
ゾーイーはフラニーに世界の愛し方を教える。自分の赦し方を教える。嘘や見栄や自慢や自己弁護を、「可愛い」と思えるものの見方。人間の醜さを愛すべきものとする、ほんの少しのきっかけを、天啓のように。
ふたりが幼い時に、シーモアとバディが「知識」より先に「知恵」を与えたのは、愛情からだ。若しくは自分がそう在りたかった理想から。まあ僅かな実験的意欲も感じるが。
親への反抗期がなければ親離れはできないという。本当の親離れとは対等の目線から親を愛するという事なのだ。これはフラニーの世界への反抗期の物語であり、一度は離れた世界を再び愛するまでの物語である。
・「なんか爽快。」
不思議な読後感。なんか爽快。長い思春期から目覚めたような気持ちです。
・「どうでもいいけど、その「チキン・サンドイッチ」を早く食え!」
大昔に4回読んで、それでもやっぱり意味が分からなかった『狭き門』のアリサのことを思い出した。っていうか、宗教について考えはじめる女の子は具合が悪くなるくらい、いったい何に悩んでいるのか。それが理解できないというか共感できないというか。どうでもいいけど、その「チキン・サンドイッチ」早く食えよ。って云いたくなる。そんな小説。
ほとんどの部分を会話が占め、ページ数も少ないけれど、思ったほど簡単な本ではない。フォントが小さく改行も少なくて読みにくいし、内容がまたクセのある饒舌な科白で構成されている。すごく読んでるのにちっとも時間が進んでないような錯覚を覚える。グラース夫人はいつまでたっても息子のバスルームを出ていかないし、ゾーイーはいつまでたっても妹のいる居間を出ていかない。
神をどう理解したものか、ということをそこそこ真剣に考えてきた人であればそれなりに感動、というか共感するところのある小説であると思う。
・「深い」
会話劇ですが、とにかく深い内容だと思います。読み終えた後の充実感は素晴らしいです。自分が思い悩んでいたことが作者によって華麗に表現されていたことに感動しました。ただ、宗教哲学が絡んだ話なので「イエス」の解釈が若干、難しいと思いました。
・「血塗られた一族の話」
亡きデンマークの国王の息子ハムレットは、父を失った悲しみと父の死後に即居した彼の弟の現デンマーク王とそんな彼の后となった母への憎しみにくれていたある夜、野で亡霊となった父と再会する。憎しみに満ちた表情をする父によって彼の死に胸のざわつきを覚えた彼だが、再びあった亡霊からある重大な事実を知らされることとなる。父の死と叔父の即位の裏には、凶悪な陰謀が仕組まれていたのだった…。
シェイクスピアの四大悲劇のひとつにして、彼の代名詞ともいえる『ハムレット』は、エディプス的要素も取り入れられた、凄惨な復讐譚だ。しかしそんなストーリーの中でも、ひときわ異彩を放っているのは、主人公ハムレットのその真意の見えぬ多面的なキャラクターだ。時に義父や后をあきれされる道化を演じたかと思えば、そんな義父によって仕向けられた自分を処刑させる名目の使いならば、たとえ級友であったとしも逆に陥れ断頭台に送り込むほどの狡猾さと冷徹さをあわせもつ。
彼の真意はいったいなんなのか。彼に感情移入してことの顛末にはらはらしている読者や観客にすればやきもきするところだが、それは明かされぬまま、劇は終幕を迎える。おそらくことの真相は解題で福田常在が言うとおり、「既にハムレットという一個の人物が存在していて、それが自己の内心を語るのではない。まず最初にハムレットは無である。彼の自己は、自己の内心は、全く無」なのだろう。彼の復讐をはたさんがためにする演技こそがハムレットであって、彼の一挙手一投足の推察すること自体が、彼の思うつぼなのかもしれない。
なおこの新潮文庫の八十八刷現在には、福田による「シェイクスピア演劇の演出」というアドバイスのような小論と、彼の年譜の採録されていてありがたい。
・「福田氏の訳が神懸かり的に素晴らしい」
私は岩波文庫版の『ハムレット』を以前読んだことがあったが、福田氏訳の本書を読んでいる間、その事実を完全に忘れていた。それくらい、福田氏の訳は素晴らしく、氏自身が巻末の解説で書いているとおり、翻訳自身が創作となっている。シェークスピアは劇上演のために本作を書いたのだから、翻訳も劇上演という観点から為されるべきだとの氏の見解に私は全くの同意である。劇の台本らしく、言葉が躍動的であり、実に読みやすい。また、この作品自体の素晴らしさについては今更言うまでもないだろう。従って、問題は誰の訳で読むかだが、これはもう福田訳で決まりだろう。氏による解説も必読であろう。
・「悲劇の王子」
マクベス、ハムレット、リア王、オセローの4大悲劇と言われる作品のひとつ。父王が叔父に毒殺され、母親までも叔父に寝とられてしまっている、その事実を幽霊となった父王から知らされる。物語の序盤からして悲劇である。
悲劇の主人公としてハムレットは復讐に燃えるかといえば、意外とうじうじとしている。父王の幽霊は悪魔のこしらえたものかも知れない、と。なかなか行動に移さない。そうこうしているうちに、叔父には先手を打たれるし、オフィーリアは残念なことになるし、ハムレットの気弱な性格が悲劇に拍車をかけている。
「生きるべきか死ぬべきか、悩むべきか悩まないべきか、行動するべきか行動しないべきか・・・」物語の流れがすべて、ハムレットの苦悩とリンクして進んでいく。全体を通して沈鬱な雰囲気が漂っているのは、ハムレットが深刻に悩みこむ悲劇的な性格の王子だったことである。個人的には、ハムレットはうじうじし過ぎに感じた。劇として、成功するかしないかは、ハムレットの性格がどれだけ説得力をもって観客に伝わり同情を得ることができるかというところに尽きるような気がする。
・「原文を読みたくなりました!」
シェイクスピアは「マクベス」を先に読んでいたのですが、他の作品も読みたくなりました!
約がどうとか、演出がどうとか、そういうことはわかりませんが、「復讐」の是非を考えさせられました。本書では、死んだ人が復讐を「望んでいる」という前提で事が進みますが、実際は死んだ人の気持ちははわからない。それに前王も、この結末は望んでいなかったはず。はたして自分なら…。
最後に原文を読みたくなった理由ですが、本書の「シェイクスピア劇の演出」に、約文は原文の「美の90%は死んでおります」とあったからです。次に読むときは原文にチャレンジします
・「一振りの香水の香りが あたりを漂う」
高校時代の一夏に演劇をやった事がある。文化祭の一環に演劇コンクールというものがあり それの練習で夏休みを費やしたわけだ。僕の行っていた高校はかような行事が大変盛んで 授業より行事で存在感のある人が尊敬されていた。 そんな夏に 演劇コンクールのために 新潮文庫でまとめてシェイクスピアを読んだ。何か役に立つと 15歳の僕が考えたのだろう。
今考えると 15歳にシェイクスピアはちょっと荷が重かったと思う。口ではシェイクスピアが描き出した「人間の苦悩」というような話をしていたが 所詮たいした苦悩などしてきていない高校生の生意気だけであった。それはそれで青春時代のエピソードとして 今でも僕のどこかに残っている。
シェイクスピアというと まずは本作ということになると思う。ハムレットは読んだことがなくてもハムレットという名前は皆が知っている。「ハムレットの心境」とは今でも良く使われるではないか。「To be , or Not to be. That is the question」という言葉は 映画「荒野の決闘」でドクホリディが朗読した場面での有名だ。
そうして それがシェイクスピアの凄みである。シェイクスピアの一つのセリフが出てきた瞬間に その映画、その舞台、その場面が がらりと雰囲気が変る様は良く見られる。俗な言い方をすると一瞬にして香気がただようとでも表現すれば良いかと思う。その雰囲気は 一振りの香水にも似ている。
「To be , or Not to be. That is the question」。そう それは誰にとっても 何時になっても問題なのだ。
・「Don Quijoteに着想を得た童話」
最近、Don Quijoteを読んでいて『星の王子様』がスペインのDon Quijoteのパロディのような気がしてきた。帽子の中のゾウなどは、風車を巨人と見なすDon Quijoteの狂気の二番煎じかパロディに思えてくる。
研究者の論文は読んでいない。だから、私の解釈が正しいのか誤っているのかは知らない。
欧米では、聖書の次に読まれている大ロングセラーで、世界最高峰の文学とされるDon Quijoteだから、他の文学作品に影響を与えていても不思議ではないだろう。
・「恋愛」
王子様ときつねとのやりとりが好きです。 人を思う気持ち。大切なものに気づかせてくれました。 王子さまのちいさな星にある火山やバオバブの木にはみんなエピソードがあって、本を読む前はつまらなそうな星だなと思ってましたが、それは、私が王子様を知らないだけだったと思いました。人は、見かけや自分の思い込みで物を判断する前に、それはどうしてなのかな?と考える、想像することが人生を豊かにしていくのだと、この本に教わった気がします。
・「永遠の書」
こんな本を「児童書」扱いして欲しくない。大人こそ読むべき本だからだ。そして打ちのめされて欲しい。大人の、大人による、大人のための本である。涙して嗚咽して、最後まで読んでくれ。何回も読んでくれ。あなたはこれを読んでいる間、あなたは王子さまのように、孤独を思い出して欲しい。無垢で、シャイだったころ、うざいのが学校のテストだけだったころのこと。こんな本を「児童書」扱いする「大人」こそ許せない。偽善の手法、偽善の何たるかを知ってしまった我々は、我々こそ、これを読む資格がある。あなたが死の床に就くまで心に残る…いやあの世でもうなされてしまうだろう。絶対に文庫版を買うな。ハードカバー版を買ってくれ。そしてこれを永遠に読み続けてくれ。そしておまえの心を鎖からほどいてやれ。王子さまはページ上では死んでしまう。でも王子さまは今でも、2009年でも、20009でも生きているのだ。
・「人生を振り返る」
子供のおやすみ前の一冊として、昔読んだこの本を選んだのですが…私が勉強になりました。
物質的には満たされすぎていながら心に病んでいる現代。短い本でありながら、いろんな角度から人生について考えさせられる…そんな本です。 また、夜寝る前に読むんだのも個人的には大正解でした!一日を振り返る非常に良いきっかけを与えてくれる本です!
あえていう必要は無いでしょうが、どんな方でも読んでみて損はない本だと思います。
・「フランス語の勉強として最適」
"Les hommes n'ont plus le temps de rien connaitre. Ils achetent des choses toutes faites chez les marchands. Comme in n'existe point de marchands d'amis, les hommes n'ont plus d'amis."
Je pense que c'est vrai.
Le petit prince a ete souvent regarde comme un livre pour les enfants. Pourtant, en effet, ce livre a ete dedie aux grandes perssones, y comprise les grandes et philosophiques questions de la vie.
A le lire!!
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