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グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー) (詳細)
スコット フィッツジェラルド(著), Francis Scott Fitzgerald(原著), 村上 春樹(翻訳), 村上春樹(著)

「村上春樹ファンなら必読の一冊」「Old Sport、という奇異な響きが頭から離れない。」「読むほどに、人生を深く愛おしく感じる小説」「野崎 孝 訳を推薦します。」「よかった」


老人と海 (新潮文庫)老人と海 (新潮文庫) (詳細)
ヘミングウェイ(著), 福田 恒存(翻訳)

「新訳が待たれる」「命尽きるまで、ただ愚直に生きる」「講談社英語文庫版の方がオススメ」「福田恆存の解説が出色だと思います」「「誰が為に鐘が鳴る」を読んで」


精神分析入門 (上巻) (新潮文庫)精神分析入門 (上巻) (新潮文庫) (詳細)
フロイト(著), 高橋 義孝(翻訳), 下坂 幸三(翻訳)

「現代人の教養書」「<夢>に興味のある人におすすめ」「お薦め」「読みにくいが最高の参考書」「フロイトの意気込み」


モーセと一神教 (ちくま学芸文庫)モーセと一神教 (ちくま学芸文庫) (詳細)
ジークムント フロイト(著), Sigmund Freud(原著), 渡辺 哲夫(翻訳)

「フロイトの本の中ではかなり面白い本」「読み応えがあった」「心的外傷モデルによる「抑圧されたものの回帰」」「歴史書ではなく臨床の本として」「フロイドの警告」


精神分析入門 下    新潮文庫 フ 7-4精神分析入門 下  新潮文庫 フ 7-4 (詳細)
フロイト(著), 高橋 義孝(翻訳), 下坂 幸三(翻訳)

「臨床に即して」「ただの入門書と思っては大間違い」「エロスは地球を救う」「講義の中心部」


火星年代記 (ハヤカワ文庫 NV 114)火星年代記 (ハヤカワ文庫 NV 114) (詳細)
レイ・ブラッドベリ(著), 小笠原 豊樹(翻訳)

「星新一の源流を見る」「ただ美しい、一つの作品」「人間の宿命を叙情的に描きあげた傑作SF」「示唆に富んだ作品」「心に染みる警世の書。」


車輪の下 (集英社文庫)車輪の下 (集英社文庫) (詳細)
ヘルマン ヘッセ(著), Hermann Hesse(原著), 井上 正蔵(翻訳)

「100年前のドイツの「お受験」」「現代にも通ずる問題を晒した良書」「ヘッセの半私小説(前期の代表作)」「貧乏人は一生貧乏人なのかな」「批判小説」


夢判断 上   新潮文庫 フ 7-1夢判断 上 新潮文庫 フ 7-1 (詳細)
フロイト(著), Sigmund Freud(原著), 高橋 義孝(翻訳)

「100年以上前にこのような議論がされていたとは驚きです。」「本を読まなくなったネット時代でも必読の古典」「個々に対応していない」「フロイトを学ぶなら是非」「この書物こそフロイト入門」


黒猫・アッシャー家の崩壊―ポー短編集〈1〉ゴシック編 (新潮文庫)黒猫・アッシャー家の崩壊―ポー短編集〈1〉ゴシック編 (新潮文庫) (詳細)
エドガー・アラン ポー(著), Edgar Allan Poe(原著), 巽 孝之(翻訳)

「独特な不気味さ」「真のゴシック・ホラー」「美しい文章でつづられた、不気味で緊迫感のある作品群」「とうとう読めた」


町でいちばんの美女 (新潮文庫)町でいちばんの美女 (新潮文庫) (詳細)
チャールズ ブコウスキー(著), Charles Bukowski(原著), 青野 聡(翻訳)

「吹き溜まりの居心地の良さ」「不器用な主人公達を自分と照らし合わせる本」「頽廃的を装っているが…」「a book that you can fly through」「某本屋でイチオシだったんです。」


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▼クチコミ情報

グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)

・「村上春樹ファンなら必読の一冊
派手で空虚なパーティに明け暮れる、自堕落で破滅的な登場人物達は、時代背景を抜きにしても、現代の日本人の価値観からは共感しづらいかも知れない。

それでも、ギャツビーの純粋さと孤独には、彼のために物語を書くだけの強い説得力を感じた。「ノルウェイの森」の主人公が、どうしても直子の物語を書き留めなくてはならないと感じたように。

最後の数ページの描写は、限りなく美しい詩のようだ。情景が目に浮かぶような海岸の夜の風景に、主人公が馳せるギャツビーへの想いが静かに深く重なっていく。その奇跡のようなバランスは、まさに芸術と呼ぶにふさわしい。

翻訳の文体だけでなく、全編を通じて流れる喪失感からも、村上作品に通じるものを感じる。「この作品に巡り合わなかったら、小説を書いていなかったかも知れない。」というほど村上春樹氏が絶賛する本であり、評価は相半ばするとしても、村上春樹ファンなら一度は読んでみる価値のある作品だと思う。

・「Old Sport、という奇異な響きが頭から離れない。
かの村上春樹氏が人生の中で出会ったもっとも重要な書物を3つあげろと言われたら、カラマーゾフの兄弟ロング・グッバイグレート・ギャツビーの3つをあげる。しかし、一つだけ、といわれたら間違いなくグレート・ギャツビーを選ぶ、とおっしゃるほどの作品。早速、村上版グレート・ギャツビーを読んでみました。 あっという間に引き込まれて1日で読んでしまいました。

舞台は1920年代のアメリカ、謎を秘めた成り上がりのリッチな若者、ギャツビーのミステリアスな半生をその友人の目を通して語るもので、全篇に切ない純愛と少しのミステリが織り交ぜられ、物語が非常に美しい文体で語られています。村上氏は、残念ながら日本語ではこの作品のすごさは理解し得ない、しかし、現時点で最高の訳を作りたくて新訳を出されたと言います。確かに、修辞、語順など相当工夫して訳しておられます。ギャツビーが英国でみにつけたと思しきOld Sportという親しい友人を呼びかける言葉、アメリカ的にいえばBuddyとかMy friendのような意味だと思いますが、これが相当頻繁に出てくるため、熟慮の結果『オールド・スポート』とそのまま訳すことにしたとのことです。最初、相当奇異な感じでしたが、同じ英語でもアメリカ人には奇異な表現であることを考えれば、決して妥協の産物ではないと思いました。しかも、途中で慣れてきて違和感を感じなくなりました。日本語では理解しきれないのかもしれないが、珠玉の文章の美しさには魅せられました。

・「読むほどに、人生を深く愛おしく感じる小説
 15年前10代の時に初めて読んだグレートギャッツビーは、訳の違いもあってか始めの10ページで挫折した。その苦い感覚もあり、各所でグレートギャッツビーが絶賛されるのを横目で見ながら手に取れずにいた。

 30を過ぎて、ふと手に取った。1回目は、他の小説と同じように最後まで読み通したという程度のものだった。しかし、気がつけばふと手に取り、偶然開いたページに暫く読みふける。あらすじは当然知っているので、その後のまたはそれ以前に起こった登場人物達の出来事を思い、胸が苦しくなりページを閉じる。数日後、その数日後何度も同じことを繰り返していた。

 そのうち、「これはなんなんだろう」と思いはじめた。グレートギャッツビーで語られること、もしくはそれぞれの頁で起こる出来事、語られる言葉、行動にストーリーやプロットという一言では言い表せない大きなうねりのようなものを感じるようになった。

 電車の中で、フローリングの床で、グレートギャッツビーを胸に抱き目を閉じる。 自分は何者でもないが、それでいいのだという大きな安堵に包まれる。

・「野崎 孝 訳を推薦します。
この作品が、米文学の最高峰の一つであることは間違えないが、この訳は個人的にがっかりした。(あくまでも好みの問題として)この小説の、最後の2行を比較すれば、この差は歴然としているが、それをここに書くべきではない。タイトルの後の引用部分(”ふたたびゼルダへ”の前)で比較してみる

野崎訳「さあ、金色帽子を被るんだ それであの娘がなびくなら あの娘のために跳んでみろ 見事に高く跳べるなら きっとあの娘は叫ぶだろう”金の帽子すてき 高跳びもいかすわ 恋人よ あんたはあたしのもの”」

村上訳「もしそれが彼女を喜ばせるのであれば、黄金の帽子を被るがいい。 もし高く跳べるのであれば、彼女のために跳べばいい”愛しい人、黄金の帽子をかぶった、高く跳ぶ人、 あなたを私のものにしなくては!” と彼女が叫んでくれるまで。」

ちなみに、私は「マイ・ロスト・シティ-」他の村上訳を読んでいますので村上春樹の訳者としての業績を否定するつもりは毛頭ないことを付け加えておきます。

・「よかった
今回、2回目で村上版を読んで、やっとこの小説の良さが分かりました。1度目は新潮文庫版を読んだのですが、どうもピンと来ないというか、何を言わんとしているのかが、理解出来ませんでした。村上春樹が絶賛していたので、読んでみたのですが、これがそんなに凄い小説なのか?自分は読解力が無いのか?心配になりました。しかし、訳が合わなかったんだと思いました。元々、村上春樹の長編が好きな方なので、春樹訳のニュアンスなんかも消化しやすかったと思います。一度読んでいるので、話のながれをわかっていた事もあるのかなぁと思いますが、訳し方で違う印象になるんですね。無駄の無い、推敲を重ねた文章だと思いました(エラソウニ)。外国語を知らないものは、原語で読めないので、いろんな訳で読むのも楽しいですね。

グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー) (詳細)

老人と海 (新潮文庫)

・「新訳が待たれる
それほどの長編というわけではないが、何十ページものあいだ、ほとんど一人の男の想いの中で壮大なストーリーが動かされていく。巨大な波に身をとられるように読み手はそれに巻き込まれる。なかなかできない体験です。難を言えば、魚ヘンの漢字が頻出して、鮪とか鰯とかもっと、じつは半分以上読めなかったのでそこはカン違いして読んでたかもしれません。総ルビで、できれば現代語に訳し直した新バージョンを望む。

・「命尽きるまで、ただ愚直に生きる
 勝利は儚い。一瞬で手をすり抜ける。しかし最善を尽くしたという誇りは、永遠に人間を支える。 未来は儚い。一瞬で過去になる。それでも人間は、未来に希望を抱き続ける。 なるほど生きることは罪深いことかも知れない。勝利は誰かの敗北なのだ。誇りは誰かの屈辱なのだ。お互いに決して共有できない痛みがあるのだ。だが寄り添うことはできる。老人が魚に、海に、少年に寄り添ったように。少年が老人に寄り添ったように。

 ヘミングウェイの死に、軽々しく言葉は吐けない。その痛みに寄り添えるほど、私は長く、深く生きていない。ただ、文中の老人の言葉に、ヘミングウェイの本質を、理想を見る。 「けれど、人間は負けるように造られてはいないんだ」 「そりゃ、人間は殺されるかもしれない、けれど負けはしないんだぞ」

 苦境にある人にこそ、受け止めてほしい言葉だ。

・「講談社英語文庫版の方がオススメ
こちらのOld Man And The Seaを買うのなら、講談社英語文庫版の方が小さくて持ち運びやすく、価格的にもオススメです。どうしてもペーパーバックサイズが欲しいのなら、こちらでも良いと思います。

・「福田恆存の解説が出色だと思います
名著は名著ですが、内容はいまひとつ薄い感じがします。

それがなぜなのかを補うように解きほぐしてくれるのが、巻末の福田先生の解説です。日本人の読者にとっては、この解説をまず読むために本書はあるだろうと僕は思っています。

ライオンの夢で幕を閉じる本編のストーリーは僕も好きです。けれど屈折や沈殿が足りないですよね。

と、感じてしまうのはなぜなのだろうか、という、我ながらいまひとつ腑に落ちない、食い足りない気持ちを満たしてくれたのが福田先生の解説です。ここだけでも繰り返し読んでいます。

・「「誰が為に鐘が鳴る」を読んで
「誰が為に鐘が鳴る」を読んでから、老人と海を読みました。海と老人の格闘という視点で、深みのある作品だと思われます。

原書も一度は読んでみたいと思いました。

老人と海 (新潮文庫) (詳細)

精神分析入門 (上巻) (新潮文庫)

・「現代人の教養書
この本は「オカルト本」ではない。この本は「最新科学の専門書」ではない。

この本は「自己」を「階層的・論理的」に捉える、その一助となる指導書である。

この本は「心」という形の見えない概念を論証するため、その論理的筋道は極めて難解を極める。故に、「夢診断を占い」程度に学びたい人は別のムック本を選択した方がよい。ただし、彼の論旨−もっと言えば彼の根底にあるリビドーまで理解できれば−を真に理解できれば、この本は「万物の本質」を考える素晴らしい経験・トレーニングになると思う。そういう意味では、心理学を通じた万物の書、現代の「般若心経」と言えるかもしれない。※繰返しますが、オカルト本ではないです。

・「<夢>に興味のある人におすすめ
 太宰治は「斜陽」のなかに、「不良とは、優しさのことではないかしら」とか、「札のついていない不良が、一番、こわいんです」とかいう台詞をちりばめている。そんな台詞たちにであい、どきりとさせられた。これに似た<どきり>に、本著作の中でも、であった。正確な文章ではないかもしれないが、それは、こんな言葉だ。 悪人と善人との違いは、前者が実際に悪事を働くのに対し、後者は夢の中でそれを行う、というところにある。 <精神分析入門>というタイトルだけれども、私の印象が不正確なせいか、あるいは、私の興味がそこにあるからなのか、本著作の中心にあるのは、<夢>だ。少なくとも、私はそう思った。今朝、俺、こんな夢見たんだよな、いったい、どんな意味があるんだろう? なんて、興味を抱いた人も、気軽に、手にとって読んでみるといいかもしれない。 

・「お薦め
本書は、1915年から17年までウィーン大学で一般向けに行われた講義の内容が記録されたものです。講義記録が纏められた本だけあって、河合先生の「カウンセリングを語る」シリーズの様に、他のフロイト本よりも比較的平易な文章で綴られていて、フロイトの書籍の中でも割と読みやすい初学者向きの本だと思います。あの時代背景において、もっとも禁忌とされていたこと。でもだからこそ、勇気をもって主張していかなければならなかった。たとへ、社会から抹殺され孤立しようとも。大切な友人を失う事となっても。人々に嘲笑されようとも。ブロイエルさんなんかも、分かってはいたけれどとてもとても言えなかった。でも、フロイトはそれをやってのけた(言ったモン勝ちっていうか)。

なので、わたしの率直な感想としては、「フロイトかっけ〜」のひと言に尽きます。あと、あまり”狙っていない”面白さがあって良かった。

・「読みにくいが最高の参考書
高校の時に心理学に興味をもって買ったのだが、ずっとほこりにまみれてた。最近、大学院を考えるようになり、始祖の思想を確かめるために読んでみたが、確かにわかりやすく、口述文なので頭に入りやすい。一方、洋書を日本語訳したものなので文書は一部読みにくい。フロイトの理論はリビドーを重点においてるとされているが確かに性欲やエロティックな分野での思想が多かったように本書を読んで思えた。

・「フロイトの意気込み
 フロイトがウィーン大学で行った講義の記録である。当時は精神分析が徐々に発展し、広まってきたとは言え、まだ風当たりの強かったと推測される。その時期、一般向けの公の場で精神分析の講義をするということで、フロイトも精神分析を広めれるという気持ちで張り切っていたのかもしれない。内容を読んでいると、そのようなフロイトの張り切り具合が感じられるとともに、精神分析をあまり知らない一般の人に分かり易く、丁寧に説明していこうという一生懸命さも伺える。

 上巻の内容としては「錯誤行為」「夢」「神経症」について書かれており、今まで公にされた「日常生活の精神病理」「夢判断」を中心とした論文をコンパクトにまとめ、整理し、分かり易く解説している。

 一つだけを取り上げると、錯誤行為の中の物忘れというものがあるが、これは重要なものであるからこそ忘れてしまうとフロイトは主張している。これと関連するのは、実際の臨床の中における患者さんの無断キャンセルについてである。その理由は様々だが、よく患者さんが理由として挙げることは「忘れてました」というものである。

 セッションを忘れていたということは錯誤行為に当たるし、フロイトの主張に従えば、それには意味があるということになるだろう。そして、ここで重要なことはその意味を考える作業であり、無断キャンセルをしたことを責めて、もうしないようにさせることが重要なのではない。

 さらに、無断キャンセルをしたことやそれを忘れたことについて、「なぜ無断キャンセルをしたのですか?」「なぜ忘れたのですか?」と理由を問うてもあまり意味がない。それよりも、「無断キャンセルをしたことについてどう思いますか?/感じますか?」や「忘れてしまったことについて何か思いつくことはありますか?」といったように、それ自体にまつわる空想や連想を聞いていくことが治療をしていく上ではとても重要となってくるのである。

精神分析入門 (上巻) (新潮文庫) (詳細)

モーセと一神教 (ちくま学芸文庫)

・「フロイトの本の中ではかなり面白い本
フロイトの精神分析の本の中ではかなり面白い本であった。フロイトが何かに脅迫されるような形で、自らの出自を解体していく。

モーセはレムの民に殺されたとか、モーセは二人いたとか、ヤハウェはモーセの神ではないとか、割礼はユダヤの掟ではなくエジプトの風習であるなどユダヤ人をユダヤ人たらしめる物事すべてがユダヤ人であることを裏切っていく。

何かの覚悟を得たフロイトの言葉の数々が、あくまで仮説ではあると断りつつも、確信に満ちている彼の心情を表している。

ユダヤの掟はある民族的な妥協によって、そして忘れたい記憶の痕跡として、定められた。そしてそのつぎはぎを隠そうとする意志があらたな歪曲を生み出す。そして消し去ったと思われた忘却した出来事が、徐々にではあるが力をつけていく。ユダヤに掟を与えたはずのモーセを殺してしまったのである。ニーチェなら「神は死んだのだ。われわれが殺してしまったのだ。」と言うだろう。

完成された精神に向かう弁証法に抗い、反弁証法的に展開されるこのモーセ論には訳者の渡辺の言葉を借りれば、「フロイトのわが闘争」が示されている。

ぜひとも読んでもらいたい。そして、今の我々の思考にも入り込んでいるモーセ殺害の記憶を想起してみるのもこの本を読む醍醐味であるだろう。

・「読み応えがあった
フロイトの遺書とも言っても過言では無いような、亡くなる直前に書かれた論文が収められた本です。精神分析的な視点から、宗教や歴史について言明されています。苦しい感じが文面から伝わってきて、彼はこれを書くときにかなりの葛藤があったんじゃないかなって思うし、アグレッシブな印象も受けました。それから、ユダヤ人にとっては「父」とも呼べるような人物を分析し、この宗教性を批判しているので、彼は最後までエディプス葛藤から逃れられなかったのかもなぁ?と感じました。勉強不足のわたしにはあまり消化できていませんが、とっても読み応えがありました。これからも何回か繰り返して読んでみたい本です。

・「心的外傷モデルによる「抑圧されたものの回帰」
この書における最晩年のフロイトはモーセに自己を重ねており、唯一神がユダヤ民族にとっての超自我として制作(自然発生説ではない)されるプロセスを丹念に措定している。 重要なのは、フロイトの「抑圧されたものの回帰」が心的外傷及びその遅延した露呈としての神経症をモデルとしていることだ。 汎性欲説(幼児研究においては有効だったが)ではなく、それまで否定してきたピエール・ジャネの理論を採用しているのだ。追憶と忘却のなかで隠蔽されているのはフロイト自身の変節である。 なお、解説はフロイト自身によるエスに関する1923年と1933年の図を両方収めていて参考になる。

・「歴史書ではなく臨床の本として
 1939年に発表されたフロイトの宗教論・文化論についての論文である。精神分析は神経症の治療技法として創出されたが、人間理解の方法として宗教や文化の解釈と再構成にも利用されることがある。本論文はその一つである。

 本書は精神分析的な視点からユダヤ教の成立史やモーセの出エジプトについて論じている。着想は独特であるが、現代的な歴史学や宗教学からは「事実に即していない」ということであまり取り上げられることは少ないようである。僕も詳しくないが、多分フロイトの言っていることは「歴史的事実」としては間違っているのだろうとは思う。

 しかし、本書を単なる歴史書や宗教書として見ると、その価値はあまりないように思うが、視点を変えて臨床のモチーフやメタファーとしてみるとまた違った色合いが見えてくるように思う。

 例えば、「モーセ、ひとりのエジプト人」や「もしもモーセがひとりのエジプト人であったとするならば・・・」などの章では、モーセの名の由来や出生についての探索が行われている。これは臨床の中で言えば、治療者が患者の生育歴や早期外傷体験の探索・想起などを行っているところが目に浮かんでくる。患者の語られる材料をもとに、自由連想を駆使し、一つ一つ確かめていく。これはきわめて臨床的なことである。

 また、モーセという人物を実在のものとせず、心的内容物のある象徴として見て、ユダヤ教をスクリーンとして、そこに一人の人間の無意識や乳幼児体験を写しだすことができているように思える。宗教における戒律や取り決めは個人の超自我に当たるだろ。

 すなわち、フロイトはモーセやユダヤ教の分析を行っているように見えて、それはメタファーとしてフロイトの臨床や分析技法を書き記していると理解することができる。本書を歴史書として見るか、臨床を記述している書として見るかで、かなり大きく異なってくるだろうと思われる。

・「フロイドの警告
 ユダヤ人がモーセに対し、多神教が一神教に対し、キリスト教がユダヤ教に対してやったことは父親殺しであり、しかもそのトラウマは結局子達に降りかかったとするならば、ドイツ人がユダヤ人にやった憎悪や虐殺は必ずゲルマン民族自身に帰ってくる。という警告をフロイドは発したかったのだろう。訳も平易だし、精神分析にアレルギー反応を抱く人もこれなら読めるかもしれない。フェミニストの方も異議を唱える前に「父親」と「男」、「母親」と「女」は違うカテゴリーだということで大目で見たらいかがだろうか?

モーセと一神教 (ちくま学芸文庫) (詳細)

精神分析入門 下  新潮文庫 フ 7-4

・「臨床に即して
 下巻では神経症総論の続きと続精神分析入門が収められている。続精神分析入門では7講が収められているが、これは特に精神分析入門のように講義録のまとめのような体裁をとっているが、実際には抗議録ではない。精神分析入門を発刊した後15年も経っているので、新しい知見を付け加えるために書かれたものである。

 特に精神分析入門の時にはなかった死の欲動や超自我といった概念が導入されており、その観点からの読み直しはとてもすっきりとしている。やはり概念が増えると説明力や説得力が増えるのかもしれない。

 この下巻も色々と見ていくと面白いのだが、一つだけ思ったことを書く。最後の35講の「世界観というものについて」のところで、フロイトは精神分析は治療技術から出発しており、それは科学の一つの分野であると言っている。思想体系としてのものではないと。現実的には精神分析は治療技術だけではなく、哲学や宗教や思想として広く世界に知れ渡り、強い影響力を持っている。これは思想といって差し支えないぐらいである。しかし、フロイトは謙虚にそこまでは考えておらず、臨床の中・実践の中での精神分析というありように限定しようという意図を持っているようである。

 確かに精神分析的に見れば、世界の様々な考え方や現象を理解することができるようになるが、いうなればそれは精神分析の応用であるにすぎないのかもしれない。精神分析の本質や真髄はやはり治療者と患者との間で織り成される精神分析的な治療という営みにあらわれているのだろうと思う。フロイトが最後まで臨床家として生きたのはそういうことも関係していると思われる。

 このことからも本当に精神分析を理解していこうとするのであれば、本を読んだり、知識を積み重ねることももちろん大切であるが、それ以上に臨床の中で精神分析的な生の体験を積み重ねることがとても大切になってくるのだろうと思う。

・「ただの入門書と思っては大間違い
フロイトの難解で錯綜した学説を理解するには何度もそれを咀嚼することが必要です。この「入門」を一読するだけではフロイト理論の全貌を知ることは困難かもしれません。個人的には、「不安」の章を読むことにより、フロイトが他の著作で述べていて妙に心にひっかかっていたフレーズ(「暗闇を怖れるのは愛する人を見ることができないからである」)の謎が解けて嬉しかったのと、「感情転移」と「精神分析療法」の章で真の臨床家フロイトのモラリストとしての立派さや温かさを感じることができて興味深かったです。

・「エロスは地球を救う
自我、超自我、エスという心的領域と無意識、前意識、意識という心的作用を理解するのはたいへん難しかった。後半にいくにつれて1ページ1ページが重く、何度も立ち止まって考えることを繰り返した。しかし、そんな骨の折れる作業を忍耐強く続けられたのも本書がたいへん興味深く、説得力があるからである。特に面白かったのはサディズムとマゾヒズムについての話である。人間の欲動はそもそも破壊を求めるものと、広義的な意味で性を求めるものとに分類される。破壊の欲求は古いものの再現に由来する。破壊された瞬間からそれを再現しようと企てたいのだ。しかし破壊は有機的なものを無機的なものへとする行為だ。これを人間に置き換えると生から死へという意識の流れになる。つまり我々の欲動の一つには死への欲求があるということになる。そのままでは人類が滅亡してしまうのだが、これを抑えてくれる、いやもっとありがたく言えば、これを助けてくれるのがエロスなのである!!!この観点からみればサドとマゾの関係だけでなく男と女のいろごともドラマチックなものだと思わずにはいられない。しばしばお笑い芸人たちが「エロは地球を救う」という発言を耳にすることがあるが、フロイトはこの一見利己的かつ無根拠ともとれる主張を、既に理論化していた偉大な人物であったのである。

・「講義の中心部
 フロイトの講義も佳境にå...¥ã£ãŸã€Œç¥žçµŒç-‡ã€ã®åŠã°ã‹ã‚‰ã"の下巻に収録されている。最è¿'æ"¹è¨³ã•れたので、ã"れã‚'買うときには版に注意がå¿...要だ。

 下巻は主にフロイトのメタサイコロジーが語られる部分だと言える。ã"れまでの観察や考察ã‚'もとに、フロイトの理è«-が語られていくのã‚'読むのは、ほかのどã‚"な本ã‚'読むã"とよりもスリリングだと言い切ってもいいだろう。臨床例も豊富に語られるので、それã‚'読むだã'でも面白い。

 さらにã"の巻には、のちにフロイトが書き足ã-た続編も収録されている。ã"れは『講義』出版後にフロイトが見いだã-たいくつかのæ-°ãŸãªè¦‹åœ°ã‚„、よりå¹...広いè¦-点からの問題ã‚'語ったものである。資æ-™ã¨ã-て最も価値があるのは実はã"の部分で、とくに女性にé-¢ã™ã‚‹ç« ã¯ã€ãƒ•ロイトがå"¯ä¸€ã!€ç²¾ç¥žåˆ†æžã«ãŠã'る女性の問題についてまとまった形で述べているものとã-て重要である。フェミニズム運動も、ã"れã‚'批判するã"とに大きな重点ã‚'置いてきた。

精神分析入門 下  新潮文庫 フ 7-4 (詳細)

火星年代記 (ハヤカワ文庫 NV 114)

・「星新一の源流を見る
年代記に偽りはないが、各話はネタとして独立しており、短編集としても成立している。日本人には馴染み深い、星新一的なニヒリズムの源流が見出されるだけでなく、SF&ファンタジー的な火星観(美しい砂漠・エキゾチックな生態系・精神的に進歩した原住民)を構築した作品でもあるように思う。日本にも多い、情緒的でファンタスティックなSF・ファンタジー作品を読む上で、必読の古典作品に位置づけられる。

・「ただ美しい、一つの作品
 美しい文章とは、何だろうか。加藤典洋は『言語表現法講義』の中で、「人の美しさ」というものはない、ただ「美しい人」がいるだけだ、とプルーストの言葉を引用し、美しい文章というものも同じで、「文章の美しさ」などというものはなく、ただ「美しい文章」があって、一人ひとりが自らの感性で「よい」と感じるようなものなのだ、と言っているのだが、この『火星年代記』は、まさしく、ただ「美しい文章」である。 本のレビューというものは、私の感性が感じた何かを、誰かに伝えるためにあるものなのだが、私の感性が「よい」と感じた「美しい文章」というものを伝えるのは、ことさら難しい。例えばここで、「詩的で、透き通っていて、優さが滲み出しているような文章で、美しい」と評したとしても、詩的であるとか、透き通っているだとか、優しいだとか、そういった凡庸な言葉に落とし込んだ瞬間に、ただそこにあった「美しい文章」も、私が感じた「誰かに伝えたかった何か」も、決定的に損なわれてしまう。『火星年代記』は、読みにくい箇所を多分に含んだ訳も含めて、そのような「美しい文章」である。

・「人間の宿命を叙情的に描きあげた傑作SF
 人間は決して完成品ではない。大昔にできた旧式の本能を用いて未来という未知の世界を生きていかなくてはならいのだ。人間の宿命をSFという形で語る本書は、そのリリシズムあふれる文体と鮮烈なラストシーンとによって、今後も長く語り継がれることになるだろう。

・「示唆に富んだ作品
 高校生の頃、定石どおりに有名なSFだけを読み、それでこの手の本を卒業した私だが、この作品だけは手元に置いてある。一つ一つの話が示唆に富み、考えさせられる。特に、せっかく移住してきた人々が、地球で核戦争が始まったと聞いて我先にと帰っていくのが面白い。その後の、だれもいなくなった家で、機械だけが同じように時を告げ、食事をつくり、それを下げ、また翌日も同じことが延々と繰り返される話には、まいった。全員が引き上げられたのではなく、男女1名ずつが残され、最初はあちこちに電話をかけてはお互いに会おうと試みるが、会ってみて幻滅し、その後は会わないように逃げ回るという話も、なかなかだ。 人間の愚かさ、悲しさを見事に描き切った作品、ぜひ読み継がれていってほしい。

・「心に染みる警世の書。
本書のテーマを一言で言えば、《科学の発達による、人間の精神的荒廃への警告》という所だろう。若い頃は古臭い作品だと思っていたのだが、今読むと、ブラッドベリの警告の正しさに、思わず慄然としてしまう。20世紀の後半ぐらいから、私たちが忘れてしまった大切な《何か》が、ぎっしりと詰まった作品である。単なるノスタルジーでは終わらない、21世紀を越えた今だからこそ、広く読まれるべき、あまりにも重要な名著だと思います。

火星年代記 (ハヤカワ文庫 NV 114) (詳細)

車輪の下 (集英社文庫)

・「100年前のドイツの「お受験」
100年前のいわゆる「お受験」をテーマにした話です。期待を込めて育てられたハンスが、期待を裏切らないために努力をするのですが、そのような動機が長続きするわけもなく・・・。小学校や中学校で秀才だったのに、その後落ちこぼれていくような人に、誰もが心当たりあると思います。いつの時代も変わりません。当時のドイツの風景が細かく書かれているので、その辺りも楽しめると思います。ただ、この本、300ページありますが、最後の50ページくらいは解説なので、まだあると思っていたら突然物語が終了して焦ります。

・「現代にも通ずる問題を晒した良書
皆から優等生と言われ、家族のみならず町の期待を背負い、期待に応えるべく努力してきた少年ハンス。純粋の塊であった少年が挫折、失望、戸惑いの中で現実を目の当たりにし、新しい世界に身を置く決意をした矢先の、結末。200ページあまりの中に様々なエッセンスがつまっていて、切なく悲しい、そして考えさせられるストーリー。おすすめです。

・「ヘッセの半私小説(前期の代表作)
著者のヘルマン・ヘッセはドイツの作家で1946年にノーベル文学賞を受賞しています。この「車輪の下」(1906年)は彼の前期の作品の代表作ではないでしょうか。ヘッセ自身も神学校に入りながら、詩人になる夢を捨てられず途中で抜け出しています。そういう意味で、「半私小説」と言ってもいいと思います。

・「貧乏人は一生貧乏人なのかな
私が思うに、この作品の言わんとすることはドストエフスキーの『罪と罰』と変わらないように思えます。どんなに既存の教育システムで秀才だったとしても、貧乏人の子供は結局社会に出て苦労するだけなんですよね。

私は開成と早稲田を出て長いこと家庭教師をやってましたが、時給の関係上、お金持ちの家が多く、このことを強く感じました。

そうそう、金持ちの子供は英単語やら因数分解やらが苦手でも、大人になったら高い給料をもらい、綺麗な奥さんをもらい、大きな家に住むんですよ。

一方で貧乏人が高尚な教育を受け、漱石の小説とかベートーベンの音楽とかに心から感動できる感受性を手にしても、それは日々の労働で疲弊し枯渇しちゃうんですよね、悲しいことに……。そして金持ちのドラ息子がカッコイイ車にいい女を乗せてるのを見てガックリくる、というわけです。

マルティン・ルターは「酒と女と歌を愛さない奴は一生バカのまんま」と言ったらしいですが、それもこの小説を読めば確かにそうだなあという気がしてきます。勉強だけして大人になってる人も多いですが、そういう人が壁にぶち当たった時に、とにかく一度読んでみることをお勧めします。

・「批判小説
この物語では子供の立身出世だけしか考えない親と子供の心に無理解で詰め込み教育を行う教師達を痛烈に批判している。 主人公ハンス・ギーベンラートは才能ある前途有望な少年であったが、家が貧乏。そのため神学校に進むが、友人との友情のため成績が下がり、学校に見限られ、やがて死体として川の中で……

車輪の下 (集英社文庫) (詳細)

夢判断 上 新潮文庫 フ 7-1

・「100年以上前にこのような議論がされていたとは驚きです。
 外国為替先物をトレードしています。

 行動ファイナンス等で研究されている通り、トレードにおいては自分の感情コントロールが大変重要になります。 フロイトがここで述べているのは夢ですが、これをトレードしている間の自分の思考と置き換えて読むと非常に共感するものがありました。

 私はこの本を人の心理を理解することや知の探究という目的でなく、ひたすら自分の感情のコントロールの為に読んでいますが、奥が深すぎます。  正直私にとってこの本を理解するにはすべての経験値がまだまだ不足しています(他の方のレビューの内容すらまだあまり理解できない。。) 何回か読んでもう少し理解したら詳しいレビューをしてみたいと思います。

 後、昔に訳された本の為非常に硬い表現となっています。 例えば、”アイデア”等現在英語で読まれている概念をすべて日本語で訳されています。 難解な言い回しも多く、私のような心理学の専門家でない方はかなり苦戦すると思います。  

・「本を読まなくなったネット時代でも必読の古典
原題・邦題共にハウツーもののような題名だが、夢に関するそれ以前の学問的文献を検討する長大な序章から始まる本書はれっきとした学術書である。後半の章の込み入った内容を考えると、これが新潮文庫になってるのは不思議なくらい。フロイトの夢理論の概略が知りたい方は「精神分析入門」の第二部を読まれた方がいい。

・「個々に対応していない
『夢診断』と銘打たれたから買ったものの、訳文は非常に難解かつ回りくどい。実際にフロイトが夢診断を行ったページまで読んだが、これは自分の夢を診断しようという目的で読む人にはお勧めできない。何故ならばフロイトが実例を用いて解釈をしているからである。(それもフロイトだから出来ることであろう)私は自分の夢の手がかりになればと思い買ったので正直がっかりだった。心理専攻学生などが読むべきものであると解釈した。

・「フロイトを学ぶなら是非
ジグムント・フロイトが1900年に著した本です。彼は、自由連想法や夢の分析により、患者の抑圧された無意識の欲求が、夢や錯誤行為となって表れてくることを経験的に導き出しました。原題は「Traum-deutung」で「夢の読み方」だそうです。夢の中に出てくるもののイメージそのものよりも、出てきたもののことばの「音の響き」の連想で解釈を進めていっています。けれど、遠まわしな表現が多くてちょっと分り難かったかな。おそらく読み手に極力誤解を与えないような言語表現を選んでいった結果だと思うのですが。逆に分り難くなってるよ、、、。訳者の高橋先生の苦労の跡が見て取れます。自分の理論を読み手が分っている事を前提に話が展開していくので、本の内容をよく消化出来ていないと、何回も前に戻って確認したりしてしまいます。なので、わたしは時間がかかってしまいました。ん?わたしがアホなだけでしょうか( ̄△ ̄;)

上のような理由で「分かり難さ」はあるので、一番最初に読むよりも、同じフロイトさんの「夢と夢解釈」を読んでみてから読まれることをお薦めしたいと思います。でも、読み応えがあって面白い本でした。次は「下」の方を読んでみます。

・「この書物こそフロイト入門
「夢判断」はフロイトによる自己分析の書でもあります。もちろん、読者は「夢は願望充足である」というキーワードをめぐる理論的展開について知るのですが、随所に盛り込まれているフロイト自身の少年時代や医学に携わってからの名誉心や嫉妬心についてのエピソードも興味深く、自伝的な要素もあり、フロイト論文の中でもやや特異な位置をしめる著作と思われます。また、所々にちりばめられているいろいろな比喩や文学作品からの引用により、ともすれば無味乾燥になりがちな心理学的理論が活き活きとしたものとなり、自然と理解が深まるように工夫してあり、フロイトの作品が文学的にも評価が高いと言われている理由がよくわかります。これから読もうと思っておられる方には、この書物は単なる夢についての心理学的理論書ではなくて、フロイト自身の臨床経験および人生経験の結晶であるとお伝えしたいと思います。

夢判断 上 新潮文庫 フ 7-1 (詳細)

黒猫・アッシャー家の崩壊―ポー短編集〈1〉ゴシック編 (新潮文庫)

・「独特な不気味さ
初めてポーの作品をしっかり読んだのは、大学の授業。それも『アッシャー家の崩壊』。最近のホラー映画で観られる気持ち悪さやハッというおどろかされる怖さではなく、少しずつ知らない間に恐怖心をあおり体の芯までゾクゾクとするような感じ。授業中に先生の解釈付で読み進めた時のなんとも言えない不気味な感覚を、今でも忘れられない。この本には、題名にもある通りポーの作品でも有名な『黒猫』も収められ、彼独特なゴシックホラーの世界が楽しめる。是非、お試しを。

・「真のゴシック・ホラー
ポー生誕200周年ということで、巽孝之氏による新訳の短編集。黒猫ぐらいは読んだことあったけど、ちゃんとポーの作品を読んだことがなかったので、面白かった。

しかし、100年以上前に書かれたとは思えないぐらい、ポーの作品って怖いなぁ。真のゴシックホラー。

・「美しい文章でつづられた、不気味で緊迫感のある作品群
ポーの生誕200年記念に出版された短編集、第一弾。「ゴシック編」と銘打たれたこの本には、以下の6作が収録されています。

温厚だった男性がアルコールで身を崩し、やがて罪を犯し自滅する様を彼が可愛がっていた黒猫を印象的にからめて描いた「黒猫」、疫病から逃れるため城に閉じこもり、遊興にくれている王侯貴族にやがて影が忍び寄る「赤き死の仮面」最愛の妻を亡くした男の、妻への想いとその後の生活の独白「ライジーア」、スペインの異端審問にかけられた男の「落とし穴と振り子」、自分にそっくりな男がつきまとう「ウィリアム・ウィルソン」、級友に招待されて行った屋敷でおこる不気味な事件「アッシャー家の崩壊」。

多くが、作中人物の独白形式で書かれています。物語は美しい、絢爛な文章でつづられながら緊迫感と不気味な雰囲気も併せ持っていて、まさに名作。巻末には年譜も収録されています。

・「とうとう読めた
 本書に収録されている「赤き死の仮面」(The Masque of the Red Death)は、トム・クランシーの「合衆国崩壊」第4巻P.117と、「教皇暗殺」の第1巻p.67に、「赤死病の仮面」として登場する。 どんな本か興味があって、調べてみたところ、ポーの新刊(後述のように単なる復刻ではない)として発売された本書に含まれていることが分かったので買ってみた。 読んでみたが、確かに、トム・クランシーの作品に出てくるお歴々の記憶に残るのもなるほどと思える、強烈な隠喩を含んだ作品である。

 なお、ポー作品は、高校生時代に読んだが、「黒猫」と「アッシャー家の崩壊」は印象が強かったのか、よく覚えていた。 ただ、幾つかの作品が載っていないようなので検索したら、どうやら、昔、私が買った文庫本には、「黒猫」、「アッシャー家の崩壊」以外に、「黄金虫」、「ウィリアム・ウィルソン」、「メールストロムの旋渦」が掲載されていたようだ。 本書は、短編集1とあるので、いずれ紹介されることになるのであろうが、「黄金虫」と「メールストロムの旋渦」(要は浦島太郎的な話)にも何とも言い表しがたい強烈な印象を受け、「ポーは天才」との思いを当時強く持ったことを付言しておきたい。

黒猫・アッシャー家の崩壊―ポー短編集〈1〉ゴシック編 (新潮文庫) (詳細)

町でいちばんの美女 (新潮文庫)

・「吹き溜まりの居心地の良さ
 本書には30編ほどの短編が納められている。主人公は概ねブコウスキーをモデルとした誰かである。しかし実体験をベースにした私小説の類とは異なる。本書に描かれているのは、類い稀なる想像力が作り上げたアレな世界だ。

 表題作の「町で一番の美女」は若い美女の狂気が、破滅に向い暴走する作品だ。話の筋自体はありふれた内容ながら、感受性を突き刺す鮮烈な表現で、何とも言えない悲しさが後に残る秀作に仕上がっている。

 「町で一番の美女」は、表題作に成るくらいで作者も気に入ってるのだろうが、他の作品と比較すると例外だと思う。他はふざけ過ぎてアレな展開を示す作品が多い。 例えば「15センチ」はある女にほれた主人公が、女により段々と小さくされる話である。しかしなぜか15センチで止まる。15センチでわかる人もいるかも知れないが、女の目的はとても下品である。卑猥さと残酷さを可愛らしく描くウケ狙いの作品だ。 「よくそんな方向に話が飛ぶな。」とブコウスキーの創造力には感心する。あなたが良識のエッジを好む読者なら、きっと楽しんで読んでいただける。

 本書の登場人物は、町で一番の美女や一番のブ男。売女にヒモに狂女に、競争に敗れた負犬や、女を殴る男やアル中や犯罪者や性格異常な人などである。 上品なヒューマニストが真っ先に切り捨てるような、これらの人々に対してブコウスキーは優しい。ブコウスキーは拒否せず無視せず、吹溜まりの世界に彼らの居場所を描く。 評者のような(割合まともな)読者にとっても、この吹溜まりの世界は嵐を避け窪地に逃げ込んだような居心地の良さを感じる。

 多少誉めすぎたと思うので最後に少々バランスを取る。 男の劣情を引く女性の順番として一姦二狂三娼という言葉がある。一番が他人の妻で二番が狂った女で三番が娼婦だという意味だ。ブコウスキーの作品に登場するのその手の女しかいない。 劣情のない読者にはお勧め出来ない。

・「不器用な主人公達を自分と照らし合わせる本
幾つかの話に共通する、女日照りの暗いオッサンが欲を晴らす為に酒を浴び、妄想に浸りながら自慰をする。 どん底に落ちた時でも、決して笑いを忘れずいたであろうブコウスキーが描く主人公は、幸せでない時にこそ読むと最高に輝く。これぞブルース。

・「頽廃的を装っているが…
 酒と女に溺れまくる日々。頽廃的でアナーキー、自暴自棄の短編集だがその実、しんみりとした哀愁が漂う。投げやりなようでいて反戦、平和主義への思いが垣間見える、熱い男の短編集。

・「a book that you can fly through
There are many good stories in this book. All of them touch on life as many of us don't live. But I think many of us have been there at times. Drunk down and out, lonely. I found the writing fun to read and it really grabs you. May be being American helps a bit too.

・「某本屋でイチオシだったんです。
むしろ、外国の本はあまり読んでいないですが。

全部、心象になりますが。アメリカ流のジャンクな感じがすごく表れている。

好き嫌いはかなり分かれると思いますが。私はよいと思います。

町でいちばんの美女 (新潮文庫) (詳細)
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