孟嘗君(1) (講談社文庫) (詳細)
宮城谷 昌光(著)
「2巻以降のレビューは読まないで!!」「面白い! が、ちょっと奇異な感じです」「『孟嘗君』(1/2/3/4/5)」「英雄たちの薫風に触れる」「後の孟嘗君の誕生」
重耳(上) (講談社文庫) (詳細)
宮城谷 昌光(著)
「春秋の覇者の壮大な人生。宮城谷文学の最高傑作、星6つです」「春秋前期のすべてがわかる」「必読!」「偉大なり宮城谷師」「名君 重耳の生涯」
太公望〈下〉 (文春文庫) (詳細)
宮城谷 昌光(著)
「『太公望』(上/中/下)」「全巻読んでみて」「呂望」「新しい像」「頭脳戦」
太公望〈中〉 (文春文庫) (詳細)
宮城谷 昌光(著)
「『太公望』(上/中/下)」「読みやすいですよ」「んんんんんんんんん。」「大きな野望は、一人では実現出来ない。」「面白いです。」
重耳(下) (講談社文庫) (詳細)
宮城谷 昌光(著)
「文公の有終」「流浪の果てに」「最高傑作」「晋の文公、重耳の巻」
三国志〈第1巻〉 (文春文庫) (詳細)
宮城谷 昌光(著)
「変わることのないペシミズム」「初めて三国志を読む人には辛いかも…」「第一巻は後漢の物語。悪党のオンパレード。黄巾の乱はまだまだ先だが面白い。」「新たな三国志」「よく知られている話の「以前」から!」
晏子〈第4巻〉 (新潮文庫) (詳細)
宮城谷 昌光(著)
「素人っぽさと玄人さ」「すごい人物がいたんですね」
重耳(中) (講談社文庫) (詳細)
宮城谷 昌光(著)
「亡命生活の始まり」「晋の献公、詭諸の巻」
晏子〈第1巻〉 (新潮文庫) (詳細)
宮城谷 昌光(著)
「宮城谷作品中屈指の傑作」「古代中国究極の名臣父子をえがきつくした、宮城谷文学の傑作」「世界一の軍師晏子(父)」「古代中国の賢臣 晏父子を描いた長編歴史小説」「やっぱり晏弱だな」
孟嘗君(5) (講談社文庫) (詳細)
宮城谷 昌光(著)
「孟嘗君」「『孟嘗君』(1/2/3/4/5)」「戦国時代の名宰相」「冒険活劇 」「なめとんのかい」
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・「2巻以降のレビューは読まないで!!」
作品は絶賛に値するものです。星5つ評価は正しいと思います。 この本で初めて古代中国に触れましたが、本書には古代中国の地図がついていたので、邦名、地名を読み解くには困りませんでした。 難をあげるとしたら、購読前にカスタマーレビューを読んでいた時に、最終巻の最後の場面を語ったレビューがあらわれて、思いがけず結末を知ってしまったことです。 繰り返しになりますが、絶賛に値する作品です。 迷っている暇はありませんよ。あなた自身が読んで判断するしかありません!!
・「面白い! が、ちょっと奇異な感じです」
この忙しい時代 情報も氾濫している。作り話の小説なんぞ読んでる暇なし・・と思っていましたが、一読すると目が離せないくらい面白いです。 著者の博識が遺憾なく発揮されて、古代中国の故事や、難しい漢字の勉強にもなります。(^_^)・ ・・ただ、気になるのは、登場人物がまるで日本人のように考え、行動している事。
ビジネスで、あちらの国の人とつきあう経験を重ねるにつれて、日本人とは気質も、考え方も、価値判断も大いに違っている事を、次第に痛感するようになるものです。 彼我の古代文学を比較しても、そのような違いは、厳然として存在するように思います。
が、この著者はそのような直接的な体験は、どうもお持ちではないように思えます。
古代の史書だけを頼りに眺めているからでしょうか?
もっと別の視点で史実を見ないと、かなりおかしな片思いになるのではないでしょうか。 まあ、日本人にはよくありがちな事ですが・・・(^_^;)
追補;_
個人間であろうと、民族間であろうと、国家間であろうと それらの”考え方や価値観の相違”を客観的に・正しく認識する事は、 相互理解の面で、とても重要です。
日本人の考え方や価値観のみが、絶対的に正しく、 当然ながら、 すべての他民族もコレに従っており、 従って、 相手を日本人の様に考え、取り扱う事が、 まさに相手を尊重する事なのであると 考えているのだとしたなら、
ソレは大きな誤解ではないしょうか。 (^_-)
歴史が示すように、相互に不幸な事態となりかねない危険をはらませる と私は思います。
( 例えば、大戦前、韓国・朝鮮で実施した創氏改名なども、 そう言う側面があったことは指摘しておきたい。 )
文学作品は誤解の産物という考え方もあります。 しかし 価値観や民族性の相違はシッカリ認識して読むべきでしょう。
(^_^)v
・「『孟嘗君』(1/2/3/4/5)」
孟嘗君を取り上げた内容なのですが、実際は白圭の素晴らしさばかりが際立っており、孟嘗君の偉業よりも勝って感じられました。終盤は展開が駆け足のように感じられて、読み終えたときの感慨も深くないものでした。とても評価のし難い作品だと思います。
・「英雄たちの薫風に触れる」
孟嘗君は宮城谷文学に繰り返し登場するスター。その意味では、本書は彼の代表作と言えるだろう。
筆者が好んで題材にするのは、志と品性を高く持ち、国民に信を立てた人物たち。もともと中国古代史では儒教的な背景もあるのか英雄に徳性を求める傾向があり、戦争に勝利しただけでは英雄にはなれない。そんな「英雄」たちの薫風に触れ、爽やかな読後感と背筋のピンと立つ思いが残る。それが宮城谷文学の醍醐味だと思う。
本書ではそうした志の高い人物として孟嘗君のみならず、田嬰、白圭、孫というオールスターキャストを登場させ、それぞれに存分に語らせている。白圭が孟嘗君の養父というのは筆者の創作のようだが、英雄とは王のみでなく、商人も軍師もそれぞれの想いでベストを尽くし、記録や記憶に後世まで残っていく。そうした人物を掘り起こし、自由に想念を巡らせて主人公との接点を創作していくのが、宮城谷文学のフィクションとしての面白さだろう。
そして改めて感じるのは、古代文明の知性の高さと面白さ。ギリシア・ローマの例を引くまでもなく、紀元前後の古代人の思想には現代まで通用するものが多い。インターナショナルな視野の広さ、実利性の追求、自由な発想などが背景にあり、そうした古代の知性が孟嘗君という人物を書き残してくれたことに感謝したい。
・「後の孟嘗君の誕生」
後に孟嘗君として天下に名前を知られる田文が、生まれてすぐに殺されそうになるところから物語は始まる。決して明るくない幕開けが、田文の過酷な人生を予感させる。その雰囲気を払ってくれるのが風洪なる人物。この田文を救うことになる風洪が全5巻の前半の主人公と言える。
1巻は、没落した貴族の出身でありながら、風来坊としてきままに暮らし、行く先々で商人には福の神とあがめられ、女性にはもてまくる風洪が、仁義の道を模索していく話である。風洪が格好良く、爽やかな気持ちにさせてくれる。
・「春秋の覇者の壮大な人生。宮城谷文学の最高傑作、星6つです」
重耳は古代中国最高の名君のひとり。公子でありながら放浪を余儀なくされ、貧困と、艱難のなかを19年もさまよったうえで、ついに帰国を果たし、名政治をおこない、軍事でも諸国の盟主となり、世を正したのです。君主でいた期間はわずかに9年でした。
この本は詩的であり、格調が高く、宮城谷さんの前半期の集大成ともいえる大作ですが、イントロから”晋の国は、星のくにであった”。。。などと心にひびくことばでお書きになられており、とても読みやすく、一気に全巻を読破してしまいました。古代中国のとくにいわゆる春秋時代の歴史がとてもよくわかる副産物もありました。
大きな仕事をするかたには、天から試練が与えられる。それを乗り切り、よき臣下(僕らの場合はなかまや部下)を得たひとに、天命が降る、とおもいました。文学史に残る、大変に貴重な、そしてまぎれもない、大傑作です。
・「春秋前期のすべてがわかる」
重耳とは中国春秋の五覇の筆頭とも言うべき名君・晋の文公のことです。
宮城谷さんの作品は決して主人公のみを描くことに終始することはない、と言ってもいい。この『重耳』もその例に漏れず、むしろ顕著にその作風が出ている作品だと思います。
重耳を描くために、まず晋国が興った歴史に触れ、重耳の祖父を描き、父を描き、重耳と同じ時代を生きたすべての人物を描いてると言えます。
この小説は魅力的な人物が山ほど出てきます。祖父の称や、狐突、重耳とともに成長していく有能な臣下たち、楚の成王や秦の穆公などなど。特に重耳の臣下たちはほぼ全員が春秋の名臣と言ってよいほどの人物に描かれています。
これを読めば、晋がなぜあそこまでの大国になったのか、文公がなぜ覇者となりえたのか、そして晋の史上最も良い時代を味わうことができます。
この重耳を読んだ後、宮城谷さんの『沙中の回廊』『介子推』『孟夏の太陽』などを読むと、面白さは倍増すると思います。ぜひ読んでみてください。後悔はしません。
・「必読!」
高校時代から世界史の担当教師が、面白いと仰っていたような記憶があります。 今じゃ当然文庫になって販売しています。宮城谷氏の作品は本当に、言葉がしっくりとくる感覚があるんですね。「息を地面に落とす」等。呼んでいて情景を思い浮かべやすいと思います。
一番印象的なのは、称(重耳の祖父)だったかな?「政治はきれいごとだけではないが、きれいに見せなくてはならない」という言葉がありました。
・「偉大なり宮城谷師」
中巻で、主人公重耳の師である卜偃が、占いの結果についてこう説明するくだりがある。 「・・・晋は辺土の侯国で、国が乱れれば、必ず大国の干渉や指導を受けることになる」ゆえ、国が乱れても滅亡はない、と。鈍いわたくしはこれが何を意味するのか長い間気付かなかった。 ところが、「老人や女性などIQの低い層」に郵政民営化を宣伝し、党首討論では野党からの質問を無視し続け、反対派には刺客と称して政治の素人女性を送り込む、などと有権者をバカにし続けた党が何と憲法改正に必要な議席数を確保し大勝してしまった。 ついに日本国民は、自分たちがバカにされ切っていることすら、楽しむようになってしまったのか、と意気消沈していたわたくしに、この宮城谷師の何気ない一文が響いたのである。そうか、この「大国に挟まれた辺土の侯国」とは、晋ではない、わが国のことか・・・ ヘタに改憲しようとしても、米帝と中帝が必ずわが国に「教育的指導」をしてくるに違いない。この一文はまさにそのことを示唆しているのだ、ということが了解されたのである。 宮城谷師、偉大なり。 もちろん、ふつうの歴史小説として一級品であることも付け加えるまでもないでしょう。「三国志」の完成が待ち遠しいですね。
・「名君 重耳の生涯」
古代中国、春秋時代、晋国の王の子として生まれながら後継者争いの陰謀に巻き込まれ若くして国を出奔、以来各国を放浪、苦難の旅を繰り返し62歳のときに帰還、春秋時代を代表する賢王の一人に数えられる晋の文公 重耳(ちょうじ)の生涯を描いた長編歴史小説。文庫では上中下3巻で、上では幼少期から青年期までの成長を、中では王の子として国政に参加しての活躍と国からの出奔を、下では旅の苦難と帰還、中国全土の覇者となるまでが、多くの登場人物と当時の国の情勢を交えて語られていきます。大きな成功には苦労が必要、苦労は報われるといった教訓めいた、道徳の教科書にでもでてきそうな成功譚という感じがしないでもないですが、重耳をはじめその周りに集まる人々はとても魅力的に、仇役はいかにも憎々しげに活き活きと描かれています。質・量ともに読み応え十分な歴史小説、遥かなる古代中国に思いを馳せ、重耳とともに一喜一憂、楽しみましょう。
・「『太公望』(上/中/下)」
古代の宗教観や風習などが取っつきにくく感じられがちですが、内容自体はとても分かり易く組まれており、かつ太公望とそれを取り巻く人間関係が複雑に絡み合って、読み終えたときには奥深さと達成感を強く感じることができました。内容に信憑性を伴わせることができない時代背景ではありますが、当時の独特な雰囲気を受け止めることのできる良作だと思います。
・「全巻読んでみて」
比較的読みやすい文章で下巻はおもしろい。ただ上中巻は読んで知識が増える訳で無しエンターテイメントとしてもあまりおもしろくないかも。人物がやたら増えますがどれだけ必要だったか甚だ疑問です。
・「呂望」
太公望が、非常に優れた人間であることは証明されました。いや、これは中巻からすでにわかっていたことです。
下巻は物語の結末まで息をつかせぬ展開で、太公望の深謀遠慮に感嘆の声を何度もあげました。
受王は悪逆の王ではなく、古い人間だったということです。英邁ではあったが王朝の伝統に慢心を覚え、驕慢になってしまったことが、彼と彼の王朝の寿命を終えさせたに過ぎないのかと思います。
周を輔け、商王朝を倒すための情報戦略、長方戦略。いつの時代の競争にも重要な要素として、情報があります。この物語は歴史のロマンを感じるとともに、情報の重要さを読み手に諭している面があるようでなりません。
著者の意図はわからないけれども、私はそう思うのであります。
受王は悪役ですね。しかし、彼の酷い行動のいくつかには、神との交わりとしてのものが会ったのではないかと推測されています。この推量は著者のものではありますが、酒池肉林など、神との対話のために行っていたようです。ただ、神との対話が臣民のためのものではなかったため、対話がうまくいかず、国を滅ぼすことになったのでしょうかね。
とにかく宮城谷氏は、受王をフォローするような書き方をしていますね。公正というか公平というかね、とにかく中立的で冷静なんですよね。
・「新しい像」
太公望というと、釣りをしていたところを誘われた人という印象しかありませんでしたが、若くて偉大な姜族の族長というして描かれています。
6人からはじまり、次第に勢力を大きくしていき受王を追い詰めていく過程が面白いです。また望の強さが神がかり的なのも爽快です。
最後の決戦のところはもう少し重厚さが欲しかった。
・「頭脳戦」
横山 光輝さんの殷周伝説は、紂王(受王)が狂気の沙汰ではありませんでしたが、この受王(紂王)は頭脳明晰としかいえません。
やはり(日本以外の)歴史はおもしろい。
そして、望にも人と同じと実感できる場所がある。それは読んでのお楽しみ。
この巻でようやく、望の釣りに周公が迎える場面が出てきます。最初は釣られてたまるかと言い放った周公ですが、言い放った時点で釣られていますね(気にしているのですから)。なおかつ、占いですら釣り人を師として得る結果がでているのですから、否定も出来ないでしょう。さらにそのまま話が続き、釣りをしている望に向かって周公が話しかけ、話す内容に感激しそのまま師と仰ぎ馬車に乗せて帰ったという話であるが、兵家の誰かが想像したお話という説明になっている。なんだそりゃ!!
読み終えた後の感想は、フィクションのような違うような感覚にとらわれてしまった。史料の少なさが原因でしょうが、史料が多く史実に基づいた物語であれば、逆に面白くなかった感じもします。逆を言えば、この作者だからこそここまでおもしろくできたのでしょう。一言で太公望を表すならば、自分が子供の頃に思い描いた(不確実な)夢ではないかと・・・。
・「『太公望』(上/中/下)」
古代の宗教観や風習などが取っつきにくく感じられがちですが、内容自体はとても分かり易く組まれており、かつ太公望とそれを取り巻く人間関係が複雑に絡み合って、読み終えたときには奥深さと達成感を強く感じることができました。内容に信憑性を伴わせることができない時代背景ではありますが、当時の独特な雰囲気を受け止めることのできる良作だと思います。
・「読みやすいですよ」
妻を娶り、子を為した望(太公望・呂尚)だが、妻は病によってこの世から去り、望は商王朝をへの復讐計画を実行すべく着々と人生を歩みます。
立派な人間が実は自分を裏切る存在であったり、自分にとって不愉快な人物が実は自分にかけがえの無い存在になったりと、人間のそれぞれの深みに面白みを感じています。
また、物語の中でどのくだりか忘れたが、「人を利用しようとすれば、自分も利用される」と云うようなことが書かれておりました。私はひどく同感いたしました。私自身、いろいろな思いで今後、自己展開をしてゆきますが、ともすれば人を頼りたくなってしまいがちです。しかし、人を利用しようとすれば、相手に利用されてしまう可能性は大いにあるでしょう。これは心すべきことだと思いました。
他に感心する場面としては「商人はモノと同時に信用も売り買いしているのだ」というようなことですね。商売だけではなく、なにか志をもっている人間には、その信頼は事を為す時、非常に重要な要素となるだろうとも思った。
羌族はただ弱い族ではなく、自立を迫られた族だったのでしょうね。脈絡は無いかもしれませんが、ここまで読んでいてそう思いました。また、受王の描き方にも興味があります。彼のことを著者はけなそうとしません。優秀な王であるとほめる部分は多く見られます。ただ、望との決定的な違いは明るさなのではないかと思ったもしました。
さて、これから第三を読みますが、物語の最後にどのような気持ちになるのかとても楽しみです。
・「んんんんんんんんん。」
いや、人間のすごさというか、できすぎた人間ドラマを見ているようだ。
しかも、おもしろい。続きが気になる。そして、淡々と話は進む。途中で本を置く(閉じる)ことをするのが申し訳なるぐらい、続きを読んでしまう。
この世にこのような人がいないことにより、あこがれを含めてこの物語に夢中になるのだと思います。
それと、望どのはまさにコロンブスの卵をおこなった人であることは確か。ちょっとしたことに目を向け、応用をおこなう・・・それが出来ないから凡人は凡人のままなのだろう。
・「大きな野望は、一人では実現出来ない。」
人と交わり、成長していく望。ある時は、教えを受ける。ある時は、敵味方として戦う。
その中で同じ心を持つ者達との結び付きを強める。弟のように接していた彪は敵となる。同じ族であり、地下組織を持つ馴との出会い。
人として大きく成長していく望の姿がそこにある。そして、商王が決して悪でもないことにも気づく。むしろ名君である。この王を倒すことは、ただの復讐に過ぎない。
そう理解した時、望は失望する。
私達の心の置き所を考えさせられる巻です。
・「面白いです。」
三巻とおして私はこの巻が一番好きですねー。歴史的に大きな動きは少ないですが、望に引き寄せられてゆく人々の動きがとても面白いです。望はますます魅力的になってますし、弟分の班もとてもかっこいいですよ。
ほんとはこんな俗物的な見方をしちゃいけないのかもしれませんが・・・(笑)
・「文公の有終」
上巻では、重耳の祖父称が描かれ中巻では、重耳の父が崩れていくさまが描かれ下巻では、さまよう重耳が描かれています。
苦難の末につかんだ君主の座ですがあまりにも遅すぎた感があります。
忠や孝をつらぬくことの難しさ天命というものの重さがひしひしと伝わる作品です。
・「流浪の果てに」
重耳の長い流浪生活もようやく終わりを告げる。王としての在位期間はわずか9年と言うこと。 19年は流浪していたのである。作者は言う、この19年の苦渋が、彼を育てたのだと。私も思う。 天意が彼を選び、彼を育てた19年であると。
最後の方で、『やすいと思えば、むずかしく。むずかしいと思えば、存外やすいこともある』というようなやり取りがあった。もちろん重耳と誰かのやりとりだ。非常に当たり前であるが、その事に気が付くのに、人はどれほどの過ちをくり返すのかと、そんな気持ちを持ちました。
・「最高傑作」
宮城谷氏の著作の中ではやはりこれを挙げたい。前半のこれでもか!の苦難の日々、そしてこの巻での成功、そのバランスが取れており、作品としての構成力も優れている。登場人物も魅力的であり、主人公であるはずの重耳よりも魅力的な人物が多数いる。そして文公と言う日本ではかなりマイナーであった人物を(桓公は結構知られてたのだが)、これだけメジャーにした功績は非常に偉大である。
・「晋の文公、重耳の巻」
長きに渡る流浪、そして他国の臣下を経て晋の君主として迎えられる。その長い道のりに起こる、家臣との関係にとにかく心打たれる。波乱の人生を歩みつつも、重耳は、なるべくしてなった、天子のよう。上中巻でみられる堅さはあまりなく、違和感を感じたが、人々の感情を多く捉えていたところが、私の涙したところでもある。
・「変わることのないペシミズム」
宮城谷文学といえば諸国がしのぎを削る春秋戦国時代を背景に、颯爽とした英雄が登場して・・・というストーリーを愛読してきたが、三国志となると勝手が違う。貪欲な意図を持ったものが権柄を握り、清廉な志で政治を立て直そうとする者も、やがて奸悪な刃に斃れていく。正史三国志が正史紀伝体の常として、前王朝のプロパガンダ的批判から入る仕立てになっているのもあるだろうし、何より後漢書も三国志も、異民族台頭下での亡国の嘆きを基調としていることがあるのだろうか。
第一巻は後漢王朝の中盤、6代安帝から8代順帝の時代が対象。正史三国志や三国志演義がカバーしていない時代であり、三国志前史が語られる。前漢滅亡時に官僚が皇帝の藩屏として機能しなかった反省から、後漢王朝では科挙による学識登用でなく、考廉による徳目登用が行われ、そういう恣意的な官吏登用システムが結局は宦官や外戚による専横の土壌となった。楊震ら多くの官僚や学者たちの悪戦苦闘も描かれるが、良き意図もいずれ邪悪なものに飲み込まれていく、というペシミズムが物語の根底を流れ、変わることはない。
王朝が緩やかに衰亡へ向かう中、希望の種が蒔かれる。それが新時代を切り開いた曹操の祖父である宦官の曹騰である、ということになるのだろうか。
・「初めて三国志を読む人には辛いかも…」
宮城谷さん自身がむしろ春秋戦国よりもっと前の人物に魅力を感じていたため、「三国志」は後回しにされてしまったが、今まで書かれた「長耳」や「楽毅」「子産」などのように人物を豊かに書きたいという思いが、この「三国志」のなかで果たされていると思う。ただ、論文になる嫌いがあって物語性が見えにくいのが難。小説、というより人物論文のようでもあるので、「三国志」をまったく読んだことのない人にはもうさっぱり訳が解からなくなると思われる。しかし、流れさえ知っていれば、登場人物の関わり合いに、なるほど、と頷けることしばし、「三国志」をより深く知りたいのであれば楽しめる。ちなみに物語は後漢から始まっているので1〜2巻まで劉備や関羽、張飛の話が全くと言っていいほど出てこないので彼らのファンは覚悟した方が良い。曹操がやっと2巻の最後に出てくるので、1巻は先に忍耐がいると思う。
・「第一巻は後漢の物語。悪党のオンパレード。黄巾の乱はまだまだ先だが面白い。」
宮城谷氏は代表作「重耳」でも祖父の代から書き始めているように、主人公の登場を必要とした前史を丁寧に解き明かす。しかし、曹操の祖父である宦官・曹騰に光を当てつつも、第一巻をまるまる後漢中期の外戚・宦官入り乱れての勢力争いに割いたのには驚く。三国志は普通黄巾の乱からスタートするものだが、簡単なエピソードの紹介も含めれば後漢初代皇帝・光武帝、いやその前の漢王朝簒奪者王莽にまで筆が及んでいる。もっとも、著者があとがきで述べているように、時代区分でいえば、赤壁の戦いも含めて曹操や関羽が生き、死んだのは後漢時代。まずはこの王朝の脆弱さ・腐敗ぶりとその中で清く生きようとした士の精神のあり方をとことん描こうとした意図は理解できる。それにしても、一時善政が行われた時期があるとはいえ、後漢時代は悪党のオンパレードとしか言いようがない。だが、壮絶な権力争いの過程はやはり面白い。私は宮城谷氏版「三国志」はまだ本巻を読んだだけなので、我々が良く知る三国志とどう結びつくのか不知だが、詳しく知らずにいた後漢王朝の物語として本巻を評価したい。本巻はまた、これまで資料が少なく呪術的要素が大きかった中国古代の話をたくましくい想像力で補って描いた著者が、資料が多くある意味縛りの多い紀元後の中国の、人間と人間の関わりが中心となる物語をどう描くか、大いに期待を抱かせる大河小説の幕開けだ。なお、悠長に長大な三国志を読んでいられないという方には、中国中央電子台製作のTVシリーズのDVDをお薦めする。
・「新たな三国志」
充分に読み応えがある作品です。三国志というよりも中国王朝史として読みました。中国では新皇帝が誕生すると、その外戚が権力を握り、政権を我が物とする。それを不服とする側近がクーデターを起こし、政権を浄化させる。それでもやがて権力が偏ってくるので、新たな権力闘争が起こってくるという流れです。宦官の曹騰が偏らない視点で政権を見ているようですが、それでも宦官だという事で恨まれてしまう。この小説自体、主人公と呼べるものがありませんが、楊震、順帝、曹騰、を中心に描かれています。時代の流れが主人公です。
・「よく知られている話の「以前」から!」
宮城谷さんの作品は初めてです。
書店で見かけたとき、帯を読み、「よく知られている三国志」(私は横山さんの漫画中心)のプロローグというか、それ以前の話から始まるようなので、今までとは違う三国志を楽しめるのではないかと思い、購入しました。
三国志は「黄巾の乱」から始まるものだと思っていましたが、
曹操のおじいさんのちょっと前から始まります。
皇帝の周辺、宮廷内のドロドロの愛憎劇(!?)が「これでもかっ!」と言わんばかりにたくさん出てきます。
のめり込む、のめり込む。
ただ、1つだけ難問。
たくさん人が出てきます。みんな漢字2文字。読めない漢字(普段使わない)が多すぎる。結果、何度も前ページを見てはふりがなを探す。
そんな面倒くささがあります。せっかく、のめり込んでいても、中断されることしばしばでした。
それはさておき、「ちょっと違った三国志を楽しんでみたい」という方にはお勧めです。
・「素人っぽさと玄人さ」
歴史物語としても、歴史書としても、宮城谷氏の著作水準は高いとは言えない。例えば晏嬰に関する史料考証は中国、日本の歴史学何れもかなり進んだ研究成果が出ているのだが、そうした資料に依拠したことは、少なくとも明示的には現れない。これは資料水準を一定程度確保した司馬遼太郎氏や塩野七生氏
、海音寺氏といった歴史小説家の手法とは、少なくとも見かけ上はかなり異なる。
あからさまに言えば、歴史学者から見ればただの英雄史観である。しかし物語として見た場合、本人が謙遜含みにせよ公言する「無知から」の鋭く磨かれた想像力の駆使による原典への沈潜による再構成を通じて、史書の無味乾燥な行間を
豊穣に埋めている。これは文学的想像力の賜物であると共に、著者宮城谷氏が取り上げた対象に対して深い愛着を持つからこそあらわれるものだろう。
宮城谷氏の凄みの一つは、政変や政争に対する、平坦な叙述の中に凄惨さを淡々と織り込み得る点にある。本著作が宮城谷作品の中で完成度の高い緻密さを得たのは、崔杼、という
稀有に現実的な陰謀家の存在を魅力的に配せた事だろう。晏子の生涯に対し、崔杼は奥底での理解者であり、擁護者であり、そして敵対者であり、同一の歴史的命題に対するアンチ・テーゼであり続けた。この配置の妙こそ、宮城谷氏の著作をただの英雄礼賛ではなく、歴史的存在に対する、えもいわれぬ哀惜
と悲劇の構成者として成り立たしめ得るものだった。崔杼という、儒教的正統性から言えば、ただの簒奪者であり悪役である人物を、力まず、囚われずに再構成し得た、この事こそ宮城谷歴史文学の真骨頂の一つだろう。
・「すごい人物がいたんですね」
晏氏親子の生涯を丹念に描いた大作です。親子は武術家というわけではありませんので、特に戦乱に焦点があたるわけでもなく、物語は静かに、親子の生きかたを丁寧に描きながら進んでいきます。ですから、戦国時代の争乱を期待して買われると面白くないと思います。
しかし、世の中にこんなに高邁に生きた人もいるんだということを知るには格好の書物です。親子の生き方には、素直に「すごいなあ」と感動させられると思います。
・「亡命生活の始まり」
上巻に引き続き読んでおります。上巻が、いわゆる晋の三公子が成長し行く過程で、晋の国自体も成長、充実を増す時期を描いていたのですが、この中巻は一定のピークを迎えた国の停滞、もしくは退化の時期を描いている為、非常に暗いイメージですね。 悲劇も多く、申生の死などは非常に悲しい出来事だし、驪姫の傾国的象徴、明るく感じるものは何一つ無い気がしました。重耳の有名な亡命生活も、実にこの中巻から始まります。
・「晋の献公、詭諸の巻」
中巻になり、晋国外の敵よりも内部の敵というものが克明に描かれるようになる。親を想い続け善を尽くす申生と重耳、それに対して徐々に悪を出し始める詭諸と夷吾に自分も世界に引き込まれる。そして、その対極となる者たちに予想もしない結末がやってくる。
そこには家族として、親として、子として、そして教育者や臣下としての色んな側面が見えた気がする。さまざまなことをこの本と共に考えることは、大切だと思った。
・「宮城谷作品中屈指の傑作」
管晏列伝で管仲と並び称される、名宰相晏嬰をその父の時代から描く。
司馬遷が、晏嬰がもし在世していたならその馬丁となって仕えたい、とまで述べた晏子とはどういった人物なのか。
その真に迫る独特の世界観は他の追随を許さない作品です。
・「古代中国究極の名臣父子をえがきつくした、宮城谷文学の傑作」
晏子は、古代中国のひとびとの尊敬をあつめた、究極の名宰相。
この小説では太公望以来の古代中国の東の大国、斉の国が苦難の時期をむかえるころに、爽快な武将で男のなかの男のようであった晏子の父と、礼と信念のひとであった晏子の2代にわたる生き様をあざやかにえがききっています。
悪名高い先代宰相だった崔序(さいちょ)が、権勢的には格下ながら晏子の父だけは別格視し、かれの死を知り”鬼の目にも涙”となる場面は(1巻ではないですが)、どんな人間でも、ある風韻をもった人格には感化され、敬意をはらうのだという普遍の真理を描写しています。
そして息子も。。。斉の国が戦火でみちみちたときも、かまわず父の供養を続ける晏子のすがたに、侵略した敵国の兵士すら敬意の念でとがめず立ち去ったといいます。
終盤、ついに宰相ののぼった晏子の活躍は白眉です。君主にときには直言し、ときにはわかりやすくさとし、民のためにはおそれるものはなく、信念で、ただ最善を求めるつづける政治姿勢を一貫してつらぬいてゆく姿は、大感動です。われわれの生き方に問いかけてくるようです。小さいかただったそうですがまさに小さな巨人、です。人間としての格、というものを考えさせられました、感動の大作です。すぐに右顧左眄するいまどきの政治家のかたがたにはぜひ、およみいただきたい。
・「世界一の軍師晏子(父)」
2巻までがお勧め。敵国の民の事も考える晏子は、世界一の軍師である。君主よりも天命よりも民意が一番大事なのであ〜る。アンビバレンツが生じる事態でも、全ての存在を高める策を考える晏子は凄い!アクロバテックな仁義礼忠孝の策のサーカスに酔いしれろ!三国志の成功率100%の軍師カク元和は、主君のみを高める策を常に間違えずに献策したが、主君が悪でも善でも大物でも小物でも、常に主君の事しか考えなかった。それはそれで、仕事を選ばないプロ軍師でかっちょええが、晏子のように主命に背いても全てを幸福にする策を捻り出して欲しかった。勢力の海の中で、全ての勢力に協力して全てをより良い存在に高めようと、離れ業を演じ続ける晏子は世界一の軍師である。
・「古代中国の賢臣 晏父子を描いた長編歴史小説」
古代中国、群雄が割拠した春秋時代、斉の国に仕えた晏弱(あんじゃく)、晏嬰(あんえい)父子の姿を描いた長編歴史小説。「子」は男性への尊称で、親子ともに晏子と呼ばれていたようです。父親の晏弱は、難攻不落といわれた城を落とすなど名将の誉れ高い武将、子の晏嬰は、父の死後、当時すでに廃れていた服喪の儀式をなし孝子の評判を挙げた賢臣。この二人を中心に、その周りに集まる人々、王、さらには当時の国の情勢が詳しく書いてあり、質・量ともに十分な内容です。
「江南の橘も江北に遷せば枳殻となす」の言葉ばかり有名で、その生涯などはまるで知らなかった本書の主人公の一人の晏嬰。私だけでなく、知らないでいる人がほとんどではないでしょうか。このような、名前は知っているがその生涯や事績はあまり知られていない古代中国の人物に焦点をあてて、歴史小説を書き続けている作者。まだまだこのような人物は大勢います。何しろ四千年の歴史の国なのですから。これからも一人でも多くの人物を取り上げ、その生き様を見せてくれるよう、期待します。
・「やっぱり晏弱だな」
晏嬰が主人公なのだが、父の晏弱が一番魅力的な登場人物。晏弱に惚れた蔡朝や南郭偃と同じく、私も彼に惚れてこの小説を読み終えた。
・「孟嘗君」
『助けてくれた人に礼をいうより、助けてあげた人に礼をいうものだ』という、最後に白圭がいうこの言葉はとても深いです。
・「『孟嘗君』(1/2/3/4/5)」
孟嘗君を取り上げた内容なのですが、実際は白圭の素晴らしさばかりが際立っており、孟嘗君の偉業よりも勝って感じられました。終盤は展開が駆け足のように感じられて、読み終えたときの感慨も深くないものでした。とても評価のし難い作品だと思います。
・「戦国時代の名宰相」
嘗邑という土地を与えられた田文は孟嘗君となった。魏・斉・秦の宰相となったというから半端なく凄い。3国の宰相に請われてなるなんて格好良いじゃないですか。5巻は孟嘗君の活躍が気持ち良い。
三国志の劉備や曹操が活躍した時代よりも500年も前、キリストが生まれる300年も前にこんな人がいたんですねぇ。中国の歴史は恐ろしく深い。
財産は「人」であると数千人の食客を大事にし、仁政を行った彼の存在感は大きい。王にうとまれ、小国に帰ったあとも、彼の生きている間、大国は手を出せなかったそうだ。このことを取っても彼の存在感がいかに大きかったかが分かる。3国の宰相に請われた彼にぜひ日本の首相もやって欲しいと思った。
・「冒険活劇 」
有名な割に実像がわからない孟嘗君の物語です。全編を通して、躍動感があり飽きない構成になっています。
特に孟嘗君の義父である白圭の活躍は主人公を凌ぐものがあり、大きな柱となっています。
そのほかにも孫子や蘇秦などもりだくさんで楽しめます。
・「なめとんのかい」
戦国オールスター、宮城谷版大甲子園とでも言うのだろうか。最初のうちはまだしも商鞅が出てきた頃から読むのがつらくなった。そして蘇秦張儀が出てきた所でもう読む気が無くなった(と言いつつ一応最後まで読んだのだが)いくらなんでもやり過ぎだろう。なめとんのかい。
この小説の欠点として良く「小説のタイトルを『孟嘗君』じゃなくて『白圭』にすべきだろ」と言われる。それ自体には賛成だが、別にそれは欠点ではない。
あと最後にいきなり孟嘗君を擁護するために司馬遷私怨説を唱えるのにもずっこけた。
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