ルポ 貧困大国アメリカ II (岩波新書) (詳細)
堤 未果(著)
「どうやってもうけるか」「暗澹た夢の国アメリカの現実」「アメリカ_負の側面」「貧困大国エピソード2」「正編同様、文章構成に難があるのはなんとかならないのか。」
日本人の英語 (岩波新書) (詳細)
マーク ピーターセン(著), Mark Petersen(原著)
「英語と日本語の間」「ありがたきしあわせ」「英文を書くことに関わる全ての日本人に読んでもらいたい一書」「中上級者向け」「これは、ひとつの日本人論なのかも。」
床下の小人たち (岩波少年文庫) (詳細)
メアリー ノートン(著), ダイアナ・スタンレー(イラスト), Mary Norton(原著), 林 容吉(翻訳)
「ジブリ新作「借りぐらしのアリエッティ」原作」「ファンタジー☆」「スタジオジブリ最新作「借りぐらしのアリエッティ」」「チャーミングな物語」「ちいさなファンタジー」
ルポ 貧困大国アメリカ (岩波新書) (詳細)
堤 未果(著)
「新自由主義は絶望を呼ぶのか」「読書後の後味の悪さ(笑)」「行き過ぎた 民営化はね よくないが」「アメリカンドリーム・・・」「弱者の骨までしゃぶるアメリカの仕組みを追随する、日本への警鐘」
続・日本人の英語 (岩波新書) (詳細)
マーク ピーターセン(著), Mark Petersen(原著)
「著者の日本を愛する気持ちが伝わってきます」「映画・文学における言語感覚」「引き続き痒いところに届く内容」「英語好きなら買うべきです」「Nativeに説明して欲しいことが書いてある本。」
ご冗談でしょう、ファインマンさん〈上〉 (岩波現代文庫) (詳細)
リチャード P. ファインマン(著), Richard P. Feynman(原著), 大貫 昌子(翻訳)
「前向きリチャード・ファインマン」「愉快!痛快!」「物理のことなどほとんど書いていない!」「ファインマンさん最高!」「いたずら大好きの大人」
インターネット新世代 (岩波新書) (詳細)
村井 純(著)
「インターネットの歴史概説でもあるし、基本技術紹介でもある」
「お勧めの一冊」「あえて原文から挑戦する」「先生は言われた。」「原文にこだわりたい人なら…」「語り継がれるもの・・・」
モモ (岩波少年文庫(127)) (詳細)
ミヒャエル・エンデ(著), 大島 かおり(翻訳)
「絶賛するほどではない」「大人になると別の形で心にしみるかもね。」「児童文学ということで…」「レヴューというより、雑感ですが、」「「残業依存症」から立ち直った、今の読後感」
君たちはどう生きるか (岩波文庫) (詳細)
吉野 源三郎(著)
「私の座右の書です」「あの時代を思い出す」「一見古臭いけど」「道徳教育というならこのくらいのものを」「ブレードランナーとネバーエンディングストーリーを足したよう。」
● 中学生はこれを読め!第3回本屋のオヤジのおせっかい - 18/20
● オイラーの贈物
● 英語上達完全マップの卒業へ向けて(TOEIC卒業レベル?〜)
● 日経ビジネスアソシエ CULETIVATION PROGRAMで紹介された本/DVDです。
● 次に読みたい本
● 英語教育の良書
● 英語本いろいろ
・「どうやってもうけるか」
前作も読んでショックを受けた。なにかアメリカという国には希望がないように思ってしまった。しかし、よく読んで見るとアメリカという国は、どうやって金を儲けるかを考えている悪魔のような一握りの人々が国民を苦しめている国なんだと感じた。教育の分野、保険や医療、刑務所と次々に拠点を変えてもやっていることはいかに儲けるか。これがアメリカンドリームなんだとわかった。対岸の火事ではない。私は教育に携わっているので日本でも起こりそうな気がする。日本は起業家でなく官僚が悪魔だが、官僚故にアメリカほどの早さで日本を崩壊させられない。官僚の中にも正義がある程度働いているからだろう。ただ、今のような社会状況が続くとどうなるかわからない。若者が夢を持てないでいるのは事実だから。
・「暗澹た夢の国アメリカの現実」
どこにあたらしいものがございましょう。やっぱり右も左も真っ暗闇だと思ってしまうアメリカの現実。
イラク戦争の帰還兵の自殺率は、当該戦争の死亡率を超え、貧困は、平等化の基本装置である社会保障 ー医療や無年金ー学校教育を民営化によって破壊する
しかしこの本を読んで、日本はまだマシなどの感想を持つのは間違いである。
日本はアメリカの傘のしたにあり、いつだってアメリカをツ隋してきた。
吉田茂はアメリカを番犬に使おうと思ったが、今、番犬は世界に犬が主人公の国を作り、犬の王として君臨しているのだから。
・「アメリカ_負の側面」
アメリカ人の135人に1人が囚人であるということに驚く。しかも、現行のシステムでは刑務所の中にいる間に借金を抱えることになる。企業は中国よりも安価に人を雇えるため、刑務所にアウトソーシングするという。医療保険問題、高騰する大学の学費と学資ローン。アフガンへの増兵。アメリカの負の側面をこれでもかというくらいに見せつけられた気がする。
それでもいまだ世界の中心国家であり、もっとも裕福な人々の暮らす先進国家であるアメリカ。多かれ少なかれ社会のシステムの未熟な国々ではもっと深刻な問題を多々抱えていることであろう。アメリカの復興なくして、世界平和は訪れない。
・「貧困大国エピソード2」
前著『ルポ 貧困大国アメリカ 』において、海の向こうにある「自由の国」というのが、裏に回ってみたら実は「かきわり」だったいうことを、ジャーナリズムの視点から喝破した堤末果。前著刊行時、時代はまだブッシュ政権という暗黒時代であったが、その続編である本書はオバマ政権下の今のアメリカを映し出す。
あまりに濃い黒を見た直後には、ちょっとぐらいくすんでいようと白は真っさらな白に見えるもの。この本でつまびらかにされるのは、国民の希望とともに就任したバラク・オバマとその政権が内包する、その「くすみ」の部分だ。
本書がスポットライトを当てるのは主に、アメリカの教育と医療、そして刑務所だ。特に、今や利潤を生み出す機械として利用されるこの国の刑務所の実体を読めば、「これなんてSF?」と目を疑いたくなる実情にあふれている。ユートピアとはディストピアによって成り立っているとはよく言うが、利潤を追求した先にあるアメリカこそがそれだったのだ。
SFといえば、本書が明らかにすることのひとつは、この国の中流以下の多くの国民には今や「シリアルナンバー」がつけられているということ。それは、ローン残高という名のシリアルナンバーだ。著者が米国民の側の問題として指摘するのは、彼らに根深く残る「今・ここ」の快楽主義。それはこの国民のほぼ0の等しい貯蓄率が如実に表している。彼らは借金という形で、未来の自分という他人に負債を先送りしてきたのだ。 著者によれば、中流意識が高い人ほどこのローン地獄に陥るらしい(それ以下の人ははじめから借金できないのだろう)。その人たちが掴んだのは、「アメリカンドリーム」という空手形だ。本書を読むとそんなものが最初からないわけではなく、実在するのはわかる。しかしそれは、夢を掴む人の数百万倍以上の掴めなかった人たちによって作られた人柱の上に建てられているのだ。
・「正編同様、文章構成に難があるのはなんとかならないのか。」
◎アメリカ人のメンタリティの異常さについて知ることが出来る。 政府が公的社会保障を手厚くするということがアメリカ人にとっては恐怖の社会主義化と映るようです。その硬直化した考えを捨てられない彼の国の人々に同情を禁じえません。 また、貧富の差がこれだけ開いていても、企業経営者に巨額の報酬が平気で支払われ続けること、受け取る側もそれが当たり前だと思っていることに、行き過ぎた拝金主義を見て、ここにもまた彼我の大きな違いを感じないではいられません。 制度疲労もさることながらこうしたメンタリティに起因する貧困社会は一朝一夕ではとても改変できないでしょう。
◎刑務所が産業化されて社会に大きなひずみを生んでいることを取材している。 日本でも民間企業に刑務所運営が委託され始めています。アメリカの例がそのまま当てはまるかどうかは分かりませんが、インドなどへの国外アウトソーシングならぬ、刑務所への国内アウトソーシングが進んでいる、しかも受刑者という安い労働力を不当に搾取することで、健全な市場競争が妨げられているという事態について大変面白く、かつまたうすら寒い思いを感じながら読みました。
×構成にムリがあったり舌足らずなところがあったりする。 第2章で年金の問題を取り上げていますが、65頁で著者はまず「アメリカでは、老後の生活を十分に保障することを前提とした公的年金制度は存在しない」と明示しています。 それでいながら83頁で「給料から天引きされる公的年金しか持たない国民」がアメリカにいると記しています。そもそも受け取るべきお金である「公的年金」が「給料から天引きされる」という部分が意味不明ですし、とどのつまりアメリカに公的年金はあるのかないのかが分からないまま話が進んでしまっています。 著者の記述の矛盾に編集者は気がつかなかったのでしょうか?
・「英語と日本語の間」
この本では、日本語と英語の間での、物事を表現する際の意識の差を、冠詞、前置詞、時相、関係詞などのトピックごとに簡潔に紹介しています。内容はかなり深く、興味深いものです。自分自身、この本の冠詞・加算不可算名詞の説明によって、かなり使用法がはっきりした気がします。前置詞のもつイメージも、明確に述べられていて、興味深いです。ただ、言語そのものについて十分に意識し、英語にそれなりの時間触れた人でないと、あまりこの本の面白さはわからないかもしれません。大学受験レベルの英語力では、英語のバックグラウンドが少なすぎて、この本を十分生かすことが難しいかもしれません。
・「ありがたきしあわせ」
長年、英単語や英文法の知識を詰め込んできたものの、どうしても最後のところで本当に自信を持って「英語でのコミュニケーション」に臨めず、これ以上何をどうやって勉強したらよいか、ガラスの天井に頭がつかえたようなもどかしさと焦りを感じていた。そこに、一つはっきりと突破口が与えられた、と実感できた本。「英語ネイティブの無意識の思考回路」の(典型的な日本人英語学習者にとっての)かなめが、端的に解説されている。理屈以前のセンスとして、英語の使い方が腑に落ちた、と感じられた。
・「英文を書くことに関わる全ての日本人に読んでもらいたい一書」
本書は、著者が1980年にフルブライト留学生として初めて来日し、その6年後の1986年から2年間に渡って本書の内容を書きつづった連載を新書にまとめたものです。日本の大学で日本文学を学びつつ、多くの日本人理系研究者の書いた英文を添削してきた経験に基づき著された本書は、英語を日常的に書くことを生業としている日本人にとってのまさに座右の書と言っても過言ではないでしょう。
私自身、研究者として20年以上前に渡米して以来、日常的なメモに始まり、企画書、報告書、論文、学会発表、特許明細書、翻訳等々に関連して日常的に英語を使ってきましたが、このたび本書に巡り会ったことにより、今更ながらに蒙を啓かれました。そこには英語を書く際に日本人が陥りやすい落とし穴が見事なまでに明確に指摘されています。
まず最初の六つの章で説明される冠詞、名詞、名詞の複数形等(またそれは、日本人が英語を書く際にいつになっても悩む冠詞の使い方なのですが)に関する部分では、名詞に冠詞を付けるのではなく、まず冠詞ありきで、その後に名詞が続くと言うとらえ方が勧められています。文脈において「それぞれの名詞が、a、the、無冠詞、単数、複数のどの意味的カテゴリーに入るか」を常に確認すると言う習慣をつけるべし、なのです。
本書の前半部分は、実は多くの文法書に書かれている事ではあるのですが、成人してから中高での文法書を読み直したことなど一度もない私にとっては、まさに再教育を受けた感です。このように前半部分から学ぶことも多いのですが、本書の真価が発揮されるのは、後半の関係詞、先行詞と関係節、副詞と論理構造、接続詞に関する部分でしょう。
良い例が、「特に・とりわけ」と言う文句で始まる日本文に対して、”Especially, ...” と訳してしまう間違いです。私も以前この間違いを犯して英語のネイティブスピーカーに直されたことがあります。それは、「"Especially, ..." には、コンマで後に続く文から仕切られた、自立した「句」として働く慣用はない」からです。
また、"A lyrics of that song was written by a word processor, whose appeal is depending on clever rhyming and puns mainly."と言う問題だらけの英文が、順を追って添削され、最終的に"A word processor was used to write that song's lyrics, whose appeal would seem to lie mainly in their clever rhyming and puns."に書き直される過程は見事です。
別の例として、日本人が書いた英語論文で見かける "The following results of this experiment were obtained: ...." と言う表現が取り上げられています。英語ネイティブスピーカーからすると、この受動態は非常に虚弱な感じを受けるので、 "We obtain the following results in this experiment: ...." あるいは "This experiment yielded the following results: ..." の様に自信を持って能動態にすべしと勧められています。確かに、研究者ならば自分の研究成果を発表する際に、胸を張って後者の様に表現したいものです。
さらに別の例として、論文のアブストラクト(要約)では、特定の個人や組織に関わりのないように書く習慣があるので、例えば "We discovered a virus believed to be responsible for a disease similar to AIDS in cats." を、 "We" と言う主語を使わないで表現する "Discovered is a virus believed to be responsible for a disease similar to AIDS in cats." が勧められています。
そして圧巻は、最後の章で紹介される、志賀直哉の「城の崎にて」の一節にある「風もなく [小川の] 流れのほかはすべて静寂の中にその葉だけがいつまでもヒラヒラヒラヒラとせわしなく動くのが見えた」を "There was no wind, and except for the flowing stream, all lay in stillness, in the midst of which that single leaf alone kept up its busy fluttering, on and on." と訳す箇所です。このような英文が書けるようになりたいものです。そのためには、結局は英語を英語として考えるしかないのです。日本語をその字面のまま英訳するのでは無く、まず日本語の文章が言わんとする状況を視覚的・感覚的・論理的に捉え、それを英語で表現する、という事を身につけることです。
アメリカ人である著者がほんの6年間(!)の日本滞在でこれほどまでに日本語と日本人を理解し、その深い理解に基づいて著された本書はまさに賞賛に値します。なにせ、私は20年以上もアメリカに住んでいるにも関わらず、未だにあやしい英語を操っていますから。
英文を書くことに関わる全ての日本人に読んでもらいたい一書です。
・「中上級者向け」
日本人が間違いやすく、かつ、大きな誤解を与えるような英文法にフォーカスして、例文をたくさん挙げながら説明しています。これまでのレビューでも説明されていますが、冠詞(aやthe)、前置詞に多くのページが割かれています。ネイティブがどういう感覚で、文を作り上げているかについても説明しています。例えば、日本人であれば、名詞を考えた上で、それにaをつけるか、theをつけるか、何もつけないかを考えます。一方、ネイティブはまずaというカテゴリー(数えられるものでそれが1つであるというカテゴリー)をイメージした後に、具体的にその固体が何であるかを名詞でイメージするそうです。そのような思考プロセスなので、ネイティブは会話中、a、a、aと言って次の言葉が出てこない状況は、カテゴリーはイメージできているが、具体的な個体の名称が思いつかないという状況なのだそうです。このように非常にすばらしい本なのですが、中上級者向けの本だと思います。ある程度、英語ができるレベルの人が読むことによって、気付きが多いと思います。例文としても簡単でないものが多くあります。また、最後の章では、文法的には問題ないものでも、このようにした方がネイティブが洗練さを感じるというレベルまで踏み込んでおり、日本の義務教育で学んだ英語しか知らない日本人には難しい感覚だと感じました。
・「これは、ひとつの日本人論なのかも。」
書かれていることの一つひとつは興味深く、また楽しい。しかし相当に難しい。定冠詞ひとつとっても「なるほど、そう云うことなのか」と思いつつ、さて本当に理解できたのだろうかと云う思いが残る。
同じ内容を米・英国のインテリ層に説明しても、きちんと論理的に理解できる者は少ないだろう。 そう云う次元のテーマなのだ。
然るに、日本の英語学習者はピーターセンさんの極めて次元の高い、しかしある意味あまり深刻でない世界に引きずり込まれて行く。云い得て妙。私達に共通した「おかしな英語理解」を、見事に指摘してくれる。
downtown だから下町。 暗礁に乗り上げるのだから当然にして dead'R'ock ・・・と思い込んでいたのは自分だけではないと知って失笑する。「とりわけ」のつもりで especially を、したり顔で多用していたのも私だけでないし、 時制を無視しながら全く意に介しない処も、どうやら共通のことのようだ。
誰から教わったわけでないもないのに、みんな同じように曲解し、同じように間違える。
韓国人だったら、中国人だったら、どうなのだろう。 余計な心配までしてしまう。
・「ジブリ新作「借りぐらしのアリエッティ」原作」
えんぴつやヘアピンなど、いくつもあったのに気付くとほとんどなくなっていて、「あんなにあったのに、どこへ行っちゃったんだろう?」と思うことはありませんか?
そんな時は、もしかすると床下に住む小人たちが、借りていってるのかも知れません。
ジブリの新作「借りぐらしのアリエッティ」は、そんな世界を描いたこの本を元に作られます。
確かに、小物ってよくなくなるけれど、床下に小人が住んでいて、こっそり借りていってると考えると面白いなと、読んだ後思いました。
この作品に描かれていた中で印象的な点を挙げてみると、 ・人間に見つかったら何をされるか分からない中で、小人が人間の世界に、 必要な物をこっそり借りに行くドキドキ感。 ・一人の少年と小人の少女アリエッティとの儚くも温かい交流。 ・未知の存在に対する恐怖。そして、未知ではなくなった時の態度の変化。
種族の壁を乗り越えて心を通わせようとした少年と少女のファンタジックな物語であると同時に、世の中の争いごとにも通ずるものがあると思いました。
お互いのことを良く知りあえば、又、理解しようと思えば、この少年少女のように心を通わせられるのに、未知である間は、いたずらに警戒し、恐れ、あるいは気味悪がり、嫌悪さえしてしまう。そんな姿が描かれています。
ジブリの新作「借りぐらしのアリエッティ」は、公式サイトによると舞台を1950年代のイギリスから2010年の日本に移すようです。
時代や国を変えて、どんなメッセージを発する作品に仕上げていくのか楽しみです。
ジブリ作品は、作品によっては、原作を読んでない人が、はじめに映画を見ると、理解しにくい場合があるように思いますし、元の作品を知ってこそ、映画として伝えたいことが、より見えてくるのではないでしょうか。
・「ファンタジー☆」
ジブリからの公開を知って読みました。久々のファンタジーで子ども心に戻ってワクワクドキドキできました。
・「スタジオジブリ最新作「借りぐらしのアリエッティ」」
子供の頃に読んだお話が、ジブリで映画化されるなんて!
とても嬉しくて、ワクワクドキドキです。
スタジオジブリ最新作借りぐらしのアリエッティ」
2010年夏公開予定
映画公式サイト
http://karigurashi.jp/
・「チャーミングな物語」
日本では「床下の小人たち」として訳されているこの本。生活必需品をなんでも床上の人間から借りてきてしまうからこのタイトルがついています。人間にみられないように物を借りてくる生活というのはさぞかしスリリングでしょう。Borrowersのために人間がいるのよ!という彼らの考え方も面白い。daだから、生活は借り暮らしで、盗んではいないと。もしそうなら、なぜ見られてはいけないのかな??子供の頃に読んだこのシリーズ、続きも読んでみたいですね。
・「ちいさなファンタジー」
この本は、ファンタジーに分類してもよいと思いますが、魔法が出てきたり壮大な話だったりするわけでもありません。床下なんかに、とっても小さな人たちが住んでいて、人間の持ちもの 安全ピンなどを「借りて」暮らしている、という物語です。小人達は、人間に「見られる」ことを最大の恐怖として生きているので、その
生き様はなかなかスリリング。本当に、家にいるような、そんな身近な感覚をおこさせてくれる本です。「(床下の)小人がいないなら、なぜ工場は安全ピンを作り続けるのか」というのはある意味名言ですね。
・「新自由主義は絶望を呼ぶのか」
小泉元首相と竹下平蔵氏はここに描かれたアメリカを追随した。そしてアメリカ通りの格差社会を実現するのに成功した。
なんたることか。
この著書が郵政選挙の前に出版されていたらどうだったろう。おそらく今と変わらなかったであろう。
その程度に日本国民はバカだし、民主党に政権を渡してみる程度には利口である。
主義主張ではもう、世界は回っていかなくなるのではないか。現代の日本共産党の言っていることはほとんど正しいが、賛同できないのは、コミュニズムの部分なのである。
・「読書後の後味の悪さ(笑)」
アメリカ経済のやり方に追従してたらマジでやばいなあ。
リーマンショックで頂点を極めた金融工学(初めて見たときから嫌悪した言葉!)原理主義がアメリカ社会にどんな形で食い込んで、中間所得層をいとも簡単に貧困者へ転落させるかがあらゆるシーンで描かれる。
家。病院。教育。食べ物。国家安全保障。
すべて生活の核をなすもの。これら全て「合理的」な経済学の世界でウォッシュされ、民営化の下で徹底的に理論武装していく。
これが資本主義という化け物なのか。市場原理主義という思想を、経済人や経済学者が机上の空論でこねくり回した結果なのか。
一部の知識層や富裕層が富を所有しているのは確かだ。どこかの国の首相みたいに母親から小遣いで億の金をもらうような人もいる。そんな人間に、一千万の診療費が払えないで、貧困層に転落してしまう人達の生活ぶりなど、想像もできないだろう。(国民は年間一律三千万円位で生活していると思っているらしいし)
日本もいい加減に国外から品物だけではなく、思想や方法論をまるごと輸入するのを止めて、この国に見合った、この国の戦略を見つけていかなければ、
この国は確実にダメになる。
そんな事を考えさせられた本です。
・「行き過ぎた 民営化はね よくないが」
1.内容アメリカにおいては、あまりにも民営化が行き過ぎているので、すなわち、「『教育』『いのち』『暮らし』という、国民に責任を負うべき政府の主要業務が『民営化』され、市場の論理で回されるようになった」(p10)ので、肥満の人が増えたり、災害が起こっても見捨てられるところが出たり、医療費の高騰などで病院に行けなかったり、貧困層が戦争に行ったり(軍隊にスカウトされたり、民間人として戦地に派遣されたり)、と、憲法第25条にもある生存権その他の人権がない状態になっている。2.評価国家というか、民主主義が機能しない部分が増えたら、国民にとってどれだけ過酷な状況になるかが、アメリカの事例からわかるような内容になっている。ただ、経済的な面で若干突っ込みが足りないと思った。私の知る限り(未調査。報道からの印象)、貿易赤字だったり人件費が発展途上国より高かったりするから、貧困がある程度あるのは仕方ないのではないか?以上、民主主義国家を考えさせられる点で星5つ、経済的な面での突っ込み不足で星1つ減らして、星4つ。
・「アメリカンドリーム・・・」
現在、高校3年で夏頃に大学のAO入試の課題図書としてこの新書を読みました。高校は英語科に在籍をしていて、アメリカというものを身近に感じていると勘違いをしていました。その後、この本を読みアメリカの裏側というものを知ることが出来ました。今ではこの本はマイベストセラーです。自分が今までに描いていたアメリカというイメージが完璧に崩れ落ちるというか、本当の姿を見せたというのか・・・高校生が読むには少し読みにくいと思いますが、オススメします
・「弱者の骨までしゃぶるアメリカの仕組みを追随する、日本への警鐘」
ハリウッド映画をはじめとしたポップカルチャーを通して見えてくる、強くて、正しくて、楽しくて、豊かなアメリカ。本書によって、そんな安易なイメージは打破されます。
本当のアメリカは、正義と大義を掲げながら、自由と公正を謡いながら、さまざまな方面でことごとく弱者を踏みにじり、搾取しています。本書では具体的な例をあげながら、サブプライムローンで家を失った人々、公正な教育を学校で受けられていない子供たち、保険に入れず、または入っていても支払いを断られ、高額な医療費のために破綻していくアメリカ人たちとその社会が抱えている根深い問題を、克明に語っています。
小さな政府、ビジネスへの干渉を最小にし、また福祉や医療への投資を縮小してきたアメリカの政策。その結果格差が広がり、貧困大国となりました。日本は、多かれ少なかれ、アメリカのやり方を追随しつつあります。本書は、アメリカ追随はもうやめよう、という警鐘のように私には思えます。
アメリカでビジネスを展開している方たち、アメリカ在住の方たちにぜひぜひ読んでいただきたいです。
・「著者の日本を愛する気持ちが伝わってきます」
本書の後半では、松尾芭蕉の俳句「古池や蛙飛びこむ水の音」や、俵万智の「サラダ記念日」、川端康成の「山の音」などを取り上げ、その英訳について熱く語っています。英語のニュアンスを日本語で表現するのが難しいのと同じように、日本語のニュアンス(特に俳句などリズムが伴うもの)を英語で表現するのも難しいことを言っている。例えば、「山の音」の英訳(筆者でない人が英訳したもの)について解説している箇所がある。「やさしい」が何回か使われている部分があるが、それらがkind, good, gentle, niceを使って表現されている。筆者は、それらの単語の使い分けるに至った理由について説明するために、「やさしい」という言葉で表現しようとしている微妙な意味の違いにまで言及しています。本書は、文法書として読めるものですが、同時に、筆者の日本文学に対する強い愛を感じる一冊でした。文法書として見る場合、前作の「日本人の英語」と重なる部分は多いと思います。
・「映画・文学における言語感覚」
本書のタイトルは前著『日本人の英語』の続編を感じさせるが,前著とは異なる構成となっている.つまり,本書の前半では日米の映画のセリフを題材に取り上げ,日本的セリフをどのように英語で表現するか,またアメリカ的セリフをどのように日本語で表現するかについて深く議論されている.また本書の後半では,日米の文学作品を題材に取り上げ,同様の議論が行われている.
本書を通じて,言語を学ぶということは,単に言語学的な事柄を学ぶだけでなく,同時に対象国の文化も学ばなければならないということがわかる.まさに異文化コミュニケーションの重要性が指摘されているということであろう.しかし,自分も含め日本人は,まず自国の日本文化を理解することから始めなければいけないであろう.本書はそのようなことを改めて感じさせてくれる一冊である.
・「引き続き痒いところに届く内容」
まずは、前書でも紹介があった定冠詞/不定詞の問題をとりあえげて説明がある。使役動詞はmake、have、let、そしてget...to...があるけど、それぞれに違いがある。if文の中でもwillを使って未来形を使って表現することも十分可能である。
以上のことが、なぜそうなるのか、どういう違いがあるのかを例文を挙げて分かりやすく書いてある。日本の教育課程で学んできた英語や、巷にで売られている一般の英文法解説書等では知りえることができない、痒いところに手が届く内容となっている。ある程度英語が分かってきて、もっときちんと分かりたい方、今まで半ば疑問にも思わずに当たり前に使っていた英語の誤りや理屈が分かるようになります。
やや理屈が多く、取り上げている内容も古い映画や文学作品が多く(出版された年代を思うと仕方ないことだけれども)、なかなかスッと頭に入ってこないことも多かったが、ページ数もそんなに多くないので息抜きしながら短時間で楽しめることと思う。出版されてからかなり経った今でも、愛されているのがよく分かる。
・「英語好きなら買うべきです」
前作と同様、素晴らしい作品です。とにかく、読みやすく、英語に興味がある人にとって、また日本人にとって本当にわかりやすい本です。なぜ、日本人は英語ができないか(これはアジアの他の国と比較しても劣っていることからもわかりますが)、それはやはり「日本人」という国民性、文化と「日本語」の持つ特殊性(英語習得に対する特殊性という意味です)が関係あると私は思います。その日本のことと英語のこと、両方について深い知識をお持ちの著者でしか書き得ない文章、それがこの本の美点です。是非、一読をお勧めいたします。
・「Nativeに説明して欲しいことが書いてある本。」
前著『日本人の英語』の続編である。冠詞の説明など前著の流れを汲みながら、「nativeにしか分からない感覚」を多く散りばめてくれているのが嬉しい。日本人英語学習者にとっては、まさにかゆい所に手が届く説明である。前著と比較すると、筆者の趣味や嗜好が文面にも表れた箇所もあり、面白い。
・「前向きリチャード・ファインマン」
このノーベル賞物理学者は、私が高校の頃英語の教科書に出てきました。それでたまに思い出す存在になっていました。 この人は第二次大戦で米軍にわりと積極的に協力して、マンハッタン計画にも参画しています。そのことについてはべつにそれほどはやましさを感じていないようです。 そのことは日本人としては違和感を感じもするけれど、とにかく本人は前向きで好奇心旺盛です。いたずらをしたがる人物だったようです。MITでドアを外して隠したり、イタリア語の物真似をしたり、催眠術にすすんでかかろうとしたり、アリの行列をわざと作ったり。 なかでも金庫破りの章は驚きでした。 地位や外見にこだわる人ではなかったようです。 バーで酔っぱらいにからまれる辺りでも、喧嘩をすることなんて滅多になくても、殴られた後大学でわざと不良っぽくふるまってみたり。 一番心に残ったのは、スランプの時に抜擢話が持ち上がってこのように思ったというところ。 「自分は自分以外の何者でもない。他の連中が僕をすばらしいと考えて金をくれようとしたって、それは向こうの不運というものだ。」
・「愉快!痛快!」
物理学者としてのファインマンさんの凄さは私ごときにはさっぱり検討もつきません。でも、ファインマンさんが人としていかに魅力的で、人生をいかにして喜びで満たしてきたかはよーくわかりました。
(上巻)ではファインマンさんがまだ小学生だった頃の話や大学へ入ったばかりの頃の話も出てきます。ラジオをいじって楽しんだり、なじみのレストランでチップを使ったいたずらをしたり、大学の寮では寮生の部屋のドアを隠したり。
(下巻)では大人になってからのエピソードばかりですが、ファインマンさんの凄さは加速度的に増しているように感じました。ファインマンさんは物理学者として早くから一流の道を歩んでいたようですが、ストリップバーに通ったり、そこが訴えられたときは証言者として立ったり(有名大学の教授なのに!)、絵にはまったり、ポルトガル語を勉強したり、打楽器にはまったり、蟻を観察したり、とあまり関連性がない事にもどんどん首を突っ込み、様々な事を積極的に楽しんでいるようでした。そして持ち前の探究心、追求心でもって関わった物事に着いては大真面目に取り組んじゃいます。徹底して取り組むから、きちんと上達する。ほんと、お見事です。物理学者としてだけでも多くの人が歯が立たないくらい超一流であるにも関わらず、それを鼻にかける事なくあくまで一魅力的人間であり続けるファインマンさんはとっても素敵です。
上下巻共に、短めから長めまで、色んな愉快なエピソードがちりばめられています。面白くてクスクス笑ったり、頭の良さに感心したり、ともかく気分よく読み進められます。
素直にスクスク、自らの強みや好きな事を大切に育て上げて来た人なんだなぁと思います。身近にこんな人がいてくれたらさぞかし楽しいだろうなぁと思います。
・「物理のことなどほとんど書いていない!」
リチャード・ファインマンは知らなかったのですが、とても楽しかったです。
本書の中で印象に残ったのは、ファインマンさんでさえも物理に対してモチベーションが下がった時期があったんだなぁというところです。
しかしそれはファインマンさん。「物理で遊んでいたのが本来の自分」と初心に戻り、再びモチベーションを上げていきます。
空中に舞った皿を見て、その法則を見つけ出し、人から「そんなこと、意味あるの?」と言われても、楽しいからいーじゃん、みたいな感じのスタイル。(その皿が、後のノーベル物理学賞に繋がったと聞きます)
下巻はまだ読んでおりませんが、下巻もぜひ読みたいと思います。
・「ファインマンさん最高!」
「考えるだけでラジオを直す少年」という章を読んだとき、やっぱり天才は違うよな、凡人とは違うんだな、って思い始めて、才能に恵まれた人の書いていることだと思い始めたら、だんだん読むのが嫌になってきました。でも、読み続けていると徐々にファインマンさんの魅力に引きずり込まれて、結局全部読むことになってしまいました。下巻は上巻よりもさらにくだけた内容になっています。絵画や音楽など、物理とは関係の無い世界でも人に認めてもらえるまでになるのはすごいなと素直に思いました。物事の本質を捉え、何でも試してやってみる、最近現地現物などという言葉を聴きますが、それを何十年も前に実践していたファインマンさんに脱帽です。
・「いたずら大好きの大人」
量子物理学で、ジョークが大好き、いたずら大好きのファインマンの本です。この本を読んでいると、ファインマンのファンになってしまいそうです。本日は、この本から一流の科学者に関するエピソードを紹介します。
ロスアラモスで原爆の開発に参加しているとき、コンプトン、トルマン、オッペンハイマーという有名な科学者と一緒に若いファインマンも会議に参加したときのエピソード。
この会議のメンバーは、皆それぞれ新しい事実を考えにいれて実にさまざまな意見を発表していながら、一方ではちゃんと他の連中の言ったことも覚えているのだ。しかも最後には一人一人の意見をもう一度繰り返して聞かなくても、それをちゃんとまとめて誰の意見が一番良い、と決めることができるのである。これを目のあたりに見て僕は舌を巻いた。本当に偉い人とは、こういう連中のことを言うのに違いない。
一流の科学者は、自分の意見を言いつつも、もっとも適した答えを誰が言っているのかを考えているというところに感心します。
・「インターネットの歴史概説でもあるし、基本技術紹介でもある」
この著者ならではの作品。今のインターネットがどこから来てどこへ向かおうとしているかをわかりやすく述べている。基本概念の説明書でもあるし、ネットの最新技術の説明書でもある。新書なのですべてを書けるはずがないが構成がいいからか理解しやすい。
・「お勧めの一冊」
難しいです。後半になると、教訓じみたことを言ってなくて、日記にようになっているんですね。それでも、これはっていう教えがありましたので、書き留めてみました。
位なきことを患えず、立つ所以を患う。己を知ること莫(な)きを患えず、知らるべきことを為すを求む。(地位のないことを気にかけないで、地位を得るための正しい方法を気にかけることだ。自分を認めてくれる人がいないことを気にかけないで、認められるだけのことをしようと努めることだ)
学は及ばざるが如くするも、猶おこれを失わんことを恐る。(学問には追いつけないかのように勉める。それでも、なお忘れないかと恐れる)
知者は惑わず、仁者は憂えず、勇者は懼(おそ)れず。(智の人は惑わず、仁の人は憂えず、勇の人は恐れない)
・「あえて原文から挑戦する」
論語は言うまでも無く、四書五経のひとつにて、儒教の祖・孔子の著したものです。老子や荘子の教えが自己の内面に向き合うものであれば、礼節を重んじる論語は外面と向き合うためのものでしょう
岩波文庫「論語」では、原文と口語訳・現代語訳が書かれています。注釈等が無いだけに、理解するのは難しいと思いますが私の古典の師が言うところによれば、古典の書は原文から入れとの事です。古典は読み解き感じ取る事が重要であるから、最初から原文を読んで、そこの何が書かれているか深く思案して理解しろそういう意味でしょう。本当に論語を学びたいのであれば、あえて原文から挑戦するのも良いと思います
・「先生は言われた。」
論語を初めて読んでみましたが、孔子は凄いですね。なんで、この人はここに書いてあるような事を会得というか悟るというかが出来たのだろう?と思わずにはいられませんでした。 そして本当にこの本は一生傍らに置いておりに触れてドッグイヤーされた箇所を中心に読み直し、自分を律していきたいと思いました。
・「原文にこだわりたい人なら…」
今まで、学校の漢文で勉強したり、色々な場面で引用されていたり、目に触れることが多かったものの、通読したことがありませんでした。しかし、多くの経営者が読み、”私の推薦する本”にも多く挙げられているので、一度通読してみようと思い立ち、購入に至りました。
そこには、・君子(=徳の出来上がった人)と小人(=つまらない人)の違いとはどこにあるのか・自分の心の持ちようをどうすべきか・そもそも人としてどうあるべきかといったことの本質にせまることが、それぞれ短い文章の中に凝縮されています。勉強になる部分も多く、中には、手元に書き留めておきたいと思う文章も含まれています。
一方で、全文を読んでいくと、・門下生のAとBとはこう違う・音楽はいいね・儀式ではこう振る舞ったといったような、孔子の独り言に近い(私見です)と思われる文章も入っているのも事実です。
かつ、この本には、原文と読み下しがあって、その後訳注があるという形になっているため、まずは書かれている日本語の意味を知ろう(=訳注だけ読もう)と思った場合、割かれているページの半分以上は読み飛ばすこととなります。
論語ほどの書物であれば、訳注を元に現代の内容に置き換えた解説本、子供向けに書かれた本、はたまた漫画に至るまで、様々なバージョンが世に出ています。そのため、「原文から読んでみたい」、と心から思う人以外は、まずは書店に行き、手に取ってみたうえで、自分のスタイルに一番合う本から入っていく方が、エッセンスを学びたいと思っている人にとってはベターであると感じました。原文を読むのは、ある程度の内容理解が進んでから改めて、でもいいと思います。それゆえ、個人的には、孟子・大学・中庸では、文庫版でなく、新書版から読むことにしました。
・「語り継がれるもの・・・」
論語に書いてあることは、日本人の価値観のベースとしてしっかりと根付いている。読み手の心理的な状態にも拠るのかもしれないが、読み直すと一々「なるほど」と心にしみてしまう。定期的に読み直し、その意味を考え直す・・・。「座右の書」の一冊である。
・「絶賛するほどではない」
なんだか、最近のファンタジーブームの中で、再評価されているような「モモ」だが、読み終わって思ったことは、第一部のメルヘンチックなところは面白かったが、主筋の時間どろぼうの話はつまらないといったところである。こんな本を読むより「オズの魔法使い」を読んだ方が絶対に良い。なぜ、「オズの魔法使い」より「モモ」が売れるんだ?不思議でしたかがない。児童文学は、「星の王子さま」「オズの魔法使い」「怪人二十面相」で決まり。
・「大人になると別の形で心にしみるかもね。」
ある本を探して本屋さんをブラブラしていた際、たまたまカートに置かれていたこの本を見つけました。小学生のころに、面白い本と有名だったな。そんなふうに思いながら、目的の本も買わずに思わず衝動買いしてしまいました。
有名だっただけに話の内容はネタばれで、小学生のころはスルーして読まなかったのもこの本です。たまたま手に取って読みましたが、うわさ通りの内容ですね。大満足です。
子供でも十分に内容理解できると思いますが、大人になってから読むと、また違うものを感じられるのでは。個人的には、「時間は心で感じるもの」という考え方に一番グッときました。
読み終わって間もないうちに再び開き、何度も読み返しています。何回読みなおしても飽きないのが不思議で、嬉しいですね。読むたびに心休まる一冊です。
・「児童文学ということで…」
子どもでも楽しめると思いますが、忙しい大人の方に読んでいただきたい物語です。
「忙しいのに本なんか読んでられるか!」と思う人の方が考えさせられる事が多いのではないでしょうか。
残念なのは、「児童文学」ということもあり、平仮名が普通の本よりも多く、少し読みにくいということです。
読んでいて、テンポが出にくかったです。
「テンポが出にくい」と感じている、自分自身の感覚自体を変える必要があるのかも知れませんが。
「時間」というものについて考えさせられる物語でした。
評価は、星4つです。
・「レヴューというより、雑感ですが、」
柄にもなく、美しい描写から紹介したい。 魔法の鏡はね、ひとりでのぞきこんだ人間から永遠のいのちをうばうだけなんだ。ふたりしてのぞけば、また死なないようになるんだよ。(中略)モモとジジはしずかにならんで、長いあいだじっと月を見つめました。こうして月を見ているかぎり、ふたりは永遠に死ぬことはないと、つよく感じていたのです。 寺山修司は書いた。とりはとりでも飛べないとりは、なぁんだ?――それは、ひとり、というとりだ、と。人は一人では飛べない、けれど、二人なら飛べる、寺山はそう考えていたのだろうか? この本の巻末に、佐々木田鶴子という人が、エンデとの思い出を回想している。これによると、「エンデ自身は書物を通じて東洋に関心があった」らしい。とすれば、やはり、可能性はあるかもしれない、と私は考えた。 というのは、こういうことだ。私が注目したのは、エンデを異世界に連れていく役目を果たすのが、一匹のカメである、という点である。そして、その異世界は、〈時間〉と深く関わっている。異世界とカメと〈時間〉。三つを結びつけて浮かび上がってくるのは、日本の昔話、「浦島太郎」だ。つまり私は、エンデは、「浦島太郎」を意識しながら「モモ」を書いたのではないか、と考えたのである。 〈モモ〉という名前も気になる。ひょっとしたらエンデは、日本の昔話「桃太郎」から、〈モモ〉という名を思いついたのではないか。〈モモ〉が〈時間どろぼう〉たちをやっつける話として、物語「モモ」が読めるとすれば。――そんなわけ、ないか。 行き場を失った子供たちは、〈子供の家〉で、大人の言う〈役に立つ〉遊びをやらされる。子どもたちは、大人が教えなくても、空き箱の二つ三つがあれば、いつでも、冒険の航海に出ることができる。子供たちが自由に空想の翼をはばたかせるができる環境づくりこそが、子供たちにとっては、本当の意味で、〈役に立つ〉ことになるはずだ。どこを見渡しても同じ道路、同じ建物、同じ服、同じ考え、同じしゃべり方、同じ歩き方、なんだか、顔までそっくりに見えてくる。そんなの、いやじゃありませんか。エンデに、そう言われているような気がした。 引用はしないが、ラストの描写が、とても、美しい。ぜひ、手にとってご確認のほどを。 附記。この本の冒頭に、アイルランドに伝わる歌が載っている。私の勝手なイメージでは、アイルランドと言えば、ケルト信仰が思い浮かぶ。あるいは、エンデは、ケルト信仰も意識していたかもしれない。
・「「残業依存症」から立ち直った、今の読後感」
何人かの方が書いているのと同じように子どもの頃は、誤解からずっと敬遠してました。優等生の読書感想文御用達っぽかったし、その感想からは、スローライフ的説教臭さも感じたし…
体調悪化と、我が子の出産に先立って、残業まみれの生活から足を洗い(このご時世、かなりの勇気が必要でしたが)ちょっぴりできた心のゆとりに、好きだった読書を再開した矢先、文庫化にともない訳が新しくなったと知って読みました…
…本当に良いタイミングで出会いました。子ども向けのファンタジーではありますが私にとってはファンタジーとは思えないリアルさを感じました。エンデすごいです。
もちろん、現実の社会にはモモのような自分の代わりに、灰色の男たちから時間を取り返してくれる人はいません。そこで、自分にとっての「人生の価値」を決め、せまり来る「時間どろぼう」と実際に戦うのは自分自身なわけですが。
自分に科せられた仕事が1日に100だとしたら「1日に120済ませれば、あとがラクになる」などと、誰もが一度は考えるはず。でも現実には、翌日にもやっぱり仕事は100あって永遠にラクにはならずに一生を終えてしまうんじゃないでしょうか…?
100の仕事を一生懸命やって、早めにその日の仕事を終える。残りの時間は自分や家族のためにつかう。
それが実践できれば、この本の本当の面白さが味わえると思います。大人こそ、ぜひ。
・「私の座右の書です」
最初に出会ったのは大学生の頃でした。岩波文庫は東西問わず古典作品が多く、昔の仮名使いのものもあって読み辛かったのですが、そんな私が初めてすっと読めた岩波の本がこれでした。元々は少年向けに書かれたものです。主人公コペル君の日常と、それについて「おじさん」と往復書簡形式でやりとりをする、基本この流れです。これが大変読みやすくて、しかも内容が深い。この本を「過去の産物」と言う人は、本質が何も分かってないとしか言い様がありません。 出版された時代背景とか、コペル君と「おじさん」との対話に内包されている社会科学の奥深さなど、今の時代にも通じる示唆がたくさんあります。 そして何より素晴らしいのは理屈っぽくなく、上から目線でモノを言っていないところ。これが単なる道徳本の枠を超えて名著と呼ばれ続けている所以なのです。 一家に一冊、是非揃えて頂きたい本です。
・「あの時代を思い出す」
この本を読んでいる最中、何度私の中学・高校時代と重なったであろうか。同級生間の馬鹿らしい虐め、裏切り、自害を考えるほどの自己嫌悪が。私以外の皆も、青春を歩むうちに避けて通れなかったことであろう。当時の私と作中のコペル君、人間として出来ているのはどちらかというならば、どう考えてもコペル君であろう。私ならば、とても虐められている同級生をフォローして挙げられなかった。北見君のように悪友を殴りつけてやる程の信念はなかった。コペル君は、自分が日本全国、いや世界の全人口からすれば自分が如何にちっぽけな存在なのかを知っていた、1人で生きているつもりが沢山の人々の支え合いによって生きていることを。全く兜を脱ぐ次第である。 そんなコペル君も或る日、親友たちとの大約束を破ってしまう。風邪を拗らせ、1ヵ月近くも寝込んでしまうわけだが、彼は、友を裏切った罪悪感でいっぱいであった。そこで、己を知ったのである。叔父さんの知恵を借り、ついに友を取り戻した。人間、誠実さが大事であることを、潔さが大事であることを学ばせていただいた。
戦前の道徳書として執筆された本であるが、決して古くなく、精巧な美しい文章である。この書に描かれた大日本帝國は決して、しばしば戦後に言われるような血塗られた時代ではなかったということも本編と関係なしに学べることでもある。現在、我が国が使用している「中国」という国名も、歴史的にも学問的にも正しい「支那(チャイナ)」を使用しており、ねつ造が多い岩波書店もやるではないかと思った。案の定、あとがきの歴史解釈は、GHQによるWGIPの影響が強いものであったが・・ 倫理や道徳について、一言言うならば、倫理は一神教によって善悪を判断することをいい、道徳は世間の目を気にすることで己の行動に規範を作る場合をいう。著者と丸山氏はあとがき部分でそれをごちゃごちゃにしている点があったので付け足しておく。 総合的に見て、素晴らしい道徳書であり、多くの中高生に薦めたい。手始めに、知人の御子息に一冊プレゼントしようと思う。日本人のほとんどが目を通したことのある本として、後世まで残ればきっと、我が国はより良い国となっているだろう。
・「一見古臭いけど」
「コペル君」(本田潤一)は旧制中学1年生。 日々の生活の中で感じたこと・考えたことなどについて,叔父と話し,叔父がそれについて感じたこと・考えたことを「ノート」に記して,コペル君に示す。
例えば,コペル君と友人は,級友の北見君が5年生の黒川君に目を付けられていると噂を聞き,北見君がやられそうになったら皆で一緒にやられようと約束した。にもかかわらず,実際に北見君がやられる場面を目の当たりにし,浦川君たちが身を張って北見君をかばったにも関わらず,コペル君だけは恐怖心から動くことができなかった。 叔父さんは,あれこれと言い訳を考えるコペル君に,「コペル君,いま君はそんなことを考えていちゃいけないんだ。いま君がしなければならないことは,何よりも先に,まず北見君たちに男らしくあやまることだ。済まないと思っている君の気持を,そのまま正直に北見君たちに伝えることだ。その結果がどうなるか,それは,いまは考えちゃあいけない。」と一喝する(234頁)。
コペル君の感じたこと・考えたことは,一見すると古くさい感じがするが(本書が刊行されたのは1937年),おそらく,本質的には現代でも大きくは変わらないような気がする。文字通り,人が「どう生きるか」を考えるきっかけを提供してくれる好著である。
・「道徳教育というならこのくらいのものを」
こどもの通う小学校が道徳教育に力を入れている。ちかごろ道徳教育が大事だと声高に言う人が増えているようだが、ほかの教科と性格が異なり、教えるのは難しそうだ。 「こういうことをするのは良くないことです、だからやめましょう」という「正解」を示し、知識として教えても、実際の行動と結びつくかは別である。また、変に複雑な問題を取り上げて子どもを悩ませて終わる(どちらも正解です、といわれて子どもは途方に暮れてしまう)のも本筋ではないだろう。本当に道徳教育を考えるなら、本当に大切なことを、シンプルに取り上げ、しかも、魂に響くようなものでなければ意味がない。 この本は戦前のもので、主人公は旧制中学に通うお坊ちゃんだが、内容に古いところはないし、非常に上質である。言葉遣いや細部は時代を感じさせるが、難解というほどではないし、現代の作品にはないすがすがしい雰囲気がある。 社会の一員であることの自覚、学校での弱い者いじめ、友情、裏切り、和解などが十五歳の少年の目から描かれる。生きていく上で芯となる重要でシンプルな事柄が取り上げられている。フェアに、誠実に生きるとはどういうことか。 ぜひ子どもに(高学年になったら)読ませたいと思う。こういう本を読むのは教養の一部だと思う。
・「ブレードランナーとネバーエンディングストーリーを足したよう。」
霧雨の銀座のデパートから見下ろす街、映画”ブレードランナー”の冒頭のように、暗く、少し不気味な雰囲気で始まる。知らず知らずに、”コペル君”と”叔父さん”の話に引き込まれている。コペル君の生活、成長を通して語られる内容。空を飛ぶわけでもなく、創造上の怪物がでてくる訳でもないが、”ネバーエンディングストーリー”のように、成長していくコペル君。そして、中学生とか大人とか関係なく、人間としての普遍的な問いかけがされる。。。こんなに平易な文なのに、こんなに考えさせられる本に出会ったのは初めてである。哲学的な本です。カブールとかペシャワルとかアフガニスタンの話まで最後に出てくる。太平洋戦争が始まる頃の年代に書かれたようだが、時代も空間も超えたような感覚が読んでいて時々おこる。不思議で、魅力的な本である。
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